ep.1 黒髪の魔導師
「人族ってなんで火属性と相性がいいんだろう?黒髪君も不思議に思うだろ?」
赤茶けた髪の青年が魔法の練習の合間に言葉を投げかけてくる。
何を今更言っているんだ。人族が火属性と相性がいいのは、身体に多くの火の元素が集まっているからだろう?
飽きれた様に言い返す。
「火属性と相性が良いのは、身体に火の元素が多いから。何をそこまで不思議がってるの?てか、黒髪君はやめろよ、俺にはカミルって名前があるんだからな」
今までに髪が黒色で産まれた人はいないらしい。と言っても、このアズ村での話。大抵は両親の髪色を受け継ぐはずなのだ。それなのに黒髪の子供が生まれた。珍しさもあって物心ついた時から時折カミルはそう呼ばれることがある。
「いやー、俺が聞きたいのは、何で火の元素に好かれちまってるのかってことなんだよなー」
青年は頭を振り、聞きたいことはそこではないと訴えてくる。カミルの黒髪君呼びへの訴えは空しく流されたようだ。
今後も黒髪君呼びをされる時があるんだろうな……。
確かに人族の身体になぜ火の元素が集まっているのかは未だに解明されていない。他種族にはまた違った元素が集まりやすいらしい。らしいと言うのは、俺自身まだ他種族の人を見たことがないから。
「俺がわかるわけないだろー。精霊に直接聞いてくれ……」
精霊、この世界に満ちる元素の根源。六体の精霊によって世界は成り立っていると言ってもいい。精霊から好かれるということは、魔法の才能を持っているということにもなる。過去に寵愛を受けた者が精霊魔法なるものを使っていたという文献も残っている。精霊についてわかっていることは少ない。研究しようにも精霊に会うことさえ出来ないのだから当然だ。
「クヴァは来月からアルフの学園に行くんでしょ?先生にでも聞いたら?」
赤茶けた髪の青年――クヴァ・ロウルはもうじき15歳を迎える。武術や魔法の鍛錬を行う学園への参加資格が与えられ、国に仕えたい者、依頼を受け生計を立てる冒険者を目指す者が生きるための術を学ぶ。これは義務ではなく任意。農業、商業、工業を生業とする者もいる。
「学園でそんなこと聞くわけないっての。強くなるために必要なことを聞くさ。俺は剣の道に進みたいから、魔法はその補助的なことができればいいし」
「ま、二兎を追うものは一兎をも得ずって言うからね」
「にとをおう…ん?何だそれ?」
「俺にも良くわからん」
訝しげなクヴァをよそに、つい先日見た夢の光景に想いを馳せる。
俺は良くわからない世界で暮らしていた。見たことのないはずの場所、道具、食べ物。それなのに一目見ればそれが何なのか、どう使うのか、どんな味がするのかわかってしまう。鏡を見てようやく、俺が俺自身ではない姿をしていることに気づいた。しかも黒髪の……。
夢の中で夢だとわかることってあるだろう?今回がそれだ。黒髪の男の子の意識の中に潜り込んだような感覚。だから知らないはずのもののことがわかるし、どう動けばいいのかが伝わってくる。
この子はどうやら一人っ子らしく、両親が仕事に出ている時間帯は家で一人で過ごすことが多いらしい。小学生の4学年で年は10歳。黒髪で10歳の一人っ子。何故か俺と共通する部分が多かった。後々わかったんだけど、この世界の人は黒髪が多かった。自分と同じ黒髪の人の多さに、どこか安心感がある。
友達付き合いは得意ではないようで、学校が終わるとすぐに帰宅、ひたすら勉強する毎日。生活は安全で不自由が無いように感じるけど、正直、俺はこの生活がつまらないものだと感じる。誰かと遊ぶわけでもなく、誰かと競うこともない。何が楽しくて同じような毎日を過ごしているのだろう?
暫く彼の中で一緒に過ごしてわかったのが、毎日毎日勉強を頑張るのは、両親を喜ばせたい一心であったこと。貧しいわけではないけど、彼が周りから浮かない様に必要な物を買い与える為に両親は頑張って働いているらしい。どうやらこの世界では、周りと同じ様な行動をしていないと仲間外れになることがあるみたいだ。なんだそれ?と思うけど、俺がこの世界の人ではないからそう思うだけなんだよな。
両親が頑張ってるから、彼も勉強を頑張って成績を良くして両親を喜ばそうとしている。家事も良く進んでこなし、すでに一人で暮らせていける技術は身についている。だが、必然的に友達と過ごす時間よりも、一人で勉強する時間や自宅にいる時間が長くなる。友達と仲良くして欲しい両親と、両親を喜ばせるために一人で頑張ってしまう彼。お互いの想いに気づくことなく。只ただ穏やかな生活が続いていた。
この世界は神々が創ったとされているらしい。日本には万物に神様が宿るとされている。俺のいた世界では精霊が神様にあたる存在なのかもしれない。元素が無ければ俺達は存在していなかったかもしれないのだから。
家族旅行で伊勢と熱田と呼ばれる場所に行った。そこには神々を祀る社があり、鳥居という神域との境界線の中へと足を踏み入れると空気感が変わるのが俺にも分かった。静かで清浄、ゆったりとした時間が心を癒してくれる不思議な場所だった。そこで家族一同が安全で長生きできることを願っていた。彼の意識に潜り込んでいるのだから、宿代代わりに俺も一緒に平和な世の中が続くことを願った。日本の最高神であるならば、きっとご利益もあることだろう。
夢から覚める気配がないまま5年ほどが経ち、彼は日本の中学生まで成長している。運動能力はそこまで伸びることはなかったけど、学力の伸びは周りよりも一歩二歩進んでいる。高校生が学ぶ内容まで手を出し始めていた。そのためか、周りの人よりも落ち着いた雰囲気があり、言葉遣いも大人びている。見る人によっては斜に構えているように映るのかもしれないが…。俺自身も彼の勉強に付き合う羽目になるのでこの世界の知識量は増えたと思う。
友達付き合いは改善されることはなく――むしろ悪化している。勉強にのめり込み過ぎて、友達と呼べる人はいなくなった。友達から知り合い、顔見知り程度の間柄に陥ってしまっている。遊びに誘われることもなくなり、自宅と学校の往復だけの毎日。中学からは部活動という運動や文化を学ぶ組織があるみたいで、強制的な参加が義務付けられているみたいだが、自然現象を解明、利用して人の生活に役立てるという科学なる部活に所属している。「勉強に役立ちそう」という理由のようだ。
見ているこちらがもどかしく思えてしまうような灰色の学生生活。
趣味の無さそうな彼だけど、実はひとつだけ興味を持っている物がある。鈍い光沢を放つ銃。自分の運動能力の低さにコンプレックスがあるのか、持てば強くなったような気になれる武器に惹かれているのかもしれない。本物は法に触れるため手に入らないらしく、モデルガンをコレクションして部屋にいくつもの銃が飾られている。残念ながら俺にはその良さがわからなかった。
あまりに夢から覚めないものだから、向こうの世界で俺の命は尽き、この世界に流れ込んだと考えるようになっていた。
このまま彼の中で一生を終える――そんな覚悟を持ち始めた頃だった。
彼はいつもの学校帰り、少し後ろを歩いている小さな子供達がいた。ふざけあっているのか「もらったぁ」という子供の高い声に視線がそちらに持っていかれる。一人の子供が友達の帽子を奪って道路側へと走っていくところだった。子供の取る行動はわからないもので、そのまま道路を横断しようとしたのか自動車の走る道路へと飛び出してしまった。子供の奥に見えるのは迫りくるトラック。咄嗟に追いかけ、歩道側に引き込むという行動ができたのなら格好がつくが、身体が動くことはなかった。運動能力が低いからではなく、普段起こりえない異常な状況に脳がフリーズしてしまったのだ。トラックが間一髪でハンドル操作と急ブレーキで子供を避けることに成功する。
死亡者ゼロ。
事故は未然に防がれた。
それで済んだのならどれほど良かっただろうか。
トラックが反対車線まで飛び出す形で停まってしまったため、対向車の単車がトラックを避ける為にハンドルをこちら側に切ってしまった。
そこからは世界がゆっくりと動いて見えた。
突っ込んでくる単車に身体は反応せず、正面から強い衝撃を受け後方に吹き飛んでいく。
宙を舞う身体はいうことを聞かない。
背後にあるコンクリート塀に後頭部を強打し、彼は絶命してしまった……。
あまりにも呆気なく、ただ道を歩いていただけで命を落とす。
この世界に魔族なんていない、医療の技術も発達している。
それでも当たり所が悪ければ命を落としてしまう。
運が悪かった…。そう、運が悪かっただけなんだ…。
遣る瀬ない。
彼が亡くなってしまったのに何故か俺の意識だけが彼の肉体に残り続けていた。だからといって、俺の意思に従って動いてくれるわけでもない。
俺の魂は、彼の身体に縛られ続けている。だけど、彼の魂が肉体にない影響なのか、身体から一定の距離は離れられるようになっていた。肉体の周りを浮遊する所謂幽霊と呼ばれる者のようだ。
魂だけの状態であるのなら、彼の魂が存在しても良いはずである。だが、周りを見渡せど姿は見えなかった。俺という存在がイレギュラーなのかもしれない。
その後は慌ただしかった。通行人が救急車を呼び彼の身体は緊急病院へと運び込まれた。懸命に処置をしてくる医療関係者の努力も空しく、彼が息を吹き返すことはない。彼の魂がない以上、蘇生する可能性はゼロなのだから。
暫くすると両親が現れ、変わり果てた彼の前で咽び泣く。
その姿は……居た堪れなかった。
それからすぐ通夜が行われた。参列者には彼のクラスメイト達も来ていた。交友は浅かったみたいだけど、自分と同い年のクラスメイトが亡くなるという出来事にショックを受ける者も少なからずいた。それ以上に一人息子を亡くした両親への同情が多かったことが、参列者からの言葉で伝わってくる。
日本では火葬が一般的で、彼の身体も火葬場へと運ばれる。焼かれる最後の時を、俺も彼の家族と共に過ごした。
5年という短い共生になってしまったけど、勝手に兄弟みたいな存在と感じていた。俺の心にもぽっかりと穴が空いていたような喪失感が付き纏う。せめて安らかに眠れるように心から祈った。
火葬炉へと収められる彼を見送る母親が再び泣き崩れた。その姿はとても見ていられるものではなかく、俺はただ目を伏せることしかできない。父親がそっと寄り添い、支えられヨロヨロと立ち上がる。
点火のスイッチは地域などで誰が押すのか変わるらしい。ここでは父親が押す役目を担う。
「短い時間になってしまったが、お前と過ごした日々は宝物だった。安らかに眠ってくれ……」
最後の言葉を送り、点火スイッチは静かに沈み込んでいく。
火が炉内に灯り、彼の身体を炎が包み込む。次第に身体は崩れ、骨と化していく。
彼の身体が焼かれるのが合図かのように、俺の意識はすっと遠くなった。
彼と共生していた俺も死ぬのかな―――。
その瞬間、カミルは夢から覚めた。
目が覚めると布団の中だった。
ここは――。
ベッドから起き上がると周りを見渡す。どこか懐かしい感覚のカミルの部屋だ。
両手を閉じたり開いたり、身体の感覚を確かめる。
戻って来れた……?
そこではっとし、すぐに両親がいるであろう居間へと駆けて行く。
5年の年月を彼と共に日本で過ごしたはずだ。それなら今は何年の何月なんだ……?
扉を勢いよく開けると、そこにはいつもと変わらぬ両親の姿があった。
自然と涙がこぼれた。
「どうしたの!?」
唐突に涙を流すカミルを見て、慌てたように母親が寄り添う。
「ううん、ちょっと悲しい夢を見ただけだよ。それよりも、今日は何日だったっけ?」
カミルのよくわからない発言に母親は目を瞬せた。
「本当に大丈夫かしら……?今日は弥生の12日よ。もうじきクヴァがアルフに旅立つでしょ?」
弥生……?何で日本での旧暦の月の名前が……?いや、今はそんなことはどうでもいいんだ。12日……、確か11日の夜に眠ってからだから――寝る前から目が覚めるまで一晩しか経ってない!?長い夢を短時間で見たってことか?それにしてはやけに生々しい夢だったけど……。彼と過ごした日々、向こうの世界での知識、価値観。全部覚えている……?本当に夢だったのかもわからないけど、またいつもの一日が始まったのは確かだ。
「カミル、先に顔を洗ってきなさい。そうすればしゃきっと目が覚めるから」
父親に促され洗面所へと向かう。
人はいつか必ず命の終わりがやってくる。寿命であったり、事故であったり。
夢で見た彼の人生は短かった。だからこそ、俺は後悔をしないように生きていきたいと思う。
蛇口を捻り水を出す。
「よし、今日も精一杯生きよう!!」
決意を胸に、流れる水に手を突っ込んだ。
「冷たッ!?」
体感では久々のこの世界の水は、かなり冷たく感じてしまった。
日本での彼の生活は、俺に強い影響を与えたんだと思う。周りから雰囲気やしゃべり方が変わったと言われたから間違いない。一晩で変化がありすぎたから周りからは訝しげな視線を向けられたものだ。自分で一番影響を受けたと感じたのは、魔法の勉強と練習に対する真摯さ。理路整然と考えられるようになって、魔法の理論も理解しやすくなった。あとはひたすら魔法の練習で精度を高めていくだけ。この単調な毎日の繰り返しをこなせばいい。彼が毎日勉強に勤しんだ様に、俺も毎日魔法に向き合う。
相変わらずクヴァに黒髪について揶揄われることもあるけど、日本というある意味第二の故郷のようなものがある俺にとっては受け流しやすい。もちろん反論はするけど。
髪色から闇属性への適正があるかと期待された時期もあったが、特に目立った反応は示すこともなかった。火属性以外は良くも悪くも平均的。中には他属性に適正を持つ者もいるけど、この村にそんな人はいない。
今俺が使える魔法は一つだけ。初級火属性魔法のフラム。自分が意識した手の届く範囲に一つの炎を生み出し操る魔法。火属性と相性の良い人族なら、魔力の扱いに慣れればすぐに使えるようになる。元素との親和性と魔力量が魔法の威力に直結する。親和性なんてどうやって上げるのかわからない。だから俺は魔力を込める量に意識を置いている。
この世界では魔法陣さえあれば詠唱しなくても魔法が使える。魔法陣が生まれる以前の詠唱しかない時代を知る村の爺さん婆さん達は口を揃えて「便利になったけど、言葉を紡がなくなった分、精霊様を遠くに感じる」と言っている。カミルはそこが妙に気になっていた。
精霊を遠くに感じる?魔法を使い始めたばかりの俺ではわからない感覚なんだよな。
この世界の人は何かしらの宝石類を身に着けている。装飾品として着けている人もいるが、多くは魔法を使うため。原理はわかっていないけど、魔法陣を魔力を通して宝石に定着させることができるらしい。魔法を使わないときは魔法陣が見えず、魔力を通すと浮かび上がる仕組みのようだ。一つの宝石でいくつもの魔法陣を記憶させることができるみたいだけど、宝石の色と大きさが魔法の威力に繋がるらしい。
元素が凝縮されて生まれるのが宝石である。今の研究ではそう結論付けられている。それを証明する為に人工的に宝石を作ろうという動きもあるが、実用には至っていない。
カミルも10歳の誕生日に両親から赤い小さな宝石を貰っている。幼い時から魔法に触れさせることで、扱い方や元素に触れあう機会を増やす目的があるらしい。
今日も村の訓練場でカミルは魔法の練習に勤しんでいた。人型を模した丸太で作られた的。日本でいうカカシのようなものに意識を向ける。
体内の魔力を胸元にあるペンダント型の小さな赤い宝石へと流していく。魔力に応じて宝石内に魔法陣が展開される。大抵の人は宝石自体を隠す様に身に着けている。それは盗難と落下を防ぐためでもあるが、もう一つ理由がある。魔法陣から発動する魔法を感知されるのを防ぐため。基本は魔族から身を護る術ではあるが、人同士の諍いもある。対人戦において情報の秘匿の重要性は計り知れない。
「フラム!」
翳した掌から炎が生まれカカシに向かって飛んでいき、胴に着弾し霧散した。
カカシには傷ひとつ付いていない。耐久力を向上させ、一定以下の魔法を無力化する加護の魔法がかけられているからだ。
魔法は言葉にする必要性が無くなったけど、日本で過ごした日々の中で言霊という概念をカミルは知った。言葉が力を持つような気がして、なるべく声に出して練習するようになったのだ。
なるべく魔力を込めて、込めて……。何度もフラムを放ってみたけど、込められる魔力に限界があるような気がする。一定量の魔力を超えると反発して魔力が逆流してくるような感触があるんだよな~。
これが現状での威力の限界点……?いや、まだだ。圧縮すれば威力が上がるはずだ。
俺はこの世界の理の外を見てきている。魔法がない日本では科学技術が発展していた。物体は圧縮すると体積が減り密度が増す。これを応用できないか?
魔力をぐっと圧し潰す姿を思い浮かべ圧縮、魔法陣へと流し込んでいく。
いつもより魔力が扱いづらく感じる。圧縮している状態で魔力を動かすのは普段よりも神経を使うってことなんだろう。それよりも、籠めるのに必要な魔力量が確実に増えている。ロス無く魔法陣へと込めることができているなら、この一撃は威力が増しているはずだ。
高なる鼓動を抑えてカカシへと「フラム」を放った。
ドゴンッ!といつもより激しい音が響き渡って炎が霧散する。カカシは――無傷だった。
「そりゃ、上級魔法まで耐えられる加護だからカカシは無事だよな」
内心、傷がつくことを期待していた自分がいたが、これが現実である。でも、確かに威力は上がっていた。それは籠められる魔力量が増えたという証明だ。
カミルは思わずガッツポーズを取る。
魔法の向上に確かな手ごたえがあるのは正直嬉しい。でも、また課題ができてしまった。籠める魔力量が増えると発動までの時間が伸びること。魔力の流れに今まで以上に神経を使うこと。練度を上げればある程度は改善される部分だとは思いたい。
「すっげー音が聞こえてきたが、カミル、お前だったか」
圧縮での魔法実験の音を聞きつけてクヴァが様子を見に来た。
「フラムをぶつけただけじゃあんな音はならねーし、まさか…フランツでも使えるようになったか?」
中級火属性魔法フランツ。この村では15歳前後で習得できるくらいの練度が必要で、クヴァが数か月前に扱えるようになった魔法だ。
「いーや、俺が使ったのはフラムだよ。フランツはまだ制御できそうにないよ」
クヴァが訝しむ。
「ならさっきのはフラムってことか?俺でさえフラムじゃあんな音が出るほどの威力はでねーよ。何やったんだ?」
「気合を入れてフラムを使ってみたんだよ。ただ、それだけ」
「気合って……お前……」
まだ実験段階の圧縮式フラムの原理は話せないし、クヴァには悪いが通常のフラムということで煙に巻こう。
「もう一回やってみるから見てて」
無言で頷くクヴァを一瞥してカカシへと向き直る。
気合を入れてと言った手前、それらしい演技をする必要がありそうだ。俺の猿芝居で切り抜けられるだろうか?
わざとらしく右手で拳を作り「はぁぁぁああ!」と気合を入れるフリをする。
後は圧縮式フラムを解き放つだけだ。
「フラム!」
魔力を多分に含んだフラムがカカシに真っすぐ飛んでいき、胴に勢い良くぶつかった。
ドゴンッ!と音を立て火弾は霧散していく。
クヴァは驚いた顔で固まっていた。
フランツ並みの威力を持つフラムだ。ここまで威力を高めるフラムを放つより、フランツの習得に精を出した方が効率的だろうさ。
「言った通りフラムでしょ?フランツが使えない悪あがきみたいもんだよ」
「いやいやいや、俺はこの威力のフラムなんて使えねーよ。どうなってんだよ、黒髪君はさー」
納得できないような顔で首を傾げている。
こんな時でさえ黒髪君呼びなのがもうクヴァって感じだ。
「火属性の適正も高いわけでもないのにこれだ。カミル、お前……きっと実力のある魔導師になれるさ。俺が今から二つ名を付けといてやるよ」
「それは遠慮しとく」
何が悲しくて厨二的な二つ名呼びされなきゃいけないのか。きちんと武功を立てて頂くものならまだしも、同郷の魔導師に付けられるって、何の罰ゲームなの!?
「そーだなー、誰が見てもいっぱつで名前がわかるのがいいよな!」
ニマニマと笑うクヴァは完全に悪ノリしている。
「だから、いらないって」
俺の言葉なんて届いていないようで、うんうん悩んでいる。
「そうだ!」
何かが浮かんだらしいクヴァが口を開く。
「カミルと言えばやっぱりこれしか無いよな」
嫌な予感しかしない。
「黒髪の魔導師」
この日以降、色々な人に度々俺はそう呼ばれることになった。でも、不思議と前よりも嫌な感じはしない。きっと夢で彼と共生し、黒髪という繋がりを得たからだろう。
黒髪はいつの間にか誇りへと変わりつつあった。




