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ep.24 人は巡りて

 聞き馴染みのない「圧縮魔力」という単語。なんだそれ?という空気が室内を満たしていた。皇女様の前ということもあり、やり辛さを感じながらも一歩前へと出る。

「難しいことではありません。やり方を知っているか、いないかで結果がことなるだけですから」

 クヴァに視線をやると「手伝って」と声をかけた。

 良くわからずもクヴァも前へ出てきてくれた。 

「圧縮魔力とは…」


 圧縮魔力についての説明に、皆怪訝な表情のままでいる。

「では実際に比較してみましょう。クヴァ、纏で拳を覆って」

 カミルの言葉にクヴァは素直に従い、胸の前で拳に纏を覆った。

「クヴァの纏は、通常の魔力のものです。圧縮魔力で纏を行うとこうなります」

 クヴァと同じように、胸の前で拳を握ると圧縮魔力での纏を発動させた。見た目からして差があるからわかりやすいだろう。圧縮魔力での纏には、綺羅綺羅と輝いて見える。ダイヤモンドダストのように、儚く人の目を引く輝き。

「きれー」皇女様の短い呟き聞こえてきた。

「見た目だけでもこれだけ違います。見栄えを良くしたい人にはウケがいいかもしれませんね」

 注目が集まるのなら、宣伝効果については問題なさそうだ。

「では、実際に拳を合わせてみましょう。派手にやると迷惑をかけてしまいますから」

 ゆっくりと拳を前に出し、見本を見せる。

「これくらいの速度で打ち合いますので、威力の方も見て頂ければと思います」

 クヴァへ目配せをすると「いきます」というカミルの合図で、纏の状態の拳がぶつかり合った。

 触れた瞬間、クヴァの拳は身体の後方へと弾け飛んだ。軽めのぶつかり合いということもあり、肩が後方に流れるだけに留まっている。

 実力でいうなら、明らかにクヴァが有利なのは誰の目にも明らかだっただけに、クヴァの拳が弾けたのには一同驚愕の表情を浮かべている。打ち合ったクヴァでさえ驚いているのだから、衝撃的な結果に映っているのかもしれない。

「まあ、こんな感じに威力が上がります」

「俺はまだ練習中だけど…、扱えるようになったらこうなるのか!」

 両拳をギュッと握り締め、嬉々としてクヴァは喜んでいた。

 対照的にカミルは複雑な想いでいた。

 圧縮魔力を国内に広めてしまえば、確実に俺は平凡さに埋もれてしまう。圧縮魔力との出会いも偶然だったわけだし、本来あるべき姿に戻るだけなんだけど…。チヤホヤされるという儚い夢が消え去るな…。今の俺、ちゃんと笑えているかな。

「もちろんメリットだけある技術ではありません。確かなデメリットも存在します」

 ガナードが興味深そうに「何だ?」と聞いてくる。

「圧縮する分、発動に必要な魔力量が増加します。短期決戦でなら問題ありませんが、持久戦になればなるほど不利になることを忘れてはいけません。もう一つ。圧縮魔力に慣れない内は使うことをオススメしていません。魔力の流れがいつもの感覚とは異なる為、最悪不発に終わってしまいますからね」

「そこは留意すべき点だな。それでも恩恵は大きい。提案してみるのも悪くないかもしれない。エルンストが帝都にたどり着く前に発表してしまえば、皇帝閣下への不信も和らぐかもしれない」

 騎士団長には思ったよりも受け入れられたな。あとは目の前にいる皇女様次第といったところ。

 フローティアはカミルに視線を送り続けていた。目上の者に見続けられることほど、居心地が悪いものはない。暫く見続けた後、フローティアの口が開かれた。

「貴方、名前を聞かせていただけるかしら?」

「カミル・クレストと申します」

 名を告げ、一礼をする。

 フローティアの表情が穏やかな笑みへと変わった。

「カミル、貴方の提案を受け入れます。圧縮魔力について資料をまとめなさい。それから…発表時には実演もお願いしようかしら」

 ハーバー先生を救える可能性があるのであれば、全力を尽くす姿勢は見ていて心地良い。でも…、圧縮魔力の発表は皇帝閣下と貴族の前で行われるんじゃない?流れがまずい。修正していかないと。

「一介の学生が出しゃばるところではないと思いますし、騎士団長に習得していただいた方が説得力が増すと思われますが?」

 ガナードは不思議そうに視線を送ってくる。

「不発に終わる恐れがあるのなら、慣れているカミルに任せる方が得策だろう?」

 さっきの俺、いらんことまで言ってる!?

 不意に肩に手が乗せられた。顔を向けると、クヴァがにこやかに「諦めろ」と告げた。

 ガクっと膝を地面につけ、崩れるように四つん這いになる。

 カミルは心の中で叫んだ。


 ノォォォォォォオオ!!



 圧縮魔力を皇帝から発表させるという流れに納得し、フローティアはにこやかに手を振ると団長室を去って行った。カミル達も報告を終え、団長室を後にしている。

 発表に出席する流れが変えられそうにない。当日の俺、頑張ってくれ。

 宿は伝えてあるので、発表の日程調整が出来次第、使いの者が知らせに来てくれる手筈になっている。それまでに資料作りを終えなくてはならない。

 ま、何度か説明しているから言語化はできているから、本当に文章に書き起こすだけなんだけどね。

 城門まで戻ってくると、門兵のシュバインとアストが出迎えてくれる。クヴァには絡むシュバインも、カミルに対しては新設に接してくれる。

「俺はこのまま詰所に行ってから任務に戻る。何か用があったら門兵経由で知らせてくれ」

「わかった。クヴァも任務頑張って」

 三人に手を振ると南区に向けて歩き出した。

「迷子になるなよー!」

 背後からクヴァのからかう声が聞こえてくると「子供扱いするなー!」と返しておいた。


 迷うことなく宿屋へとたどり着いた。帝都に来たにも関わらず、真っすぐ宿まで戻ってきたのには理由があった。

 リアが宿泊している部屋の前まで来ると、コンコンコンとノックをする。

「リアさん、いらっしゃいますか?」

 間を空けずに「ちょっと待ってろ」と返答がきた。待っていると、中からコツッコツッと靴でフローリングを歩く音が響いてくる。扉の前で足音が止むと、ガチャっと扉を開いて中からリアの姿が現れた。扉を完全に開かず、半身だけ出すと自分の身体を使って中が見えないように視界を塞いでいる。

 中で何かやっていたのだろうか?

 ルームウェアなのか、ふんわりとした半袖のシャツに、ゆったりとした膝下までのパンツスタイルだ。普段のキリっとした雰囲気とはかけ離れていた。

「何か用か?」というリアの表情はどこか焦っているように感じられた。詮索するのは良くないし、用件だけ伝えてしまおう。

「冒険者組合(ギルド)へ案内して欲しいんですよ。学生だと入りづらいところですから」

「断る。面倒臭いし」

 リアの身体が部屋へと吸い込まれていく。

「終わったら、カフェでケーキでもご馳走しようと思ったんですけどね。ざんね……」

 言い終わる前に勢いよく扉が開かれた。

「よし、今から準備するから待ってろ!」

 そう語るリアの瞳は綺羅綺羅と輝いている。

 勢いよく扉を開けたものだから、リアの身体の隙間から部屋の様子が窺えた。洗濯をしたらしく、部屋の中央に紐を通し、洗い立ての服が掛けられている。注目すべきなのはそこではない、ベッドの方だ。ベッドの上に無造作に置かれていたのは…リアの下着だった。

 リアさんの、し、下着!?しかも黒色!?

 カミルの顔は一気に赤くなる。

 カミルの変化に気付いたリアは、その視線の先に何があるのか瞬時に理解した。それと同時に足も出ていた。

 前蹴りをもらう形になったカミルは「ぐぇ」と潰れた蛙のような声を出しながら廊下へ倒れ込む。

 カミルが倒れ込んでいる内に、扉が勢いよくバタンッと締められると「しょ、食堂で待ってろ!」という声が届いた。

 半身を起こしながら痛む腹を摩る。つい先ほど見たものを思い出し、体温が上がるのを感じた。思わず想像してしまったのだ、布面積が少ない透けた黒いレースな下着を纏ったリアの姿を。

 リアさんって、あんなセクシーな下着を身に着けているんだ…。

 カミルはすぐには立てなかった。痛みのせいで立てないわけではなく、立ってしまうととある部分が強調されてしまうのだ。

 カミルは、ただただ無心で時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。


 食堂に移動してから20分ほど経っただろうか。ようやくリアさんが食堂に姿を現した。

「お待たせ」

 いつもの鎧姿では無く、白銅色のハイネックサマーニットに黒のスキニーのデニム姿。地面に擦るのでは?と思うような白銅色のオーバーサイズのコートを纏っている。まだまだ秋口の暑さが残る日ということもあり、肘の辺りまで巻くっている。足元は青藤色のパンプスというコーデだ。リーフ型の翠のペンダントが胸元を彩っている。

 ミツハ川に落ちたということもあり、服などは馬車に残されたままのはず。俺達が入城している間に買い揃えたのかもしれない。

「待つのも男の務めと教わっているので気にしていませんよ」

「はぁ~」とリアが深いため息をつくと首を左右に振った。

 何かあったのだろうか?

「そこはお前、『こっちも準備に手間取っていたので今来たところですよ』だろ?女の子にモテたかったら、もう少し気の利いた言葉を覚えろ」

 ため息の理由はそういうことか…。

 立ち上がると「良い男になれるように、これからもご指導お願いします」と頭を下げておいた。

「その志はよろしい」

「普段の格好良い鎧スタイルも素敵ですけど、私服姿のリアさんも良いですね。スタイルの良さを出しながら、大きめのコートがふわっとしていて可愛らしいです」

「だろ~?」とその場で一回転して、今日のコーデを見せつけてくる。

「カミルも女の子の扱い方、多少はわかるんだな」

「失敬な!いつも女の子は大切に扱ってますよ!」

 女の子にチヤホヤされたい。多くの男が抱える願望だろう。カミルもその内の一人だった。だから、女性との接し方は積極的に学んでいる、つもりである。

「ははははは」と腹を抱えて笑うリアは「ごめんごめん」と謝っているのか、貶しているのかわからない謝罪の言葉を口にした。

「まあ、カミルは不幸体質かもしれねーな。特異な魔族に襲われるわ、川に落ちるわ。苦労してんな」

 リアの表情が和らぐ。

「でも、自分のことは幸運な部類の人間だと思ってますよ」

 リアは首を傾げると「なんでだ?」と聞いてくる。

「だって、学園を休んでいる身分で美女とデートできるんですからね!これを幸運と言わずに何て言うんです?」

 カミルは本心からそう思っている。アズ村にいた時も、アルフでの学園生活も、華のある生活とはほど遠いものであった。学園に入ってからは、周りに女性がいることも多くなったが、心から惹かれる相手とは未だに巡り合っていない。その点、リアはエルフということもあり美形で外見にも気を使っている。何よりも、言動は荒いが面倒見が良い。こうして一緒に時間を過ごすことも心地良く感じている。

「さすがにそこまで真っすぐな言葉をもらうと、て、照れるものが、あるな?」

 何故か疑問形である。

 頬をほんのりと染め身を(よじ)る姿がいじらしい。

 リアの反応がかわいらしく、思わず笑みを零れる。

「想いは言葉にしないと伝わらない、そう教えられましたからね。リアさんが喜ぶ姿が見れて嬉しいです」

 リアの顔が更に朱に染まる。

「ま、まあ、その…、なんだ?……とりあえず、冒険者ギルドへ向かうぞ!」

 誤魔化すような言葉をかけると、リアは宿の外へと歩き出した。

 リアさんの照れる姿は可愛いな。普段は荒々しさが目立つから言い寄って来る人が少ないのかも?案外押せばいけるのか…?

「待ってくださいよ」

 恋心のような淡い感情?を抱きながら、リアの後を追う。


 宿を出ると東区へ向かって歩いていく。冒険者組合(ギルド)はそっちらしい。

「いつも思うんですけど、女性のその小さな鞄には何が入っているんですか?」

 アズ村にいた時には見かけたことが無かったが、アルフに出てから女性がいつも持ち歩いている小さな鞄が常々気になっていた。女性と二人で出かける機会のない、灰色の学園生活を過ごしていた。

 リアは顔だけカミルの方へと向けると、腕に紐を括りつけた可愛い見た目の白い小さな鞄を顔の横で揺らして見せた。

「このポシェットのことか?」

 あれはポシェットと言うのか。

「そうです。その白いポシェットの中身です」

 リアは足を止め、身体をくるっと反転させると、とびきりの笑顔で「秘密よ」とウィンクをする。

 普段のリアからは想像もつかない仕草に、カミルの鼓動が跳ねた。

「なーんてな。財布とか化粧品とか、出先で必要な物を詰め込んであるんだよ」

「そ、そうなんですね」

 リアの行動にどぎまぎしているカミルはどもってしまう。

 よくよく考えたら、女性と二人きりで出かけるの、初めてかも…。なんか…緊張してきた。

 再び歩き出すと「乙女の秘密を探ろうとするなんていけないことだぞ」とやんわりと窘められる。


 南区から境界線を跨ぐと東区へと入っていく。東区は、どうやら冒険者向けの区画のようだ。冒険に必要な武具や雑貨などを扱う店が軒を連ねている。鍛冶屋の工房がいくつか存在し、水を多分に使うのか水路がいくつも整備されている。ミツハ川やアルス湖が近くにある恩恵だ。こういった水路から病気が蔓延したり、洪水で水が溢れることもある為、良いことばかりではないが。


 会話が止まってしまった。何か話題は…話題……。

 焦ると余計に頭が真っ白になるものである。そもそも、話題を探している段階でお察しだ。

 無言のまま歩き続けていると、「ギルドに着いたぞ」とリアから声がかかった。せっかくの時間を無に還してしまう。

 リアが取っ手に手を掛け、扉を押して中へと入っていく。

 二人の時間は名残惜しいが、冒険者組合(ギルド)に入れる機会を無駄にはできない。

 何となく騎士を目指そうかと考えていたカミルは、冒険者パーティーの燿光の兆しと聖なる焔と出会って以来、冒険者に強く興味を持ち始めている。自分の未来を考え、冒険者組合(ギルド)を見学してみたくなったのだ。実際にどんな依頼があるのか確認し、自分が進む道を決めたいと考えている。

 冒険者組合(ギルド)の中は、意外……と言ったら失礼になるが、想像していたよりも綺麗だった。腕自慢、力自慢が集う印象が強いため、もっと粗野な詰所みたいなものを想像していた。ここが帝都だから、そういう可能性ももちろんある。

 出入口から真っすぐ進むと受付があり、右手の掲示板には依頼の情報が載ったわら半紙が所狭しと貼り付けられている。左手にはカフェ兼酒場と見られる施設があり、話し合いの場としても利用できる。左手奥には二階へと続く階段があり、関係者以外立ち入り禁止の札が階段の脇に置かれている。職員や身分の高い方を招く部屋となっている。

 日中の時間帯ということもあり、ギルド内に人の数は数える程度だ。

 前を歩いてたリアが振り返る。

「で、こんなとこに来て何がしたいんだ?」

 冒険者でもなければ、学生の身分であるカミルが何をしに冒険者組合(ギルド)に来たのか気になるようだ。

「実際の依頼内容を見てみたかったんです。将来的に冒険者になるかもしれませんからね。早い内から情報収集です」

 依頼の掲示板の場所を確認すると歩き出す。

「お前まだ一年だろ?少し気が早くねーか?」

 後ろからリアの声が聞こえてくるが、振り返ることもなく答える。

「実際に依頼を見てどう感じるのかが大事なんですよ。冒険者になっていざ依頼を見て絶望とか嫌ですしね」

「堅実なのか、夢がないのか…。ま、駆け出しは退屈な依頼ばかりだから覚悟は必要かもな」

 掲示板の前に到着すると、カミルの心は高揚していた。どんな依頼があるのかワクワクしている。掲示板を見てみると、いくつかの区画に分けられていることに気が付いた。

「依頼は、依頼内容、必要日数、危険度で六つのブロックに分けられている。内容を見る前にざっくりとどんな依頼なのかがわかるようにな」

 キョロキョロと視線を移しているのに気づいたのか、説明を入れてくれた。

 掲示板を見るに、危険度が高い依頼と報酬が安価で手間な依頼が多く残っている。依頼の数に対して冒険者が少ないのか、かなりの数の依頼が残っている。一か月前や二か月前の依頼まで残されていた。

「依頼ってこんなに残っているもの何ですか?」

 リアは顔を少し上へ逸らし、顎に人差し指を当て考える。

「報酬と難易度が釣り合っている依頼はすぐになくなる傾向にあるが、危険度の高い依頼は帝都に集まりがちだな。報酬が少ない依頼は言うまでもないだろう?…にしても、少し依頼が渋滞してる感じはある。私達みたいに多くのパーティーが遠くへ出向いているのかもしれねーな」

 帝都では依頼に困ることはないのかも?様々な産業が盛んであれば、働き手はいくらでも欲しいってところだろう。魔物の討伐や素材採集よりも、物の運搬関係の依頼が多い。冒険者の比率が多いのか、働かない人が多いのかは謎だ。冒険者を生業とするのなら、帝都ほど良い拠点は無いだろう。住居さえ確保できたらの話ではあるが。……宿暮らしもありか?

「ねえ、リアさん。帝都の賃貸料の相場ってどうなんですか?」

「駆け出しの冒険者はまず賄えないから夢を見るな」

 ピシャリと言い切られた。

「ある程度の危険な依頼か、帝都での重労働な依頼をこなせるようにならないと宿から脱出することはできないな。冒険者を始めるなら、まだアルフかザントガルツで経験とお金を貯めるところから始めるといい」

「リアさん達の拠点は帝都ですよね?どこに住んでいるんですか?」

 信じられないものを見たとばかりに顔を引き攣らせ、「はぁー」と盛大にため息をつかれてしまった。

「お前な~、女が家を教えると思うか?不用心にもほどがあるだろ」

「ああ、そうか…」

 言われてから気づくとは…。何とも情けない気持ちでいっぱいになった。

「今のは忘れてください」


 目についた依頼内容に目を通していると不意に声をかけられた。

「あら?リアじゃない、お洒落しちゃってどうしたの?」

 声のする方へと視線を送ると、肩まで伸ばした金髪に緩やかなパーマのかかった女性――ティナさんが立っていた。

「今、こいつの用事に付き合ってるとこ。ケーキ驕ってくれるって言うからさー、つい」

 拳を握り親指を立ててカミルを差した。ケーキの話をしている時のリアは常に笑顔である。

「ケーキ」という言葉に「相変わらずね」とティナは微笑んだ。

 視線がカミルへと移る。

 僅かに目が見開き、「あー!」と人差し指を差されながら大声で叫んだ。

「ティナさん、お久しぶりです」

 ティナさんとはアズ村以来の再会だ。もうどれくらい前だろうか?8ヵ月?9ヵ月?本当に久しぶりだ。

「カミル、久しぶりね!元気してるー?」

 一度しか面識がなかったから忘れられてるかと思いきや、覚えてくれていた。これは素直に嬉しい。

「今は元気ですけど、結構死を隣に感じる瞬間はありましたね…。はははは」

 ティナは訝し気にカミルの顔を見つめている。

「カミルは今、学園の一年生だったよ?何をやらかしたの?」

 やらかしていることが前提らしい。

「何もやらかしていませんよ。不幸が向こうからやってきてるだけで…」

 二人のやりとりをみていたリアが問いかける。

「ん?二人は知り合いなの?」


 アズ村で起きた出来事を掻い摘んで説明しておいた。

「へえ、燿光の兆しは巡業に同行できるまで信頼を勝ち得たんだ」

「地道に依頼をこなしていたからよ。実績重視、それがうちのパーティーのモットーですからね」

 ティナは悪戯っぽくウィンクをしてみせた。

 姉妹でもこうも違うものなのか。ファティは見た目からして悪役令嬢っぽい上、押しが強い。それに比べて、ティナは物腰が柔らかくほがらかな印象だ。

「そうそう、学園でファティと同じクラスになったんですよ」

 意外そうな顔を浮かべるティナ。

「ファティって呼んでいるのね、珍しい。ああ見えて、その呼び方を許している人は少ないのよ?」

 ああ見えてって、見たまんまな気がするんですけど…。そーいえば、ファティはシスコン気味だったな。姉のことが絡むと途端にテンション高く振舞って、相手にするのがひどく面倒臭かった。

「それは光栄ですね。ファティはすぐに喧嘩友達ならできてましたよ」

「喧嘩友達って、ふふふ」とひどく楽しそうに肩をピクピクさせながら笑い出した。目頭に涙が浮かんでいる。

「だってあの子、いつも喧嘩友達しかできないのよ?後はいつも一人でいるの。喧嘩しているか、一人でいるかしかしないんですもの、時折心配になることがあるのよ。心許せる友達を作ることができるのかってね」

 ティナの表情が物寂し気になった。

 普段のファティの態度では望み薄だろう。ただでさえ貴族ということで近寄り難いのに、言葉に棘があれば誰だって距離を取りたがる。近寄って来るのは、アロシュタット家に取り入ろうとする人だろう。下心が見える人とファティが(つる)むとは思えない。

「難儀な性格してますからね…」

「その点カミルは仲良くしてくれているみたいだし、ちょっと安心かな」

 (かげ)った表情が緩んでいく。

「私が婿を取らず、嫁にも行かずに好き勝手に冒険者をしているでしょう?それであの子の教育が厳しくなっちゃったみたいでね、その反発で人との接し方がわからなくなってるのかもしれないのよ」

「普段からきつい印象を抱く表情をしていたり、棘のある言葉を吐いたりしてきますけど、根は良い人だとは思ってますよ」

 あれは人付き合いが不器用なだけだ。単純に人と仲良くするにはどうしたらいいのかわからないのだろう。わからないから距離を取る、その負の連鎖に陥っている。

「…理解ある友人ができたこと、とても感謝しているわ」

 ティナが深々と頭を下げてきた。

「ちょっ、頭上げてください」

 慌てて頭を上げるように促すも、頭を下げたまま上げようとしない。

「それだけ妹のことが心配だったってことだよ。折り合いがつかないから家にも中々帰れないことをウンウン悶えてたし」

 リアさんとティナさんは別のパーティーだけど仲が良さそうだ。普段から砕けた関係性なのかもしれない。お家柄の情報なんて、信頼関係が築けていないと話すことはできないだろう。

「リア!?それ言っちゃうの!?」

 顔を赤らめてリアの肩をポカポカと叩いている。二人のやり取りがやけに可愛らしく、自然と頬が緩む。

「だって事実だろ?カミルが言葉にしないと伝わらないって教えてくれてからさ、私も倣って言葉にしてみただけだよ」

 な!?この人!こっちにまで飛び火するような発言を!

 ティナの顔が動き、カミルの顔を捉える。

 たぶん睨んでいるんだろうけど、何故かカワイイという印象しか受けない。そんな人も世の中にはいるのかと新しい発見だった。

「そ、それで、ティナさんは何をしに冒険者組合(ギルド)へ?」

 露骨に話題を変えてみた。飛び火したのなら、即消火するのが望ましい。

「あっ」と何かを思い出したように、受付の方へと駆けて行った。

「受付に行ったってことは、おおかた依頼の受理か報告だろう」

 リアが受付の方へと歩いていくので、それについていく。


「またよろしくお願いします」

 受付のお姉さんがティナに頭を下げている。

「終わったか?」

「ええ。報酬の受け取りに来たところだったのよ。忘れて帰ったらアゼストに何て言われるかわかったものじゃないし」

 ティナの腕には豊かに膨らんだ巾着袋が握られている。

 アゼストさんかー。元気かな?

 懐かしい名前を聞き、もう少しティナと話をするべく一つの提案をする。

「ティナさん、この後のご予定は?」

「特にないけど…?」

「でしたら、今からカフェに行くんですけど、良かったらご一緒しませんか?」

 カミルの提案にリアが「はは」と笑い出す。

「さすがカミル、手が早いな!」

 ちょっ、この人は何を言い出すのか…。

「え?」

 ティナがきょとんとした顔になった。

「こうやって妹さんにも近づいたんだな?」

 リアの顔がニヤついている。

 なんか変なスイッチ入ってない?

 ティナの顔がバッとカミルを捉える。

「そうなの!?」

「違いますよ!リアさんの妄想ですから!」

「そうやってムキになるところが怪しいんだよ」

 訝し気に見つめるティナ。おちょくるように笑い転げるリア。

 ちょっと面倒臭くなってきたし。とりあえず移動を開始しよう。


「さ、カフェに向かいますよ」

 一人そそくさと出口に向かって歩き出す。後方から「待ってよ」「待てって」と聞こえてくるが、応えるつもりはない。これが俺の細やかな抵抗なのだから。


 久しぶりのカフェに心を躍らせながらギルドの扉を開け放った。

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