表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/72

輝けど陰りは広がり

 穏やかな朝の空気がクヴァが放った一言で揺らいだ。

 まだ頭が働いていないのかもしれない。ハーバー先生が指名手配とか聞こえたような。

「ごめん、クヴァ。もう一回言って?」

「だから」と言葉を強くしていく。

「ハーバー先生が騎士団に指名手配されたんだって!」

「何で!?どうしたらハーバー先生が指名手配されることになるの!?」

「お客様、お静かに」給仕のお姉さんが淡々と注意をしてきた。

 反射的に手で口を覆った。まだ朝も早い時間。宿泊客は少なからずいるので、騒々しくしていたら営業妨害だろう。給仕さんにペコっと頭を下げるとクヴァへと顔を向ける。

「俺も朝に詰所に行って同期から聞かされただけだから詳しいことはわかんねーんだけど…、ハーバー先生の中から魔族が現れたことが騎士団の中で問題になって皇族の耳にまで届いたらしい」

 驚きのあまり、カミルは項垂れた。

 ハーバー先生は悪いことは何もしていない。それなのに指名手配されるなんておかしい…。

 ふと、おかしな点に気付きバッと顔を上げる。

「何でハーバー先生の中から魔族が現れたことが帝都に伝わっているわけ?」

 カミル達は技能講習の翌朝にアルフを発っている。海岸沿いよりも早く帝都にたどり着ける山脈越えのルートを選んだ。本来であれば二週間ほどの行程。川に落ちたことで、その半分ほどの時間でたどり着けたのにも関わらず、何故その情報が既に帝都まで届いているのだろうか?

 クヴァは目を見開き驚いた表情になった。

「確かに…。一週間っておかしな日数で帝都までたどり着いた俺達よりも早く情報が届いていた…?」

 虚空を見つめ考え込んでいる。

「俺達の知らない情報伝達方法があるのか、それとも、俺達よりも早くアルフを発って、俺達と同じように川を下ったかのどちらかか…」

 騎士団の情報を持つクヴァですらわからない。考えても仕方ないと結論付けると、やることは限られる。

「クヴァ、とりあえず騎士団への報告がてら情報収集をしよう」

 クヴァは頷くと「それしかないよな…」と呟いた。頭を掻き毟り、納得いかない様子だ。

「よし、騎士団長のところへ案内する。ついて来い」

 給仕のお姉さんに「ごちそうさまでした」と声をかけると、宿屋の扉を潜り外へと歩き出した。



 宿屋街を抜け、大通りに出ると正面に城が見える。まだ朝が早いこともあり、人通りは疎らで清掃員のような人が街を清掃している姿が映る。国を挙げて街の景観を綺麗に保っているのだろう。街灯の上では小鳥が唄い、青空と相まって穏やかな朝の帝都を彩っている。

 南区には商業施設が集まっているのか、洒落た造りの建物が多い。ガラス張りの建物たちが朝日を受けて輝いている。南区の中央には大きな広場があり、露店の準備をしている人達が忙しなく商品を並べていた。広場の中心にある噴水の脇を通り抜け、城へ続く大通りへと歩を進める。

 城が近くになるにつれ、店舗の格が上がっているような気がする。所謂、貴族御用達のお店ってところか。貴金属を扱うであろう店舗まで見え始めている。

 大通りを抜けると、城の周りに大きな堀があり、各区画から一本ずつ跳ね橋が架かっている。帝国が帝都まで攻められるのは想像し辛いが、有事に備えるのは大切なことだろう。アルス湖から水が引ける構造でもあるのか、所々に土管の穴が覗いている。

 興味本位で少し身を乗り出し覗いてみると、かなりの深さなのが伝わってくる。

 10mほどか…?誤って落ちでもしたら、ただでは済まないだろうな…。

 ミツハ川で落ちた時のことを思い出し、ブルルッと身を震わせた。

「覗くのは構わねーけど、落ちんなよ?」

 今それを言うのは止めてくれ…。そういうのは前振りって言うんだよ!

 恐る恐る身体を橋の方へと引き戻していく。

 ヨシッ!何事もなく身体を戻すことができた。

 クヴァの方へと視線をやると、「早く行くぞ」と顎でクイッと急かされる。


 落ちないように橋の中央寄りを歩いていくと、城門の前までやってきた。立ち塞がるように立つ門兵が二人。まだ若いのか、ギラギラとした目でこちらに視線を送ってきている。手柄を立てて出世してやる!という気迫で満ちているのがわかる。

 新兵ってのはやっぱり下積みで門兵をやるもんなのかな?でも、クヴァは任務を受けてアルフまで来ていたような?新人の部とはいえ、闘技大会で優勝するほどの実力だからそれも納得なのかも。

 クヴァが一歩前へ出ると騎士のペンダントを提示する。

「第三騎士団所属、クヴァ・ロウル。ガナード・ラウ騎士団長からの任務で証人が必要となり、共に登城して参りました。証人、カミル・クレストの入場許可のお伺いを騎士団長へお願いいたします」

 門兵の視線がペンダントへ移り、僅かに頷き視線をクヴァへと戻す。

「確認してくる。そこで待っていろ」

 門兵の一人が城の中へと消えていく。

「すっかり騎士らしくなっちゃって」

 手際よくやり取りをするクヴァを見ていたら、思わず本音が口に出た。

 クヴァが得意げな顔で振り返る。

「礼儀作法は騎士の基本だからな。カミルも騎士団を目指すなら、粗野な言葉遣いは今の内に直しといたほうがいいぞ」

 すぐ調子に乗るのは昔から変わらないな。先輩風を吹かせてくるなら、そこも直してくれるとありがたいのに。

「まだ決めかねてるかな。実力的に届くかわからないし、聖なる焔の人達を見ていたら冒険者も悪くないのかも?とは思ってる」

「入学したてなのに何言ってんだよ。そこは、『努力してクヴァ先輩みたいな騎士になります!』だろ?」

 大袈裟に拳をグッと胸の前で握って熱弁する姿に、思わず「フッ」と鼻で笑ってしまった。俺の声真似でもしたのか、声が上ずって聞こえた。

「何馬鹿な事言ってんの?目標にするなら騎士団長でしょ」

「それなら、カミルが卒業するまでに俺が騎士団長になってればいいんだよ」

 恥ずかしげも無く雄弁に願望を語るクヴァ。その度胸だけは羨ましいものである。

「おい、クヴァ。その言葉、騎士団長か副団長に届けてやろうか?」

 唐突に門兵が語り掛けてきたことにビクッと身体を揺らす。

 クヴァの…知り合い?

「マテマテマテマテ。今のは聞かなかったということで頼むよ」

 胸の前で手を合わせると、左右の掌を動かしすり込むように動かしながら頭を何度も下げている。

「今現状はお前の方が上かもしれん。だがな、すぐにお前を追い抜いてやるから覚悟しとけよ」

 腕を組みながらそっぽを向く門兵。二人の口ぶりからすると、おそらく同期なんだろう。入団して間もないクヴァが任務で帝都外に出ていることを考えると、思っている以上にクヴァは騎士として優秀なのかもしれない。

 城の中へ消えていった門兵が戻ってきた。いくら何でも早すぎるような?

「えらく早いじゃないか?ちゃんと聞いてきたのか?」

 クヴァがニタニタと茶化す。

「僕は門番があるから中にいる騎士に引き継いできた。それだけだよ」

 クヴァの嫌味にも穏やかな笑みで応えている。こちらの門兵は少し気弱そうに見えた。それでも騎士団に入れている時点で実力は折り紙付きだろう。大人しそうな人ほど怒らせたら怖いものである。

「そこの二人は同期でな。闘技大会で俺に派手に負けたのがよっぽど悔しかったみたいで、毎回こうやってダル絡みしてくんの」

「誰が悔しがってるって!?」

 憤慨する門兵を他所に、カミルに二人を紹介し始める。

「こっちのイキってる深緋(ふかあけ)色の髪のヤツがシュバイン・モースター。そっちの礼儀正しい梔子(くちなし)色の髪のヤツがアスト・サクハヤヤだ」

 シュバインは束感のあるネープレスショートで見た目は爽やか系だ。ツリ目でどことなくキツネ顔。

 アストは前髪が重め。その分ゆるいパーマがかかっているので重たくなりすぎていない。首元を刈り上げているので、トータルバランスで言えば丁度良いのかもしれない。左目の泣きぼくろが印象的。

「は?誰がイキってるって!?」

 クヴァがからかい続けるものだから、シュバインがずっと噛みついてくる。アストが「どうどう」と仲裁に入ってきている。俺は一人蚊帳の外だ。ボケーっと空を眺めながら思考をハーバー先生へと切り替えた。


 ハーバー先生が指名手配されているのだから、騎士団も承認しているはずだ。かつての仲間を指名手配するに至ったわけは何だろう?魔族がハーバー先生から出てきたことは由由しき事態だが、いきなり指名手配にまでなるとは考えにくい。出頭要請が出るならまだわかる。一足飛びに指名手配にまでなる理由が存在するはずだ。俺が知っているハーバー先生の情報は多くない。帝都の一部を壊滅させた魔族と戦ったこと、僥絶(ぎょうぜつ)という天技を扱えること、魔族との戦いで負傷し、騎士団長を辞めて学園の先生になったことくらいだ。最終的な決め手になったのは、ハーバー先生の中から魔族が現れたことだとは思うけど……。ダメだ、必要な情報が足りない。

 こんなことなら、もっとハーバー先生と離しをしておくんだったな…。


 暫くして、城の中から一人の騎士が現れ、「入城の許可が出た」という知らせをもらった。

 クヴァの同期の二人と分かれ、城の中へと進んでいく。

 中に入ると、通路を挟んで左右に三体ずつ、外壁に描かれている六色の竜の置物が綺麗に並べられていた。翼を広げ、今にも羽ばたいて行きそうな躍動感がある。一つひとつ造形が違う所にこだわりを感じる。人族の大人一人分ほどの大きさの置物が六つも並ぶと圧迫感も一入(ひとしお)だ。

 竜は権力の象徴。帝国が力を誇示したい意図がヒシヒシと伝わってくる。

 城の清掃に勤しむ使用人達の間を歩いていく。皆一様に頭を下げてくる。

 貴族でも騎士でもない人間が居れば、客人として認識されるってわけか。うーん、むず痒い。普段頭を下げられ慣れていないせいで少し居心地悪いな…。

 階段を登り二階へと進むと、騎士達が目立つようになった。騎士達の城での拠点は二階のようだ。城の東側に向かって暫く進んで行くと、帝国騎士団団長室というプレートの付いた扉の前まで到着した。


 クヴァが扉をコンコンコンとノックをすると「クヴァ・ロウルです。任務の報告に参りました」と要件を伝えた。中から「入れ」と短く返答が来る。

 クヴァがこちらに目配せし「失礼します」という言葉と共に扉を開いた。部屋の中から自然光が廊下へと届き、逆光で中にいるであろう騎士団長のシルエットと机が浮かび上がっている。

 クヴァの後に続くように入室する。扉をそっと閉じ、机の前まで歩み寄った。扉を閉めたことでシルエットだった姿が明らかになる。

 紅葉色のパーマのかかったウルフカットの男性――ガナード・ラウ帝国騎士団団長。キリっとした怜悧(れいり)な目元が特徴的だ。見つめられるだけですべてを見透かされそうな、不思議な感覚の人物、それがカミルがガナードに抱いた印象だった。

「アルフへの遠征、ご苦労だった。早速で悪いが報告をお願いできるか?」

「はっ!」短く返事をすると、クヴァは報告を始めた。


 クヴァが語った内容は、技能講習でエルンストの中から魔族が出てきたこと。その魔族はあらゆる攻撃が通りづらいこと。クヴァの白炎が有効であったこと。カミルが謎の蒼い炎を放ったことだった。

 まずはアルフでの出来事を報告したようだ。

 ガナードは目を閉じ、何かを考えているような素振りを見せる。「情報通りなのか…」短いガナードの呟きが耳に届いた。

 情報通り?やはり、アルフでの出来事が事前に騎士団に伝わっているのか…。

 ガナードはゆっくりと瞼を開くと語り出す。

「実はな、ロウルの報告の前に報せが届いていた。情報源は伝えることができないが、内容はエルンストの身体から闇が溢れ、中から魔族が出てきたというものだ」

 二人は驚き、顔を見合わせた。

「その情報は、正確なものでしょうか?」

 ガナードの表情が怪訝なものへと変わる。

「どういう意味だ?」

「我々は、技能講習の翌朝早くにアルフを発ちました。山脈越えでトラブルに見舞われ、ミツハ川を下る羽目になったのです。命からがらエジカロス大森林を抜け、何とか帝都に到着することができたのです。およそ一週間ほどの旅路でした。街道を通るルートでは二週間ほどかかる行程を、我々は一週間で到着しているのです。どのような手段を用いれば、我々よりも早く情報を伝えることができるのか分かりかねます」

「ああ」短い言葉で一呼吸挟むと「ネブラ族が絡んでいるらしく、お前達と同じように川を下っている」端的な言葉だった。


 ネブラ族は水との親和性が高い。水中での活動能力が他種族に比べて圧倒的に優位な種族である。髪の毛を通して呼吸ができ、15分ほど水中で行動をし続けられる。長時間髪が濡れることで、徐々に酸素を取り込む機能が低下していく為、常に水中で呼吸し続けられるわけではない。


 ()()()という言葉が気になる。不確定な物言いに、騎士団長経由での情報でないことが伺える。

 確かに、水中での行動力と水属性魔法で水流を操れば、素早く安全に帝都まで帰還できただろう。森に入る事もなく、アルス湖まで進んでしまえば旅路の脅威はかなり低くなりそうだ。

「それなら納得できますね」

 腹に落ちたのか、クヴァは頷いた。

「エルンストから魔族がでてきたのが問題になってな。8年前に起きた帝都への魔族襲来にまで飛び火した。どこからともなく帝都に現れた魔族は、()()()()()()()()()()()()()()()()()と騒ぎ出した貴族が出始めたのだ」

「そんな!」カミルは憤りを覚え、思わず荒い言葉を挟んでしまう。

「負傷して力が使えなくなってしまったんですよ!わざわざそんなことする意味がない…」

 消え行くように静かに言葉が溶けていく。

「カミル」

 冷静なクヴァの声がカミルを制する。静かなその声には「だまれ」という意味合いも含まれていることを感じ取った。

「私もエルンストが呼び寄せたとは思っていない。そう思わせたい貴族がいる。私はそう考えている」

「それはどういった意味でしょうか…?」

 クヴァは訝し気に伺いを立てる。

「皇帝を筆頭に第一皇子を次期皇帝とする貴族派閥と、第二皇子を擁立する貴族派閥が静かにいがみ合っている。今回の魔族の騒動で第二皇子派が、エルンストを支持し騎士団長まで押し上げた皇帝の任命責任を追及している状態だ」

 エルンストの中から魔族が出てきている以上、疑惑を払拭しきれないと支持率は低下するだろう。取って付けたように過去の出来事と結びつけることで、不信感を煽っている。力を誇示することで、貴族や市民の信頼を勝ち取ってきた皇帝にとって、今回のエルンストの事件は今後の帝国の方針に陰を差す形になるだろう。

「第二皇子派はザイアス王国への侵攻を目論んでいる。今回の件で貴族を取り込み、次期皇帝の座を狙っている。第二皇子は野心家だ。エンディス大陸すべてを帝国が治めることで、帝国史上最も優れた皇帝として名を残すのが目的のようだ。大陸を支配し終われば、ミトス大陸のプラーナ合衆国まで狙うつもりだろう。第二皇子派に実権を握らせてしまえば戦争へと繋がる。それだけは避けねばならない」


 まさか、自分の身近な出来事が帝国の未来を決めかねない事態にまで発展していたなんて…。政治のことはまったくわからない。それでも、戦争はしてはいけないことだとはわかる。始まってしまえば、多くの命が奪われ、その数だけ世界が悲しみに包まれてしまう。

 話を聞いているクヴァの表情も険しい。

「それを防ぐ手段はないのでしょうか…?」

「現状厳しいだろう。魔族が現れたという事実は消えはしない。魔族を呼び寄せたという噂を吹聴された結果、やむを得ず指名手配を出す形になってしまった」

 ガナードは静かに目を閉じる。

「ハーバー先生は現在山脈越えの最中です。一週間もしない内に帝都までたどり着いてしまいます。早馬を出せば現状をハーバー先生に伝えることもできますが、どうしましょう?」

 ガナードは「駄目だ」と瞼を開き首を振り即座にクヴァの提案を棄却する。

「学園の先生という立場を辞めた以上、帝都まで来ず、アルフにもいないという状況を作ってしまえば、第二皇子派は何と思う?」

「……逃げ出した、と」

 クヴァの顔が悔しそうな表情へと変わっていく。グッと握り締めた拳がフルフルと震え、行き場のない怒りが満ちているようだ。

「最善策が捉えられることなのだ。取り調べが行われる間は時間が稼げる。その間に皇帝には支持率の回復を図ってもらいたい。理想を言えば、エルンストから現れたという魔族の討伐なんだがな…。望み薄だろう。現状、打つ手がない状態なのだよ」

 重苦しい沈黙が場を支配する。

 カチッカチッと時を刻む時計の針だけが部屋に響いている。


 不意にガナードの視線がカミルへと移る。

 怜悧(れいり)な瞳で射貫かれるのは心臓に悪い。

「で、そちらの少年が件のカミル・クレストで合っているか?」

 クヴァは片足を引くと半身をこちらへと向ける。

「はい。今回の調査対象であったカミル・クレストです」

 調査対象?何の話だ?

 疑問を問うようにクヴァへと視線を向けるが、訴えは流され報告に戻っていく。

「蒼い輝きに関しましては、技能講習の時に触れた蒼い炎と類似点があることから、武技や魔法に付与する何らかの力だと思われます。当人が意識的に使うことは困難で、発動条件の特定を行いましたが、再現性は確認されておりません」

「そうか」短い言葉で返事をすると、ガナードは机の上で指を組む。

「人の言葉を操る魔族に関しましては、技能講習でハーバー先生から現れた魔族と同等の存在だと仮定するなら、知性はかなり高いと見て間違いないかと。確認された言葉を操る魔族の共通点は、知性が高く、身体の大きさに差はあれど、人型であるという点です」

 報告が上がっていないのか、もう一つの共通点を見逃している。

「魔族って二種類いますよね?」

 唐突に声を上げたことで二人の視線がこちらへと向いた。

「二種類とは?」

 カミルの言葉の意味がわかっていないのか、不思議そうな視線を送ってくる。

「赤い血の魔族と、青黒い血の魔族ですよ」

「確かに…、学園で戦った魔族は青黒い血をしていたな…」

 クヴァはどこか遠い目をしていた。学園での魔族との戦闘を思い出しているのだろう。

「それは初耳だが?」

「魔族との戦闘経験は多くはないんですけど…、言葉を操る魔族は青黒い血をしているんです」

 青黒い血をした魔族を見たのは二回だけ。都市外戦闘訓練と技能講習の時に現れた魔族のみ。どちらも戦闘を経験しているカミルだからこそ、記憶に残っていたのだろう。

「それが本当だとすると、魔族の中でも同一の血族という概念が存在する可能性がある…。攻撃が通りづらかったのは技能講習の一体だったな?」

「はい。もしかすると、あの個体の特性だったのかもしれません」

 クヴァがチラっと視線を一瞬送ってきた。エジカロス大森林で遭遇した魔族について伝える覚悟をしたのかもしれない。

 あの魔族だけは、先の二体に比べて異質のように感じられた。人を捕食の対象にしているにも関わらず、俺達なんて興味なさげに飛び去った。興味を示したものといったら…。

 視線を腰に下げた黒い日本刀へと移す。

「言葉を操る魔族について、もう一つ報告があります」

 ガナードの視線がクヴァへと流れる。

「なんだ?」

「エジカロス大森林の川沿いで別の個体と遭遇しました」

 ガナードは目を見開き、険しい顔つきとなる。

「帝都からほど近い場所だな」

 クヴァは頷くと報告を続ける。

 人を襲う素振りがなかったこと、大剣や翼を虚空から出し入れできること、そして…。

「カミルの腰に差してある黒い日本刀に強い興味を示していました」

 ガナードの視線が刀へ移ると「見せてもらえるか?」と興味を示した。

「大丈夫ですよ」と刀を鞘ごと抜くと、目の前にある机の上に置いて見せた。

 何度見ても精巧な作りで、鞘と柄の境界線がわからないほどだ。一見すると、ただの黒い木刀のような見た目である。

 ガナードが刀に手を伸ばす。暫く外観を眺めていると「ただの木刀?」と口走る。

 日本刀のような形状の武器の存在を知らないのかもしれない。というよりも、日本刀がこの世界にある方が不自然なのだ。

「鞘と柄の部分で分かれるようになっています」

 ガナードの手が鞘と柄に掴み、刀を抜いていく。中から覗く白金色の刀身は、黒い鞘と柄とは対照的な明るい色。美しい波紋に見とれているのか、まじまじと眺めている。

 一通り見終わったのか、刀を鞘に収めていき机の上に置いた。

「造形が美しい剣だな。見慣れぬ形状以外には、特に目を引くような要素は無さそうなんだがな…」

 そう、武器としての美しさ、切れ味以外に特に目立った特徴はない。なのにあの魔族は強く興味を示していた。奪うこともせず飛び去ったことを踏まえると、考えられるのは前所有者であるサティという人物との繋がり。サティと魔族には因縁があると考えた方が自然だ。

 机に置かれた刀を掴むと腰へと差す。

「その剣はどこで手に入れた?」

 特徴が見受けられない以上、出所を探るのは定石である。

「これはエルフの…」


 コンコンコン。


 言葉を遮るように扉がノックされる。

「フローティアです。少しお時間をいただきたくお伺いしました」

 聞こえた来たのは若い女性の声。声に僅かなあどけなさが残っていることから、同年代の女性かもしれない。

「どうぞ、お入りください」

 ガナードの対応がやたらと畏まっている。部屋を訪れたのは貴族様なのかもしれない。粗相のないようにしなければ…。

 ガチャっと扉が開くとそこにいたのは、花葉(はなば)色の髪を前髪のないハーフアップロングでまとめ、毛先にウェーブをかけた女性。裾の広がりを抑えた瑠璃紺色のドレスに、フリルがふんだんに使われた可愛らしいデザインだ。胸に雫型の桜色の宝石が輝いている。色合いを合わせたピンキーリングが左指で輝いていた。

 ガナードは席を立つとフローティアへと歩み寄る。クヴァが部屋の端へと控えていくのを見て、同じ様に控える。

 フローティアが部屋の中央まで移動すると、部屋の外から「姫様」と呼びかける高齢の糸目の男性が立っていた。きっちりと七三分けにした整った白髪が眩しい。黒の燕尾服華麗に着こなす紳士。

 姫様?まさか…帝国の皇女様なのか…?

 姫様と呼ばれたフローティアがゆっくりと紳士へと振り返った。ドレスのフリルがふわりと舞う。

「お戻りください。姫様が関わるべき問題ではありません」

 部屋に入ることなく淡々と要件だけを伝えてくる。

「エルンストが指名手配されているのを見過ごすことはできません」

 毅然とした態度で紳士の言葉を一蹴した。

「ニクスも納得していなかったではありませんか」

 紳士――ニクスは困り顔を浮かべている。指名手配に納得していないことが、騎士団長に筒抜けなのだから仕方もあるまい。覚悟を決めたのか、ニクスは「失礼いたします」と団長室へと入室した。


 今のやり取りを見たガナードも困り顔なっている。姫様が直々に指名手配について抗議に来たこと察してのことだ。

「フローティア皇女、我々も指名手配をしたくてしたわけではないんですよ」

 フローティアがガナードへと向き直る。

「では、取り下げをお願いします」

「姫様。何度も申し上げたように、それは無理なのです」

 皇女に振り回される御付と騎士団長の図だな。さっき俺達へ説明したことを、騎士団長は再度説明している。

 説明されてもなお引き下がらないフローティアは、視界の端にカミルを発見したのか、ニコッと笑顔を浮かべると指を指しながら口を開いた。

「そこの貴方、人と話せる魔族を捕らえてくることを命じます」

 唐突な皇女様の命令にカミルはたじたじだ。

「姫様」「フローティア皇女」

 ニクスとガナードの声が重なる。

「その者は騎士ではありません。一介の学生です。とある事情で招いたに過ぎません」

 冷静に窘めるガナードの言葉に視線を横にいるクヴァへと移す。

「なら、お隣の騎士にお願いしようかしら」

 不意の流れ弾に「おれ……私ですか……?」とクヴァはあたふたしている。

「そちらも騎士になりたての者でございます」

「でもこの方、闘技大会でお見掛けしましたけど?確か新人の部の優勝者だったのでは?」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、騎士団長を見る皇女様。無茶ぶりをしてくるが、クヴァの顔を覚えていたあたり、記憶力は良い方なのかもしれない。

「そのような問題ではありません。言葉を操る魔族の強さは、その辺の魔族とは強さの部類がまったく違うのです。チームを組んで挑まなければなりません。そもそも、角付がどこにいるのかもわからない以上、動くことはできません」

 否定ばかりされ、悔しそうな顔を浮かべるフローティアがガナードを睨みつける。

「では、どうしろと!」

 (つい)には涙を目尻に溜め、叫ぶように訴えている。

 見かねたカミルが「直接的な解決方法ではありませんが」と前置きをすると一つの提案を持ち掛けた。

「皇帝陛下に圧縮魔力を公表していただくのはどうでしょうか?」

 クヴァ以外が「圧縮魔力?」と聞きなれない単語に食いついてくる。

「新しい力の形でございます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ