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震える想い

 馬車に揺られて半日ほどが経った。眼に映るのは広大な一面の草原のみ。帝都へと続く街道ではあるものの、行き交うのは商人の類の馬車か騎士や冒険者が移動する馬車くらいなもの。道の先には大きな山脈が(そび)え立っている為、気軽に帝都とアルフを行き来できるものではない。山という大自然の脅威に加え、魔物も多く生息している。

 山脈があることで冒険者の生活が成り立っているという側面もある。魔物から食材や武具の素材を得たり、商人の護衛の依頼も舞い込んでくる。

 商人や冒険者が行き来することで宿場町も形成され、衣食住の産業も伸びている。

 山から齎される恩恵は計り知れないが、移動だけする者にとってはこの上なく面倒な道である。


 ウィズ村まではまだまだかかりそうなので、前々から思っていた閃族についての疑問をカミルは訊ねてみることにした。

「閃族について前々から気になっていることがあるんですけど…」

 カミルの言葉にユリカが顔を向ける。

「へえ、閃族に興味があるのね。カミル君は閃族の何が知りたいの?」

 首を傾げ問いかけると、首の動きに合わせストレートの紅碧(べにみどり)髪がさらりと流れた。

 普段は話題に上がりにくい閃族のことを聞かれ、ユリカの僅かに口角が僅かに上がる。閃族は人類の一割程度。主要な都市などで重宝されることもあり、旅の途中で同属に出会う確率は低い。必然的に閃族のことで話題に上がるとすれば、何故旅をしているの?とか、回復魔法について教えてとか、その程度だろう。

 それでも、閃族に関心を持ってもらえることが嬉しいのか、ユリカはカミルの言葉を待っている。

「ユリカさんは()()って言葉に聞き覚えがありませんか?」

「ニホン?」

 予想もしていなかった言葉にユリカは訝しむ。

「いや、閃族って結構特徴的な名前の人が多いじゃないですか。髪色も暗めの人が多いし、その特徴が日本ってとこに関係しているかもしれないって、アルフの街中で聞こえて来たんですよ。()()()って何なのかな?と気になりまして」

 カミルは咄嗟に嘘をついた。日本という言葉を出せば「何それ?」と返される可能性は十分にある。思い付きで質問をしたせいで、ユリカに変な顔をされてしまった。

「ニホンなんて言葉、知らないわね。というよりも、アルフでそんな根拠のない噂が流れてるの?」

 適当な噂話という(てい)で言葉を濁してしまった結果、変な噂が流れていると思ったユリカはご立腹な様子。自分が閃族ということに誇りを持っているようだ。それを貶されたとなっては怒るのも無理はない。

「冒険者の方のでしたから、少なくともアルフでは噂の類は聞いてませんよ」

 嘘に嘘を重ねて誤魔化す。こんなことをしているとボロが出かねない。バレない内に話を戻していく。

「カムロギとかシンジョウとかアマツキとか、あまり聞き馴染みのない語感ですよね。閃族の故郷ってどこなんですか?」

「クルス帝国が大部分を治めるエンディス大陸から西側。ミトス大陸を治めるプラーナ合衆国の一国家、フィル国にあるホガミって街よ」


 プラーナ合衆国――緑豊かな山々を中心としたゼラルド国、乾燥地帯の砂漠に栄えたゴゥス国、寒冷地の白銀の世界フィル国。元素が偏って形成されるミトス大陸の三国で、過酷な環境を協力し合い乗り越えてきた国家群。


「へえ、ミトス大陸なんですね。帝都に閃族が集まるみたいな風潮だったので、エンディス大陸にあるものとばかり」

「回復魔法を使える私達はどこへ行っても重宝されるもの。広い世界を見てみたいと思う仲間は意外と多いのよ?それに、ミトス大陸は元素が豊かだけど過酷な小さな大陸だから、外の大陸に出て行かないと回復魔法で食べていくのは困難なの」

 閃族の飽和。何とも贅沢な悩みだろうか。エンディス大陸には大都市と呼ばれる場所にしか閃族はいないというのに。大陸のあちこちに点在する村では、巡業に来てくれるのを待つのが通例だ。カミルのいたアズ村でもそうだった。巡業に来るのは一年に一度、よくて二度あるか程度。閃族が近くにいるなら回復する怪我や病気も、巡業頼りの村では一生モノの傷に成りかねない。閃族のいる場所へ移動しようにも、魔物の脅威に立ち向かわなければいけない。

「閃族にも閃族特有の悩みがあるものなんですね」

 カミルの言葉にユリカが微笑む。

「当たり前でしょう?生きていれば誰だって何にかに悩むものよ。カミル君だってそうでしょう?」

 今大いに悩んでいるのは、この旅の原因になった蒼い輝きの謎。突出した力を持たないカミルにとって、喉から手が出る望む力だ。発動条件が特定できないことが目下の悩みの種だ。

 カミルは頷くとユリカの意見に賛同する。

「そうですね」

「悩みが解決したと思ったら、すぐまた別の悩みが生まれてくるものだし。生きるということは、悩みと向かい合う、自分自身との対話を続けていくってことなのかもね」

 年長者の言葉というものは、何故こうも生き方について考えさせられるのだろうか。ユリカの年齢をカミルは知らないが、その言葉にどこか重みを感じていた。

「悩みというのなら学生であるカミル君、君の方なんじゃないの?学業にも交友関係にも悩む年頃じゃない。技能講習で、ほら、学年主席君に絡まれていたし」

 カナンと模擬戦を行う前に、Sクラスのモーガン・ザレッソォと揉めたのをカミルは思い出す。カミルはカナンを一瞥した。その元凶が目の前のカナンなわけなのだが。

 カミルの視線に気づいたカナンは露骨に顔を背け視線を外した。素知らぬ表情で誤魔化す気満々である。

「そんなことよりも」と前置きをし、ユリカは瞳を輝かせてカミルに問う。

「学園生活ももう半年経ったわけだし、そろそろ彼女とかできたのかな?」

 恋バナの気配を感じたのか、今まで会話に入って来なかったリアとカナンが食いついてくる。

「おい、カミル。そんなやついるのか?」

「そういえば……私、学園に挨拶に行ったときにカミル君が女の子に引きずられてるところを見たわ!確かアロシュタット家の令嬢でしたよね?ハーバー先生」

 不意に話を振られ、面倒くさそうな顔をしてエルンストが答える。

「ああ、アロシュタット家の次女、ファティマールだったな」

 アロシュタット家という言葉に女性陣が(かしま)しい。

「伯爵令嬢狙いとか、カミル、お前やるなぁ!」

 隣に座っているリアにバシバシと背中を叩かれるカミル。白く細い腕からは想像もしない力で叩かれ「げほっげほっ」と咽せている。

「障害が大きいほど恋は燃えるわよね!?」

 カナンが何故か力説し、ユリカが首をコクコクと上下させ「わかるー」と反応する。

「もう告ったのか?」

 ド直球な質問に、カミルはたじたじになって「ね、狙ってないですよ!」と反論した。

 その姿に「根性なし」とジト目のリアに睨まれた。

 カミルとしては恋心を抱いているわけではなかった。親しい異性の友人、その認識でしかない。三人が勝手に妄想し、話を膨らませているだけに過ぎない。否定したらしたで信じてもらえないから質が悪い。ここは残念ながら馬車の中で、物理的に距離を取って話を遠ざけることはできない。

 年上である女性陣の方こそどうなのか?とカミルは思ったが、そんなこと言ってしまえば面倒なことになりそうなのは目に見えていた。喉元まで出かかった言葉を飲み込んで飽きられるのを待つのみ。


 アロシュタットという言葉から、ファティの姉であるティナのことを思い出していた。帝都を拠点とする冒険者パーティー『燿光(ようこう)の兆し』。彼らは今どこにいるのだろうか。折角帝都まで行くわけだから、久しぶりに会いたいとカミルは思った。会えたらあの時できなかった衝波斬(しょうはざん)を見せびらかしてやろう、そんな細やかな願いを胸に馬車に揺られて行く。



 順調に進んでいた馬車が道半ばで不意に止まった。

 異変を感じ取った面々が視線を御者へと向ける。

「どうかされましたか?」

 エルンストが御者へと話しかけると、御者は前方へと指を差し「魔物の群れが……」と視線を前方へと促した。

 見えたのは立ち上る砂煙。規模は大きくないように感じられる。鹿型の魔物は馬車を目掛けて向かって来るような素振りはなく、草原を移動している最中にたまたま街道に跨っているような形だ。

「距離もありますし通貨するのを待ちます。少々お待ちください」

 御者は申し訳なさそうな声色だ。戦闘にならないのなら、その選択は正しいと感じる。危機管理は商売をやっていく上で重要な能力だ。安全に対する信頼度が無ければ、利用者を獲得していくことは困難だろう。

 鹿型の魔物は馬車には目もくれず街道から離れていった。魔物だからといって無闇矢鱈(むやみやたら)と人間を襲ってくるわけではない。魔物達にも生活があり、生きる為に必要な分だけの食糧を求めているだけだ。不用意に近づいたり、こちらから攻撃しなければ戦闘に発展しないことはままある。

「よし、離れたようなので出発しますね」

 御者は握った手綱を引くと馬が再び動き出す。


 アルフを発ってから一度たりとも魔物に襲われることなく移動することができている。護衛の依頼が存在する以上、幾度かの戦闘を覚悟していたカミルは肩透かしを食らっていた。

「意外と魔物との遭遇は少ないんですね」

 誰に話すともなく独り言のように呟く。

「想像してた旅とは違うってか?アズ村からアルフに移動した時も、そんなに魔物と出くわすこともなかっただろう?」

 クヴァは自分の経験を元にカミルの独り言に対して答えた。

「アルフに移動した時は、商人が村まで護衛を付けて買い付けに来てて、帰りにご一緒させてもらったんだよ。その時は結構襲われたんだけどね」

「そりゃ、食料を積んでたら匂いに釣られて魔物がやってくるって」

 アズ村に商人が来るのは取れた食料の買い付けが専らだ。

「なるほど」とカミルは頷く。人間では近づかないと嗅ぎ取れない匂いも、魔物の鼻だったら感じ取れるのかもしれない。自分では考えが及ばないことも、共に旅をする仲間がいれば知識を増やしていくことができる。旅を通しての経験は、生活の知恵を得られる貴重な経験ではないか?とカミルはようやく気付き始めた。学園内では知識だけしか学べない。実体験が伴っていれば記憶に定着しやすく、今後に活かしやすい。

「今は食料を積んでいないから襲われにくいと?」

「魔物からしたら、命をかけて食料の確保をしにきているんだ。腹が満たされていたら命を懸ける必要性なんてないだろ。逆の立場だったらカミルは、腹も減ってねーのに命をかけて人間に近寄っていくか?」

「しないね」と答えると、クヴァは「そーゆーことだよ」と諭す。

 旅慣れたようなクヴァの姿に、本当に騎士団に入ったのだと実感が湧いてくる。しかもこれで闘技大会の新人の部の優勝者なのだから、同郷ってだけなのに無性に誇らしく思える。何とも烏滸(おこ)がましい考え方だと思うが。

「カミルは魔物が出て欲しいのか?」

「出て欲しいというか、実戦経験を積むチャンスなのかなーとは思ってる」

 今頃学園では授業が行われているはずだ。何もせずボケーとしているのは何とももどかしい。

「何をそんなに生き急いでんだ?」

 ガストンが穏やかな顔で会話に参加する。

「今はじっくりと基礎を固める時期だろうに」

「そんなこと言われても、俺はただでさえCクラスだったんですよ?だから、周りに置いて行かれるかと思うと…」

 カミルの表情に焦りの色が見えた。圧縮魔力を使って威力を底上げをしてはいたが、それでも凡庸の域を抜けきれない。ゼルやファティ達には圧縮魔力のことも伝えてある。授業を受けれていない状態を考えたら不安にもなる。

「一度理解したと思っちまったら、それがたとえ違っていたり、軸がブレたものだったとしても、学び直すことが難しくなる。プライドが邪魔したり、一から学び直すことが面倒になっちまったりしてな。そうなっちまったらその先の領域に挑むのに余計時間がかかっちまうぞ?」

 カミルは何も言い返せないでいる。

「これは年長者からの口煩い助言だと思ってくれてもいい。基礎を疎かにするな。それが強くなる近道だと思え。先へ先へと急ぎ足で学んだヤツの多くは自滅していったさ。背伸びする必要はねぇ。間違った努力をしてなきゃ、その積み上げた時間が力と自信へと変わる。今という時間をしっかり生きな」

 言い終えるとガストンはニカっと笑った。少年のような姿もあってあどけない笑顔に見えた。

「ガストンさんの言うとりだぞ、カミル。基本に忠実に基礎を固めて上り詰めた御人が目の前にいるからな!」

 クヴァは視線をエルンストへと移す。カミルも釣られて視線を向けた。

「ハーバー先生の剣は基本に忠実。繰り返し鍛錬されたことで無駄が排除され、一振り一振りが洗練された研ぎ澄まされた剣なのよ。天技の僥絶(ぎょうぜつ)ばかりに目が行きがちだけど、本当に恐ろしいのは磨き抜かれた剣技にあるわ」

 カナンはエルンストを尊敬している。実力や肩書きではなく、基礎を突き詰めた美しいまでの剣に惚れ込んでいる。派手さの欠片もないが、努力を積み重ねた者のみがたどり着ける極致。

僥絶(ぎょうぜつ)は守りの技でしかないからな。元素に頼らない、純粋な技を磨く必要があっただけだ」

 エルンストは不愛想に語る。自分を話題にされるのを嫌うタイプなのかもしれない。エルンストが自分語りをしている姿をカミルは見たことがなかった。

「だからカミルも今は基礎を固めた方がいいってことだよ」

 クヴァがカミルを諭すように言葉を送る。


 急がば回れ。

 しばらく忘れていた言葉が脳裏に甦る。学園生活を送っている内に忘れかけていたらしい。地道にコツコツと、今一度初心に戻る必要性がありそうだ。



 夕暮れが近づいてきた頃、気づけば遠目にウィズ村の影がぼんやりと見えてきた。休憩を挟みながらとはいえ、半日以上もの馬車での移動は思ったよりも疲れるらしい。お尻と腰の痛みを伴う疲労感で、帝都までの道のりを出発したばかりではあるが、すでにうんざりとしていた。御者や商人の苦労を一つ体験したような気持ちでいっぱいになる。

 ようやく落ち着いた場所でゆっくりできる。そう思った時、異変は突如として訪れた。


 鹿型の魔物の群れが逃げるように街道を横切った。


 皆の視線が逃げてきた先へと集まる。

 視線の先には……大型の猿がいた。長く伸びた茶褐色の体毛をなびかせながら、両腕が異様に発達した手を使ったナックルウォークで跳ねるように駆けている。二メートルほどの巨躯の割に素早く、人の足では到底逃げ切れるものではない。

 鹿型の魔物は馬車の後方へと回り込むように駆けている。このまま進めば、大型の猿とぶつかるのは馬車の方である。

 御者は急いで馬車を止めようとするも、もう遅い。大型の猿は明らかに進路を変え、馬車に向かって駆けてきている。猿の視線がこちらへ向いたことであることに気が付いた。


 猿の目が赤く輝いているのだ。

 それが意味するのは、大型の猿は魔族ということ。ウィズ村が近いこともあり、討伐しないと被害が出かねない。

 エルンストの判断は早かった。

「我々が魔族の相手をします。馬車に被害が出ないように、我々が降りたらすぐに離れてください。行くぞ、お前ら!」

 御者は「はい!わかりました!」と返事をすると馬車を止め、一行を降ろした後反転し離れていく。

 これだけの面子がいれば、そう苦労することなく討伐できる。カミルは気負うことなく剣を抜いた。


 プロフが地属性応用魔法グラストを発動させると、魔族の進行方向の地面に網目状の亀裂を走らせる。

 跳ねるように駆ける魔族は、地割れを物ともせず割れていない大地を跳ねながらスピードを落とさず進んできている。

 足止めに失敗したプロフの目には焦りはない。

殻打衝撃射(かくだしょうげきしゃ)!」

 ガストンが武技を発動させ、地の元素を纏う矢を放つ。矢は進むほど地の元素が大地から石を搔き集め、一塊の岩となって魔族へと向かって突き進む。

 地割れで跳ねる場所を限定された魔族は、岩のような矢が正面から迫って来ていることに気付き、発達した腕を顔の前に覆うように動かし矢を防御した。致命傷にはならなかったが、矢の衝撃で魔族は足止めをされ動きを止める。

 身体を大きく見せるかのように腕を左右に開き、「ヴォォォォオ!!」と大きな咆哮するとカミル達と対峙する。

 いざ対峙してみると、カミルは身体をぶるっと震わせた。都市外戦闘訓練、技能講習と続けて生死を賭けた戦いに身を投じてきた。そのためか、魔族と対峙しただけで冷たい汗が背筋を伝うのを感じた。


 今回は大丈夫。皆もいるから大丈夫。と、そう言い聞かせ心を落ち着かせる。


 そんなカミルの心情を知らずか、エルンストがとんでもない提案を持ち掛ける。

「カミル。今回はお前一人で戦ってみろ」

 その言葉に、この場にいる者すべての視線がエルンストへと集まった。

「な、何を言い出すんですか、いきなり。冗談きついですよ」

 カミルは半笑いでエルンストに言葉をかけた。


 よそ見をして話している人間の姿を見てチャンスと感じたのか、魔族は大きな掌をこちらに向け闇属性魔法を放ってきた。

 エルンストはその攻撃に即座に対応する。魔族に手を向けると、同じく闇属性魔法を放ち相殺させた。

「冗談ではない。良い機会だと思っただけだ」

「良い機会?」

「魔族、圧縮魔力、生命の危機。条件は揃うだろう?」

 エルンストが何を言っているのかカミルは察した。蒼い輝きが発動するか試せるチャンス、そう言いたいのだろう。

「確かに条件は揃っていますが…」


 魔族がエルンストに向かって動き出した。

 エルンストは剣を抜くと纏を全身に発動させ、魔族を迎え撃つ準備を整える。

 魔族は跳ねながら腕を振りかぶる。発達した長い腕を鞭のようにしならせながら、エルンストの身体目掛けて振り抜いた。

 エルンストは腕に向かって剣を押し当て、魔族の一撃に耐える。受け止め切ると、ゼロ距離となった魔族に対して中級火属性魔法フランツを魔族の顔面目掛けて打ち出した。

 魔族は元素の動きを察知したのか、炎弾が飛ぶのと同時に後方へと飛び退いた。

 プロフが追撃とばかりに中級光属性魔法ルミアラの光弾を放ったが、魔族はさらに後方へと飛び退き魔族との距離が開いた。


「何だ、馬車の中では周りに置いて行かれるとか嘆いていたが、いざチャンスが来たら尻込むのか?」

「俺が言っていたのは普通の修練のことですよ…。命がけのぶっつけ本番は気後れするというか…」

 エルンストはカミルへと向き直るときつい言葉をかける。

「なら、何時だったら試すんだ?望むときに魔族が現れてくれるわけではないんだぞ?少ないチャンスを活かすには、それ相応のリスクを背負う必要があるだろう。そうしなければお前は今のまま何も変えることはできない。それでもいいのか?」

 カミルは押し黙った。実力を付けていきたい自分と、死と隣り合わせを拒む自分が同時に存在している。死への恐怖心が判断を鈍らせていた。

「どうする?そう悩む時間はないぞ?明日は山越えに入るから、なるべく早く休みたい」


 ガストンさんが矢を射って魔族を牽制している。

 魔族はこちらの出方を窺うような素振りだ。


「やるんならさっさと動け。今回はいつもとは違う。駄目そうなら助けることもできるし、ユリカがいるから回復もすぐできる。これだけ支援の条件が整っているのも稀だ」

 それでもカミルは動けずにいた。いつかは挑まなければならないことなのはわかっている。わかっているけど、身体がいう事を聞いてくれない。あの恐怖を身体が覚えてしまっている…。


 煮え切らないカミルの様子に、クヴァは剣を抜き白炎を纏わせた。

「カミル。お前はもっと度胸のあるタイプだと思っていたよ」

 クヴァの声がやけに冷たく感じた。本人はそう思ってはいないのかもしれない。引け目からかそう感じてしまっただけだ。

「次の機会がいつになるかわからねーけど、そん時はまた付き合ってやるよ!」

 クヴァが剣を構えると駆け出した。


「クヴァ!待って!」


 咄嗟にクヴァを呼び止めた。

 決断はできていなかったけど、これ以上皆に失望されるのが嫌だった。

 腹は括れてないし、身体は未だにうまく動いてくれない。

 でも、今動かないと自分を変えられない気がして、重い足を持ち上げ一歩、また一歩と前へ出る。


「俺が戦います」


 そう呟くのが精一杯だった。

 何とも情けない姿だろうか。でも、これが今の自分の姿。まずは受け入れよう。失敗したっていいじゃないか。ここには実力者揃いなんだ。俺が死ぬような馬鹿な行動を取ったとしても、皆なら死ぬよりも早く俺を助けてくれるだろう。

 そう思えたら、ふっと身体が軽くなるのを感じた。

 剣を構え、大型の猿の魔族を見据える。俺の視線に気づいたのか、魔族がこちらに顔を向けてきた。


 ガストンは矢を射ることを止め、プロフも構えた杖を降ろした。


「カミル。行ってこい」

 エルンストは微笑みながらカミルを送り出す。



 どうやって攻撃する?とか、魔法効くのかな?とか、頭の中で自問自答を繰り返す。

 距離があるし、まずは魔法から始めるべきか…。


 カミルは手を拳銃のポーズを取ると魔族へと突き出す。指先一点に圧縮するように火の元素を集める。


― 我願うは万物を灰燼(かいじん)と化す炎

   進撃を以って 我が意志を指示(さししめ)さん 突き進め フルメシア ―


 角付との戦闘を経て何とか扱えるようになったフルメシアを開幕の狼煙代わりに発動させる。圧縮されたフルメシアは爆発的な加速力を以って魔族へと撃ち出された。

 発射と同時に、動きを止めていた魔族の肩口を貫いた。

 魔族は何が起きたのか理解できないまま呻き声を漏らす。フルメシアが通過した肩口から炎が上がり始めると、慌てたように闇属性魔法を肩口にぶつけて相殺させた。止まっているのは危険と感じたのか、跳ねるようにジグザグな動きでカミルへと迫ってきた。動くたびに肩口の傷から赤い血が滴り落ちる。

 カミルは全身に纏を発動させ、魔族へと駆け出した。

 魔族が掌を突き出すと、闇属性魔法が飛んでくる。

 中級火属性魔法フランツをぶつけ相殺。足を止めることなく魔族との距離を詰める。

 肩を負傷したとはいえ、魔族の動きが鈍ることはなかった。素早い動きのままなのを確認したカミルはこちらから攻撃を当てに行くのは難しいと判断した。


 当てにくいならカウンターを狙うまでだ。後の先を取れれば攻めるきっかけが生まれるかもしれない。


 魔族との距離が詰まってきたのを確認すると、カミルの身体の正面180°に初級水属性魔法スプラで厚みのある水壁を生み出した。水の抵抗を利用して緩衝材とするつもりだ。

 魔族は水壁を気にすることなく近づき、カミルの左腕を狙い、長い腕を鞭のようにしならせ(はた)くように腕を振るう。

 水壁にぶつかり水飛沫が飛び散る。

 カミルはエルンストと同じように腕に剣をぶつけ耐えようと試みた。だが、スプラを仕掛けたのにも関わらず、腕の勢いは衰えることなくカミルの剣に容赦なく押し寄せる。纏で強化していたのにも関わらず、腕の衝撃は剣、腕、肩へと伝わり、カミルの身体を右手側へと吹き飛ばした。

 宙を舞うカミル。衝撃で意識を飛ばしかけるも何とか踏みとどまる。地面との激突に備えスプラで水の膜を作り出すと、水の膜を突き抜けながら大地を転がった。


 傍から見ている面々はまだ動かない。まだ一撃もらっただけ。蒼い輝きが出るとするならここからだろう。静観を決め込む。


 魔族は止めを刺さんとし、カミルの上空へと跳躍した。落下のエネルギーを乗せて踏み潰すつもりだ。

 カミルは片膝を着いた状態で起き上がると、魔族の動きに気付く。咄嗟に駿動走駆(しゅんどうそうく)を発動させ、クラウチングスタートのような体勢のまま片足で弾けるように前方へと飛び出した。緊急回避の為とはいえ、再び大地を転がるカミル。

 カミルが飛び出すと、跳躍した魔族の両足が大地を踏みしめ地響きを起こす。そのまま反転するとカミルへと跳ねながら移動する。再び腕を突き出すと、闇属性魔法を放った。

 転がった状態から起き上がろうとするカミル。半身を起こしたところで闇属性魔法を正面からまともにくらった。衝撃で背中を打ち付け「ガァッ」と呻き声が漏れる。

 その隙に迫る魔族。腕を鞭のようにしならせながらカミルに向かって再び腕が迫る。


 身体を必死に起こしたカミルは、迫る魔族の腕を見て戦慄する。


 死ねない……、まだ死ねない……


 頭に過る『死』を無理やり誤魔化そうとカミルは「ウォォォオオ!!」と吠える。

「こんなところで負けて、たまるかぁぁぁ!!」

 剣の腹で防御しようと手を添えて衝撃に備える。


 危機的状況に、勾玉は何の反応も示さない。


 魔族の腕が剣諸共カミルの身体を吹き飛ばした。

 衝撃が体中を駆け巡った。口から血を吐き出し、カミルは頭の中がぼーっと白く霞むのを感じる。

 地面を転がり、あらぬ方に片足がぐねりと曲がっている。右腕に至っては折れた骨が突き出ている。

 薄れ行く意識の中、白炎が(ほとばし)るのを見た気がした。

「カミル!」といういくつもの声が遠くに聞こえ、カミルは意識を手放した。

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