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ep.106 言葉の鎧

 死の香りと瘴気が漂うククノチの森。中は想像以上の亡者が闊歩し、カミル達の行く手を阻んで来る。実体の無い人型の亡者、肉体を腐らせたドムゴブリンやエリアスタイガー、骨だけで動くセフィラスネークだったもの。森や山で命を落とした生物達が魂を呼び起こされ現界している。長い歳月、この地には数多くの生き物が暮らしてきた。その者達を際限なく呼び出し続けることができるのであれば、王都は亡者の波に飲まれ、街が廃墟と化す可能性すらある。

 芳しくない状況に、一行にも焦りの色が見え始めていた。


 馬車はひたすらに走り続ける。亡者達との遭遇はかなり高く、その都度リアの放つ聖なる(はやて)を以って押し退け進んでいる状態だ。度重なる魔法の行使に、リアの顔にも疲労の色が見て取れる。

「さすがにちょっときついわね……」

「無理はする必要はない。我々もいるのだ、しばらく休んでおけ」

 ラグラルスは槍を構え、馬車の後方へと移動する。

「ウルシンキ、前は任せる。俺はケツを突いて来るのを狩る」

「やっと俺の出番ってわけか。女に守られ続けんのも、男としての誇りが傷つくってもんよ」

 水の精霊アリューネの加護を受けた剣――フルーアウィズを抜剣し、キャビンから御者と馬越しに前を見据える。魔力が流され刀身に青き輝きが広がっていく。剣先を前方に構えて言葉を紡ぐ。


― 包み込むは青の息吹 暴虐たる行いに戒めを

    青き障壁と成りて 無力さを知らしめろ 阻め アーリアル ―


 フルーアウィズの輝きが刀身から飛び出し、馬車を追い抜いていく。輝きの中より生まれし水が溢れ、地を駆ける大波と成り亡者の群れを押し流していく。水は完全に制御され、大波の跡には大地に吸収された水分以外ほとんど水を残していない。

 それでも馬の足には負担がかかる。僅かに速度が落ちたことにより、宙を駆る骨だけの姿となったクィアバードのくちばしが馬車に向かって突っ込んで来た。

 ラグラルスの槍が煌めく。槍はしなりながらクィアバードの腹を裂き地に沈める。一度槍を引き戻すと「破貫衝(はがんしょう)」穂先に魔力を集中させ突き出した。空を裂き、生み出された衝撃波が後続のクィアバードを巻き込み、更に2羽沈めることに成功する。

 だが、その背後には7羽が隊を成すように飛んでおり油断を許さない。

「おいおい、ちょっと前に来た時の比じゃねえな……」

 クィアバードのその奥に(うごめ)く亡者達の量に、ラグラルスは顔を(しか)めた。

 ウルシンキが声を荒げ「おい、学者のおっさん!!馬にムーバルを掛けやがれ!!」指示を出す。

 支援魔法ムーバル。対象の移動速度を強化する魔法であり、生物であれば人以外にも効果がある。

「移動力を上げたところで、前にいる亡者に突っ込むだけなのでは……?」

 フィリーの心配を他所に「うっせぇ、いいからさっさと魔法をかけやがれ」ウルシンキは再度要求を繰り返す。ものの言い方にフィリーは顔を歪めるも「どうなっても知りませんよ」馬へとムーバルを施した。

「そんなもん、気合で何とかするに決まってるだろうが。あの程度の亡者を押し流せなくて隊長が務まるかよ」

 馬の速力が上がると共に、フルーアウィズの輝きも増す。加護の剣に込める魔力量が増加したのだ。青への干渉力を高め、大波は力強く速くなる。

 馬車の背後に迫っていた亡者たちが遠ざかり、ラグラルスはほっと胸を撫でおろした。その束の間、馬車の前方に二足歩行をする大きなワニ型の亡者が現れた。全長3mほどあり、ウルシンキの放つ5m越えの大波を諸共せず馬車へと向い水の中を駆けて来る。

 なんだあのワニ!?在り得ないだろ!?

 そう、在り得ないのだ。巨体であればあるほど、大波の影響を受けるはずである。にも関わらず、大波の中を駆けることができるということは、青に対しての高い適正を持った存在であるということだ。異様なのはそこだけではない。肉体を持っているのに、朽ちた様子がほとんど窺えない。鼻先が僅かに溶けるように垂れ下がっているのみなのだ。

「死んでからまだそう時間の経っていない個体かよ」

 押し流せないのであれば、馬車に到達する前に倒すしかない。足が止まればすぐに亡者に取り囲まれる。それだけは回避しないといけない。

 アリィは一つの決断をする。

「馬を今すぐ止めてください!!」

 カミルに視線を送ると「カミル、今すぐありったけの魔力を込めて炎を空に向かって放ってください」リアに顔を向け「リア、疲れてるところ悪いのですが、風でカミルの炎の援護を」フィリーへは「カミルにブラスターを」ウルシンキへと向き直ると「今から頭上の木々を焼き払います。空が見えたら延焼しないように消火をお願いします」各自に指示を出す。

 迫り来る亡者達の前に、馬車は勢いを落として停車する。それを皮切りに各自が馬車から飛び出した。

 フィリーにブラスターをかけてもらい、カミルは空へと掌を(かざ)すと言葉を紡ぐ。


― 我願うは万物を灰燼(かいじん)と化す炎

   今、心の炎を解き放たん 喰らい尽くせ フルメシア ―


 掌の先に渦を描いた炎が起こり、空へ向かって解き放った。カミルは元素への適正が平均値を下回る。圧縮魔力で威力を底上げしたところで、適性を持つものの魔法には及ばない。上級火属性魔法フルメシアで生み出した炎でさえ、適正がある者の中級火属性魔法フランツよりもやや威力が高いだけなのだ。当然、カミルの力だけでは頭上に広がる枝葉を瞬時に燃やし尽くすことはできない。

 僅かに遅れてリアも掌を空へと(かざ)す。


― 翔け抜けるは風の導き 吹き荒れろ フューエル ―


 光の粒子を纏う風が空へと翔け上がって行く。カミルの炎に追いつき、渦を描く炎の間を抜け、炎に力を(もたら)した。空気を運び込む風が、大きなうねりを描く渦炎へと昇華させ、枝葉に炎が広がっていく。枝の表面は炭化し、葉は焼け落ちていく。枝を燃やし尽くすまでに時間はかかるものの、葉を燃やし尽くすのにはそう時間はかからなかった。

 空から日の光が射しこむ。ぽっかりと開けた空が見え、ウルシンキは透かさずフルーアウィズに魔力を注ぎ込み詠唱を始めた。


― 包み込むは青の息吹 暴虐たる行いに戒めを

    青に抱かれ 青に畏怖せよ 捻り潰せ アーリアル ―


 フルーアウィズを掲げれば、周囲の青が収束する。青き輝きは、水を従え天へと昇る。赤は呑みこまれ炎は跡形もなく消え去っていく。日の光が乱反射を起こし、森に青き輝きが降り注いだ。広がるは青の世界。リアの聖なる(はやて)が瘴気を吹き飛ばし、淀んだ森に生まれた清浄なる空間が現れた。

 清浄な場所であって、浄化の力を宿す場所ではない。亡者は群れを成し、馬車へ向かって押し寄せる。その姿は正に生者に(すが)る亡者そのもの。


― 世界を照らすは清純なる光 禍の者に祝福を

    雪代(ゆきしろ)の輝きを以って 慈悲なる想いを呼び覚ませ

      ()すれば 清廉(せいれん)へと至るだろう ルノアール ―


 言の葉が白へ力を与え、アリィの身体から光が溢れ出した。雪代の輝きは空へと昇り、闇を照らし出す浄化の力を秘めた光の玉と化す。

 ウルシンキが光を阻害させないように水を霧散させると、森の中に空いた空間を光の極致魔法ルノアールの光が照らし出す。馬車を目指して突き進む亡者達は、自ら浄化の光に踏み込みその姿を霧散させていく。二足歩行する大型のワニの亡者も例に漏れず、その身を焼かれも悶え苦しんでいた。

「いい加減沈みなさい」

 トドメとばかりにククレストの手の先から上級光属性魔法ルストローアが放たれた。光球となりワニの頭へと直撃する。浄化の光に触れた頭は皮膚を焼き、肉が焦げていく。目玉は白く濁り、そして――内部から破裂するように吹き飛んだ。首から上は頭蓋骨だけとなり、内部に取り残された脳がぐじゅぐじゅとなり、内部から溶け出るかのように身体を伝い地面へと落ちていく。そこで、ワニは完全に沈黙――息絶えた。


「ルノアールの効果は10分ほど続きます。その間に休憩を取りましょう」

 アリィが指示を出し、馬車の中へと戻っていく。

「リア、悪いんだけど、10分おきに交互にルノアールを発動できるかしら?」

「魔力が心許ないけど、回復薬を使えば可能よ」

「では、回復薬はこちらが負担しますのでお願いします」

 皆をぐるりと一瞥するとアリィは今後の予定についてを語り出す。

「ここで1時間ほど休憩を挟み、向かって来る亡者達を葬り続けます。ある程度数を減らせば、王都に流れる亡者の数を減らせるかも知れません。可能であれば今日中に祟竜(すいりゅう)の亡骸の処理を終えたいと考えています。なので、夜になろうと進み続ける予定です。もちろん、馬の疲労状態を見極めてにはなりますけどね」

「今のペースで行けば問題ないだろう。ああ、それでも日は暮れちまうけどな。亡骸があるのは、ストラウス山脈と言ってもかなり浅い場所だ」

 ラグラルスは地図を広げ、祟竜(すいりゅう)の亡骸の大凡(おおよそ)の位置を指でトントンと示した。

 アリィは頷く。

「瘴気の発生を止めれば、余力が生まれるはずです。それまで皆で協力し合い、この難局を乗り越えましょう」

 一同は頷き、各自楽な姿勢で休み始めた。



 休憩を終え、森を走ること2時間。日はかなり傾いている。木々の密度が低くなり、ククノチの森を突破した。かなりのハイペースで踏破しており、その分体力的にも魔力的にも余力などない。

 森を突破しようとも、瘴気の霧による視界不良は改善されなかった。むしろ悪化しているのだ。10m先を見ることができていたものが、7~8m先が確認できれば良い方となっている。瘴気の発生源である祟竜(すいりゅう)の亡骸の下へたどり着く頃にはどうなってしまうのか不安が付き纏う。


「馬車を停めてください」

 アリィの指示で馬車が止まる。森からある程度走り距離を取れている。かと言って、ストラウス山脈まではまだ距離がある。

 アリィは皆の顔に視線を送ると、

「開けたこの場で1時間休憩を取り、その後、一気に祟竜(すいりゅう)の亡骸まで駆け抜けます」

 御者へと顔を向ける。

「馬の状態はどうでしょうか?」

 御者は馬の状態を確認するも、首を横に振る。

「かなり疲労が溜まっていますから、引くくらいは可能でしょうけど、駆けるのは厳しいでしょうね」

 アリィは沈痛な面持ちで馬へと視線を向けた。

「支援魔法をかけて無理させてしまいましたからね……。もう少し休憩時間を伸ばしましょうか。遅くなりすぎると日が暮れてしまいますし、90分、この場に留まりましょう」

 御者は頷き、すぐに馬を座らせ休ませた。

「ククレスト、周囲の警戒を怠らずに」

「ハッ」

 ククレストは敬礼をすると馬車の外へと降りていく。

「一人に任せて大丈夫なのか?」

 ラグラルスは疑問をぶつける。

「はい、彼の左目の前には視界不良も意味は成しませんから」

「ほう?視力が悪そうだから触れなかったが、あの瞳にはそんな力があんのな」

 ウルシンキはククレストが消えた方を見ながら呟いた。

「はい、ククレストの努力の賜物です。私が知り得る限り、真眼(しんがん)を発現できたのは彼しかいません」

「伊達に白髪は多くねえってことだな」

 無神経なウルシンキの言葉に、ラグラルスは顔を(しか)めた。

「ウルシンキ、本人には絶対そんなこと言うんじゃないぞ」

 咎めるようなラグラルスの言葉に「そんなこと、言われ無くたってわかってますって」軽く受け流す。

 そこではたと疑問に思った。真眼って生命力を見るとか聞いたような?亡者はすでに亡くなった魂が元になってるし、本当に大丈夫なんだろうか?

「ねえアリィ、亡者ってすでに死んでるけど大丈夫なの?」

 傍から見たら変な言葉である。王国側の人達は不思議そうな顔をしてカミルに視線を送っている。だが、アリィには言葉の真意が通じたようだ。

「すでに亡者を捉えることができるのは、ククレストから報告が上がっています。生命力を視るという言葉自体が間違いなのかもしれませんね。魂を視ると言った方がしっくり来るかと」

 ククレストにとって、今回の遠征は僥倖(ぎょうこう)となった。真眼が持つ本来の力を再認識することができ、自分の武器がまたひとつ増えたのだから。

 キョウカが徐に立ち上がると「何もしないのは心苦しいので、私も行ってきますね」外へと出て行った。


 森の中に比べて平原は穏やかだった。獣は死して尚、森の中に留まる傾向が強いらしい。時折、人型の亡者が近づいて来ることもあるが、キョウカの霊滅(りょうめつ)ノ息吹とククレストの上級光属性魔法ルストローアの光弾で無に還している。

祟竜(すいりゅう)ってどこから来るんだろうね」

 カミルは疑問に思っていたことを口にする。王都周辺には現れず、アマツ平原や港町ジスタークにも基本現れない。皇国では、六色の竜が来ることはあるが、他の竜種は見かけないらしい。なら、竜はどこからやってくるのか。

「それは王国でも調査中ではあるが、霊峰クシアラナダ、いや、もっと東にあるルナーナ大陸から来ているのかもしれない。皇国には現れないという話らしいし、王都の東側から飛来して来るというのが有力な説だ」

 ラグラルスの言葉にカミルは思考を巡らせる。

 ルナーナ大陸から飛来して来るのなら、ダインの民であるクォルス達との会話の中で出て来ても不思議じゃない。その類の話が出て来なかったから、ルナーナ大陸には竜がいない……?いやでも、秘匿すべき事柄だったのなら外部に情報は漏らさないか。黒の領域という話だし、祟竜(すいりゅう)怨竜(えんりゅう)が得意とする色を考えれば無くもない。

 なら、霊峰クシアラナダは?調査団を送っているのなら、竜を目撃していたら調査の話が上がっていてもおかしくないし。

 学者二人へと視線を送る。

「ねえ、フィリー、ティア。霊峰クシアラナダってどんなとこなの?」

 二人は顔を見合わせ、ティアが顎でフィリーを使う。フィリーは苦笑しながらも口を開いた。

「簡潔に言えば、隔絶された世界ですな。永い間、人を拒み続けた未知の領域」

「拒む?そんなに切り立った崖なんですか?」

 フィリーは首を振る。

「遠目から見たら普通の山と遜色ないのです。ひとたび人が近寄れば、(たちま)ち暴風が吹き荒れ、山は(かす)むんですよ。それでも無理やり踏み込もうものなら、無数の氷刃の雨が身体を貫くことになるのです」

「怖っ!?なんですかその山は……」

 カミルは身震いし、自身の肩を抱いた。

「それだけなら、人数を揃えて魔法で対消滅させながら進むことができたでしょう。でも―――」

「でも?」

 少しの間を置いて口を開く。

「あの山は元素の力が働きません。魔法が発動しない(ことわり)の外にある領域なのです」

 衝撃的な言葉に、カミルは言葉が出なかった。

「魔法では対処することは不可能、己の肉体のみが頼りの領域。それが隔絶された世界と呼ばれる所以ですな」

 この世界に元素の力が及ばない領域が存在するんて……。

 この世界には、イヴリスが創り出す魔剣、凛童(りんどう)の魔断の右手など、元素の働きを阻害するものは存在している。それはあくまで物に宿る性質であり、土地そのものが元素を拒絶するというのはにわかに信じ難かった。なぜなら―――。

「でも、霊峰の調査は行われてたんですよね?ヨミジク村にたどり着き、空間の歪みも発見しているし……」

「はい。確かに調査団は霊峰に踏み入り、ヨミジク村の先、元霊(げんれい)が御座す祠へと辿り着いています」

「なら、霊峰を進む術が存在すると……?」

 フィリーの口角が上がる。その言葉を待っていたとばかりに口を開いた。

「そう、踏み入る為の鍵が必要だったのです」

「鍵、というのは?」

「血筋ですよ。霊峰クシアラナダは、とある血筋を引く者がいることで初めて道を示してくれます。理由までは未だに解明されてません。ただ、血筋の者が同行している場合に限り、風は吹かず、氷刃も降りはしません」

 カミルは生唾を飲む。

「その血筋というのは……?」

「リディスの民、ですな」

「リディス……?」

「なぜリディスは霊峰に迎え入れられるのか気にはなるとこなんですけどね。それ以上に空間の歪みの方にワタシは興味がありまして、その辺の調べはしていません」

 カミルには、ひとつの考えが浮かんでいた。

 リディス族は遠い先祖に日本人を持つ。向こうの世界は元素の力で世界は回っていなかった。もしかして、霊峰クシアラナダは日本と関りが強い場所?もしくは、日本人と関りが強い場所なんじゃないだろうか……?

 だが、そこで疑問にぶち当たる。

 人々を阻む超常の力が何なのか。元素の力が及ばない領域を生み出しているのは何なのか。

 情報が足りなさ過ぎて答えが出せない。

「空間の歪みは、過去に様々な場所で幾度か発生はしているみたい何ですよね。直接的な繋がりがあるのか気になりますな」

「あ、俺達、一度ジスターク沖で発生してるのを見てますよぉっ!?」

 突然、フィリーに両肩を掴まれ身体が揺らぐ。眼前に迫ったフィリーの瞳は怪しい光に満ちている。

「ぜひ、その辺の話を詳しく!!」

 肩を前後に揺さぶられ、頭が前後し視界がグラグラと揺れ動く。

「ちょっ!?と、とりあぇず、揺らすのぉ止めてぇっ!?痛ッ!?」

 思いっきり舌噛んだ……。なんで学者って興味のあることには見栄えないんだろう……。

 必死の訴えに、ようやくフィリーの手が止まる。

「ワタシとしたことが、取り乱してしまいましたな」

 両肩から手が離され、ゆっくりと下がっていく。

「本当に見ただけですからね……」

「構いません。ゆっくりで良いので、なるべく詳細に話してくれると助かります」

 深呼吸を挟み、当時の光景を思い出し言葉にする。

「見たのは2ヵ月ほど前なんですけど、冒険者としてネブラ族の人の依頼を受けたんです。水の精霊の祭壇が近くにあるという岩礁地帯、そこに向かった時に上空に赤竜ダータレストルティンガレスと、青竜ミルティースマーバルンが小競り合いをしていたんですよ」

 六色の竜の名が出た途端、フィリーだけでなく、その場にいた者すべてが目を見張った。

「ちょっと待て。水の精霊を祀る祠だぁ?それに、赤竜と青竜を同時に目撃するなんて今までに一度たりともなかったんだ。それが小競り合いをしてただって?どんな状況なんだ?」

 何故かティアに詰め寄られ、ガンを飛ばされている。

 身体を仰け反らせ「そんなもん、竜に直接聞いてよ」抗議の声を上げた。

 フィリーがティアのジャケットの襟に指を掛け、カミルから離すように引っ張ると「ぐぎゅぅ~」潰れた声を上げ顔を歪めて遠ざかる。

「それで俺達は命からがら逃げたの。赤竜と青竜の力のぶつかり合いで空に歪みが生まれたってわけ」

 カミルの言葉に学者二人はぶつぶつと独り言を呟き考え込んでいる。

「だから、密度の高い元素の力同士がぶつかり合えば、空間は歪みが生まれるんじゃないかと思ってる」

「ふぅむ……。祠の歪みとはまた原理が別そうな話だね」

 再び黙り込み、自分の世界へと戻って行った。


「皆さん!!今すぐ移動の準備を!!」

 唐突なククレストの慌てた叫び声が響く。異変を感じ取り、各々が戦闘準備をし、御者は急いで出発の準備を始めた。

 馬車に飛び乗って来るククレストとキョウカに「何があったの?」努めて冷静にアリィは問い質す。

「空に無数の反応があります。亡者か魔物かわかりかねますが、真っすぐこちらに向かって飛んできています」

 言葉を聞いたリアが即座が詠唱を始めた。


― 我が意志を寄る辺とする風よ 旅立ちの(とき)来たれり

  其は自由の象徴也 阻む愚かなる者に緑の裁きを シルフィード ―


 リアの両手が前方へと広げられ、胸元から光の粒子を纏う風が吹き荒れる。大地を駆り、空へと飛び立った。瘴気の霧は吹き飛ばされ、空には茜空と星々が輝く濃紺の空が競演している。そこには、羽ばたく無数の竜の姿があった。

 誰もが息を呑む光景に一人騒ぎ立てる者がいた。

「りゅ、竜ッ!?」

 ウルシンキは誰よりも早く反応し、そして――怯えていた。身体を震わせ、その場にへたり込む。

「おい!!こっちに来てるんだ!!さっさと準備しやがれ!!」

 ニステルが叫ぶも、その声はウルシンキに届いてはいなかった。「竜ッ……!?、りゅうッ……!?リュウゥゥッ……!?」同じ言葉を繰り返し、首を小刻みに横に何度も往復させている。

「ちぃッ!!ウルシンキは放っておけ!!俺達だけでやるぞ!!」

 ラグラルスは使い物にならなくなったウルシンキを放置し、槍を構えて飛び出して行く――ところをカミルの手によって阻まれた。ラグラルスは振り返りカミルと視線がぶつかった。その目に映ったのは、蒼き輝きを纏うカミルの姿だった。

「大丈夫ですよ。竜が相手なら、俺は誰よりも力になれますから」

 そう、竜が相手なら俺は皆の役に立てる。元素の扱いじゃ足手まといだろうけど、対竜に関しては誰にも負ける気はしない。

 独り馬車の外へと飛び出し竜の群れを見据える。

「あれは翔竜(しょうりゅう)なんだぞ!?一人で殺れるものか!?」

 ティアの悲痛な叫びが空へと響いた。

 カミルは叫び声をBGMにし、左手で鞘を掴み、右手で黎架(れいか)の柄を握った。鯉口を切り、砲金色(つつがねいろ)の刀に蒼い月読の光が纏わり付いていく。圧縮された魔力を流し込み、ただ一振り、それだけで事足りる。

衝波斬(しょうはざん)

 鞘から一気に抜刀し、刃から月読の性質を纏う魔力の斬撃が飛び出して行く。リアが巻き起こした風を喰い、斬撃は次第に巨大化し、翔竜(しょうりゅう)の群れを呑みこんだ。残されたのは茜空を侵食する静寂な濃紺の空。翔竜(しょうりゅう)塵芥(ちりあくた)ひとつ残さず消え去ってしまった。

「カミル君、君は一体……」

 ラグラルスは言葉を漏らすも、それはカミルに問うたものではない。不可思議な出来事を前に、心から零れた声だった。

「本当、変な力だぜ、まったく」

 皮肉な言葉を吐くニステルは、震えるウルシンキを見下ろした。

「おい、もう終わったぞ。いつまでもビビッてねぇで立てよ」

「お、終わった……?」

 恐怖に顔を歪ませたウルシンキがニステルを見上げた。

「おい、こいつはどうなってやがる?」

 ラグラルスに問えば「―――トラウマってやつだ」端的な言葉が返ってきた。

「ウルシンキは、入隊早々に竜討伐に駆り出された経歴を持ってるんだ。もう、8年も前の話しだ。飆竜(ひょうりゅう)がククノチの森に現れ、森に住まう魔物が森を飛び出し逃げ惑い王都に雪崩れ込んだ。早急に対応するべく討伐隊が編成され、加護の剣を持つウルシンキも新兵ながら抜擢された。言動に問題はあるが、実力は折り紙付きだ。だが、所属した隊はウルシンキを残して壊滅したんだ。飆竜(ひょうりゅう)と対峙していた際、翔竜(しょうりゅう)の群れが襲い掛かって来たそうだ。意識を飆竜(ひょうりゅう)に集中していた為、反応が遅れた隊員達は皆竜の餌になっちまったんだよ」

 ウルシンキは未だ呆然と虚空を見つめている。

「それ以来、竜を冠する魔物を前にするとこうなっちまう」

 ラグラルスは首を振り、憐みの目をウルシンキへと送った。

「なんでそんなヤツを竜に関わるこの任務に連れて来た?」

「今回の任務は祟竜(すいりゅう)()()だろ?すでに息絶えた存在だ。そいつを打ち砕けば、多少トラウマも改善されると思っての判断だ。まあ、道中の護衛には最適ってのもあったんだがな」

 散々絡まれたリアでさえ憐みの目を向けていた。

「散々格好つけてたのにそんな過去が……」

「昔はあそこまで露骨にやる男ではなかったんだ。恐怖に打ち勝ちたかったんだろう。強い自分を演じれば、竜に怯える自分を打ち負かせる、そう思い込むことで前へ進もうとしたウルシンキなりの努力だったんだよ。格好つけは、自分の心を守る為の鎧でしかない。許してやってくれ」

 リアの心は揺らいだ。そんなことを言われてしまえば、これまでのウルシンキの行動を許してしまいそうだった。

「でも、ナイザーのことで噛みついたのは別件よね?」

「それは……。そうだな、その件まで許せと言うつもりはない。すまないことをしたな」

 リアは目線を外し「貴方に謝ってもらうことじゃないわよ」言葉を明後日の方へと投げた。

 馬車の中は居心地の悪い空気が漂ってしまっている。


 カミルが戻り、馬車は再び動き出す。要らぬ時間を食ったこともあり、時刻はすでに19時を向かえようとしている。視界は最早5m先が見える程度になってしまった。馬を走らせることもできず、ゆっくりと着実に前へと進んでいく。

 木の数が増え始め、一行はストラウス山脈の麓前に迫っていた。

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