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炎の狂演

 世の中には抗いきれない出来事に遭遇することがある。理不尽なまでに唐突に。成す術なく立ち尽くす、そんな経験をいくつしただろうか。今起きている現実が受け入れられない。目を背けたくなる。でも、受けれ入れなければ進めないこともある。踏み出さないといけない現実もある。

 今がまさにその時だ。今、自分が動かなければ絶対に後悔する。それだけは間違いなく断言できる。命というものは一度失われてしまえば、もう元には戻らないのだから…。


 カナンさんの首が掴まれた瞬間、身体が弾けるように走り出していた。自分の攻撃が一切通用しない相手に特攻するかのように駆ける姿は、あまりに無謀で考え無しなのかは言われるまでもない。でも、今動かなければ確実にカナンさんの命が奪われる。それだけは黙って見ていることができなかった。

 唐突に響く何かが割れる音と共に現れた男性。聖火に酷似する剣を振るうと魔族の手を斬り落とす。懐かしい言葉と共に視界に入ってきたのは、赤茶けた髪の同郷の男、クヴァ・ロウルだった。


「クヴァ…?クヴァが何でここに…?」

 記憶の片隅に残る懐かしい顔が簡易的な騎士の鎧を纏って現れた。

「そんなことは後でいいだろ?」

 クヴァは魔族に向き直ると白炎を纏う剣を構える。

 ふと、クヴァが入って来たであろう砕けた結界に(うごめ)いているのが目に入り見上げてみれば、靄が広がり再び塞がり始めていた。極致魔法に匹敵する闇の結界を破ってきた。その事実だけを残して結界はもとに戻った。

「まずはあの魔族を叩く!駿動走駆(しゅんどうそうく)!」

 移動速度を強化すると魔族へと駆け出した。剣を振りかぶると刃の白炎が揺ら揺らと揺らめく。

 クヴァの動きに反応し魔族も応戦の構えを取る。斬られた腕の断面からは青黒い血が地面へと滴っているが、気にした素振りなど感じさせず残された腕を前へ突き出し、魔族もクヴァとの距離を詰める。

 踏み込んだクヴァが白炎を纏う剣を上段から振り下ろす。その剣筋は残された腕を狙っている。

 怯むことなく動く魔族の腕。指先が加速したかのようにするどい動きでクヴァの剣を握った。ぶつかり合う衝撃。

 クヴァの剣は完全に止められていた。しかし、魔族の指も無傷とはいかないようで、肉が焼ける嫌な臭いが辺りを覆っている。

 白炎はうねり、魔族の指を伝い腕へと燃え広がっていく。

 魔族は剣を離さず、斬られた腕を上へと振り上げた。飛び散る青黒い血。その瞬間、血は跡形もなく蒸発した。腕の断面から炎が噴き出し、火柱となってクヴァへと振り下ろされた。

 突如出現した火柱にクヴァは冷静に対応する。クヴァと魔族の間に白炎の壁が出現した。出力から判断するとおそらく中級火属性魔法フランツ。火柱と白炎の壁が衝突し、火の元素を爆散させながら対消滅した。爆散したことに何故かクヴァは驚愕した表情を浮かべている。

 その間にも、魔族の指から燃え広がる白炎は肩口まで燃え広がっている。

 魔族は剣を離すと後方へと飛び退き、水属性魔法で白炎を消し去った。


 カミルはこの戦いに介入できない。攻撃がまったく通じないということもあるが、クヴァと魔族の動きを追うだけで精一杯で、身体がまったくついていけない。何よりも、カナンとカミルが手を尽くしても与えられなかったダメージが、どういうわけかクヴァの攻撃ではダメージを与えられている現実に戸惑うばかりである。

 聖火に酷似した白炎。クヴァは天技持ちではない。それはカミルも良く知っていることだ。


 俺の知らない五年で、クヴァは天技に匹敵する力を手に入れた…?ということなのかもしれない。


「彼はいったい何者なの?」

 声をかけられカミルは振り向くと疲労感を隠せないカナンが立っていた。視界の端には回復薬の空き瓶がいくつか転がっている。クヴァが戦っている間に回復していたのだろう。

「同郷の俺の仲間です。五つ上の」

 カナンが聞きたかったのはそんなことではないだろう。でもカミルが知る情報はそれだけしか持ち合わせていなかった。

「彼も天技持ちだったの?」

「いえ、アズ村に天技持ちはいませんでしたよ。最後に会ったのはクヴァが学園に入学する五年前です。それからはどうしていたのかは俺にもわかりません」

「そう…。結局、何もわからず仕舞いね」

 攻撃の通じないカミルとカナンは、クヴァの戦いの行く末を見守っている。



 魔族との戦いの中でクヴァは違和感を感じていた。

 今まで出会った魔族は力任せに攻め立てる個体が多かった。稀に搦め手を使う個体もいたが、今目の前にいる魔族はどうだ?明らかにこちらの動きを観察し、出方を窺っている素振りがある。最も明確な違いは、血の色。普通は赤い血を流すのに、こいつに流れているのは青黒い血。ユニークな個体である可能性あるっちゃあるが、結界まで使って分断してくるヤツだ。気は抜けねーな。てか、なんで聖なる焔のメンバーが中に入って来れないんだよ…。学生達ならまだしも…。

 未だに動きがない魔族に、クヴァは直径ニ十センチほどの白炎の弾を作り放った。真っすぐ魔族へと進むと炎は広がり、魔族の全身を包む大きさに広がり飲み込むように流れ込む。

 白炎の動きを読んでいるのか、後方へ下がると手に掌サイズの闇属性魔法の球体を作ると、お返しとばかりにクヴァへと投げつけた。

 クヴァは避けることもせず、剣に纏う白炎をぶつけて相殺する。

 それを見た魔族の表情が明確ににやついた。

 そして口を開いた。


()()()()()()()()()()()()()()?何故そちらにいる?」


 クヴァは魔族が言葉を発したことに驚きを隠せない。血の色だけではなく、言葉を介す魔族を見るのも初めてだった。

 おいおい!言葉を話す魔族なんているのかよ!何なんだよ、この魔族は…。

「こちら側?俺はれっきとした人間だ!ふざけた事抜かしてんじゃねーよ!」

「何だ?そんな力を使っといて違うとでも言うのか?」

 魔族の表情が訝し気に変わる。

「まぁいい、俺様の邪魔をするんなら、その炎諸共喰い尽くすのみよ!」

 魔族に笑みが戻ると、残された腕の爪に魔力が流れていくのをクヴァは感じ取る。剣を構え魔族の準備が整う前にクヴァは仕掛ける。

 剣の先端から白炎が生まれ、魔族に向けて放たれた。白炎を追うようにクヴァも魔族へと突き進む。片腕を斬り落とした武技をもう一度振る為に。

炎陣(えんじん)

 クヴァが武技名を口にし始めたその時、魔族の爪から闇が溢れ出す。

業魔爪(ごうまそう)

 抑揚のない魔族の言葉が響く。

 魔族の腕が引っ掻くような動きをする。爪から溢れた闇が膨れ上がり五つの巨大な闇の斬撃と成り、クヴァへと襲い掛かる。放たれた白炎を斬り裂き霧散させると、勢いそのままに武技発動中のクヴァの剣諸共飲み込み、身体へと突き刺さった。クヴァは呻き声を漏らしながら後方へと吹き飛んだ。


「クヴァ!」

 カミルは吹き飛ばされたクヴァに駆け寄ると傷の状態を確認する。だが、クヴァの鎧が多少抉れたくらいで大きな外傷はない。カミルはほっと息を吐き出した。

「これくらいで大袈裟だっての」

 クヴァは剣を支えに起き上がると再び白炎を剣に纏わせた。

「クヴァ君…でいいわよね?」

 傍から見ていたカナンは声をかける。

 クヴァはカナンへと視線を送ると、

「そうですけど、何か?」

 こんな時に何だ?クヴァの目がそう訴えている。

「私の聖火ではまるで歯が立たないのに、何故貴方の白炎ではダメージが通るのわかりますか?」

「はい?そんなもの俺がわかるわけないですよ」

 クヴァの発言は尤もだ。二人は今日初めて出会った。聖火と比較できる機会などこれまでになかっただろう。

 カナンは残念そうに表情が曇り「そうよね…」と言葉を漏らした、のも束の間、カナンの瞳に闘志が宿るように輝き始める。

「やっぱり見ているだけは駄目ね。聖火なら多少なりにもダメージが通るわ。及ばずながら援護します」


(ほとばし)る『聖火』の導きを 我が手に ―


 聖句を唱えている間に、魔族が再び業魔爪(ごうまそう)を放つ。闇の斬撃は遠距離攻撃にも応用ができるらしい。五つの斬撃が三人を襲う。

 クヴァが前面を覆い尽くすほど巨大な白炎の壁を作り上げ、斬撃をすべて防ぎきる。

 カナンの聖火が剣に宿ると臨戦態勢を取った。

 クヴァは振り返ることなくカナンへと告げる。

「加減ができそうな相手じゃないんで、カミルを守るのを優先してください」

 白炎の壁が収まっていく。だが、白炎は消えることはなかった。

 霧散すると思った白炎は、カナンの聖火に吸収されていった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 クヴァの白炎も例外ではない。放たれたのは上級火属性魔法フルメシア。その熱量と火の元素を取り込んだ聖火は激しく燃え盛る。

「カミル君の護衛。任されたわ」

 言葉を聞いたクヴァは駿動走駆(しゅんどうそうく)で魔族へと駆ける。

 カナンとカミルも一定の距離を維持しながら近づいていく。

 魔族も前進しこちらへと駆け出している。

 剣を上段に構え振り下ろすクヴァ。

 闇を纏う爪を下から上へと振り上げる魔族。

 二つの得物がぶつかり合い、キィィィインと高い金属音が鳴り響く。火と闇の元素がぶつかり合い、お互いの元素が弾け飛ぶ。残されたのは得物同士、単純な力比べの戦いに移行していた。体格と筋力の差でジリジリと押し負け始めるクヴァ。

 二人の打ち合いを見たカナンは、カミルに「ごめん、言ってくる」と告げ、駿動走駆(しゅんどうそうく)で魔族の背後へと走り込む。

閃華殺皇(せんかさっこう)!」

 光の弾丸を魔族の背中に当てると、そのまま突っ込んで行く。

 攻撃を受けた魔族は、斬られた腕を勢いよく後ろへと引き肘打ちを繰り出して対応する。

 聖火で身体能力を強化されたカナンにとって避けることは動作もないこと。一歩後ろへと下がり上半身を逸らした。魔族の腕が止まったのを確認すると、光の弾丸が当たった箇所目掛けて聖火を纏う剣で斬り上げた。剣が触れた瞬間、さきほどと同じように辺りが白炎で満たされる。聖火による炎の影響は受けない為、カナンは躊躇なく剣を振り切った。


 ブシュンッ!ビャッ!


 傷口から飛び散る青黒い血。

 聖火を纏う剣に付着した血は瞬時に蒸発し、その痕跡は消え失せた。

 カナンは驚愕の表情を浮かべ、飛び散る青黒い鮮血に目を奪われる。先ほどまではまったくと言っていいほど通用しなかったカナンの剣が通じている。

 何がきっかけ!?彼が魔族を弱らせたから?それとも、彼の白炎を吸収したから?どちらの可能性は大いにある。でも今はこの魔族を倒しきらないと!!


 聖火の炎で焼かれた魔族は苦しんでいた。皮膚は焼かれ、今にも溶けだしそうになっている。魔族は咄嗟に横へと飛び退きながら転がる。焦ったように水属性魔法で再び鎮火した。

 クヴァはこの機を逃さず魔族へと踏み込んだ。

炎陣裂破(えんじんれっぱ)!」

 白炎を纏う剣が回転を加えながら魔族の胴体を襲う。

 クヴァの動きに気付いた魔族はそのまま転がるように距離を取ると、腕の力を使って跳躍し立ち上がった。魔族は唾を吐くように血を吐き出した。炎陣裂破(えんじんれっぱ)の炎が届いていたのか、頬が黒ずみ煤けている。

「さすがに二人がかりともなると片腕だけでは分が悪いか。だが…」

 魔族はカミルへと顔を向けると駆け出した。

 虚を突かれ出遅れるクヴァとカナン。二人は駿動走駆(しゅんどうそうく)を発動させると、全力でカミルの下へ駆け出す。だが、距離が一向に縮まる気配がない。駿動走駆(しゅんどうそうく)の速度と同等かそれ以上の速度で魔族は移動している。二人が追ってくることを予測済みな魔族の表情はにやけている。身体を横に一回転せると業魔爪(ごうまそう)を背後へと振り抜き、五つの闇の斬撃を二人に向けて飛ばす。

 速度の乗った二人は迫り来る斬撃に瞬時に武技や魔法で対応できず、斬撃を飛び越えることを選択する。当然、飛び上がることで魔族との距離が開いてしまった。

 再び魔族の爪に闇の元素が集まっていく。それは希望をかき消すかのような闇の揺らめき。闇が膨れ上がり、五つの闇の斬撃がカミルへ向けて放たれた。



 クヴァとカナン。二人の白炎が魔族を追い詰めている。先ほどまで早々傷など入らなかった聖火でも魔族に甚大な被害を出している。

 魔族を倒せる。戦いの流れがきている。カミルはそう感じとっていた。手に汗握る戦いに、先ほどまでの恐怖はどこへ行ったのか心が躍っている。

 追い詰めるクヴァ。カナンも剣を振りかざしている。模擬戦からそう時間は経っていないだろうが、カミルの体感では丸一日身体を酷使したかのような疲労感が身体を支配していた。

 長かった魔族との戦闘もこれで終わる。そう思った瞬間、背筋が凍った。


 魔族が顔をこちらへ向ける。視線はこちらを真っすぐ見据え……目があった。


 その意図をカミルは瞬時に感じ取り、身体が硬直する。

 狙いは俺だ…。二人を倒せないから俺を殺すか盾にしてこの場を凌ごうとしている…。

 

 動け。


 動け…。


 動け!!


 想いに反し、カミルの身体は未だ硬直したままでいる。

 魔族から今日幾度目かの五つの闇の斬撃で飛んできている。

 カミルには何故かすべての物事がスローモーションに映っていた。

 何故か昔のクヴァの姿が脳裏に浮かんでいっては消え、日本の彼の姿が浮かんでは消えていく。

 両親の穏やかな笑顔まで見えてきた。


 魔族の動きが、クヴァとカナンさんの動きがスローモーションに見える…。これは、日本で学んだフロー状態ってやつか?いや、時間を忘れるほどの没頭なんてしきっていないし、別の何かか…、あーそうか、これが所謂走馬灯ってやつなのか…。


「カミル!走れ!逃げろ!」

 クヴァの叫びが耳の奥まで響いていた。

「カミル君!逃げなさい!」

 カナンの必死な形相が目に焼き付く。

 二人の白炎がやたらと眩しくて、眩しくて………


 まだ死にたくない。『生きていたい』という感情がカミルの心を支配した。


 胸から漏れ、僅かに輝いていた蒼い光は輝きを増していく。

 それはまるでカミルの『生きていたい』という感情に呼応するかのように。


 俺はまだ死ねない!生きて生きて生き抜いて!寿命を全うするんだ!


 蒼き輝きは膨れ上がり、カミルの身体を包み込んだ。

 カミルは剣を握りしめる。不思議と模擬戦で受けた肩の傷の痛みは感じていない。むしろ身体が軽い感覚を覚える。やけに心が澄んでいる。先ほどまでの恐怖も願いも頭から抜け落ちたような、とても穏やかな感情。

 迫る五つの闇の斬撃対して、カミルは武技を発動させる。


「すべてを斬り裂け、衝波斬(しょうはざん)


 淡々とした言葉が紡ぎ共に横一文字に剣が振るわれた。蒼き輝きを纏う衝波斬(しょうはざん)が剣先から放たれ、進むごとに大きく変化していく。

 五つの闇の斬撃とぶつかる頃には、そのすべてを飲み込む大きさまで成長していた。


 ぶつかりあい絡み合う黒と蒼の斬撃。


 蒼が黒を侵食し、蒼き斬撃は更に大きく成長した。


 魔族は蒼き斬撃を叩き落そうと、闇の元素で腕を覆い振り下ろす。

 触れた瞬間、魔族はその選択が間違いだったことに気付く。皮膚から腕が喰われる感覚があり、咄嗟に魔力を注ぎ込み深い闇を生み出した。斬撃を叩き落す為ではない。自身の身を守るためだ。歯を食いしばり斬撃に耐える。しかし、耐えれば耐えるほど斬撃は膨れ上がっていく。まるで闇の元素を喰らい、成長しているかの如く。

 耐えかねた魔族は、上体を逸らしてやり過ごす。目の前を通過する斬撃。背中から地面へと倒れ込むも被害はゼロではなかった。代償はもう片方の腕。斬撃に飲まれ消し飛んだ。

 魔族は、両腕を捥がれた格好となる。

 斬撃はそのまま進み続け、闇の結界にぶつかり崩壊させていく。

 結界の崩壊を目の当たりにした魔族は、上半身の反動を利用して立ち上がると即座に撤退を選び取る。天を仰ぎ口から闇の弾丸を放った。闇は突き進み天井を破壊。天井に穴ができたことを確認すると、足に魔力を集中させ飛び上がった。


 カミルは天井へと進む闇の弾丸を目にした瞬間に動き出していた。

 拳銃のポーズを取った拳を天へと向ける。


― 我願うは万物を灰燼(かいじん)と化す炎

   進撃を以って 我が意志を指示(さししめ)さん 突き進め フルメシア ―


 指先に火の元素が収束し、ライフル弾並みの灼熱の炎が生み出される。

 

 カミルがフルメシアを詠唱中に、クヴァとカナンが先手を打って白炎のフルメシアを魔族に向けて放っていた。

 二つの白炎は聖火側に吸収され、一つの大きな聖火へと昇華し、魔族へ向かって突き進む。


 遅れて発動されるカミルのフルメシア。


 蒼き輝きが炎を侵食した。

 真っ赤なフルメシアは蒼き輝きに飲まれ、蒼き炎へとその姿を変えていく。

 蒼炎となったフルメシアは爆発的な速度を以って魔族へと放たれた。


 魔法と結びついた蒼き輝きは、進むほど成長する性質を引継ぎ、見る見る内に成長していく。


 蒼炎の速度は圧倒的。

 瞬時に聖火の炎に追いつくと、



 聖火の炎が()()()()()()()



 聖火をも飲み込んだ蒼炎は、荒れ狂う龍のように揺らめきうねりながら魔族へと迫る。

 異様な魔力を感じ見下ろす魔族は驚愕で目が見開かれた。

 唐突に現れた見慣れぬ巨大な蒼き炎。

 最早、魔族が逃れることは不可能だった。


「ちきしょー!チキショォォォオオオー!!」


 咄嗟に魔族は首を傾ける反動を利用して身体を傾け逃れようとする。

 蒼炎は魔族の股関節から肩口を抜け、片耳を削ぎ落すように突き進み上空で霧散する。

 魔族は辛うじて心臓と頭を守り抜き、弾き飛ばされるような形で彼方へと飛んでいった。


 天を翔けた蒼炎が熱せられた大気を押し上げ、急速に雲を作り上げ雨を降らせる。



 天井に空いた穴から降り注ぐ雨に打たれ佇むカミル。冷たい雨粒が先ほどまでの戦闘の熱気を鎮めていくように静寂が包んでいた。

 カミルを包んでいた蒼き輝きは、役目を終えたとばかりに霧散して消えている。

 カミルの前までクヴァとカナンが移動してきた。どちらもすでに剣を収めている。

「カミル…、今のはいったい何だ?」

 クヴァが信じられないものを見たような顔で問いかける。

 カミルは困った顔を浮かべるが、すぐには言葉が出てこない。本人も良くわかっていないことを誰かに伝えるのは難しい。

「正直、俺にもよくわからない。けど、前にも一度だけ今みたいに蒼い光に包まれたことがあるんだ。でも、自分自身でもこれが何なのかわかっていない」

「カミル君は意識的にあの力を使うことができないってこと?」

 ゆっくりとカミルは頷き「そうですよ」と答えた。

 カミルの視界の端に閃族のユリカが近寄って来るのが見えた。

「戦闘お疲れさま。雨に打たれ続けるのも良くないので、一先ずみんな医務室に向かいましょう」

「そうね。まずは生き延びたことを喜ぶべきよね。色々聞きたいことはあるけど、身体を休めてからで」

 カナンはクヴァへと顔を向けると「クヴァ君も来ていただけると助かります」と同行を求めた。


 それから魔族との戦いの処理に追われた。

 ユリカはリアにエルンストを担がせると医務室に向かうように指示を出す。

 ガストンとプロフは生徒達に技能講習の終了を告げると帰宅を促していた。本日最後の授業だったことも幸いした。魔族が学園内に現れた。その衝撃は計り知れない。例えこの後に授業があったとしても、集中できるものなどそうはいない。

 魔族との戦闘の傷跡は修練場に大きく残され、暫くは授業で使われることはないだろう。

 魔族との戦闘を行った三名、エルンストを担いだリア、先導するユリカは医務室へと向かっている。その足取りは重く。その場に漂う空気もどことなく重い。移動前にユリカがカミルの肩の傷を治療して以来、会話のないまま黙々と歩く。

 一行は医務室にたどり着いた。


 扉を開くと医務室の治療員サエ・アマツキが出迎えてくれる。大人数での訪問ともあり、面食らっているようだったが、部屋の中へと迎え入れる。

「医務室にこれだけの人数が来るのは初めてかしら」

 いつもは寂しい医務室が、今は人で溢れている。医務室という特殊な用途で使う部屋からしてみれば、人の出入りが少ない方が本来は望ましいことだが。

「それで、怪我人はハーバー先生ですか?」

 リアに抱えられるエルンストにサエは視線を投げ言葉を投げかけた。実技の先生が意識を失っているというのにサエに慌てる様子はない。医療に従事しているということもあり、このような事態は経験済みなのかもしれない。


 ベッドに寝かせるようにリアに指示を出す。サエもベッドへと近づいていく。リアをベッドから遠ざけると「状態を確認しますね」と医療用カーテンを閉めた。

 状態を確認するために衣服を脱がし、外傷がないか調べていく。頭、首、胸元へと視線を移していくと、左の脇腹付近に小さな黒い痣のように変色している部分を見つける。呪い?そう思ったサエは解呪の回復魔法ストランドールを発動した。淡い光が痣部分を覆おうとすると光は弾かれた。弾かれるということは呪いの類には違いないが、ストランドール以上の解呪の術をサエは持ち合わせていない。

 仕方なく痣以外に外傷がないか確認してみたが、黒い痣以外にはおかしな場所はなく、エルンストの衣服を戻し医療用カーテンを開く。

「ハーバー先生が倒れた原因はわかる?」

「いえ、前触れもなく急に倒れられたと思ったら闇に包まれて……、その闇から魔族が出現しました」

「え?魔族って?」

 魔族という言葉にサエはきょとんとした顔で動きを止める。ここは学園内。魔族が出た、と言っても信じる者はいないだろう。事前に修練場で技能講習が行われると連絡があれば、大きな物音が鳴っていようとも気にすることもない。いつもと変わらない日常をサエは過ごしていた。

「まぁ、派手に建物を壊されたわけじゃねーし、気づかないのも無理はないって」

 リアの中では天井に穴が空くくらいは壊れた内に入らないらしい。楽天的な言葉にユリカが呆れて言葉をかける。

「天井に大穴が空いてるんだから、十分被害が出ているでしょう…」

 カナンも引き攣った乾いた笑顔を浮かべている。

「その魔族が原因で倒れた、ということでよろしいかしら?」

 皆が一様に頷く。

 その時、扉がコンコンコンとノックをされる音が響いてきた。

 サエが「どうぞ」と告げる。

 ゆっくりと開かれた扉の先には、閃族のキョウ・シンジョウが立っていた。キョウが中へ入ってくるとベッドに寝かされたエルンストの姿が目に入る。一度エルンストの方に顔を向けると、カナンへと顔を向けた。

「エルンストから魔族が出てきたってのは本当か?」

 その声は穏やかだった。声とは裏腹に表情は真剣そのもの。それはさながら覚悟を決めた男の目。

 カナンは臆することなく口を開く。

「はい。正確にはハーバー先生から生まれた闇の中から現れました。シンジョウ先生は何かご存じなのですか?」

「俺の予想が正しければ、な」

 一呼吸間を置くとキョウが口を開いた。

「今回現れたって魔族、二メートルくらいの大きさの黒髪、赤黒い肌の角持ちじゃなかったか?」

「そう、ですけど…」

 その場にいなかったキョウが何故魔族の特徴を知っているのか、カナンは疑問に思う。

「矢張りか…。アレの相手をしてよく全員無事やったね」

 素直に賞賛するキョウ。

 続けた言葉に、この場にいる者すべてが愕然とすることになる。


「なんせその魔族、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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