未知との邂逅
黒髪の魔導師という二つ名を残してクヴァはアルフの学園へと旅立っていった。村人から稀に二つ名で呼ばれたり、いじられたりして季節は巡っていった。圧縮魔法は安定して使えるようになったが、まだ誰にもその術を伝えていない。
日本で彼と過ごした夢から五年の歳月が経とうとしていた。
俺ももうじき15歳を迎える日が来る。そうなれば、俺もアルフの学園への参加資格が与えられる。両親も学園で学んでいたようだけど最低限の身を護る術を体得した後、自然豊かなアズ村に移り住み農業で生計を立てている。武技にも魔法にも強い適正がなかったらしい。国に仕官したり、冒険者で生計が立てれればもう少し金銭的に余裕のある生活ができただろう。でも、それが不幸だったとは思わない。衣食住に困ることなく、家族や村の人と協力して穏やかに生活ができている。それは幸せなんだと思う。両親が選んだ道だから、それは誇るべき生き方だろう。
「父さん、母さん。俺、15歳になったらアルフの学園に行こうと思ってる」
カミルは真剣な眼差しを両親へと送る。
前々から決めていたアルフへの旅立ち。これは両親の承諾を得てから向かうべきものだ。ここまで育ててくれたのに勝手に出ていくことはできない。
「そうよね、もうすぐ15歳になるんだものね。私はカミルがそれを望むのなら止めるつもりはないわ」
母――アルル・クレストは俺の提案を即諾してくれた。元々理解ある母親だから、余程の事が無い限り俺の主張を受け入れてくれる。
「俺も止めるつもりはない。俺達も通った道だ。自分の力と向き合う良い機会だと思うからな。誰にでも自分の力がどれほどのものなのか、挑戦したい瞬間が来るものだ。一つだけ約束してくれ、俺達より先に死ぬんじゃない。学園を卒業して村の外で生きていくつもりでも、村に戻って働くにしてもだ。必ず生きて戻ってこい。親より先に命を落とすヤツは不幸者だ。それを忘れるな」
父――ラナロウ・クレストは義に厚い人間だ。父親としては不器用な部類の人間だが、絶対に必要なことには真っすぐぶつかってくれる。尊敬する父親だ。
「約束します。どんな道を選ぼうとも、全力で生きて、生きて、生き抜いて、二人が誇れる息子になって帰ってきます」
二人の顔を見据え誓いを立てる。日本で彼を亡くした両親の姿と二人の姿が重なって見えた。そんな思いをさせてはいけない。死に近づいたことで、生への執着が強くなった気がする。
ふと、ラナロウの顔がにやけているのにカミルは気が付いた。
「孫の顔にも期待してるぜ」
その言葉でにやついていた理由をカミルは察する。
「まあ、貴方ったら気が早い。でも、良い人ができたらきちんと連れて来なさいね」
早く孫の顔を見せろよ?ってことなんだろう。家族を大切する二人らしいエールだ。家族が幸せに過ごす。魔族や魔物がいるこの世界では必ずしも安全性が高いとは言えない。だからこういう一時を大切に生きていくべきだ。
「はは、善処はするよ」
俺が返せたのはそれだけだった。学園に行ったら定期的に近況報告の手紙でも出すとしますか。
辺境のアズ村には回復魔法を扱える者はいない。アズ村が属するクルス帝国の帝都イクス・ガンナまで薬を買い付けに行き、病に備えている状況だ。そもそも、回復魔法を扱える者が少ない。閃族という光属性と相性の良い種族にしか扱えない魔法で、その人口は世界の人口の一割程度しか存在しない。多くは国の都で重宝されており、冒険者になる者も少なく、ましてや田舎の村では中々目にすることはない。その閃族がアズ村に魔法の修行も兼ねて巡業に近々来るらしい。
回復魔法というものを俺は見たことがない。学園に向かう前に見ることができるのは幸運だ。良い刺激が貰えるかもしれない。
アズ村に巡業に来たのは閃族三人と護衛を務める冒険者五人。冒険者には銀髪の筋肉質なエルフや少年にしか見えないドワーフもいた。日本で知ったエルフやドワーフの姿とは違った見た目をしていたから戸惑った。エルフなのに筋骨隆々で耳は尖ってないし、ドワーフなのに子供の見た目で線の細いしなやかな筋肉しか持っていない。あっちの世界の知識で過ごすと何かと弊害を抱えそうな気さえしてくる。
巡業者一行は村長宅へ向かった後、身体に病を抱える者、怪我をしている者を広場に集め、順に治療をしていくことになったようだ。
俺は特に身体に不調はないが、回復魔法を見学するために広場に向かった。
集まっているのは、巡業者一行の八人と村長、村人二十人ほど。閃族の三人は手慣れたように、三列に人を並ばせ、一人ひとり状態を確認しながら治療を始めている。護衛の五人は広場の周りを囲う様に広がり、周囲に意識を向けているようだ。
閃族と言っても、人族と見た目は変わらないらしい。見ただけでは種族までは特定できない。それが人口の少ない閃族が生き抜くために確立した術なのかもしれない。寿命が三百年ほどあるみたいだから、子孫を残すのものんびりで人口が少ないだけなのかもしれないけどね。
どうせ見学するなら、指導者っぽい落ち着きのある青髪の男性かな。魔法技術が高い方が参考になりやすい。
今、治療を受けているのは、長年の農業で足腰を酷使した40後半のおじさんだ。症状をうん、うん、と聞くと、透過度の高い澄んだ無色の宝石の付いたイヤリングに魔力を流し始めた。煌めきながら宝石の中に小さな魔法陣が展開されている。細かいところまで確認はできないが、見たこともない魔法陣。
魔法が発動されたようで、柔らかな光がおじさんを包んでいく。身体の中の治療だから変化を感じにくいけど、おじさんが身体を左右に捻る動きをしているところを見ると、腰の調子を伺っているのだろう。感動で振るえるような顔を深々と下げ、しっかりとした歩で広場を後にしていく。
他の閃族の回復している姿を眺めていても、矢張り指導者っぽい人との違いを感じはしない。
回復魔法とそれ以外の魔法の発動に、特に目立った違いは感じなかった。魔力を宝石を介して魔法陣を展開し魔法が発動する。俺が魔法を発動させるプロセスそのままだ。
過去に閃族に魔法陣を宝石に提供してもらい、他の種族でも回復魔法が使えないか実験されたことがある。結果は魔法陣に魔力は流れたが発動するまでに至らない。
人族と閃族の違いには何があるんだろう?元素の集まりやすさだけなら、他の種族が回復魔法を使うこともできるだろう。光属性との相性だけでいうなら、回復魔法以外の光属性魔法は使うことができる人もいる。
精霊が生み出す元素以外のところで何かしらの影響を受けるものがあるのかもしれない。閃族だけが受け継ぐ血、そういった類のものが必要なら、他の種族はもうお手上げだ。
貴重な閃族の魔法を使う姿から何も学ぶべきものはなかった。世界は理に則って動いている、当たり前の現実を突きつけられた気がした。
魔導師として高みを目指すなら、やはり何かしらの方法で元素との親和性を上げていく方向性で動いた方が良いのかもしれない。圧縮魔法で威力を高めたとして、その代価が多くの魔力になる。それでは効率が良いとは言えない。閃族が回復魔法という、ある意味元素に愛された一族ということを間近で見て思った。元素に歩み寄ることこそが最善なのではないだろうか。今後は魔力の圧縮の鍛錬はもちろん、親和性について考えていく必要がありそうだ。
閃族のいる広場を後にし、カカシのいる訓練場に来ている。
圧縮フラムをカカシに放ちながら親和性について考えていた。
元素に歩み寄るといっても、どうすれば良いのかわからない。単純に使用頻度を上げれば親和性は上がるのだろうか?宝石を多く身に付ければいいのか?まだまだ元素についての謎が多いのが現状だ。
俺は幼少の頃から魔法名を言葉として紡ぐことにしている。前に爺さん婆さんが言っていた「言葉を紡がなくなった分、精霊様を遠くに感じる」という言葉に思うところがあり、詠唱はせずとも魔法名は言葉にしようと決めたから。
これはあながち間違いではないと思う。元素への語り掛けのようなもの。繋がりを大事にしてさえいれば、親和性も少しずつでも上がっていく、と信じたい。
中級火属性魔法のフランツも制御することができるようになったし、地道にコツコツやっていこう。可能性があるうちは続けていけばいい。仮に親和性が上がらなくても、それまで費やした訓練が無に変えることはない。魔導師して着実にできることが増えていくだろうさ。
田舎村で年齢の割に身体を動かすことが多いせいか、簡易的な回復魔法のみで治療は終わった。村からお布施を贈り、その資金を元に更に巡業の旅を続ける流れ。巡業者一行は来客用の小屋があてがわれ、一泊した後、次の村へと旅立つ予定らしい。
寝静まった村へと忍び寄るいくつもの影。人型を成してはいるが、人とは到底思えない肉体を持つ者。異形な姿をした影は、熊の手が如き鋭い爪を持つ大きな拳を村の塀へと突き立てる。
ドゴンッ!!重々しい破壊音が村中へと響いた。一撃が攻撃の狼煙だったかのように次々と周りの異形者が拳を突き立て始める。塀は瞬く間に崩れ落ち、いとも容易く村への侵入を許してしまった。
すごい物音が響いていたけど、一体何が起きているんだ?ひどい衝撃音のせいで真夜中の起き抜けにしては思考がはっきりとしている。何か村に異常が起きている…。
状況確認のために部屋を出ようとすると「カミル!」と叫びながらラナロウが部屋へと入ってきた。
「父さん?すごい音がしたけど、何かあったの?」
「わからない…。異変が起きているのに物見櫓からの異常を伝える鐘が聞こえてこなかった。何か良くないことが起きているのかもしれない。一先ず、広場に向かおう」
この村では異常が起きた際、広場に集まる決まりがある。魔物が出たとしても、村人総出なら対処しやすく被害も出にくい。安否確認も容易になる。
父さんの後を追って玄関へと向かう。母さんは既に玄関にいたが、不安から小刻みに身体が震えている。
「広場まで一気に駆け抜ける。アルル、カミル。しっかりついて来い!」
家から飛び出すと物見櫓の方に土煙のようなものが立ち込めていた。月明かりが頼りのため、詳しいことが確認できない。広場までは俺達の家からはいくつもの民家を超えた先にある。物見櫓からは十分に距離がある、今のうちに広場までは余裕を持ってたどり着けそうだ。
ご近所さんと合流しながら広場に来てみると、多くの村人が避難してきているのがわかる。広場には光の元素を長時間取り込み光を放ち続ける灯篭に似た魔具がある。起動に初級光属性ルイズが必須ではあるが、幸い村人の中に魔法を扱える者がいる。その人が灯りを点けてくれたのだろう。避難した人達の中に巡業者一行の姿もあった。
「物見櫓沿いの塀がやられた!暗すぎて良く見えなかったが、あれは多分魔族だ!目が赤かった!」
物見櫓からほど近い所に家を持つ村人が叫んだ。
「見張り番はどうした!鐘なんて鳴ってなかったぞ!」
「俺が知るか!真っ先にやられて鳴らすこともできなかったんだろ!」
夜中の奇襲。村中が混乱の渦の中にあった。状況がわからず飛び交う怒号。
魔族…。可能性は十分にある。魔族は世界各地に現れているらしい。少なくとも、俺が産まれてからこの村が襲われたことは今までにない。経験不足から村全体が浮足立ち、緊張感で重苦しい。巡業者一行がいない期間に襲われたと考えたら……、。
カミルは身震いをした。理不尽に奪われた彼の姿がフラッシュバックしたからだ。
「一先ず広場の守りを固くしましょう。櫓側は私達のパーティーで固めます。後方と左右は村の方々でお願いできますか?」
冒険者パーティーのリーダーらしき人が指示を出していく。普段から魔族との戦闘経験があるのだろう。
「わかった」と了承し、村長は男達を主戦力とし三方向に分散させた。
冒険者の方も三人を前衛に配置し、魔導師、弓士であろう冒険者を後方で控えさせている。
ドスン、ドスンという足音が響き、魔族は光で照らされ姿を現した。
「来た」
村の誰かが呟いた。
灯篭の光で浮かび上がる異形。筋肉で隆起した腕、大きく鋭い爪、眼光するどく大きな口には人を簡単に噛み千切るであろう牙、全身を覆う体毛。人よりも一回りも二回りも大きい身体。そして、何よりも目を引く赤き輝きを放つ瞳。日本でいう熊という存在に近い見た目をしている。
「あれは…ワイルドベア!」
槍士の冒険者が叫ぶ。
「巨躯を活かした素早い突貫力とするどい爪と牙が特徴です!直進的な動きが多いので正面で立ち回らない様にしてください!距離を取りつつ魔法や矢で攻撃を!」
剣士の冒険者が魔族の情報を共有するように叫ぶ。知識も無いアズ村の住民からしたら非常に有難い情報だ。知るか知らないかで生存率が大きく変わる。
改めて観察してみたが…獣にしか見えないあれが魔族?違いがあるとすれば元素を濃く纏っている点と赤い瞳、そんなところだろう。
注目すべきはそこじゃない。七体の魔族が群れを成している。冒険者パーティーがいるとはいえ、魔族との戦闘経験の無い村の人間が相手をして勝てるものなのか?俺の両親のように学園で武技や魔法を最低限身に着けているのは数える程度。見張り番の人は鐘を鳴らせなかった、その状況から察するとすでに……。
自分の身を守ることだけに全力を尽くそう。足手まといが一人でも少なくなるように。
武技。魔法とは原理の異なる特技が存在する。魔力と元素を組み合わせ、身体能力や武具の強化をしたり、攻撃に応用する。魔力で元素を介して発動する魔法に対して、魔力と元素自体を纏い強化する技。元素との親和性に依存せず一定の効果が平等に扱える点と、音声入力のように武技の名称を発声するのが特徴だ。纏った元素や魔力はほのかに輝きを放っている。
「迅牙、鋼の矢」
弓使いが武技を使い攻撃の準備を始める。効果はわからないが、弓と矢が元素を纏っているようだ。
弓を上空へと構え言葉を紡ぐ。
「翔破の雨!」
ワイルドベアの群れの上空へ射った矢が増えた?
矢から影が伸び、無数の矢が出現する。広範囲に矢の雨が降り注ぎ、ワイルドベアは苦痛に声を漏らしていた。足止めには十分すぎる威力を誇っている。
武技に目を奪われている間に、光の塊が飛んでいた。ワイルドベア二、三体は覆えるくらいの柔らかい優しい光、弓使いにタイミングを合わせ魔導師が発動させたのだろう。
人には害の無い光属性も、魔性の存在である魔族にとってはダメージがあるらしい。光がワイルドベアを包み込んだ瞬間、叫び声が増した。
間髪入れずに剣士が動く。駆け出すと剣を突きの体勢に持っていく。
「纏」
これは俺でも知っている基礎の身体強化の武技で、扱いは簡単な反面、魔力の消費が激しい部類に入る。そのぶん恩恵は大きい。身体全体、もしくは一部分に元素と魔力を纏い、次の行動の補助をする。
お互いの距離が詰まって来たところで、纏を腕に施した剣士は攻撃を開始した。
「突牙絶破刃!」
勢いを乗せた強力な突き攻撃。怯んでいるワイルドのベアの腹へ突き刺さり、そこから軸足を踏み込み、根元まで突き立てた剣を強引に左斜め下に斬り払った。
血飛沫をあげながら崩れ落ちていく。魔族の血も赤いらしい。これほど大量の血を見るのは初めてだったが、魔族の襲来という緊迫した状況下でそれどこではなかったのが救いだ。
攻撃後、剣士はすぐ飛びのき距離を保つ。
光属性魔法の範囲外にいた個体が左右に二体ずつ分かれ回り込んでくる。
動きを読んでいたかのように冒険者の槍士のするどい一撃がワイルドベアを穿つ。そのまま武技へと連携する。
「槍華連衝散」
魔力を纏った槍による連撃。高速で繰り出される連撃は、腹部を中心に五回繰り出され、最後の突きで槍の先端から爆発を生み出した。爆発の衝撃でワイルドベアは後方へと飛んでいく。
無傷のもう一体が左から回り込みこちらへ向かって突進してくる。瞬間、ワイルドベアの足元が網目状にひび割れ、足を取られたワイルドベアを地に留める。
振り返ると、母――アルルが土属性の魔法、グラストを使ったようだ。
それを合図に村人が一斉にフラムを発動し、炎の密度で圧倒。戦闘不能状態まで追いやった。
反対側のワイルドベア二体は、こちら側が対応している間にドワーフの冒険者によって倒されていた。閃族の護衛ともなると、やはり相当腕の立つ冒険者が選ばれるのだろう。短剣を構えているところから察するに、狩人のような気がする。どうやってあの二体を処理したのか気になるところだ。
順調に魔族を倒せているという状況に、俺達村の人間は油断してしまった。
「背後から来てるぞ!後ろを固めろ!早く!」
鋭い爪の一撃を防ぎながら冒険者の怒号が飛ぶ。切羽詰まったその言葉に村の人間は身体を強張らせる。迫りくるワイルドペアに対してそれは致命的な時間。
最初に現れた群れとは別の個体。障害物も無く、方向を変えることもせずただ只管直進してきたのであろう。ワイルドベアは、もうすぐそこまで迫っていた。
動けずにいる村の人間の中、俺は動いていた。咄嗟のことだった。本能的に命を守る行動を取っただけにすぎないのかもしれない。
ワイルドベアを認識すると同時に宝石に圧縮した魔力を流す。
拳を前へと突き出しながら、親指と人差し指を伸ばす。日本でピストルを手で表す形になる。
魔法陣を介して人差し指の先端に、魔力が凝縮された炎が揺らめく。
指先から炎が撃ち出されるイメージで、俺は魔法名を口にする。
「フランツ!」
炎の弾は加速度を増して突き進む。
飛んでくる炎の弾を弾き飛ばそうと、ワイルドベアは払いのけようと前足を振るう。
炎の弾はワイルドベアの前足を撃ち抜き額に直撃。そのまま貫き後方で炎が霧散する。
ワイルドベアの額から燃え上がり、ドスンッと崩れるように地に伏せた。
全身へと炎が燃え広がり、そのまま燃え尽き亡骸は消し炭となった。
最後のワイルドベアを倒し終え、冒険者達がこちらへと集まってくる。
「怪我人はいませんか?」
「はい、皆様のおかげで怪我人はおりません」
村長は頭を深々と下げ感謝を示す。村人に大きな被害を出さずに対処できたのは上出来だろう。
「いや、前方のワイルドベアが流れてしまったのはこちらに落ち度がある。すまなかった」
「謝る必要はありませんよ。皆様が全力を尽くしていただけたのは、見ていればわかります。それを責めるような人などおりますまい。自分の身は自分で守るものです」
人的被害は物見櫓で見張りをしていた二人のみ。初めて魔族の襲撃を受けて塀のいくつかが崩れた程度で済んだのだから、非常に幸運であったと言える。これが巡業者一行がいない時だったらと考えたら…。多くの村人が命を落としていたかもしれない。
「それよりも、この村ではどのような魔法の修練をされているのですか?」
冒険者の魔導師が俺に視線を送ってきた。肩まで伸ばした緩やかなパーマをかけたような金髪の女性。身に着けるシルクのような光沢と柔らかさがありそうな服装と、左右の耳に宝石の色の違うイヤリングを身に着けている。上品な雰囲気といい、どこかの有力な家柄の人なのかもしれない。
「我々の村では特に特別な訓練などはしていませんよ?」
村で教えられるのは魔力制御の基本のみで、フラムが扱えるか確認されるまでだ。あとはそれぞれの家庭に任せっきりである。カミルの両親は武術や魔法について学んでいるので、そういった意味では村の中でも魔力の扱いには長けるのかもしれない。
「でも、あの年頃の少年が扱える威力の炎ではありませんでした。火属性に大きな適正でも?」
村長は頭を振る。
「カミルは良くも悪くも平均的な適正しかありません。我々も驚いているのです。なぜあのような威力の魔法が扱えるのか」
この場にいるすべての者の視線が集まる。
非常に面倒臭いことになった。初めて圧縮魔法に成功した日から四年と半年。圧縮する速度、繊細な魔力操作に重きを置いて特訓してきた。これは村で習う基礎的な魔法の練習とは別の俺だけのメニュー。強い適正もなく、魔力操作の練習だけであの威力の魔法は無理がある。火事場の馬鹿力みたいな感じで煙に巻くのが一番か?
カミルはお手上げポーズをして頭を左右に振り答える。
「俺にもわかりません。魔力操作に不安があったので、そこを重点的に訓練はしていました。その成果もあってか、ようやくフランツが使えるようになりました」
「確かに、その年頃でフランツを扱えるようになる者もいますが……先ほどの魔法もフランツだったのですか?」
金髪の魔導師は訝しげだ。自分が知っているフランツの威力ではない、そう言いたいのだろう。逆の立場だったら俺でもそう思う。でも圧縮魔法が何を齎すのか現状はわからない。だから今はまだ秘密にしておきたい。
「はい、咄嗟に出たのがフランツでした。無意識に自分が放てる最大の魔法を選んだのだと思います」
尤もらしい理由だ。明確な理由はあやふやにしたまま、それっぽいことは言えた気はする。
「カミルは魔法の発動時、魔法名を叫ぶ癖がありまして、確かにフランツと叫んでおりました」
父――ラナロウが俺の癖ということにしている魔法名を叫ぶことについて触れてくれた。父親からそう言われてしまえば、発動した魔法がフランツであることは確定されそうだ。正真正銘のフランツで間違いないんだが。
「威力について不可解な点はありますが、フランツで間違いなさそうですね。疑うような言動をしてしまい申し訳ございませんでした」
律儀に深々と頭を下げてくる。身分の高そうな人なのに、見下すことなく筋を通す人のようだ。
「気にしていませんよ。村を守っていただき、ありがとうございました」
アルフに向かった先で縁があるかもしれない。なるべくなら波風立てずにしておきたい。いずれ圧縮魔法について相談する日が来るかもしれないし。
魔族の脅威が去り、塀の復旧について話し合われた。
睡眠が取れておらず、魔族との戦闘の後ということもあり、睡眠を優先。塀の復旧は翌朝に持ち越されることになった。数時間おきに見張りを交代して備えるようだ。
巡業者一行が村に来て、その日の晩に魔族の襲来。濃い一日がようやく終わる。
極度の緊張感から思った以上に疲れていたようだ。自然と瞼が重たくなった。