ep.102 王都アルアスター
要塞都市ザントガルツから南西に進んだ先、比較的安全な平原を抜けると堅牢な国境門が聳え立つ。道中、大粒の雨に見舞われ霧が立ち込めた。視界に広がるは霞む白の世界。数m先を確認するのでさえ困難な状況に、馬車はゆったりと進んでいく。国境門の壁面の全容は拝めず、門を守護する兵達に敬礼をして通過した。
次に見えてくるのは王国側の国境門である。門に六色の精霊が描かれているのだが、生憎と霧に阻まれ火の精霊ジスタードと水の精霊アリューネの一部が顔を覗かせるだけであった。
「折角の国境門なのに……」
アリィは残念そうに迫る門を眺めていた。
「そういえば、隊長は王国に行くのは初めてでしたっけ?」
ククレストの問いかけに「そうなんです」項垂れ肯定する。
「王国の国境門って他では見れない精霊が描かれている門だと聞いていたので、楽しみにしてたんですよ……。帰りまでお預けなんて……」
悲しみに暮れるアリィを他所に、王国の門兵が制止をかける。門兵の一人が近づいて来る。
「身分証の提示と入国税をお願いします」
その言葉にアリィは瞬時に表情が切り替わる。懐からギルドカードと同様の白いカードが取り出さ、魔力を流し情報を表示させた。
「アシハラフヅチ皇国軍シキイヅノメ第3部隊長アリィローズ・アロシュタットと申します。此度はストラウス山脈を越え、霊峰クシアラナダにあるヨミジク村へ向かう予定です。祠で発見された空間の歪みの再調査を行う予定です。すでに入山許可は取ってあります」
ククレストが鞄の中から入国許可証と入山許可証を取り出し門兵へと掲げると、門兵は許可証を確認し、そこに押された印影に視線が釘付けとなる。
「本物のようだな」
軍人が入国するには然るべき手順がある。事前に入国する旨とその目的を明確に示さなければならない。場合によっては、赴く先の立ち入り許可証を発行してもらう必要もある。今回はザイアス王国でも重要な地、霊峰クシアラナダへと向かう為、入山許可が必要だったのだ。これは国を護る為の防護策であり、諜報活動を未然に防ぐ為に必要な措置である。
「それと、人数分の入国税をまとめてあります。ご確認をお願いいたします」
ククレストは許可証を片付け、入国税の入った袋を門兵へと手渡した。
「おーい、確認してくれ」
門兵は仲間に金額の確認を任せると、他の者も同様に身分証の確認を済ませていく。多少時間はかかったものの、通行の許可が下りた。
「今のストラウス山脈はあまりお勧めできませんが……。すでにご存じかと思いますが、現在、祟竜の亡骸が放つ瘴気が満ち、溢れる亡者が闊歩しています。王都で入念な準備をしてくださいね。何かあったとしても責任は取れませんから」
「ご忠告、感謝致します」
門兵に敬礼をすると、馬車はゆっくりと動き出した。
「竜の亡骸が瘴気を放つ、か……」
ティティア・アサギリは拳を顎に添え、興味深そうに呟いた。
「………。近寄りませんからね」
ククレストの言葉に、まるでこの世の終わりかとばかりに表情が崩れていく。ククレストの肩を掴み必死に訴える。
「なに寝言を言っておる!?こんな楽しそ――いや、希少な事例をみすみす見逃すなんて、それでも軍人かッ!?」
「私達の任務は空間の歪みの調査であって、祟竜の亡骸の調査ではありません。危険な場所にわざわざ出向くなんて馬鹿げてますよ」
表情を崩さず冷静な言葉を放つ。
「どの道通り道でしょ?ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからぁ〜〜〜」
ククレストの肩を揺さぶり訴えるも「我々軍人は任務を優先しなければなりませんからね。軍人なんでね」ティアが口にした軍人という言葉を、否定の為に引用されてしまった。諦めきれないティアは、今度はフィリックスノート・オノに縋った。
「おっさん、アンタからも言ってくれよ。この機会逃したら、次はいつになるかわかったもんじゃないんだよ?」
「ワタシは歪みの方が気になるからな、モースター殿に賛同するよ」
「裏切り者っ!?」
フィリーに袖にされ、ティアは力無くへたり込む。
その横で、我関せずとカミルとリアが甘ったるい空気を作り上げていた。身体を寄せ合うことはせず、控えめに手が繋がれていた。
「王都に着いたら、行きたいカフェがあるんだけど付き合ってくれる?」
「うん、いいよ。王都にいた時は金欠だったからね。お店もそんなに巡れなかったし、一緒に回ろう」
「そうなのよ。あの時はちょっと手を出しにくかったちょっとお高めの店だったのよね。中央広場の一角に店を構えててね、3階のテラス席から眺める景色が最高らしいのよ」
「へえ、そんなところがあったなんて知らなかったな」
「ギルドの受付のティアニカさん覚えてる?彼女が教えてくれたのよ。自分へのご褒美にでもってね」
ティアニカ・ウォルン。未来の世界に飛ばされてカミル達が初めて遭遇した本来の姿をしたエルフであり、リアの精霊の刻印を解呪するきっかけをくれた人である。リアは恩を感じており、親しい間柄となっていた。
「ティアニカさんか、懐かしいなー。って、そんなに時間は経ってないか。色んな事ありすぎて昔のことに感じるよ」
「うん、色んな事あったね」
カミルとしても、ティアニカは思い出深い相手だった。冒険者としての一歩を踏み出すに当たり、色々と世話を焼いてくれたのだから、そう感じるのも無理はない。接点は多くはないが、記憶に残る人物なのは間違いない。
僅かに金色が覗くリアの髪に視線を移す。
「その金髪と、俺達のことも伝えないとね」
はにかむリアは小さく頷いた。
「そうだね」
握った手がぎゅっと握られ、カミルもそっと握り返した。
「あっ」
カミルは何かを思い出したように声を上げた。
「そうそう、ニステルの家にも行ってみたいんだけど?」
「そう言えば、一度も行ったことなかったわね」
二人の視線がニステルに注がれる。
騒がしい皇国の人間と、二人だけの世界に浸るカミルとリアから離れるように座るニステルは心底嫌そうな顔を浮かべた。
そのまま二人の世界に閉じ籠ってろよ……。
ニステルは視線を二人に向けると「気が向いたらな」それだけ口にして雨が降りしきる空を見上げた。横で「気が向いてよ」「手土産持っていくからさ」などと言葉が届くが、完全に無視を決め込み心の中で呟いた。
めんどくせぇ……。
アマツ平原に差し掛かった頃、雨は上がり、雲の隙間から日差しが差し込んで来た。僅かな光が光芒を生み出し、地平線に伸びる光の筋が絶景を生み出している。
「雨が上がりましたので、一旦休憩を挟みましょう」
御者の言葉で各々が馬車から降りて身体を伸ばし始めた。長距離の移動では姿勢を大きく変えることはできない。たまに取る休憩時間だけが身体の自由を得られる貴重な時間なのだ。
「折角だし、外でおじさんの弁当食べちゃおうか」
カミルの提案に一同は賛成し、馬車の中から弁当を運び出す。雨上がりで地面は濡れているが、青の力で表面上の雨水を集めて遠くに飛ばし、赤と緑の力を借りて熱風を生み出し乾燥させていった。御者の分の弁当がなく、少しずつ分け合おうという話が登るも、御者は「自分は用意しておりますから」と辞退した。馬の状態を確認し、馬と共に食事をするようだ。
弁当の箱を開けてみれば、中にはおにぎりが2つ、タレに漬け込まれた唐揚げが3つ、野菜炒め、ダシ巻き玉子が並び、隅に気持ち程度のキュウリの浅漬けが入っている。食べやすさと腹持ちを優先しているあたり、道中で食べられるように気を遣ってくれたのだろう。おじさんに感謝をしつつ、胸の前で手を合わせた。
「いただきます」
感謝の言葉を口にすると、周りからも「いただきます」の声が響いてくる。きょとんとして見渡せば、リアとニステル以外はカミルと同様にしっかりと手を合わせていた。
「カミルも皇国の食事の前の感謝の言葉を口にするのですね」
アリィは感心し、視線が手元に向いていた。
あぁ、そっか。皇国は先祖に日本人を持つリディスの民が大半を占めてるんだったな。
カミル達三人以外は皇国の関係者であり、食事の際の文化が根付いているのだろう。
「うーん、ちょっと違うんですけどね」
カミルは日本で身に付いた習慣について話すか悩んだ。前にフィリーとティアの前で日本の話題を出してしまい、根掘り葉掘り聞かれたからだ。
「どうせ日本が絡んでるんでしょ?」
リアはいつものこととばかりに軽く口にする。
「まあ、そうなんだけどさ」
「この前言ってたリディスの先祖が住んでたって場所ですか?元を辿れば一緒ではないですよね?何で隠すのです?」
純水な目で見つめるアリィに、カミルは学者二人へと反射的に視線を送ってしまった。アリィはその視線を追い、察した。
「あぁ~……。そういうことですか」
二人の視線に気付いたのか「その辺の話ならザントガルツで聞いただろ。もう十分だ」ティアが興味なさそうに呟いた。
カミルとアリィは苦笑し、弁当を突き始める。
「そういえば、アリィが烙葉に使ってたセオリツ?ってのは何だったの?」
聞く機会を逃していた、アリィが操る封印術。この機会に聞こうと思ったのは彼女がファティの直系の子孫に当たるからだ。アロシュタット家は要塞都市ザントガルツを治める伯爵家だったこともあり、アリィが扱えるのならファティも扱える可能性がある。帝元戦争を止める手段のひとつにならないかとカミルは考えていた。
おにぎりを頬張るアリィは、ゆっくりと咀嚼を繰り返し口の中のものを飲み込むと、口に白米をくっつけたまま語り出す。
「あれは私の家系に伝わる術式なんです。元素の力を借りて発動させるのですが、どちらかと言えば理の外の力に近い性質ですね」
「それなら、俺達がそのセオリツを発動させることもできるの?」
アリィは首を横に振る。
「それはできません。術の発動には血筋が関係しているらしく、アロシュタットの血縁の者しか発動させることはできませんでした」
カミルは内心がっかりしつつも、更に詳しく話を聞く。
「それは残念だ。でも、烙葉の力を封じるほどの力なんでしょ?能力を封じるなんてすごいと思うけどな」
「確かに強大な力ではありますが、肉体を酷使しすぎるのです。それは私が才能に恵まれなかったからかもしれませんが」
「えっ?あれだけのことやっといて才能がない?まさか~」
皇国を混乱に貶めた力を封じた力を持ちながら才能がない?そんなわけない。でも、本当にあれで才能がないのであれば、本来の力はどんなものだったのか……。
「いえ、私は直近4世代の中で最も才がなかったようなんです。祖母が嘆いていましたから確かでしょう」
僅かに陰るアリィの表情にカミルは罪悪感を覚えた。
「ごめん、変なこと思い出させたみたいで……」
アリィは慌てたように「あ、そうじゃないんですよ」否定する。
「せっかく命のバトンを受け取ったのに、引き継げなかったのが悔しいのです。当に役目を終えた力ですが、アロシュタットという一族が生きてきた証ですからね」
「ん?当に役目を終えた力?」
「この力は、元々別の使命を帯びたものだったらしいのです。それも精霊時代の終わりと共に役割を終えたみたいですけどね。それが何の使命かまではわかりません。役目と共に時代の流れに呑まれてしまいました」
封印術が精霊の黄昏に何か関係あるのか……?学園に戻ったらファティに探りを入れてみるか。
「これくらいでよろしいですか?」
アリィは箸でダシ巻き玉子を摘まむと、落ちないように手を添えて一口齧った。途端に蕩ける表情に変わったところを見ると、味はお気に召したようだ。
「うん、ありがとう。その辺の話も、帰ったら直接聞いてみるよ」
「そう言えばクラスメートと言ってましたね。そのファティマールのお話、聞かせてもらってもいいでしょうか?」
自分の先祖がどんな生き方をしていたのか気になるようで、アリィは瞳を輝かせている。
「はははっ、半年くらいの学友でしかないから、詳しいことはわからないよ。でも、人一倍努力家だったかな」
それから、ファティの授業態度、友達付き合い、シスコンであることを語り、笑い転げたアリィは弁当を食べ終わるのに長い時間を要するのであった。
幾度かの夜を越え、馬車は王都アルアスターへと辿り着いた。北門で御者の方と別れ、宿を取るべく街を南下していく。街の中の空気はどんよりとしており、かつての街の雰囲気とはかけ離れていた。
ニステルは険しい顔をして街を見渡しながら歩いている。
「変わらない、とは言い難いね」
「そうね、少し前のザントガルツと大差がないくらいの瘴気が流れ込んでるわね。王国軍は何をやっているのかしら……」
街を歩く人影も心做しか少なくなっている。瘴気による健康への懸念や精神的に弱っているのかもしれない。
「悪ぃ、一旦王城に行ってくるわ」
ニステルに視線が集まるも、王都出身でかつて軍属だったことは皆が知る所である。反対する者は誰もいなかった。
「うん、俺達はいつもの宿――が空いてたらだけどそこにいるから。別の宿になったらギルドにでも言付けを頼んでおくよ」
「わかった」
ニステルは独り王城を目指し歩いていく。
晴れ渡っていた空に暗雲が立ち込めてきている。それはまるで、王都を包んでいる状況を表しているようで、心をざわつかせてくる。
宿は無事に取れ、カミルとリアはギルドまで顔を出していた。
「あら、貴方達。おかえりなさい、久しぶりね。元気だったかしら?」
姫カットの金髪をハーフアップにした女性のエルフ――ティアニカ・ウォルンはにこやかに二人を歓迎してくれた。
「うん、ただいま。無事に王都に戻ってくることができたわ。ティアニカも元気そうで何よりよ」
二人はカウンター越しに抱き合い、再会の喜びを表した。
「つもる話もあるけど、もうすぐ休憩時間だから、ちょっとだけ待っててもらえるかしら?」
「もちろんよ」
カミルとリアは備え付けられているテーブル席へと移動する。10時を回ったばかりの時間帯ともあり、ギルド内にはそれなりの人で賑わっていた。カウンターには依頼を受けようと短いながらも列が生まれている。ティアニカは変わらぬ笑みを浮かべ、淡々と業務をこなし、休憩時間になったのか二人の下までやって来た。
「お待たせ」
空いている椅子に座ると二人の顔を見るなり「それで、二人はいつからできてたのかしら?」満面の笑みを浮かべて問い質す。
「ぶふっ!?」「えっ!?えっ!?」
挙動不審にばたばたと動く二人の姿にティアニカはご満悦である。
「見てればわかるわよ。王都を発つ前とは明らかに距離感が違うし、お互いに見つめ合ってるし。何よりも―――」
リアへと視線を移す。
「リアの口調が変わってるんですもの。それってカミル好みに染まったんじゃないの?ねぇ?どうなのよぉ」
その瞬間、リアの顔が真っ赤に染まり、視線がキョロキョロと泳ぎ落ち着きがない。
「いやぁ、その……」
その姿に、ティアニカは笑いを堪え肩をピクピクと揺らしている。
リアは深呼吸を挟むと、胸を張り口を開いた。
「そうよ?なにか可笑しなところあったかしら?」
なぜかキレ気味に発する言葉に耐えかねたのか、ティアニカは腹を抱えて笑い出した。
「ふふっ、ふふっ、ふふぃっ、あははははは!!ぁ~っダメっ、お腹が死んじゃうっ」
ギルド内に響き渡る笑い声に、冒険者はもちろん、ギルド職員の方からも視線を浴びてしまった。
「おい見ろよ。ティアニカさんが大声で笑ってるぜ」「オレ、長年王都にいるが、ティアニカさんのあんな姿初めて見るぞ」「凛とした姿は格好良いけど、笑ってる姿も魅力的だな」
様々な声が飛び交う中、「後で指導しないといけませんね」不穏な言葉まで交じっていた。
「ティアニカさん、笑い過ぎ、笑い過ぎですって……。リアがかわいいことになっちゃってますよ」
耳まで赤く染まった顔は、ティアニカの笑い声に項垂れ、プルプルと震えながら羞恥に耐えている。
「あははははっ。カミルっ。これ以上、笑わさなっあははははははははっ」
カミルの言葉は、ティアニカの笑いは勢いが増す。目の端には涙が溜まり「お腹っ痛いっ」笑いの合間に腹筋の痛みを訴えて来る。
この人、意外と笑いのツボが浅いのかも……。
それから彼女の笑い声が収まるまで、二人は羞恥に耐える羽目となってしまった。
「ねぇ、ごめんって。そろそろ機嫌直してよ、ねっ?」
ティアニカに散々笑われたリアはつんけんとした態度を取っている。
「失礼ね。私は不機嫌なわけじゃありませんし」
言葉とは裏腹に態度が不機嫌なのを物語っている。ティアニカが助けを求めるように「ほら、カミルも何か言ってよ」訴えて来るも、こればかりはどうしようもない。
「いやぁ、こうなったリアはどうしようもないんですよ。諦めてお洒落なカフェでケーキでも驕ってあげてください」
光明を得たとばかりに両手をくっつけ、機嫌を窺うように提案する。
「ねぇ、リアぁ~?「3回」」
ティアニカの言葉が言い終わる前にリアが口を出して来る。
「えっ?」
「だから3回驕ってくれるなら許してあげるわ」
ティアニカの視線が静かにカミルへと向けられると、カミルは静かに小刻みに首を縦に振る。
その程度で済めば安いもんだ。
目で訴えた。
ティアニカは諦めたように「はぁ~っ」溜息をつくと「お手柔らかにお願いします」頭を下げるのだった。
「―――と、言うわけで、ストラウス山脈の備えの為に数日過ごした後、霊峰クシアラナダに向かい、私達は在るべき時間の流れに還ることになるの」
これまでの経緯をティアニカへと告げた。
「貴方達、そんな事情を抱えていたのね。それなら、初めて会った時に噛みついてきたわけにも納得よ」
「ははは……、あの時はごめんなさい。前に本来の姿のエルフに自称エルフだって言われたことがあったから、また偽者扱いされるのかと思ったらつい、ね」
苦笑いを浮かべたリアは頬を掻いた。
本当に、あの時はティアニカに悪いことしちゃったわ。行き場のない怒りで八つ当たりするなんて……。これも全部あのサティエリュースって女のせいよ。カミルのことも元素の剣で釣ろうとするしさ……。
「でも、金髪に戻って来てるし、これで私達は同じなんですもの。胸を張って生きていけるでしょ?」
「そうだけど、還ってからがまた大変なのよ。同胞の精霊の刻印も解呪してあげたいけど、帝元戦争を防がなくちゃいけないからね」
優先順位は帝元戦争を未然に防ぐこと。次いで精霊の刻印の解呪ね。きっと私達がこの世界に飛ばされた意味は、悲劇的な歴史を学び、より良い世界を作っていくため。元素が私達をここに導いたのだと思う。
「もう会えなくなっちゃうのね。折角仲良くなれたと思ったのに……」
「それは私も同じ気持ちよ」
ティアニカの手を取り、正直な気持ちを伝える。
「初めて出会ったエルフがティアニカで本当に良かったわ。貴女がいなかったら私はいつまでも精霊の刻印に支配され、本当の自分に出会うことはなかったんですもの。ありがとう、心から感謝してます」
途端にティアニカの目が潤み始める。
「ちょ、ちょっとやめてよ。まだ仕事が残ってるのに、化粧が取れちゃうじゃない……」
ハンカチを取り出し、目尻にそっと押し当てる。
「思ってることは言葉にすることで初めて伝わるものなのよ。誰かさんの受け入れだけどね」
カミルにウインクを飛ばすと、照れくさそうに笑っている。
「まだ数日は王都にいるのよ。それまでにきっちり驕ってもらいますからね」
いたずらっぽく笑うと、釣られてティアニカも笑みを浮かべた。
「そうね、きちんと驕らせてもらわないと心残りができちゃうわね」
二人は微笑み合うと「ほら、化粧直さないと」リアがティアニカの腕を掴み化粧室へと連れて行く。
「カミルはちょっと待っててね」
「うん、ごゆっくり」
カミルは一人取り残され、リアが戻ってきたのは、それから10分ほど過ぎてのことだった。
― 王城前 ―
一人別行動を取るニステルは、一度自宅を経由してから王城の前にやって来ていた。城を見上げ、外見的には異変がなく堅牢な姿は健在だ。
王都を離れてから門兵が変わらず非番でないなら、リンドの奴が立ってるはずだ。少なからず情報は得ることができるはずだ。
期待を胸に城門前までたどり着くと、そこに王国の紋章である竜の横顔の入った鎧を身に着け、片手に槍を握り石突を地面に着けた門兵――ニステルの後輩に当たるリンドの姿があった。相方は見たこともない人物である。目的の人物を発見し、迷わず近づいていく。
「そこの男、止まれ!!」
相方の門兵に槍を突き出され、ニステルはその指示に大人しく従った。
「何用で王城まで来た?」
その質問に答える前に「あれ、ニステル先輩ですか?お久しぶりです」リンドは礼儀正しく頭を下げる。「知り合いか?」そう言いたげな相方はリンドに視線を送っている。
「ああ、久しぶりだな」
「こちら、元王国兵のニステル・フィルオーズ先輩です」
リンドが紹介すると「フィルオーズ?」相方の眉がピクっと動いた。
「竜殺しの異名を持つベレス・フィルオーズ元副兵士長のご子息ですよ」
親父の名を出し紹介されたのが癇に障るが、ここは抑えねぇと……。
「ああ、仇討ちのニステルって貴方のことですか」
挑発的な言葉と態度でニステルを推し量る。
「ちょっと!?ケイン!?何言ってんのさ!?」
リンドが声を荒げるも、ケインと呼ばれた門兵は気にも留めていない。
「事実でしょう?親の仇だからと詰め所で副兵士長だった人を殺すなんて、俺は信用できませんよ」
喧嘩腰のケインを、ニステルは無視をする。
「リンド、瘴気が街を覆っているが、王国軍の動きはどうなってんだ?このままじゃ病が流行っちまうぞ?」
不意に声を掛けられ「えっ、あの……」訥々と語り出した。
「現時点では、まだ、なにも……。まだ準備段階でして、ニグル鉱石「リンド先輩」」
ケインがリンドの言葉を遮るように口を開いた。
「部外者に情報を漏らすのは規律違反ですよ。かつての先輩だからって話していい話じゃないでしょうが」
ケインの言葉は正しい。ニステルが兵士だったら、ケインの言葉を支持していただろう。それを承知でニステルはリンドの下を訪れたのだ。親しい間柄であったリンドなら話してくれる可能性があると。
「でも、ニステル先輩は……。いえ、そうですよね」
沈むリンドの表情に、ニステルは罪悪感を覚えるも、それでも情報を得たかった。
「現状後手に回り、手を打つことができないと。それだけわかれば十分だ」
ニステルの言葉が癪に障ったのか、ケインが睨みつけてくる。
「我々王国軍が無能だとでも言いたいのか?」
「んなこと言ってねぇだろ?俺が口にしたのは事実のみだ。被害妄想が激しい奴だな」
「それは侮辱と受け取るぞ?刃を向けられても文句は言えないよな?」
ケインの持つ槍がニステルの喉元に伸び寸止めされた。
「ケイン!?槍を下げなさい!!」
「それはコイツが謝ったらの話です。リンド先輩の言葉であっても聞けませんよ」
「ニステル先輩!!どうか詫びの言葉を……」
リンドに懇願されるも、ニステルは沈黙を貫いた。ケインと視線がぶつかったまま、どちらも折れることがない。そこにひとつの足音が近づいて来る。
「相変わらずの喧嘩腰、ニステル、お前は変わらんな」
門の内側から出てきたのは、潤朱色の短髪に、深い皺の多い50代の男性――ジィス・ガルガゴォン兵士長だった。突然の兵士長の登場に、二人は急いで姿勢を正すと敬礼をする。
「その姿勢を変えんと生き辛いと言っただろう」
「ええ、だから俺は実力で黙らせるんですよ」
不敵なニステルの様子にジィスは鼻で笑う。
「まあいいさ。どうせここに来たのも、元魔病を危惧してのことだろう?」
ジィスの言葉に、リンドとケインは目を剥いた。元魔病の話は軍の中でも扱いが繊細な部類に入る。発生原因は祟竜の亡骸と断定されているものの、依然として治療法が確立されている病ではなく、元魔病の危険性があると漏れただけでも街は混乱してしまうだろう。かつて王都に膨大な被害を及ぼした死の病なのだから。
「話してしまってよろしかったのですか?」
ケインはおずおずと質問する。
「気にする必要はない。ニステルはすべてを知っている。過去に祟竜を討伐したのはニステルの父ベレスであり、原因不明だった元魔病で母親まで亡くしている。元魔病の怖さをよく知る者だからこその懸念なんだ」
それ以上、ケインは口を開くことはできなかった。
「元魔病への対策は行っている。だが時間が掛かるのだよ。街を覆うほどの結界にしろ、元凶である祟竜の亡骸を破壊し尽くすにもな。お前達も極力外出は控えた方がいい。出る時は浄化の力を宿す物を持ち歩くんだ」
ジィスの言葉を聞き、ニステルの溜飲も下がった。
「悪かったな、押しかけちまって」
素直に謝るニステルに、ジィスは面白いものを見たとばかりに頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
「何しやがる!?」
「多少は成長してるんだな」
「俺は常に成長してるっての」
ぼさぼさになった頭を戻していく。
「数日後、俺はストラウス山脈を越えて霊峰クシアラナダに向かう」
ジィスの目が鋭くなる。
「……お前達だったのか。霊峰まで調査に向かうって皇国軍と冒険者ってのは」
「ああ。もしかしたら、祟竜の亡骸の破壊、可能かも知れねぇぜ?」
「「「!?」」」
ニステルの言葉に、兵士三人は驚愕する。
「本当なのか?どんな方法で?」
ジィスの言葉に、ニステルは首を横に振る。
「確定したわけじゃねぇ。可能性があるだけだ。どうだ?ストラウス山脈までの道のり、同行する気はねぇか?」
ニステルの提案に、ジィスは腕を組み考え込む。
「わかった。検討してみよう」
「ああ、家に封書でも届けてくれればこっちも話を通しておく」
話を終えたニステルは、カミル達が泊っているであろう宿へ向けて歩き出す。
帰り道、空に黒い雲が伸びてきた。今にも空が泣き出しそうな気配に、ニステルの足は速くなる。だが、無情にも大粒の雨が地面を叩き始めた。
初級土属性魔法グランで岩でできた傘を作り上げ、身体が濡れることを防ぐ。そこで、この雨が普通ではないことに気がついた。
雨が、黒い……?
嫌な考えが頭をよぎる。この地方で雨が降る場合、ストラウス山脈で発達した雲が王都へと流れて来る。そう、瘴気の発生源から運ばれて来るのだ。もし、この雨の黒さが瘴気だったのなら、雨に濡れることで皮膚を通して直接体内に瘴気を取り込んでしまうこととなる。そうなれば、元魔病の発生を早めてしまう可能性は十分にある。前回流行した時は、亡骸の位置はもっと遠かった。だが今回はすぐ裏手にある山だ。距離が短ければ届く瘴気の量も多くなる。
早く宿に向かわねぇと……。
駆け出したニステルの前に複数の人影が押し寄せてきた。その姿に目を剥いた。そこに居たのは、肉体無き亡者が犇めき合っていた。
「くっ、なんでこんなとこに亡者の大群が!?」
一人で戦うにはあまりにも数が多い。その上、黒い雨が降りしきっている。戦うにしては分が悪すぎる。
その時、くすんだ一筋の光が亡者達を薙ぎ倒していった。その光の規模は大きく、ただ一振りで半数近くの肉体無き亡者を葬り去っている。
ニステルの横を通り過ぎて行く人影がひとつ。長い藍墨茶色を靡かせた女性。徐に女性が振り返る。
「あら、ニステルさんじゃありませんか」
聞き覚えのある声に、女性の顔を凝視する。そこで誰なのかようやく気付くことができた。
「キョウカか?」
目の前に現れた女性は、アクツ村で行動を共にした墓守の一族のキョウカ・ウツシヨだった。




