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砲金色の魔導師  作者: 庚颯
第一章 見聞覚知
26/134

ep.25 闇の胎動

 数多くの商業施設が軒を連ねる帝都の南区。ライバル店が多く、商品の質はもちろん見た目にまでこだわりが感じられる。宿街や広場からほど近いカフェにカミル達はいた。

 タルト専門店とミルクレープ専門店が有名珈琲店と組んだ、真新しいガラス張りの店舗のようだ。雑居ビルの二階に店舗を構え、ガラス側の席からは街並みを見下ろすことができ、開放感を味わえる造りになっている。三人は迷うことなくガラス側の席を選んだ。


「お待たせしました」

 店員のお兄さんが注文した商品を持ってきてくれた。バリスタも兼任しているのか、黒を基調とした制服でスラっとした印象を受ける。爽やかな笑顔を浮かべると「ごゆっくり」と颯爽と去っていく。

 胸の前で手を合わせると「いただきます」と感謝の言葉を口にする。

 俺が頼んだのは、ミルクレープに酸味を抑えたブラック珈琲。ティナさんはイチジクのタルトとミルクティー、リアさんは葡萄のタルトとハーブティーだ。

「リア~。半分づつ交換しよ」

「そうだな。そっちの方が一度に二つ楽しめるな」

 二人はお互いに切り分け交換を始めた。「そっちの方が大きい~!」「そっちの方が果物多いだろー!」と何かと姦しい。

 ケーキを前にすると、女の子はどうしてこうもテンションが上がるのだろうか。

 二人を眺めながら珈琲カップに手を伸ばすと一口流し込む。

 酸味はそこまで感じないけど、コクが思ったよりも強かったかな。

 フォークへと手を伸ばすと、ミルクレープに一口大に切り分ける。フォークで刺すと断面が見えるように顔の前まで持ち上げた。幾重にも折り重なるクレープの層が柔らかそうな雰囲気を醸し出している。この不規則な焼き目が、見た目の美しさを際立たせているように感じる。いざ、口の中へ…。

 もちっと柔らかい。

 クレープの薄くもモチモチとした生地が、程よい食感を生み出している。噛むとクレープ層の中から生クリームが溢れ、ミルクの味をタマゴの優しい味わいの生地が受け止め絡み合う。甘さを抑え、あっさりとした生クリームなのが有り難い。

 珈琲を一口飲み込むと、生クリームを口にした後の為か、一際苦みが引き立っている。


 幸せそうな顔でタルトを食べる二人の姿を眺めていると、ティナが口を開いた。

「それで、学生になったはずのカミルが何で帝都にいるのかな?」

 魔族やエルンストの置かれている状況を言ってもいいのかと、リアに視線を送ってみると、無言で横に首を振られた。不安を煽る内容なだけに、まだ伝えるべきではないようだ。

「詳しいことはまだ言えないんですけど、やんごとなき事情で帝都に来ることになってしまいました…」

 言葉を濁したことに、ティナは深く追及してこない。「そう」と短く呟くと、一口大のタルトを口に運んだ。

「何日もしない内に内容は伝わってくると思いますよ。ティナさん達は、何時まで帝都に?」

「一週間くらいは帝都でお休みかな。依頼続きだったから、リフレッシュ休暇みたいな感じね」

 更に一口タルトを運ぶ。よほど気に入った味なのか、手に持ったフォークをタクトのように小刻みに動かし上機嫌だ。

「俺もそれくらいは帝都にいると思います。時間に追われる形になるので、さほど自由というわけにはいきませんがね」

 圧縮魔力についての資料作りという苦行が待ち構えている。せめてこの一時はのんびりしたい。

「学生なのに忙しいわね」

「普通の学生だったらこんなことになっていないんだけどな。カミルは運がないだけさ」

 フォークでビシっとカミルを指し示す。

 うん、リアさん。行儀が悪い。

「フォークで人を指すのはやめてください」

 一応抗議はするもカミルの言葉など聞いておらず、「この葡萄、甘くていいな」とティナに語り掛けている。「カミルの話し聞かなくていいの?」とリアに問うが「お小言だからいいの」と流される。

 リアは放って置いて、「ティナさん」と呼びかけ「帝都で美味しいケーキが食べられるお店を教えてください」と質問する。

 顔をこちらへ向けると「う~ん」と唸り考え込む。

「東区の北区にほど近い場所に、ケーキの飾り付けを頑張ってるカフェがあるわ。見た目も可愛くて味も美味しいから、少し並んでもいいならそこがオススメよ。もしかして、カミルは甘党なの?」

「いえ、どちらかと言えば甘さ控えめが好ましいですね」

「じゃあなんでお店の情報を知りたいの?」と不思議そうにしている。

「ケーキがあれば釣りやすい人がいるので、今後の為に情報収集をですね…」

 視線をリアに向けると、「はは~ん」とティナもカミルの視線を追う。

 クスクスっと笑うと「確かに、誰彼構わずホイホイ付いて行きそうよね」と賛同してくれる。

「誰が釣られやすいって?」

 リアが身を乗り出すようにカミルに凄む。普段のリアであれば、それだけで相手が怯むような圧を感じさせるが、タルトを食べ、口の端に生クリームのお供を付けている姿では、怖いというよりもカワイイである。

 カミルは自分の口の端に人差し指を当てると「クリーム付いてますよ」と指摘した。

 舌先でペロっとクリームを舐め取ると、何事もなかったような澄まし顔でこちらを見ている。

 いや…、取り切れていないんですけどね…。

 澄まし顔にクリームというアンバラスさに、思わず顔がにやけてしまう。

「リア、取り切れていないわよ」

 ティナは鞄から折りたたみ式の手鏡を取り出すと、広げてリアへと見せる。

 鏡の中の自分の姿を確認したのでだろう。リアの頬が僅かに朱に染まり、紙ナプキンで口元を拭った。クリームとローズピンクの口紅の色を付けた面を中にして折りたたむと、机の脇に置く。

「こほん」というわざとらしい咳払いを一つ挟むと、

「だ、誰彼構わず付いて行くはずないだろう。きちんと人は選んでいる」

 その言葉を聞いたティナがいやらしく笑う。

「あれ~?リアったら、年下が好みだったの?」

「ばっ、そういう意味じゃない!危険がない人を選んでいるって意味だ!勘違いするなよ!」

 何故か睨まれる。

「ふふふ、慌てちゃって~。余計に怪しいわよ」

 ティナはおもちゃを見つけたとばかりにリアを言葉で弄ぶ。エルフであるリアは、ティナよりも年上のはずだが、客観的に見るとどちらが年上かわからない。

「少なくとも、一緒にカフェに来ても良いと思っていただけているのは嬉しいですね」

「ところで」と一呼吸間を挟むと、「お二人は恋人はいらっしゃるのですか?」今まで気になっていたことを聞いてみた。リアには散々弄られてきたのだ。ここぞとばかりに反撃をしてみる。

 その瞬間、ピシッ!という擬音が聞こえて来るような、空気が張り詰めた気がする。二人の発言を待ってみるも、場が凍り付いたように固まってしまった。

「なんだ~。ちゃんと人は選んでいるんだ。ワンコみたいに尻尾振って付いて行ってると思ってたー」

「ティナはもっと気を付けた方がいいぞ。お前は男を見る目はないからなー。変な男に引っ掛かるなよ?」

 再び時が動き出した。カミルの言葉をなかったことにして。

 俺の質問を完全に無かったことにしてやがる…。

 意を決してもう一度「恋人は――」言い切る前に「「空気読め」」冷たい二人の言葉に阻まれた。向けられる二人の凄んだ顔に思わず顔を引き攣らせた。

「カミル、カフェは楽しく過ごすものよ?」

 穏やかに語り掛けるティナ。目が笑っていない笑顔が何とも怖い。

「そうだぜ、カミル。ケーキは人を幸せにしてくれる至極のスイーツなんだ。話題はちゃんと選ぼうな」

 リアの表情は、この上ないほどの穏やかな笑みだ。普段の荒々しさからは想像できないような、慈愛に満ちた眼差しが何とも気持ち悪い。

 俺は反論する気もなく「はい、すみませんでしたぁぁあ!」と、語尾を上げながら平謝りをするだけだった。


 話題はカミルの成長具合に移っていた。

「あれから魔力におかしな輝きは出てないの?」

 ティナは巡業で同行した際、アズ村で圧縮魔力を扱うカミルの姿を見ている。見たこともない現象を目の当たりにすれば、気になるのも当然だ。

「すみません、その話は今できないんですよ」

 皇帝派経由で発表をしないと、印象操作に影響が出かねない。

「そうなの?帝都に来たのも、その事に関係していそうね」

 変な濁し方をすれば、そりゃ伝わるよね。

 察しの良いティナは深く追及してこない。

「時期が来たら話します」

 打ち明けられない申し訳なさでいっぱいだ。

「アゼストさん達はお元気ですか?」

「元気よ。慎重派のリーダーだもの、依頼に支障が出かねないことはしないわ」

 安定感のある人で頼もしい。

衝波斬(しょうはざん)は使えるようになった?」

 ティナの質問に、燿光の兆しの面々の前で恥を掻いたのを思い出し苦笑いを浮かべる。

「はい。反復練習を繰り返してモノにしました。幾度となく窮地を抜け出すのに役立ってます。ありがとうございました」

「ふふ、教えたのはアゼストなんだけどね。伝えておくわ」

「そうだ」何かを思い出したかのようにリアがカミルを見つめてくる。

「私が教えた駿動走駆(しゅんどうそうく)も使えるようになっとけよ。できるようになったら別の武技も教えてやるから」

 不完全ながら命を救われた武技だ。今は弾け飛ぶようにしか扱えないが習得しておきたい。

「明日から頑張ります」

 カミルの発言が不服だったのか、机をバンッと叩くと「今日帰ってからやれ」と努力を強いてくる。

 予想外のリアの反応に「いや、資料の作成があるので…」と反論するも、「今日は身体を動かしてないだろ?少しでも良いから動かしておけ。訛るぞ」と助言をくれる。

 何だかんだ言っても、やはり面倒見の良い人だ。

「あら?リア、いつからそんな面倒見良くなったの?」

 ティナさんの言葉から察するに、昔はそうでもないらしい。

「出来が悪いのがいると、嫌でもこうなるよ」

 俺の不出来が原因だったらしい…。そういえば、森でフランツを使おうとして思いっきり蹴飛ばされたっけ…。

「出来の悪い子ほどかわいいってやつ?」

「ティナも教える立場になればわかるかもな」

 出来の悪いヤツですみません…。

 心の中で誤っておいた。

「燿光の兆しは講師を引き受けた事ないんですか?」

 閃族の巡業に同行するほど帝国に信頼されているはずなのに、リアさんの口ぶりからすると講師はやったことないように聞こえる。

「残念ながら、うちには話が来たことはないわね。派手さに欠ける安定さがウリのパーティーだから、学生達のやる気を引き出すには不十分と思われているのかもね」

 自虐的に自分の所属するパーティーを分析している。良し悪しを正確に把握できるところが信頼されているようにも感じるが。学生の身分からすると、目に見えて圧倒されるものが欲しいと思うのが素直なところではある。聖なる焔に至っては申し分なかった。カナンという人を惹きつける見た目と、天技の聖火という力、どちらも兼ね備えているのだから。

「うちもカナンが居なかったら怪しかったかもな」

 リアは実力としては申し分ないが、どうしても言葉遣いの面が印象を悪くしている。本人に自覚はあるが、特に直す気はないようだ。

「こっちとしては、美しいお姉様方とお近づきになれただけで嬉しいんですけどね」

 二人は表情を緩めると、「調子の良い奴」とどこか嬉しそうである。


 ティナが時計をチラリと確認すると「私はそろそろ帰るわね」と席を立つ。

「あんまり遅くなると心配かけちゃうし」

「それなら、私らもそろそろ帰るとするか」

 お開きの空気が漂い、リアに続くように席を立つが「お前はもう少し座ってていいぞ」と言うと化粧室へと二人して消えていく。どうやら食事で乱れた部分の化粧を直すらしい。それなら…。


 暫くすると二人が戻って来る。

 二人が席を外している間に食器は下げてもらい、小さな紙袋が二つちょこんと載っている。

「これは何?」

 見知らぬ物が置かれていることに、ティナが質問してきた。

「二人への差し入れです。お会計は二人が席を外している間にケーキ分も含めて終わっていますから、そのまま持って帰ってください」

「おお、やるじゃねーか!」

 リアに背中をバシバシ叩かれる。

「私までご馳走になっても良かったの?」

 申し訳なさそうなティナさんに「誘ったのはこちらですし、両手に花の一時のお礼です。次の時は割り勘ですよ~」とちゃらけて見せる。

「ふふ」っと笑顔を見せると「ご馳走様です。また一緒にカフェに来ようね」と次の巡り合わせの約束をした。


 カフェを出ると東区と南区の境界まで歩いてきた。

「アゼスト達に報告に行くから」とティナと別れ、二人で宿へと歩き出した。冒険者の多くは東区に住居があるらしい。ギルドからも近く、アルフへの道のりも近いということで、多くの人が集っている。

「ティナさんにも本当のことを言えれば良かったんですけどね」

 一人除け者にしたみたいで心が痛む。陽光の兆しとの出会いが魔法に偏りがちだったカミルに、武技の可能性を知らしめたというのに。本意ではないとはいえ、不義理を働くような結果になってしまった。

「仕方ねーだろ、お上の言うことなんだから。発表まで待つしかない」

「それはそうですけど…」

 煮え切らないカミルの態度に苛ついたリアは、

「ウダウダ言うな。宿で一人になるまで蒸し返すの禁止。一緒に歩いてるこっちまで気が滅入るわ」

 言うだけ言うと、バシンっと背中を叩かれた。唐突に叩かれたことで「げほっげほっ」と(むせ)び、足を止める。

 前を歩く形となったリアが足を止め、カミルへと振り返る。ボブカットの髪が揺れ、オーバーコートが翻る。夕暮れ時に入った太陽が、茜色にリアを染め上げている。

「よーし、宿まで駿動走駆(しゅんどうそうく)の練習すっぞ。こーゆー時は身体を動かせ」

 二ッと白い歯が輝く笑顔が眩しい。

「ほら、さっさと準備しろ」

「は、はい!」

 気分が落ち込みかけた時、無理やりにでも突き動かしてくれる人がいるのはありがたい。

 リアに感謝しつつ、圧縮魔力を足へと流していく。

駿動走駆(しゅんどうそうく)!」

 言葉を口にすると風の元素が足を纏い、弾かれるように駆け出した。そして…、勢い余ってずっこけた。

 痛い…。

 リアは目を閉じるとゆっくりと天を仰いだ。



 宿に帰ると食堂でブラック珈琲を買い部屋へと戻る。圧縮魔力の資料の作成に時間を費やした。構成を考え、副題を考え、それを肉付けしていく。挿絵を入れた方がわかりやすくなるが、生憎と絵心などないカミルは、なるべく言語化だけで理解できるように何度も言葉の言い換えを考えた。そしてふと気づいた。言葉を並べたとして、お偉い方は理解できるのかどうかと。城に引きこもり、武技や魔法からも遠ざかっている貴族に説明する価値はあるのか。

 理論は置いといて、圧縮魔力から享受できる恩恵に力を注ぐべきだと考え直した。純粋に国を守る力が増しますよ。単純にそれだけ伝えればいいだろう。

 気を楽にして書きたいことを自由に書いて終わらせた。不備があったとしても、学生の書いたもので通してしまおうと腹を括る。重要なのは実演なのだから。

 気づくと時刻は()うに日付を跨いでいた。

 夕方から缶詰状態だったのか…。晩御飯喰いそびれた…。

 さっとシャワーを浴びると布団に潜り込んだ。

 宿への帰り道に身体を動かしたのが良かったのか、すぐに心地良い微睡の中へと意識を手放していく。



 翌朝、ドンドンドンドンっという、けたたましい扉を叩く音で目が覚めた。

「カミル!起きろ!」

 外からクヴァの声が聞こえて来る。

 時計に目を移せば、すでに八時を回っていた。資料作成で遅くまで起きていたことが影響したのか、一度も目を覚ますことなく眠り続けていたようだ。

 ベッドから降りると、騒がしい扉を叩く音がする方へと歩いていく。

 ガチャっと扉を開けると、焦り顔のクヴァの顔があった。昨日も似たようにクヴァが駆け込んで来たような?

 起き抜けの頭で「ぉはよう、クヴァ。どうしたの?」と欠伸混じりの挨拶をした。

 ガシっと両肩をクヴァの手が掴まれ、身体が揺れる。

「今朝早く、ハーバー先生が騎士団に捕まった」

「……え?」

 まだ頭が働いていないのか、言葉を理解するのに時差が生じた。

「急いで準備しろ。すぐに城へ向かう」

 あまりの唐突な出来事に身体を固まらせていると「準備できたら食堂まで来い。早くしろよ」とだけ告げ、食堂へ向かうクヴァの姿を見送った。


 急いで支度をして部屋を後にした。扉越しにリアさんにも簡易的に事情を伝え、必要かどうかは謎だが、昨日作成した圧縮魔力の資料を手にクヴァが待つ食堂へと向かう。

「お待たせ」

 準備にそう時間がかかってもいないのに「遅い」と言われる始末。よほど心に余裕が無いと見える。

 宿を出ると一目散に城へ向かって駆け出した。

 何故こうも早く帝都までたどり着いたのかは謎だが、騎士団に捕まってしまった以上、今は城を目指すしかない。

 見慣れてきた街並みを抜け、南区から続く城への跳ね橋まで到着した。

 門兵は変わらずシュバインとアストだ。

「カミルを連れて来た。通るぞ」

 事前に話を通してあるのか、今日は止められることなく二人の前を通過していく。

 城門を抜けるとすぐに「ロウル」と声をかけられ、足を止めた。

 声がする方へと視線を移すと、青藍(せいらん)色の髪を肩まで伸ばしたセンター分けの騎士――ソル・グロワーズ帝国副騎士団長がそこにいた。

「ソル副騎士団長!カミルを連れてきました」

 ソルは頷き、カミルを一瞥するとすぐにクヴァへと視線を戻す。

「エルンストはすでに地下牢へと移された。ついて来い」

 ソルの先導の下、地下へ続く階段へと歩き出した。

 城門を潜り左の通路を進むと、地下へと続く階段が現れた。階段の踊り場で揺らめく蝋燭の火が、暗闇を照らしている。コツッコツッと足音を響かせながら階段を降って行くと、警備兵達がソルに向かって敬礼で出迎えた。クヴァは騎士の格好の為、必然的に私服姿の謎の少年に視線が流れてくる。

 めっちゃ見られてる…。何もしていないのに、居心地悪ッ!

 ジロジロと視線を浴びながら奥へと進んでいく。地下牢には、如何にも悪いことしましたって風貌の男女もいるが、年端も行かぬ子供の姿もあった。睨みつけるようにこちらに視線を送ってくるが、無視するのが一番だろう。そして、最奥の牢にたどり着いた。


 エルンストは壁に背中を預けるように(もた)れ掛り、じっと瞑目(めいもく)していた。身体の至るところに痣や擦り傷が目立つ。牢には加護の魔法がかけられているが、エルンストは元帝国騎士団長。極致魔法で破壊されるのを恐れたのか、徹底的に痛めつけられ憔悴しきっている。

「ひどい顔してますね」

 ソルが牢越しに話しかけると、エルンストの瞼が開かれた。

「ソルか…。俺としてもこの結果は予想外だった」

 どこか哀愁の漂う笑みが痛々しい。

「閣下や騎士団は、フェルロット公爵を抑えきれなかったか…」

「すまない。こちらが思っていた以上に強かでな。表立っての行動を控えていた間に、水面下での根回しに力を注いでいたようだ」

「そうか」エルンストは短く呟くと瞳を閉じる。

「カミル君はどうすればいい?」

 エルンストは目を開くとカミルに視線を向ける。

 突然、名前が呼ばれたことで、おずおずと前へと出ていく。

「すまないな。こんな形で再会することになってしまって」

「いえ、事情は伺っていますからお気になさらずに」

「カミル、ゼーゼマン・フェルロット公爵には気を付けろ。彼は国を運営する上で重要な人物であると同時に、裏では戦争屋の顔を持つ。第二皇子を焚き付け、対立を煽っている張本人だ」

「「!?!?」」

 カミルとクヴァは目を見開き驚愕の顔へと変わる。

 ハーバー先生を指名手配に追い込んだ犯人が、帝国の公爵様…。

 自分達が誰を相手にしているのか、どれほど強大な権力を持っている相手なのかを知り、言葉が詰まる。

 副騎士団長であるソルは知っていたのか反応を示さない。

「攻撃の通りづらい、言葉を操る魔族を討ち倒せる力があるとわかれば、必ず接触してくるはずだ…。もう一度言う、ゼーゼマン・フェルロット公爵には気を付けろ」

 エルンストの視線がクヴァへと移る。

「クヴァ。お前の白炎も同じだ。闘技大会ですでにお前の名前は、フェルロット公爵の耳に届いているはずだ。気を引き締めて動け」

「はい!」身を引き締めるように返事をする。

「ハーバー先生、一つお聞きしたいことが…」

 山脈越えには少なくとも二週間はかかるはず。何故こんなにも早く帝都にたどり着いているのか謎である。

「帝都に到着するのが早すぎる、だろ?」

「お察しの通りです。川を流された俺達ですら、一昨日帝都に着いたばかりです。どうしてこんなにも早く?」

「単純なことだ。御者の人に追加報酬を出して急いで貰った」

 確かに急いでもらうことは可能だろう。整備された街道とはいえ山道には変わりはない。うねる道を駆け抜けられるほどに馬の体力が持つはずがない。

「カムロギには無理をさせたがな」

「ユリカさんが何を……、あッ!」

 一つの可能性に思い至り、変な声を上げてしまう。

「支援魔法ですか?」

 エルンストは頷く。

「そうだ。彼女は回復魔法だけでなく、支援魔法も人並み以上に扱える。フィブロのことも気がかりだったのか、自ら馬に支援魔法をかける役を買って出てくれた」

「馬は良くても、キャビンは大丈夫でした?」

 いくら馬が速く駆けようとも、速度が増したことでキャビンにもそれ相応の負荷がかかるはずである。車輪が歪んでしまえば、商売にも影響が出そうなものだ。

「移動に関して言えば、皆が協力して魔法で凌いだ。お前も知っての通り、実力者揃いだから道を外れることなく制御はできた。ただ、やはりキャビンはガタが来てしまってな、修理費の請求が後日届くことになっている」

「ソル」副騎士団長の名前を呼ぶと「すまないが、支払いを代行してもらえないか?屋敷にいるフロンターレに請求してくれ」

「俺、あのお婆は苦手なんだけどな…」

 後頭部を掻き毟ると「任された」と了承してくれた。

「聖なる焔のメンバーは城内で事情聴取されているはずだ。おそらく二階東側の騎士団の詰所あたりで――」


 ドゴォォォオンッ!! ガラガラガラ  ドォォオンッ!!


 城の上の方から、何かがぶつかり砕ける音が響いてきた。

「何だ!?」

 ソルが瞬時に手を剣の柄へと運んでおり、臨戦態勢を取っている。

「上、ですよね?」

 クヴァがソルの顔を見ながら確認を取る。

「お前ら上へ急げ!騎士団の務めを果たすんだ!」

 エルンストの喝を受け、弾かれるようにソルとクヴァは階段へと駆け出していた。

 どうして良いかわからず立ちすくんでいると、

「カミル、何が起きているかわからない。状況確認だけで良い。行って来てくれないか?」

「は、はい!」

 使命を受けると人は動けるものである。カミルも二人の後を追うように階段を駆け登る。

 ここは帝都で城だというのに、何が起こったのか…。

 階段を登りきると、城門の前までたどり着いた。

 騎士達が二階へと移動しているのを確認すると、追うようにカミルも駆ける。六体の竜の置物の間を抜け、二階に上がる。騎士達は更に上の階層へと駆け上がっていた。カミルにとっては未知の三階だ。警戒しながら三階へと駆け上がっていく。

 階段を登りきると、そこに広がっていたのは…。

「中庭…?」

 外に出たのかと錯覚するような青い空と、緑豊かな庭園が視界に入って来る。その先に建物へと繋がる扉が存在しているが、今は開け放たれ騎士が中へと雪崩れ込んでいる。

 庭園の中央へと歩いていくと、細やかな意匠と宝石があしらわれた白を基調とした東屋にたどり着く。雪崩れる騎士達の背中で中の様子を窺うことができない。

 行儀が悪いけど、この椅子に登らせてもらおう。

 椅子の上に立つと、ようやく中の様子を確認することができた。どうやらこの先は玉座の間のようだ。二つの玉座があり、皇帝と思われる真紅の短髪に長い口髭が特徴的な男性と、皇后と思われる花葉(はなば)色のストレートロングの髪を持つ女性が座られている。皇帝の横には二人の若い男性、皇后の横にはフローティア皇女が寄り添うように立っている。

 皇后の横にフローティア皇女がいるってことは、皇帝の横にいる赤系の色の髪をしている二人は皇子ってわけか。

 皇族や騎士達は皆一様に顔を右に向け、上空を仰いでいた。

 視線の先が気になり、カミルも視線をそちらへ向けると……そこにいたのは、全身を黒で統一した黒髪の壮年の男性。鱗状の大剣を握り、翼竜のような翼を持った異形の存在。


「あれは…、エジカロス大森林で見た言葉を操る魔族!?何で玉座の間に!?」


 煌々と赤く輝く瞳…。間違いない!確かに森からそこまで離れていないけど…、やっぱり人に仇なす存在なのか!?

 魔族の更に奥に視線を向けると、壁は大きく抉られ、崩れた壁が玉座の間に砕け散っている。どうやらさっきの物音の正体は魔族の襲撃だったようだ。

 魔族の視線がギョロッギョロッと何かを探すかのように動いている。視線を向けられた者は、以前カミル達が味わった威圧にやられ、身を固まらせている。

 魔族の口が動き始め、言葉を紡ぎ出す。


「ヤツはどこだ?隠すとためにならんぞ?」

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