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ep.105 瘴気の森

 王都を包む暗雲は吹き飛ばされ、まるで台風の目のようにポッカリと穴が空いている。これも一時的なもので、風が雲を運べばすぐに王都は黒い雨に苛まれるだろう。

 この状況を生み出した張本人、ウルシンキ・ホブランは呑気に自分語りに精を出している。時には自分の胸を叩き、時には水の精霊アリューネの加護の剣『フルーアウィズ』を自慢気に掲げる。日の光を透過するフルーアウィズが、黒くくすんだ地面に青い影を落としていた。

「だからよぉ、俺はこの引き継いだフルーアウィズで王国を守りたいのさ」

 そこでようやく自分語りが一区切りし、話を逸らす好機と捉えたリアが、透かさず話題を変える。

「そ、そうなんですね。ご立派だと思いますよ」

 リアは微笑みを浮かべウルシンキを立てる。

「では、ウルシンキさんなら」

 リアは空を見上げた。二人も釣られるように空を仰ぐ。

「黒い雨と亡者の因果関係をご存じじゃないですか?」

 ウルシンキは空を見上げたまま目を細めた。さきほどまでのチャラけた雰囲気は消え、どこか神妙だ。顔が下がり、二人を見据える。

「察しは付いてんだろうが、雨の黒さは瘴気が溶け込んでんだ。王都に雨を(もたら)すのはストラウス山脈だ。発達した雲は南北から吹く風によって押し流され、やがては王都へと辿り着く。だが、竜討伐が行われてから異変が起きた。亡骸から瘴気が溢れ、風によって空へと上がり、雲が瘴気を吸収しちまうのさ。その結果が黒い雨だ。厄介なのは、亡者と黒い雨の相性だ。命を落とした生物の魂や肉体と瘴気が結びつく事で亡者が生まれる。死んだ存在が永遠を得られるわけじゃない。結び付いた量の瘴気を消費しきれば霧散して世界の中に還って行く。で、厄介なのが時折降る黒い雨ってわけよ」

「瘴気を含んでいるから、そこから瘴気を吸収して活動時間が伸びてるってわけね」

 ウルシンキは握った拳の親指と人差し指を立て、リアへと向けると「ご名答」ノリ良く肯定した。

「黒い雨が降り続いている間は奴等を葬れない。一帯の瘴気を払う光の極致魔法であれば対処は可能だろうが、奴らの一部は、雲の瘴気に身体を溶かして空から降って来る。突発的な出来事に、魔法の準備なんざ間に合わねえのよ」

「おかしいとは思ってたのよ。王都の門には兵士が配置されているのに、突如として街の中に湧いて来るんですもの」

 祟竜(すいりゅう)の亡骸、早めに処理しないと被害は大きくなるな……。俺達みたいに戦える力を持つ人ばかりじゃないし、オチオチ外も歩けやしないだろう。

 ウルシンキの背後から近寄る人影がある。

「隊長、南区域の亡者の討伐は完了しました」

 ウルシンキは兵士へと顔を向け「よし、このまま時計周りに街を巡回。亡者を見つけ次第無力化せよ」指示を出す。命令を受けた兵士は駆け足で来た道を戻って行き、離れた位置にいる兵達と共に西区域を目指して移動を開始した。

「てなわけで、俺も行くわ」

「はい、ご助力感謝いたします」

 リアが礼を述べると、ウルシンキがリアの前へと跪き左手を取る。そして、手の甲へと口づけをした。

「なッ!?」

 カミルは慌てふためき、リアは咄嗟に手を引っ込めた。

「どういうつもり?」

 鋭く冷たい視線と僅かに温度の下がった声がウルシンキへと向けられた。

 ウルシンキは臆せず立ち上がる。

「あんまり安っぽい言葉は使いたくないんだが、一目惚れってやつだ。どうだ?俺の女にならねえか?」

 リアの言葉よりも早くカミルが二人の間に身体をねじ込み、怒りに満ちた視線を向ける。

「俺の女に手を出さないでもらえます?」

 内心怒り狂っているが、助けられた手前、ギリギリのところで理性が働いていた。

「ほう」

 二人の視線はぶつかり合い、にらみ合いが続くも、ウルシンキは鼻を鳴らして肩を竦めた。

「良い女には男がいるのは常だ。簡単には引かねえぜ?」

 頭を横にずらすと、リアに向かってウインクを飛ばす。透かさずカミルの顔が視界を遮り、ウルシンキは不敵に笑い身を翻す。

「それじゃ、またな。次、会うことがあったら俺は運命だと思って猛アタックするからよ」

 後ろ手に手を振ると遠ざかって行く。

「さっさとどっか行け!!二度とリアに近寄んなぁぁ!!!!」

 憤慨するカミルにリアは笑い出す。

「いざとなったらしっかり守ってくれるんだぁ?」

 にやけた顔を浮かべるリアに、

「当たり前だろ。それより、左手出して」

 言葉よりも早くリアの左手を取ると、初級水属性魔法スプラで手の甲を必死に洗い流し始めた。

 リアはそんなカミルの姿に満足し、宿に帰るまで揶揄(からか)い続けるのだった。


「明日の朝、王都を発つから準備しとけ」

 晩御飯を摂りに食堂に降りて、開口一番にニステルに宣言されてしまった。

「急な決定でごめんなさい。王国軍との連携もあって、翌日の10時に南門に集合になってしまいました」

 申し訳なさそうにアリィが謝り、ニステルは淡々と続ける。

「王国軍から二名の付き添いが来ることになっている。亡者の数、瘴気の濃度もあるから、それなりに力を持つ兵士を当てがってもらった。当てにはなるんじゃねぇかと思う」

 王都に結界を張る準備と亡者への対応をしながら、更に兵を出すことは難しいようだ。量より質を取ることで、確実に祟竜(すいりゅう)の亡骸まで辿り着こうという魂胆だ。

「今回の鍵を握るのは、カミル、お前だ。当てにしている」

 真剣なニステルの表情に茶化すことはできず「うん、任せといて」素直に言葉を受け取った。

 それだけ伝えると、皆で食事を摂り、明日に備えて休む運びとなる。

 明日には出発ということもあり、リアは「今の内に飲んどかないと」と泡の跡を口に残し飲み続けていた。そのせいもあってか酔いが回っている。

「んじゃ、俺は帰るわ。キョウカには伝えといてくれ」

 ニステルは席を立つ。

「それじゃ、私も行こうかな」

 続くようにティアニカまでもが席を立った。

「なんでお前まで来るんだよ。ベッドがまだ準備できてねーての」

「大丈夫、大丈夫。リビングのソファー貸してくれればいいから」

 そう言うと、ニステルの背中を押し宿の出入口へと向かって行く。

「お、おい!?押すんじゃねぇ」

 ティアニカは一度こちらへと振り返ると、何故かサムズアップをした。視線から察するに、リアへと送られたものだろう。その意味合いが俺にはわからなかった。

 二人の姿が見えなくなったところで、今度はアリィとククレストが席を立つ。

「我々は荷の確認をして来ますから、先に休んでください」

「カミル、リアの介抱お願いね」

 アリィはウインクすると、ククレストを連れ立ち宿から出て行った。

 騒がしかったテーブルも落ち着きを取り戻し、二人も部屋へと戻ることにする。

「ほら、肩に手回して」

 リアの横で片を差し出すと、アルコールの臭いと共にリアの腕が肩へとかかる。酒の影響があまり顔に出ないタイプのリアだが、今日はほんのりと顔に赤みが増している。火照ったリアの体温が肌を通して伝わり、カミルの胸を高鳴らせた。カミルの思いも知らず「おねがぃしま~しゅ」呂律の回りきらない口調で立ち上がる。

 頼られるのは、悪い気がしなかった。


 階段を登り、リアの部屋の扉を潜る。そのままベッドまで付き添うと、リアはゆっくりとベッドに腰掛けた。

「カミル、ありぃがと」

「うん、ゆっくり休ん――うわっ!?」

 不意に腕を引っ張られ、カミルはバランスを崩した。リアを押し倒す形で倒れ込むも、ベッドに両手を突くことで何とかリアを押し潰すことを避ける。

 眼下に広がる光景に息を呑む。

 とろんとした瞳、朱に染まる頬、唇は艷やかで、髪がベッドの上に広がっている。細く伸びる首元を辿れば浮かび上がる鎖骨のラインが目に入ってくる。その先にあるのは―――。

「カミルっ」

 色気を含む声が響き、カミルの首に腕が回され引き寄せられた。甘く(くすぐ)ったい香りと、普段は得意ではないアルコールの香りでさえ心地良く、理性を一気に溶かしていく。唇が重なり、舌が絡み合う。不慣れなキスのせいかうまく呼吸ができない。それはリアも同じようで、時折聞こえる吐息がカミルの心を高ぶらせる。我慢を迎えたカミルの右手がリアのフェイスラインを優しく撫で、首を伝い、その先に広がる双丘へと触れる。

 リアの身体が跳ね「んっ」艶めかしい声が漏れた。

 その瞬間、カミルの理性という枷は完全に外れてしまう―――。



「――ル。―ミル、――て」

 微睡む意識の中、誰かに呼ばれた気がした。優しく甘い声、それと同時に身体が揺さぶられる。意識が徐々に覚醒していく。

「カミル、そろそろ起きないと皆が起きてきちゃうわよ」

 リアの呼びかけに、ゆっくりと目を開けた。左腕と左半身に感じる温もりに、顔を傾かせる。目に飛び込んで来たのは、一糸纏わぬ状態のリアがカミルの腕を枕に布団の中で甘えるように寄り添う姿だ。途端に意識が完全に覚醒した。

「おはよう、ようやく起きたわね」

「おはよう。リアってこんなに早起きなの?」

 空は未だ暗い、日の出前に起こされたのだ。

「うぅん、今日だけよ。ほら……、誰かに見られたら――ね?」

 気恥ずかしそうに笑うリアの姿に、こっちまで恥ずかしくなる。

「そうだね、皆が起きる前に自分の部屋に戻るよ」

 唇を軽く触れさせると、上半身を起こしていく。

 名残惜しそうなリアの表情に後ろ髪引かれる思いだけど、誰かに見つかって後で弄られる方が面倒だ。これから1ヵ月近く山越えを共にする仲なのだから。

 そそくさと服を着ると「また後で」リアに挨拶をして扉に耳を当てる。シーンと静まり返っているのを確認し、そっと扉を開け廊下を窺う。明け方ということもあり、まだ活動を始めた人はいなさそうだ。

 今の内に自分の部屋に戻らないと……。

 ベッドから覗くリアに手を振り部屋を出る。足音を立てないように慎重に歩くも、時折「ギィィ、ギィィ」床の軋む音にヒヤヒヤとさせられた。幸いにして誰にも気づかれることなく部屋までたどり着くことに成功し、無事に朝を迎える。


 10時を迎え、霊峰を目指す皇国組と祟竜(すいりゅう)の亡骸を目指す王国組が南門へと集結した。墓守の一族であるキョウカと、鴨頭草(つきくさ)のスジ盛りロン毛の男、胆礬(たんば)色のツンツン頭の男が王都からの合流組である。

「やっぱり、これって運命なんじゃない?」

 馴れ馴れしく語り掛けて来たのは、ホスト風の出で立ちのウルシンキだった。リアへそっと近づこうとするのを、カミルは身体を挟んで邪魔をする。

「番犬は今日も忠義に励んでんな。もういいから、あっちいけ。シッ、シッ」

 手を外に払い、まるで虫のような扱いだ。

 だが、今日のカミルは一味違った。余裕のある態度で「変な虫が付きやすいんでね。片時も離れる気はないね」言い返す。


「リア。あの人は知り合いなのですか?」

 アリィが声を掛けるも、リアは困り顔を浮かべて昨日の経緯を話す。

「まあ……、それは可哀そうに」

 憐みの表情をウルシンキに投げる。リアとカミルの関係性を知っているアリィは、ウルシンキに同情した。ちょっかいを掛けられるリアにもだ。


「おい、ウルシンキ。それぐらいで勘弁してやれよ。そいつらは俺の知り合いでもあるんだ、場の空気を乱す真似はやめてくれ」

 背後に控えたもう一人の兵士が近づいて来る。その姿にカミルは見覚えがあった。

「ラグラルスさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」

 堀が深く、頬のこけた灰色の瞳をした男――ラグラルス・ゲーゲンは、相変わらず疲れたような印象は変わらないものの、穏やかな笑みを浮かべている。

「多少忙しくしてはいるが、問題ない」

 亡者の影響で、ラグラルスもまた対処に追われる身であった。一兵士に過ぎない身分だが、連日のように亡者の相手をしていれば、疲労も蓄積するだろう。

「カミル君こそ、心技に振り回されてないだろうね?」

「はい、むしろ何度も命を救われてます」

 親し気に話す二人の姿を訝しみ、ウルシンキは会話に割って入る。

「ラグラルスさん、そいつとどういう関係で?」

「カミル君とリアさんは、ナイザーが世話になり、最期を見届けた人達だよ」

「ナイザー・エルザクス……」

 ナイザーは、カミル達が未来に来て初めて出会った人物であり、心技――時を巻き戻す力を託された人物でもある。王国軍の中では知らぬ者がいないほどの知名度を誇り、屈強な兵士であった。役職にこそ就きはしなかったものの、次期隊長候補と囁かれるほどの実力を兼ね備えていたのだ。更には竜人化という奥の手を秘めていた。

 当然、ウルシンキもナイザーの実力を認知しており、敬う対象だった。

「お前がナイザーさんを見殺しにしたのか」

 言葉は冷たく鋭利さを孕んでいる。

「おい!!ウルシンキ、黙れ」

 カミルは不快感を覚えたが、それ以上に苛立っていたのはリアだった。

「それは聞き捨てならないわね。ナイザーを見殺しにした?何も知らない人間が口出しするような話じゃないでしょ」

 凄むリアの態度に臆することなくウルシンキは告げる。

「事実だろ?ナイザーさんは死に、そいつは生き残ったんだ。俺がその場にいたら……」

 ウルシンキの目は伏せられ、悲しみに暮れていた。

「貴方はその場にいなかった。それも事実でしょ?いなかった人間が突っかかるのは筋違いってもんでしょ?」

 ウルシンキの瞳がリアを見据える。

「おいおい、出発前から揉めるのは勘弁しろよ……」

 これからの旅の事を思うと、ラグラルスの肩は重くなる。

「何か言いたいことがあるのなら、怨竜(えんりゅう)をまともに相手ができるようになってからにした方がいいわよ」

 ウルシンキの眉に皺が寄る。

「なにッ?」

「カミルにはそれができる。だから私達は生きていられたんですもの」

 ウルシンキのするどい視線がカミルを射抜く。それは疑いの眼差し。まだ身体も出来上がっていない未熟な姿を見ても、ウルシンキは納得することができなかった。

「今回二人が呼ばれたのは、カミルの補佐をする為なんだ。王都を元の安心して暮らせる街にしたければ、大人しく補佐に回りやがれ」

 面倒くさいウルシンキに、ニステルは苛立ちを隠せずにいた。王国軍に提案したのはニステルであり、責任を感じずにはいられない。実力者とはいえ、協力的な態度を示せない人間は信用できない。

 ウルシンキの視線がニステルに突き刺さる。

「悪童がよく吠えるなあ」

 ニステルもまた、王国軍の中では有名である。ベレス・フィルオーズ元副兵士長の息子にして、スレイ・アリィズマン元副兵士長を殺した男として。

「その悪童にこれから()き使われるんだ。楽しみにしとくんだな」

 稚拙な煽りにもニステルは揺るがなかった。スレイを惨殺したあの日から、幾度となく罵声を浴びせられてきた。この程度の言葉など、聞き流すのは造作もない。

「お前等いい加減にしろ。ウルシンキ、私情よりも任務を優先しろ」

 ラグラルスに窘められ、不承不承に「はい、御見苦しいところをお見せしました」言葉を抑えた。

「ニステル君もだ。君らは霊峰に向かうのだろう?ストラウス山脈までの旅路だ。それまで我慢してくれ」

「……了解」



 一悶着を終え、馬車に乗り込んでいく。

「気を取り直して行くわよ。街の平和の為だからね」

「わかってるよ」

 カミルとリアが乗り込む姿を、アリィはじっと眺めていた。主にリアの姿を。というのも、リアの挙動が可笑しかったから。とある部分を気にしたように内股気味に歩いていたのだ。目敏い彼女は、その異変に一早く気づくも、そのことには触れない。何か困りごとがあれば相談に乗ってあげようと思っている。

 馬車が動き出そうとした時、「ま、待ってぇ~~」叫び声が聞こえて来る。後ろを覗き込むと、そこには息を荒げながら走るティアニカの姿があった。

 ティアニカっ!?なんで?どうして?彼女は仕事のはずなのに、どうしてこんなところにいるのよ……。

 早朝、リアはニステルの家を訪ね、ティアニカに最期の別れをして来ていた。その時に仕事で抜けられないことも把握している。だから、どうしてこの場にティアニカが来れるのか謎だった。

 リアが馬車から乗り出し、両手を膝に着き息を整えるティアニカに問いかける。

「貴女、仕事のはずでしょ?こんなとこまで見送りに来て大丈夫なの?」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……。休憩時間を、前倒しで、いただいたのよっ」

 深呼吸を挟むと顔を上げ、リアへと視線を送る。

「ここから結構距離があるじゃない。休憩がまったく取れないわよ……」

「わかってる。でも、これを渡したくて」

 差し出されたのはお店の名前が入った紙袋だ。

 リアは咄嗟に受け取ると「これ、前言ってたお店の?」店名で察したのか、中身が何なのか分かったような素振りだった。

「そっ、火事で有耶無耶になったカフェで驕る約束が果たせそうにないからね。奮発したんだから、しっかり味わってよね」

 ティアニカははにかむも、その表情はすぐに陰ってしまう。ティアニカにとって、これがリアとの別れの時である。急遽決まった旅立ちに、ティアニカは心の準備をする時間すらなかった。せめて最期は笑顔で送り出そう、そう決めたはずだった。それでも――自然と涙が溢れて来る。どんなに取り繕おうが、心が訴える寂しさに抗うことはできなかった。

 ティアニカの姿に、リアの瞳も潤み出す。

「本当に、貴女は真面目よね。こっちの事情なんだから、約束が反故になっても気になんてしないわよ」

 微笑むリアの目から一筋の涙が流れていく。

「そんな馬鹿真面目なとこも大好きだったわ。ありがとう」

 リアが両手を広げると、ティアニカは迷わず飛び込み抱きしめた。

「出会えてよかったわ。還ってからも同族と仲良くしてあげてね」

「うんっ」

 暫くの間、抱擁は続いた。同乗する誰もが、急かすことも、声を掛けることもない。最期の別れを静かに待っている。

 二人の距離が開き、向き直る。

「カミル、リアのこと任せたわよ」

「はい、任せといてください」

 カミルは力強く頷くと笑顔を見せた。

「泣かせたりしたら、私は許さないからね!!」

 ティアニカは眩しいほどの笑顔を見せる。だが、頬を伝う涙が止まることはない。

「申し訳ありません。そろそろ出発しますよ」

 御者の声掛けに「お願いします」答えると、馬車はゆっくりと動き出す。

「リア、カミル。楽しい時間だったわ」

 手を振るティアニカに、手を振り返しながら遠ざかって行く。「ありがとう」と言う言葉を何度も、何度も叫ぶ姿を目に焼き付け、一行はククノチの森に向け進んでいく。

 出会いと別れを繰り返し、カミル達は本来の時間の流れを目指し前へ歩み続けた。



 王都を旅立ってから3時間が過ぎた。徒歩でククノチの森に入るならそこまで時間はかからない。だが、今回は馬車での移動である。極力平原を進み、馬車が通れる道を進む必要があった。ククノチの森は、ストラウス山脈の麓まで広がっている。当然、瘴気の根源に近づく分、瘴気の濃度も上がっている。ククノチの森は、瘴気の濃度が異様に高く、以前来た時の印象とは別物の瘴気の森へと姿を変えていた。


「あれが全部瘴気なの……?」

 霧のように立ち込める瘴気に、リアは嫌悪感を抱いた。一人身震いする姿に「大丈夫?」カミルがそっと手を乗せる。

「うん、大丈夫。でもちょっと、気持ち悪いかな」

 他のメンバーは特に臆することも、体調が悪くなることもない。この中で唯一のエルフであり、その優れた感覚が仇と成り気分を害している。

「ストラウス山脈の瘴気の濃度はこれ以上だ。大丈夫なのか?」

 ラグラルスは心配そうにリアの様子を窺っている。

「胃がキリキリ痛む程度だから心配しないで」

 弱弱しく微笑むリアはた宝石に魔力を流し、浄化の力を強めていく。

 散々リアにちょっかいを出してきたウルシンキは、出発前の言い合いが尾を引いてるのか大人しいものだった。


 馬車はいよいよククノチの森へと入って行く。立ち込める瘴気の霧が視界を遮り、10m先が辛うじて見える程度だ。馬車から振り落とされ逸れでもしたら、合流するのは困難だろう。おそらく仲間よりも、亡者と遭遇する方が早い。

 リアは何かを感じ取ったのか、険しい顔で進行方向を睨んだ。

「亡者が来るよ。……数が多い。100――いや、それ以上!?」

 馬車の中に緊張が走る。それぞれが武器に手をかけ、戦闘準備に移り始めた時、風が巻き起こる。風は突き出されたリアの左掌の先に収束し、光の粒子が広がっていく。聖なる(はやて)、風に浄化の力を(もたら)す聖獣の光を纏い、風が解き放たれた。馬車の中を吹き抜け、進行方向に向かって吹き荒れる。風に触れた瘴気は掻き消え、清浄なる風の道を形成していく。その中に、ドムゴブリンらしき亡者の姿が確認できた。取り囲んでいたのはその群れ。

「真っすぐ突き進んでください!!障害は吹き飛ばしますから!!」

 リアは愛剣エスティエラを抜き去り、刃に集う風を介して中級風属性魔法フューエルを発動。一陣の風が道を塞ぐ亡者を吹き飛ばした。一撃で完全なる浄化は期待できない。リアが選んだのは、ただ単純に風力で進路上の亡者を吹き飛ばし、時間を掛けずに突破していく戦法だった。

 不意にリアの身体が輝き出した。

「おっさん、支援魔法なんて使えたのか」

 ティアは感心したようにフィリーに視線を送る。

「学者は体力勝負なとこもあるんでな。少しでも楽をする為だよ」

 リアの放つ風の威力が上がっている。使用された魔法は魔法攻撃の威力を底上げするブラスターであることは明白だった。

「良い援護だよ。助かる」

 エスティエラが緑色に煌いた。風を生み、光の粒子を纏う。


― 翔け抜けるは風の狩人 吹き荒れろ フューエル ―


 言の葉が緑の元素に力を与える。ブラスターに後押しされ、光の風がククノチの森を翔け抜けていく。進路上にいた亡者達の足は地から離れ、成す術なく森の奥深くへと吹き飛ばされた。

 風が生み出すは一筋の光の道。淀んだ空気は一時的に清浄さを取り戻し、その中を馬車が駆け抜けていく。

 とりあえずの脅威は去り、リアはようやく腰を落ち着かせるのだった。

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