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ep.103 戦々凶凶

 短剣から伸びるリボンのような灰色の光の筋が黒き雨の中を華麗に躍る。触れる雨には干渉せず、浄化するわけでも、弾くこともしない。ただ、亡者に対してだけ猛威を振るう。

 一族の秘儀、霊滅(りょうめつ)ノ息吹の本質は、死霊を滅する事にある。浄化ではなく、跡形もなく消し去る力だ。瘴気に対して何の効果も得られない。

 これが墓守と呼ばれる所以か……。

 圧巻だった。キョウカが短剣を振るう度、人型を成した実体のない亡者を次々に屠っていく。灰色の光の筋に触れた瞬間、断ち切られ、触れた場所から燃え広がるように姿が消えていく。それはまるで、紙が燃え宙を漂うが如くヒラヒラと揺れ動くようだった。

 最後の1体を無に帰したところで、キョウカはニステルに向き直った。

「酷いタイミングで戻って来ましたね」

 口振りからすると、皇国に行っていたのを知っている様子だった。

「まったくだ。もう少し早く帰ってくるべきだったな」

「なぜです?」

「俺らならもっと迅速に対応できたからだ」

 落ち着いたニステルの表情に、キョウカは嘘でないことを察する。

「なら、その手際の良さを見せてもらおうかな」

 含みのある笑みを浮かべたキョウカを引き連れ、ニステルは宿へと向かうのだった。



 宿に備え付けられた食堂の窓から覗くのは、黒い雨。ガラスに付着する水滴が汚れていることに、カミルは早く宿へと帰ってきたことを幸運だったと思っている。

「こんなどす黒い雨に降られたら、髪が軋んじゃいそう」

 窓を覗き込むリアは、雨から反射で映る自分の髪に目が移る。

「軋むどころの騒ぎじゃないから。瘴気は人体にとって毒なんだ。髪も皮膚も内臓さえも毒されるよ」

 舛花(ますはな)色のポニーテイルを揺らし、ティアはリアの横へと並び立つ。窓の外を覗き込み、黒い雨に目を細めた。

「あんたら、浄化の力が付与された物は持ってるかい?」

「私は持ってるけど、カミルは?」

「そんなの持ってないよ。学生の身じゃ、そんな高級品持てるわけないし」

 カミルは生活費を捻出する為にバイトをしているが、浄化の力を持つ物など高くて手が出せなかった。魔族という驚異がいる以上、いずれは手にしなくてはいけない代物なのだが、食つなぐのが手一杯で貯蓄はあまりない。学園の帰りの寄り道が最大の贅沢だったのだ。

 ティアはカミルの左耳に着いたイアリングを見て「あんたは大丈夫だよ」安全を保証してくれる。

「え?なんでさ?」

「その耳に着けてるの、ジンムのと一緒の物でしょ?それには浄化の力、うぅん、破邪の力とでも言った方が正しいかしらね。瘴気の力を撥ね退け打ち砕いてしまうのよ。身に着けている限り、あんたは瘴気の影響を受けないわ」

 イヤリングに手を添え「これにそんな効果があったなんて」驚きと、ジンムへの感謝の念を抱いた。

 カラン、カラン。

 宿の扉に付いているベルが音を鳴らし、来客の存在を告げる。外は雨だというのに入ってきた男性――ニステルは足元が軽く濡れている程度だった。対照的なのが、連れ立って入ってきた藍墨茶(あいすみちゃ)色のポニーテイルの女性――キョウカは、頭からつま先までずぶ濡れだった。髪を伝い垂れる雨粒が食堂の床に溜まり、黒い染みを作っていく。

「ちょっと貴女!?こんな黒い雨の中を歩いて来たのですか!?」

 アリィはポケットからハンカチを取り出すと、キョウカへと歩み寄る。濡れた顔をハンカチで押し当て、トンットンッと場所を移しながら水分を吸収させていく。

「あっ、お気になさらずに。部屋でシャワーを浴びてきますので」

 キョウカは感謝の意を示し、そそくさと階段を登り2階の客室へと消えていく。どうやらキョウカは、この宿に宿泊しているようだ。

 キョウカを見送ったアリィは、冷たい眼差しをニステルへと送る。

「貴方、女性をずぶ濡れの状態で歩かせるなんて、どういう神経してるのですか?」

 ニステルは面倒くさそうに頭を掻く。

「仕方ねぇだろ。出会った瞬間からあんな状態だったんだからよ。それにキョウカもカミル達と同じ宿を取ってるみたいだから丁度いいと思って連れて来ただけだ」

 キョウカ?

 彼女の名を聞き、アクツ村の墓守の一族のことを思い出した。

 そうか、今の女性はキョウカだったのか。雰囲気が変わり過ぎて気がつかなかった。

 濡れた籠目柄の濃紺色の上着と黒色のシャツが身体に張り付き、女性特有の起伏を浮かび上がらせていたのだ。カミルが出会った頃よりも豊かに育ったのか、15歳という年齢には不相応な色気を帯びた体付きへと変化している。この世界の平均的な胸の大きさはB~Cカップであり、それ以上大きくなると男性から敬遠されやすい傾向にある。胸の大きさだけでなく、肥満傾向にある者も同様に、必要以上の栄養を摂る人、即ち食に金がかかる人物だと判断されるのだ。現時点では食糧不足に陥ってはいないものの、食材の流通は多いと言えるほどでもない。必然的に他の生活必需品に比べて食材は値段が高くなりやすい。キョウカのそれも平均値以上であり、見る人が見れば魅力度が落ちてしまうだろう。だが、カミルは日本での生活に影響を受けており、その枠に収まらない。男の習性もあり、必然的に胸に視線が向いてしまっていたのである。その視線にリアは気づいており、自分のものがカミルの理想でないと察してしまい、密かにため息をついていた。

「みんな揃ってるなら丁度いい。ここに来る前に起きたことを話しておく」

 ニステルはテーブルに移動し、腰を落ち着かせた。キョウカを知らない者の為に、墓守の一族のこと、実体なき亡者の大群が街の中に現れたこと、ストラウス山脈まで王国軍が同行する可能性があることを伝えた。

 それに食いついたのはティアだった。

「ニステルと言ったな。お前、良い働きをした。なにか奢ってやろう好きなものを頼め」

 祟竜(すいりゅう)の亡骸に向かうという提案をしてきたニステルに労い、瞳を輝かせている。

「まだ向かうとは言ってませんよ」

 ククレストが即座に否定するも、街の状況的に瘴気の発生源に対処すべきだろうという意見が飛び交う。

「ククレスト、王国軍の助けがあるのでしたら我々も手を貸しましょう。霊峰への入山許可をいただいた恩もありますし、帰りの脅威を取り除いておくのも有りだと思いますよ」

 アリィの提案にククレストは表情を変えずに口を開いた。

「隊長がおっしゃるのであれば私が反対できるわけありません。瘴気の発生源を断ち、霊峰へ向かう方向性でいきましょう」

「よし、それでこそ軍人だっ!!民の為に尽力を尽くせよ!!」

 上機嫌に笑うティアに「ここは王国なんですけどね」冷ややかな言葉を掛けるも、まったく耳には届いていなかった。

「それでなんだが、キョウカにも同行を頼んでみようと思ってる」

 ニステルの提案に「どうして?」リアが問う。

「ストラウス山脈には瘴気の密度が高い。山で命を落とした生物が亡者となって彷徨っていると聞く。朽ちた肉体を持つものもいるが、実体のない亡者も多い。そこで頼りになるのが、亡者に対して絶大な威力を誇る墓守の一族の秘儀『霊滅(りょうめつ)ノ息吹』ってわけよ」

「ほう?王国には亡者専門の退治屋でもいるのですかな?」

 祟竜(すいりゅう)の亡骸には興味を示さなかったフィリーが食いついた。

「専門ってわけじゃねぇけど、必然的にそうなったんだろうよ」

 フィリーは親指と人差し指で下唇を摘まんでは放すという仕草を繰り返す。

「ふぅむ、霊滅(りょうめつ)ノ息吹、研究対象になり得るか……」

 フィリーが興味を持つのは、物質の研究よりも、現象や神秘といったことのようだ。

「まあ、それもキョウカに話してみてからだ」

「というか、なんでキョウカさんが王都に?村の外に出る印象ないんだけど?」

 ニステルは肩を(すく)める。

「んなもん、本人に聞いてくれ」

 自分が連れて来たくせに、何にも聞いてないなんて……。ニステルが人に無関心なのも大概だよな。


 それから1時間ほど経ってから、キョウカが食堂まで降りて来た。すでに学者二人とククレストは部屋に戻っており、キョウカと面識がある三人と隊長であるアリィのみが食堂に残っている。特に食堂で会う約束はしていなかったものの、温かい物を求めて降りてくるだろうと予想してのことだった。

「あら、まだいたんだ」

 カウンターでホットミルクティーを受け取ったキョウカは四人のいるテーブルに座った。ポニーテイルでまとめられていた髪は下り、上気した肌が艶めかしい。装いはいつもの一族の服ではなく、白のパーカーに白のハーフパンツ、ベージュの厚底サンダルとラフな格好だ。普段が暗めの衣装な分、今のキョウカはかなり明るい雰囲気を纏っている様に見える。

「久しぶりね、キョウカさん」

「リアさん、お久しぶりです。カミルさんも」

「まさか王都で見かけるなんて思ってなかったよ。でも何で王都に?」

 キョウカは淹れたてのミルクティーに息を吹きかけ、口の中に流し込む。思ったよりも熱かったのか「っつ~」顔を(しか)め呻いた。

「王国軍からの依頼でね、溢れた亡者の対処をお願いされたのよ。でも、アクツ村は人口そんなに多くないでしょう?だから一度断ったの。でも、思ったよりも被害が深刻なもののようで、再度協力要請が来たわ。事態を重くみたじぃちゃ――こほん、長は受け入れ、比較的自由な時間が取れる私が抜擢されたの。それでストラウス山脈から溢れた亡者の対処をしていたのよ」

「話はわかったけど、なんで王都にいるの?」

 依頼で対処に当たっているのなら、日中の時間帯にストラウス山脈付近ではなく王都にいるのはおかしな話である。

「始めこそストラウス山脈に居たわ。でも、亡者が山脈だけでなく、王都内でも生まれ始めてしまって……。瘴気が王都に流れて来た影響だと思うんです。本来、常世で安らかに眠っていた魂が穢され、魂の眠る場所から亡者となって現世(うつしよ)に舞い戻ってしまったのでしょう。この一連の流れを食い止めるには、瘴気の発生源である祟竜(すいりゅう)の亡骸をどうにかしないといけません。ですけど、今の王国軍にはそこに割くだけの兵力はありません。王都の防衛を確固たるものにしてからでないと動けない、とのことで舞い戻った亡者の魂を強制的に滅せざるを得ない状況なのです」

 後手後手の対応だと、きっと被害は大きくなる。誰かが根本的な解決をしなければ状況は悪くなってしまう……。

「そこで皆さんのお力を借りることができないかと思ってるんですよ」

 キョウカの視線がニステルへと動く。

「ニステルさんが『俺達ならもっと迅速に対処できた』とか言ってくれましたからね。さぞや強力な浄化の力を扱えるのかと」

 皆の視線がニステルへと注がれた。

「ニステル、それってカミルの力を当てにしてるってこと?」

 にやつくリアの言葉を「そうだ」短い言葉で肯定しあしらった。

 カミルが宿す月読の力は、竜に対して絶大な威力を誇る。ニステルの目の前だけでも、鉱竜(こうりゅう)、黄竜オミナムーヘルを退けて来た。(ことわり)を司る竜すら打ち負かす月読に対して、ニステルが寄せる信頼は厚い。

「あ、そうなの?なんかニステルにまともに信頼されるとこそばゆい……」

 いつもは皮肉や軽口しか叩かないニステルが、カミルの力を認めているのだ。カミルは嬉しさと気恥ずかしさから落ち着かない様子だ。

「カミルさんって浄化の力を使えましたっけ?その…、あまり魔法は得意そうには見えませんでしたけど?」

 キョウカは首を傾げカミルを見つめた。

「えっと、俺のは浄化の力じゃないんですよ。キョウカさんの霊滅(りょうめつ)ノ息吹が死霊を滅する力なら、俺の月読は竜を滅する力なんです」

 キョウカは目を丸くする。

「竜を、ですか?」

「はい。たぶん、生きた状態でなくとも、それが竜に付随するものであるのなら消し去れるかと」

 これにはカミルも確証を持っている。凛童(りんどう)との戦いの折、魔断の右手を失った代わりにくっつけていたのが竜の右腕だった。その腕を月読は呑みこんだ。つまりは、竜としての活動を終えても滅する対象であるということ。言い換えれば、竜の因子を持つものに対して月読は力を発揮するとも言える。

「そんな力があるんですか……。いえ、私の一族が秘儀を持つように、カミルさんが特異な力を持っててもおかしくはないですよね」

 未だ半信半疑のキョウカは自分を納得させる言葉を口にし、再び協力を申し出る。

「改めて、カミルさん、力を貸してもらえませんか?」

 カミルは笑顔を浮かべ頷いた。

「どの道俺達はストラウス山脈を越える予定だったんです。問題ありませんよ。でも……」

「でも?」

「山越えの準備と瘴気対策を講じないといけないので、出発できるのは数日後なんです」

 山を越えるには携行性の良い保存食が必須となる。現地で狩りを行えば肉自体は手に入るだろうが、瘴気に汚染されている危険性を考えれば食べない方が良い。山に自生する食物も例外では無い。瘴気を浄化できるとはいえ、瘴気によって変化し、生み出された成分までは戻らない。瘴気の発生源から離れた霊峰クシアラナダ辺りまで行かなければ、食の安全が確保できそうにないのだ。

「身の安全が最優先事項でしょう。皆さんの準備が整う間、亡者を食い止めて見せますよ」

「では、出発の目途が立ち次第ご連絡いたします。同じ宿だったのは幸運でしたね」

 アリィの口元が綻んだ。

「でもさ、何で王国では鬼が生まれないわけ?皇国だとこれだけの瘴気があれば鬼が生まれてもおかしくないのに」

「歴史的背景ですね」

 アリィは静かに語り出した。

「王国はかつて帝国に攻め込まれはしたものの、主戦場がアマツ平原より北方に位置する場所が多いのです。それ以前の歴史は存じませんが、帝元戦争時に王都から南方が戦場になったことはありません。元素の乱れも少なく、人が放つ念が悪さをすることも限られるでしょう。鬼は元素の乱れと人の念が生み出す災厄です。ですから、鬼ではなく亡者が生まれているのだと思います」

「皇国は鬼が出るんですよね……。生活は大丈夫なのですか?」

 アリィは微笑みかけると「大丈夫ですよ」柔らかくも力のある言葉を掛けた。

「その為に我々皇国軍がいるのですから」

 胸を張り答える姿は、誉れ高き軍人であった。アリィのように、粉骨砕身励む若者が台頭する国の未来は明るい。

 キョウカは微笑むと、すっとアリィへと手を伸ばす。

「私はキョウカ。キョウカ・ウツシヨよ、よろしく」

 差し出された手を握り、二人は目を合わせた。

「私はアリィローズ・アロシュタットです。皆からはアリィと呼ばれていますのでそのように。これでも皇都シキイヅノメで第3部隊長を務めております」

 キョウカは驚き、目を(しばたた)せた。

「部隊長さんだったんですか!?そんなお若いのに……、隊長の位の人達ってもっとおじさん方が多いと思ってました」

 実際、皇国における女性の隊長格は少ない。国防の観点から、男女に分け隔たりなく実力主義ではあるものの、肉体の強度の面では男性の方が優位になりやすい。反面、魔力の繊細な制御に関しては感覚的に鋭い傾向にある女性の方が優位になることの方が多い。なら何故女性の台頭が少ないのか、それは女性にしか出産ができないことに起因している。身籠った状態では負荷の高い任務には就き辛く、子が放つ魔力の影響を受け魔力の制御が難しくなってしまうのだ。責任ある任務から遠ざかる結果として、昇格し辛い環境なのが実情だ。アリィのように出産後すぐに復帰し、恵まれた才と努力を積み重ねれば隊長格になることも可能だが、母となった兵士の多くは子供との時間を大切にする傾向が強い。そのまま退役してしまうこともままあるのだ。

 それは王国も同様であり、残念ながら王国には顔となる女性兵士はいない。キョウカがおじさんが多いというのも納得の状況なのである。

「努力を積み重ねた人がたどり着ける役職ですからね、大切なものは人それぞれ、なろうとする人がいるかどうかですよ。捧げてきた対価を享受できたのは、私にとって幸運なことでした」

 アリィの含みのある言葉に、リアだけが僅かに表情を曇らせた。

 アリィが席を立つ。

「それでは、私はこの辺で失礼させていただきますね」

 優雅に一礼すると、アリィは2階の自室へと戻って行く。その後姿をキョウカは熱い眼差しで見送っていた。

「格好良いですよね~。女性の隊長さん」

 うっとりとした表情を浮かべているキョウカは、傍から見たら怪しい雰囲気を纏っている。

 訝しむニステルは「お前、女が好みなのか……?」問いかけるも、キョウカはニステルに視線を送ると「女性()ですよ?」力強く答えた。「百合?百合なのか……?」意味の分からない言葉を呟くカミルを「私達もそろそろ戻りましょうね」リアは引きずるようにして部屋へと戻っていった。

「相変わらず楽しい人達だね」

「そうか?煩いだけだぜ?」

「でもニステルさん、顔がにやついてますよ?」

 ニステルは席を立ち二人の後を追う。その足も止まり、キョウカへと顔だけ向けると「気のせいだ」そう言葉を放つニステルの表情はやはり緩んでいたという。



 黒い雨が止み、憂国を迎えた曇り空の隙間から光が射しこむ。雲が光を乱反射し、燃え上がるような茜色の曇り空を生み出した。綺麗な空とは対照的に、淀んだ雨水が街を黒く染め上げている。

 そんな街中の通りを歩き、リアは広場からほど近いカフェを目指す。トップスをベージュのボリュームニットを着込み、袖はファーとなっており可愛さがプラスされている。ボトムスは黒のスカートで大人っぽい雰囲気をプラスしている。雨上がりともあり、歩きやすい濃紺のスニーカーというコーディネートだ。ティアニカの仕事上がりに合わせてカフェで待ち合わせをしているのだ。日中は瘴気の影響で人通りは少なくなってはいたが、夕刻ともなると状況は変わる。業務を終え帰宅する者、晩御飯の買い出すをする者で溢れている。その多くの人が腕に乳白色の直径5mmにも満たない小さな宝石をあしらったバングルを着けている。

 おそらくあのバングルが瘴気対策ってわけね。宝石に浄化の力を施した物なんでしょうけど、小さい分心許なさそう。

 人口に対しての供給数が足りていないのは明白だ。あの大きさでも無いよりはマシなのである。対してリアの持つ浄化の力を持つ道具は、魔法陣を刻むための宝石そのものであった。菱形に模られた無色透明の直径5cmほどの宝石をペンダントとして胸元の衣服の中に収めている。高い白への適正を後押しする宝石は、数少ない不純物の少ない元素密度の高いものだ。

 大きさの差に心苦しさを感じるものの、宝石がなければ冒険者を生業として生きていくことは困難である。街行く人をなるべく見ないようにしてカフェへと辿り着く。


 カラン、カラン。

 来店を告げる音にリアは扉へと視線を向けた。そこには大きな襟のくすみピンクのコート、朽葉色のジャケット、白のタートルネックニットのレイヤードのトップスに、胡桃色のゆったり生地のハイウエストパンツのボトムスと合わせ、灰色のハイヒールでまとめたティアニカの姿があった。

「お待たせ」

 リアは微笑み「お疲れさま」労った。

 二人は手早く注文を済ませると、本来の姿を取り戻しつつあるリアの状態についての話題となった。

「新しい髪の毛は金髪だったら、もう精霊の刻印は解呪されてるんじゃないかしら?」

「うん、もう一押しって所まで薄くなってきたわ」

 入浴の際は外している為、状態は常に確認していた。薄くはなってはいるものの、完全に消えきるまでには至らない。

「気長に待つからいいのよ。私達は長命種、いずれ消える時が来るのだから」

 そう、時間なら有り余っている。焦る必要なんてない。10年後だろうが、20年後だろうが誤差なのだ。

「リアはいいかもしれないけどさ、カミル君はヒュムなのよ?あんまりのんびりしてたら寿命が先に来ちゃうでしょ?」

「今のペースで行けばそう遠くない内に消えるわよ。たぶん」

「金髪姿のリアが見れないのは残念だけど、こればかりは仕様が無いわよね」

 すでに伸びた髪は色の変化が起きない。王都に容れるのは今日を含めてあと数日。ティアニカには本来の姿を見せてあげることはできない。

「こればかりはね……。でも、銀髪姿も貴重でしょ?これはこれで幸運なんじゃないかしら?」

 ふふっ。ティアニカは柔和に笑い「リアって前向きなのね」銀髪を眺めている。

「それで?カミル君とはどこまでいってるの?」

 単刀直入な質問に「ぶふっ!?」リアは取り乱した。

「い、いきなりね?」

 ティアニカはテーブルに肘をつくと愉しげな表情を浮かべた。

「だって~、今逃したら聞く機会が失われちゃうわけだしね?で、どうなのよ。もうヤったの?」

「ヤ、ヤった!?」

 途端に真っ赤に茹で上がるリアを見て、ティアニカは悟ってしまった。

「あら以外ね。リアって生娘だった―――」

 リアの手が素早く動き、ティアニカの口を塞いだ。

「ちょ、ちょっと!?とんでもない発言を堂々と口にしないでくれない!?」

 仕事上がりの客が入り始め、席が埋まりつつある中での発言。当然、リアが看過できるものではない。

「ぅ~ッ、ぅ~ッ」

 口を覆う手の甲をペチペチと叩き、放すように促した。

「ぷはぁ~ぁ。貴女、しっかりしてそうなのに……、真面目過ぎて恋愛面がダメなタイプなのね」

「煩いな~。私は冒険者なのよ?定住してるわけでもないんだし、これが普通なのよ」

 むくれたリアの表情からは、いつもの凛々しさの欠片もない。そこに在るのは、恋愛ネタで弄られるかわいらしい一人の女性だった。

「カミル君はどうなの?奥手なタイプ?」

 リアの視線が横に逸れていく。

「積極的か、と言われればそうでもないかしらね」

「なら、リアが年上女性としてリードしてあげなきゃいけないんじゃない?ほら、男の子って欲望に忠実なところあるし、あんまり待たせすぎると心移りされちゃうんじゃない?」

「ま、まさか~。アイツは私にベタ惚れなのよ?そんなこと起こるはず、なぃゎょ……」

 リアの表情に影が差し、憂いを帯び始めた。

「口では何とでも言えるけど、不安は隠しきれないみたいね」

 ティアニカを見つめ「ティアニカって意地悪ね」抗議の声を上げる。

「心配なら早めに動いちゃいなさいな。今晩あたりどう?」

 リアが目を見開いた。

「こ、今晩っ!?」

「きゃっ!?」

 リアの大声に配膳に来た女性店員は声を上げ驚いた。

「あ、すみません。ほら、リアも謝って」

「失礼しました」

 二人揃って謝罪をすると「お気になさらずに」優しい言葉で対応してくれる。テーブルの上に頼んだケーキとハーブティーが並べられ、華やかな香りが二人の鼻孔を擽った。

「ごゆっくり」

 一礼して去って行く店員を見送り、リアはティアニカにジト目を向ける。

「ティアニカが変なこと言うから、驚かせちゃったじゃない」

「リアって本当にかわいいね。そんなウブな反応してくれるんですもの、困らせたくなっちゃうのは仕方のないことだわ」

「すぐそうやって誤魔化そうとするんだから……」

「はははっ、ごめんなさい。でも、お互いに熱がある内にしておくのがいいわよ。記憶にも残りやすいし、何よりも、リア自身も満たされるからね」

「か、考えておくわ」

 でも実際、私から手を出すのってどうなの?男のメンツとか潰さないの?急かして軽い女だと見られたくもないし……。

 悶々とするリアを眺め、ティアニカは満足げに微笑んでいた。

「さ、いただきましょうか」

 二人はフォークへ手を伸ばし、それぞれのケーキを食べ始めた。今後の予定や、風縛石(ふうばくせき)の産地の話などを交わしながら時間が過ぎていく。


 会計を済ませ外に出ると、すでに街は夜の世界となっている。漂う瘴気のせいか、街の灯りも拡散され、晴れているというのに星の瞬きは拝めそうにない。

「送って行くわ。家はどこ?」

「ありがとう。そんなに気を遣わなくてもいいわよ。私だってエルフの端くれ、亡者が出ようが退治するわ」

「危険だからってのもあるんだけど、さっき話した聖なる(はやて)、見たくない?」

「それは、ちょっと興味あるかも」

「なら、自宅まで案内して。都合良く亡者が出るかは運次第ね」

 闇夜の中を歩き出した。夜の時間帯はさすがに歩く人が減り、不穏な空気が漂っている。ティアニカの話では、皇国軍が夜も巡回しているらしく、今までに目立った被害はないようだ。

 広場から西方へと進み、暫く歩くとアパートが見えてきた。その2階に彼女の一室があるらしい。

「う~ん、やっぱり何も出なかったわね。聖なる(はやて)は今度にお預けかな」

 ティアニカは残念がるも「いや、何もない方が安全でいいでしょ」リアは苦笑してつっこんだ。

 アパートの入口までもう少しという所で、入口から一つの人影が飛び出て来た。顔までは確認することはできなかったが、後ろ姿を見る限り20代の男性であることは間違いない。アパートの更に西に向かって走り去って行く。

 二人は顔を見合わせた。

「なんなのあれ……」

「ティアニカ、あのアパート変な人でも住んでるの?」

「そんなことはないと―――」


「きゃぁぁぁぁぁ!?」


 アパートの上層から女性の悲鳴が響き渡った。

「火事だッ!!おい皆!!避難しろッ!!」

 不穏な言葉が叫ばれ、住民達が慌ててアパートの外へと飛び出して来る。

「ちょっと……、あそこ私の部屋!?」

 火が上がっているのは2階の角部屋。そこはティアニカが間借りして住んでいる部屋だった。

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