技能講習に燻る炎
セルヴィナ学園の校舎をぞろぞろと歩く一年生達。「どんな授業か楽しみ」とか「早くカナン様のお姿を拝みたい」だとか「ようやく俺の実力を見せつける舞台が整ったか」とか、口々に自分の想いを語っているところを見ると、授業への注目度があるのは確かなようだ。歩いていくと太陽の光が射しこむ連絡路へと続く。頬を撫でる心地よい風を感じながら、連絡路を抜けた先の建物の中に入っていく。本日、最後の特別な授業へと挑むため訓練場へとたどり着いた。
技能講習。高位の帝国騎士や冒険者を招いて、第一線で活躍する実力者に直接指導してもらえる授業となっている。
今回招かれているのは冒険者パーティー『聖なる焔』。天技を操る聖人カナン・サーストンをリーダーとする火属性と光属性に特化したパーティーだ。回復魔法の使い手である閃族が参加している稀なパーティーでもある。
技能講習は学年別で九十分ほどの割り当て。高学年から順に行われるため、必然的に一年生は一番最後となる。講師の人数に対して生徒が多いので、戦場の体験談を交えながら武技や魔法の披露、実戦で使える技の連携の伝授、講師の指名による生徒と実際に力をぶつけあう模擬戦が行われる。普段見かけることすら叶わない第一線で活躍する者に、実際に教えてもらえるという事が生徒のやる気を引き出すことに繋がる。
訓練場の中へと入ると生徒はクラスごとに並ぶ。周りを見渡すとそれぞれのクラスで盛り上がるのみで、クラス間の交流といったものが見られない。実力でクラス分けが行われている分、クラス間の隔たりが強いような気がする。これが優越感や劣等感から来るものなのかはわからない。単純に実力者から放たれる魔力を無意識の内に感じ取ってしまっているのかもしれない。
定刻の鐘がなった。
時間通りに訓練場に入ってくるハーバー先生。その後ろに続いているのがカナン・サーストン率いる聖なる焔だろう。海棠色の髪色のポニーテイルを揺らしながら歩く聖人様。ポニテがゆらゆらと動く姿が揺らめく聖火のようだと言い出した人の気持ちが少しわかった気がする。白銅色を基調とし細部を海棠色で染め上げた鎧を着こんでいる。
その後ろを歩く同じく海棠色の髪色のウルフカットの男性。中性的な顔立ちで、どこか聖人様と似た顔の造りをしている。血縁者だろうか?こちらは聖人様と同じ色合いのローブ姿だ。
後ろには若竹色の服の上に部分的に白銅色の鎧を当てがった軽装の銀髪でボブカットの女性、墨色の服の下に鎖帷子を仕込んだ少年のような見た目の伽羅色の髪をツーブロックにした男性、白百合色のシャーリングブラウスに薄花色のデニム調のパンツ姿の紅碧色でストレートヘアーの女性と続く。
エルンストと聖なる焔の面々は生徒達の前に移動すると授業の始まりを告げる。
「これより技能講習を開始する。カナン、挨拶を頼む」
ハーバー先生の言葉に、聖人様はハーバー先生に視線を送ると頷き一歩前へと出た。クラス全体を見渡すように語り始めた。
「私達は冒険者をしている聖なる焔というパーティーです。御縁があり、皆様の講師を引き受けることになりました。一年生ということもあり、まだ自分がどんな才能があるのか探る段階だとは思いますが、私達が自分の可能性に気付ける一助となればと思っています。では、私達の紹介と得意とする武器や武技、魔法などもお伝えいたしますので、自分に合った講師を選んでくださいね」
聖人様はしっかりとした口調だな。この人数を前に気後れすることもなく語れるのは賞賛すべきだと思う。語る言葉には芯があり意志の強さを感じられる。受ける教育さえ良ければ、俺もあんな風に語れるようになるのかな?
ふと、聖人様と目があった――気がしたんだけど気のせいか?まあ、俺の視線はあちらに向いていたわけだし、偶然に視線がこっちにきたと言ってしまえばそれだけだ。
「まず私から。名前はカナン・サーストン。聖なる焔のリーダーを務めています。剣を主体にして斬撃系の武技と、火属性と光属性の魔法が得意かな。パーティーでは前衛として攻撃もしますが、連携がうまく取れるように時間や間合いの調整役をやることが多いかも」
「あとは…」と少し言い淀むと、自分が持つ天技について触れる。あまり自慢をするタイプではないらしい。
「天からの授かりものとして、『聖火』という光属性と火属性の複合属性を扱います…が、今回の講習では不要ですから披露することはありません」
その言葉に生徒達は「えー!」「せっかくの機会なのに!」などと不満の声を漏らす。
騒ぎたくなる気持ちもわかる。ましてや才色兼備の麗人なら尚更だ。天技を実際に目にする機会はこの先訪れるのだろうか?
突如として大きな魔力の圧を感じた。背中がぞくぞくしながら発生源を探ると、出所はハーバー先生だった。仏頂面で睨み、こちら側を見渡している。他の生徒もそれを察したのかざわめきは鎮まり、視線がハーバー先生へと注がれている。
「お前ら、こちらはお願いをして来ていただいているという立場を忘れるな」
静かながら威厳のある低い声は、生徒を萎縮させるには十分だった。
静かになった生徒達から聖人様に顔を向けると「続けろ」と促す。
聖人様は少し困り顔を浮かべながら口を開く。
「えっと、聖火を使用するのに魔力を大量に消費してしまうので、上級生の方々にもお見せしていません。見たところで使えるようにはなりませんし、ね?」
場の空気を戻そうと必死なカナン。それ見て笑う聖なる焔の面々。努力の甲斐あってか僅かに空気が緩む。
ほっと胸を撫でおろすような表情を浮かべる聖人様はメンバー紹介を続ける。
「私の隣にいるのが弟のプロフェント・サーストン。杖を持っているからわかると思うけど、攻撃魔法を得意とした魔導師です。私と同じで火属性と光属性を得意としています。武技の方はあんまりだけど、視野が広いので戦闘では臨機応変に魔法の属性を変えて戦いやすい状況を作ってくれるパーティーの頭脳です」
聖人様の紹介に「よろしくお願いします」と一礼をするプロフェントさん。
似ているのも弟だったら納得だ。秀でた姉弟がいると比べられて性格が歪むことがあるけど、顔つきが穏やかなところをみるとそうでもないのかもしれない。
「その隣にいるのがエルフ族のリアスターナ・フィブロ。風属性と光属性が得意で、前衛のメインアタッカーとして頑張ってくれています。剣を使っての斬撃系の武技と魔法を巧みに使いこなす自称魔剣士です」
カナンの言葉にリアは「自称は余計だ」と訂正を入れる。
「その隣はドワーフ族のガストン・クロックアーツ。見た目は少年のようですが、350歳くらいのパーティーの中で最年長者なんですよ」
350歳!?あの見た目で!?日本の創作物の中にはロリババアというものがあったけど、それに倣うならガストンさんはショタジジイ?
「地属性と光属性を得意としていて、弓と短剣を使った武技で前衛を援護してくれます。魔法はそこまで得意ではありませんが、長年の経験をお持ちですので魔物の知識や戦闘での立ち回りには舌を巻きます」
「年の功だが、知識の豊富さも実力の内ってな」
ガストンさんは俺達の世代と似たような口調みたいだ。年齢を重ねると落ち着いた喋り方になっていきそうなんだけど、見た目も口調も若々しい。
「最後の仲間は閃族のユリカ・カムロギ。皆さんご存じの通り回復魔法が得意な種族ですが、体術の武技を操る格闘家でもあります。支援魔法と組み合わせると並みの魔物なら簡単に屠れますので、華奢な女の子だと思って近づくと痛い目に合いますよ」
「カナンやリアみたいな馬鹿力はありませんがよろしくお願いします」
いじりにはいじりで返す。聖人様の顔を見てお茶目に舌を出している。
閃族の名前を聞いていて一つの疑問が湧いてくる。サエ・アマツキ、キョウ・シンジョウ、ユリカ・カムロギ。学園に来て名前を知った閃族の中で共通しているのが、どこか日本人のような名前。髪色も黒まではいかなくとも、黒に近い色合いだ。閃族と日本。もしかすると何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
実力も然る事乍ら仲の良さも高位のパーティーとしてやっていくには必要なのが伝わってくる。やり取りを見ていればわかる信頼感、お互いを見る表情、空気感。今の俺にないものばかりだ。
今まで生きてきて気心の知れた仲になった友と呼べる人はいただろうか?思い当たるのは5歳上のクヴァくらい。同年代の子供が村にいなかったことも理由の一つだけど、自分から相手の事を積極的に知ろうとしたことがなかった。相手に嫌われたくない、人と関わるのが煩わしい。そんな想いから自分にとって居心地の良い生活を送って時間を無駄にしてきたのかもしれない。
俺もいずれお互いに命を預けられる仲間を作りたい。聖なる焔の人達のように。
聖なる焔の紹介が終わると、自分が講習を受けたい講師を選ぶことになる。人数の偏りが出ることは織り込み済みで、偏りが出ようとも調整はしない。生徒の考えを尊重してくれる。とはいえ、人数が多い講師のところへ行けば、指導をしてもらえる時間が必然的に少なくなる。
カミルもどの講師を選ぶべきなのか悩んでいた。
一番人気がありそうなのが聖人様っぽいよな。天技は拝めないとはいえ、実力と美貌を兼ね備えている。さっきのメンバー紹介している姿を見ていると、優しくしっかりと教えてくれそうだ。でも一番気になるのは、魔剣士を謳うリアスターナさんだ。剣と魔法を使いこなすという文句が気になっている。俺は突出した能力というものが現状ない。だから、武技も魔法も一通りこなす万能型をとりあえずは目指していきたい。器用貧乏になりそうだけど、まだ自分の強みが理解できていない状態で振り切った鍛え方をしたくないだけ。剣を扱うって点も良い。
講師選びに耽っているとゼルに話しかけられた。
「カミルは誰に教えてもらうか決まったか?」
「今の自分の戦闘スタイル的にはリアスターナさんかなーとは思ってる。ゼルは……聖人様かな?」
前回、聖人様が学園に来ていた時の反応からして一択だろうな。
ゼルは恍惚な表情を浮かべ肯定する。
「ああ!一目見たあの日から心に決めていたからな!」
一途なのは良いことだ。その熱量をぜひ学びに役立てて欲しい。
エルンストの指示の下、訓練場の四隅と中央の五か所に聖なる焔のメンバーが立っており、望む講師の下へと生徒を移動させた。
やはりカナンの下には多くの生徒が集まり、全体の六割ほどの人数が押しかけている。
俺が選んだリアスターナさんのところには二割ほど。一番少なかったのは閃族のユリカさんだ。回復魔法と支援魔法ということもあり、教えを乞う者は一握りだ。その中にシルキーさんの姿があった。残りはプロフェントさんとガストンさんで綺麗に分かれている。
ここからが技能講習の時間だ。
腕組みをして仁王立ちをするリアスターナさん。集まった生徒を一通り確認すると鬼の形相で口を開いた。
「改めて、リアスターナ・フィブロだ。仲間からはリアと呼ばれている。今日この場では皆の講師だ。私の教育スタイルはスパルタ方式。血反吐が出るくらい強度を高くしてある、喜べ。今更講師は変えれん。覚悟して挑むように!」
リアの気迫に怯む生徒達。カミルも例に漏れず呆けていた。
「返事が聞こえん!やる気あるのか!!」
「「「「「 はい!! 」」」」」
威圧的な言葉に反射的に声を張る生徒達。思わず敬礼をしてしまいそうになる者もいる。
あれ?思ってたのと違う…。熱血講師系かと思ったら、鬼軍曹スタイルかよ…。
人は見た目で判断するな。
よく言われる言葉だけど、今まさにその言葉の意味を痛感している。
改めてリアスターナさんを見てみると、エルフの割に線が細い気がする。そんなにエルフを見たことはないけど、それでも明らかに細いのがわかる。一般的にエルフは筋肉質な体つきをしている。手先が器用な傾向もあり、鍛冶の道に進む人も存在するほどの筋肉量を誇る。それなのに今目の前にいるエルフはそれに当てはまらない。一言で言ってしまえば華奢なのだ。
俺の視線を敏感に感知したのか、リアスターナさんがこちらに睨むような顔を向けた。
「貴様、名は何という?」
「Cクラスのカミル・クレストです!」
思わず身体を逸らすように顔を少し上に向け、声を張って答える。
「よし、カミル。貴様は今、私の身体を舐めるように見つめていたな?」
「はい!リアスターナ講師がエルフなのに体つきが華奢なことに気付き、不躾に眺めてしまいました!申し訳ありません!」
直感的に嘘をついては駄目だと思った。バレた時に何されるかわかったものじゃない。
人前で罵られると思いきや、俺の指摘に興味深そうな顔でこちらを見つめてくる。
「ほう、良い着眼点だ。確かにエルフ族は筋肉モリモリな人が多い。だが、私はあの見た目になるのが嫌だった。街中で見かける気に入った服のサイズが無かった時の悲しみは貴様らにはわかるまい…」
語っている内に、どこか悲し気な表情に変わる。
「だから私は筋肉の代わりに魔力を鍛え、独自の魔法の開発に時間を費やした」
広角がグッと上がる笑みを浮かべると、自分の身体を見せつけるようにその場でくるりと一回りした。
「その結果がこの曲線美溢れる肉体だ!」
美形でスタイルの良いリアスターナさんに「おおー!」沸き立つヤローども。女子の冷ややかな視線に気づくことはないだろう。
「皆も美しさと強さを兼ね備えた技術を磨くといい」
口調は荒々しい人だけど、外見に関しては人一倍努力を惜しまない人のようだ。見ていたことに対して何も言われずに済んだのだから、この流れに乗っておこう。
一通り話して満足したのか、技能についての講習が始まる。
「私は攻撃の要として何よりも優先していることがある。それは、五体満足で生き抜き戦闘を終えること。攻撃の威力や精度を最優先に鍛える者が多いが、それは二の次で言い。戦場で立ち続けられる継戦能力こそが最重要だと私は考えている」
リアスターナさんがチラッとこちらに視線を送ってくる。さっきので目を付けられたか?
「カミル、パーティーで前衛が戦いの最中に倒れたらどうなる?」
投げかけられた質問についてカミルは腕を組み考え、そして答える。
「前衛が壊滅的な被害を受けたら、次に狙われるのは後衛ですね」
リアは頷き話を続ける。
「そうだ。最前で戦う者がいなくなれば、必然的に後衛の者が狙われ、パーティーは壊滅的な被害を被る。そうならない為にも、前衛はダメージコントロールに意識を割かなくてはならない。戦い続けることができるなら、目の前の対象が後衛に狙いを絞ることは少ない」
ふと、都市外戦闘訓練での魔族との戦いが脳裏に甦った。
相手が格上だったのは仕方がなかったとはいえ、俺とゼルは最初の攻防で戦闘を続けれなくなっていたな…。ゼルは吹き飛ばされ、俺は足の力を奪われた挙句、足に火傷を負う始末。脅威ではないと判断され、ジョアンはやられ、ファティの命まで危うかった。今、リアスターナさんが言っていることは、俺達が犯したミスそのものだった。
「だからまず、継戦能力を上げるための武技の練習をしてもらう。移動速度を高める駿動走駆、反応速度を高め即応する反射反動、防御力を強化する硬殻防壁のいずれかのコツを時間内に掴んで欲しい」
リアスターナさんによるの三つの武技の実演が始まった。
駿動走駆で足に風の元素を纏い、俺達の前を颯爽と駆ける。使用前と後の移動速度を実際に見たところ、体感では約二倍ほどに伸びるようだ。曰はく、伸び代は元素との親和性に依存するらしい。風の元素との親和性が非常に高いリアスターナさんだから出せる速度だと思っておいた方が良さそうだ。
反射反動は、使用した本人ではないと見ただけだと変化がわかりづらいらしい。習得してからのお楽しみというところだろうか。
硬殻防壁は魔力で全身を包み地の元素を集め、殻のような防御壁が出来上がる。目に見えて防御力が上がりそうな見た目で非常にわかりやすい。
この三択の中なら、俺は迷わず駿動走駆を選ぶ。魔族との一戦以来、間に合わないという絶望感を味わってしまったから。結果的に魔族を倒せたから良かったものの、あの場で誰かが命を落としていたら立ち直れなかったかもしれない。
駿動走駆の発動自体は簡単みたいだ。魔力を足に集中させ風の元素に祈れば元素が足に満ちてくる。その先の扱いが問題だ。足を踏み出すごとに足の裏から魔力を放出する必要があるらしく、放出するリズムを崩せば元素が拡散し武技が解除されてしまう。足を止めてしまっても解除されるらしい。魔力を足に供給し続けながら、足の裏からはテンポ良く魔力を放出。この二つの動作を同時にこなす必要がありそうだ。
リアスターナさんは「慣れれば呼吸をするみたいにできる」と言っていたのでその言葉を信じたい。
まずはやってみること。それが一番大事なことだ。
魔力を圧縮し太腿、脹脛、アキレス腱、足の甲から裏へと順に流していく。武技発動の為「駿動走駆」と言葉を紡ぎ発動させた。武技を発動させると足の付け根から足裏までを魔力が流れ始めるのが感覚で伝わってきた。
あとは足を踏み出すだけ。
まずは第一歩。
左足から前へ運び、右足で地を蹴り前へと踏み出そうとする。
地を蹴るという行動が魔力の放出のタイミングらしい。
蹴り出した右足は大きく前へと飛び出し、バランスを崩した身体は背中から地面へと激突した。
思わず「ア゛ッ!」と声が出た。
痛みに耐えながら身体を起こすと、リアスターナさんが満足そうな笑顔を浮かべながら生徒へと語り出す。
「今のカミルが駿動走駆の失敗の良い例だ。速く移動したいからと放出する魔力の量が多くなればなるほど、足は前へと突き出される。速度を明確に意識して魔力量を調節しろ」
リアスターナさん…やる前に教えてくれ!
衣服に付いた砂埃を叩きながら立ち上がる。慣れない内は圧縮魔力で武技を発動するのは危険そうだ。再び駿動走駆を発動させ地を蹴り右足を出す。魔力の放出を抑えて蹴り出した足はいつもより軽い。転けることなく踏み出した右足は着地する。次は左足を蹴り出すはずが、右足に意識を集中させすぎてしまい、左足への魔力供給量が疎かになった。魔力が足りなくなった武技は解除され、風の元素は霧散した。
またしても失敗した。これがリズムを崩した時の失敗例か。魔力の流れを蹴り出す足毎に切り替えていくのは、暫く意識的にやらないと厳しいだろう。面倒くさいからといって常に両足に魔力を供給し続ければ、魔力の無駄に繋がる。
リアスターナさんがコツだけ時間内に掴めと言っていた意味を理解した。回数をこなして行かなければ潜在意識の中で使い続けるのは難しそうだ。
それから俺は時間の大部分を駿動走駆の練習を何度も転びそうになりながら繰り返した。武技の発動に失敗してもたもたしているとすぐにリアスターナさんが飛んできて「誰が休んで良いと言った?続けろッ!!」と激を飛ばす。そんな光景が至るところで見られた。
そのおかげもあって、ゆっくりと歩く程度なら意識的に安定した発動をすることができるようになった。
「よし、一旦練習を止め!こちらに注目しろ」
練習風景を眺めていたリアスターナさんが生徒の視線を一度集める。
「せっかくの技能講習。地味な練習ばかりではつまらんだろう?」
ニヤリと笑みを浮かべると、鞘から剣を抜き出した。
「私が戦闘で良く使う斬撃系の武技を見せてやろう」
その言葉に歓声を上げる生徒達。一線を走る高位の冒険者の武技だ。当然の反応だろう。
俺自身も燿光の兆しの面々以外で高位の冒険者が武技を使っている姿を見たことがない。どんな武技を披露してくれるのかわくわくしていると…。
「よし、カミル。剣を構えてそこに立て」
「え?武技の発動には的がいるんですか?」
「そんなことはないが、人を立たせた方が臨場感があるだろう?それに、さっき私の身体を舐めるように眺めていただろう?その代金を身体で払ってもらわないとな」
満面の笑みを浮かべるリア。
根に持ってたー!笑顔の圧がヤバい!!
態度や口調からサバサバ系の人かと思っていたら、中身は乙女でした!
剣で立ち位置を示してくるリアスターナさん。これはー、覚悟を決めるしかないか…。
意を決し、示された位置へと移動する。二人の間は三十メートルほど。こちらを見るリアスターナさんはご機嫌だ。
二度ほど深呼吸を挟む。鞘から剣を抜いていくと剣の刃が鏡面となり、自分の緊張した顔が映る刃越しに、屈託のない笑みを浮かべるリアスターナさんの顔が見える。ゆっくりと腰を落とし、剣を構えた。
「そんなに緊張しなくていいって、全力でやるわけでもないし」
力む俺の姿を見て言葉をくれているんだろうけど、手加減されたからといって、その衝撃に耐えられるか謎でしかない。怪我しないように受け切らないと…。あ、閃族のユリカさんがすぐそこにいるんだったな。
リアスターナさんの剣を握る手に力が入った。
「いくぞ!」
短い言葉を発すると、リアスターナさんは駆け出した。
一足で五メートルほど進んでる!?駆けるというより跳んでいるかのようだ。
速いッ!!
何の強化もなしでこの速度…。すでに距離を半分詰められた。
あの勢いのまま斬りかかられると間違いなくぶっ飛ばされる!
対抗手段は…。
「纏!」
全身を覆うように発動された纏。身体を少し前傾姿勢にし、衝突時に踏ん張れるように構えた。
リアは身体を僅かに捻りながらカミルの前へと踏み込むと、武技を発動させる言葉を紡ぐ。
「炎陣裂破!」
魔力と火の元素が剣に収束されていく。
捻られた身体を戻す力を上乗せし、上段から剣を振り下ろす。
カミルが構えた剣とぶつかり、キィィンッと甲高い音を立てた。
纏状態のカミルは吹き飛ばされず耐え抜き、片足を半歩後方へずらすことで地面へと剣を逸らす。
リアの剣が地面へと振り下ろされていくと、二人の視線が交じり合った。
リアの表情を見たカミルは警戒心を高める。
リアは笑っていた。剣を受け流されたカミルの腕に喜んだわけではない。その笑顔の奥にあるのは、「ここからだ」というカミルへ宛てたメッセージ。
カミルは刃が交わった場所に熱を感じた。視線をリアから熱の発生源へと向ける。
リアの剣の軌跡から炎が溢れてくる。時間差で襲い来る炎を纏う第二の斬撃。それがリアの笑みの意味だとカミルは察した。
剣を引き戻すことも魔法を発動する時間もない。
カミルは咄嗟に後方へと飛び退くことで回避を試みた。
遠ざかっていく炎の斬撃。
凌ぎ切った!カミルがそう思った瞬間、炎が引火するようにカミルの剣へと伸びてきた。
驚愕の顔を浮かべ即座に初級水属性魔法スプラを発動させ、伸びてきた炎へとぶつける。
炎と水は対消滅し、今度こそ凌ぎきることに成功する。
二人の攻防に拍手が沸き起こる。
「初見で炎陣裂破を凌ぎきるか。勘が良いのか運がいいのか、将来が楽しみだな!」
リアスターナさんからお褒めの言葉を頂けた。思わずにやけ顔になる。
「剣を凌いだと思ったら炎が噴き出してくるんでビックリしましたよ」
「普通の振り下ろしだったら武技でも何でもないだろ?」
「確かに…」
そう言われてしまえば何も言い返せない。
「にしても、避けたのに追ってくる炎はずるいですよ。油断してたら炎で焼かれてたかも…」
「そう、それ!その反応が見たくてな、はははは」
リアスターナさんが可笑しそうに盛大に笑う。
「でも」と前置きすると表情が引き締まった。
「実戦だったらお前は死んでるぜ?」
その一言で肝を冷やす。
リアスターナさんがこちらに剣先を向け、上下に振りながら言葉を続ける。
「一撃目を凌いでから二撃目に対処しただろ?その間、私から注意が逸れていた。その間に攻撃に移っていたら、対抗手段が無い場合、命を落としてもおかしくはないからな」
言葉が終わると笑顔を向けてくれた。
生徒全体へと視線を移し言葉を続ける。
「初見だから対処できなくて当然と思うな。何が起こっても対処するつもりで挑め。最初にも言ったが、前衛が倒れればパーティーが瓦解する可能性が高い。生き残りたければ常に考えて行動しろ」
命のやり取りをしている冒険者の言葉は重い。この場にいる誰しもがその空気を感じ取っていた。
「ま、学園生活を通して成長していってくれ」
リアスターナさんのその言葉を最後に、全生徒が中央に集められる。
集まった生徒に対して、ハーバー先生が告げる。
「残り時間は僅かだが、これよりカナンの模擬戦を執り行う」
聖人カナンの模擬戦ということで、訓練場は大いに騒めいた。
「静かにしろ。模擬戦相手は生徒の中からカナンが一人指名して行う。呼ばれた者は戦闘の準備をして前へ出てくるように」
聖人様から直々の指名。これほど名誉なことはないだろう。順当に考えればSクラスの中から選ばれるはずだ。一年の中でSクラスは三名のみ。剣士二人に魔導師一人。剣士のどちらかだろう。その二人に視線を送ると誇ったような顔で名前を呼ばれるのを待っている。
聖人様がハーバー先生の横まで出てくる。
ハーバー先生と聖人様は視線を合わせるとお互いに頷いた。
聖人様が口を開く。
「模擬戦の相手をしていただく方の名前を発表します」
一呼吸置くと名前が告げられる。
「Cクラスのカミル・クレストさん。前へどうぞ」