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ep.101 踏み出す者

「はぁ~~~~~~っ!?リア、そんな誘い方したの!?」

 早朝、街角のカフェにアリィローズ・アロシュタットの素っ頓狂な声が響いた。かなり早い時間帯ともあり、店内に他に客はいない。カウンターに居るマスターがサイフォン越しにアリィの姿をちらっと一瞥する。苦笑いを浮かべ、両手を口の前で合わせるとペコペコと頭を下げた。

「そんな大声出しちゃって、どうしたっての?」

 きょとんとした顔のリアスターナ・フィブロは、アリィの瞳を見つめた。

 アリィは盛大にため息をつく。

「なにって……。貴女、自分が仕出かしたことを自覚したら、相当羞恥に震えると思いますよ」

「えっ……?」

 リアは不安げな表情を浮かべ、アリィの言葉を待った。

 恥ずかしそうに頬を朱に染め、顔を近づけると控えめな声で語り出した。

「リアが行ったのは、夜の男女の営みへの誘いなんです」

 心臓が跳ね、顔が真っ赤に染まった。

「えっ?えっ?えぇ~~~~~~~~っ!?」

 再び店内に絶叫が響き渡った。マスターがわざとらしく咳払いをすると、二人は小さく身体を縮こませた。

「私、言いましたよね?まずは意識してもらうところから始めなさいって」

「アリィが色気があれば男なんてイチコロって言ったんでしょ……。だから私は助言通り色気で攻めたんじゃない……」

 アリィにカミルへの気持ちを話したあの日、助言をもらっていたが行動に移せずザントガルツまで来てしまっていた。落ち着いた環境でならと、昨晩ようやく行動に移せたのだ。リアにはカミルと一夜を共にする気など毛頭なかった。手を繋げれば良い。あわよくばキスまでできれば――その程度の考えでしかなかった。リアもまた、性に対する知識が不足し空回りをしたに過ぎない。

「アプローチの仕方を何段階もすっ飛ばすなんて考えもつきませんよ……。意識してもらうどころか、簡単にやれる女としか見られなくなるわよ?」

 衝撃のあまり、リアはポカンと口を開けたまま固まってしまった。瞳には力がなく、魂でも抜けてしまったのでは?と心配になるほどだ。

 アリィはコーヒーカップを持ち上げ、一口喉を鳴らす。カフェラテの甘い風味が口に広がり、心を解きほぐしてくれる。老舗のカフェではあるものの、カップの選択があまり好みではなかった。深い青色のカップに、細部を金色で装飾されており、高級感を出そうとしているのが窺えた。それをアリィは(くど)いと感じてしまっている。カフェラテにはもっと暖かみのある色彩が合うはずだと考えているのだ。

 リアの魂が戻ってきたのは、それから3分後のことだった。

「あ、やっと帰ってきましたね」

「はぁ~……」

 溜息をつき、冷めかけたハーブティーを口に含む。優しい香りが心を包み込んでくれるようで、少しだけ心が軽くなるのを感じる。

「私これからどうすれば……」

 項垂れるリアにアリィは苦笑する。

「どうするも何も、誤解を解かないといけないでしょ?素直にどんな気持ちだったのか伝えると良いわ」

 ばっと顔を上げアリィに詰め寄った。

「昨日の今日なのよ?そんなのできるはずないでしょっ」

 凄むリアの瞳は潤みを帯びていた。その姿が可愛らしく、アリィは両の頬を人差し指で突きながら言葉を送る。

「こういうのは早い方がいいのです。下手に時間が空いてしまうと言い出しづらくなりますからね」

「うぅ~~~っ。なんかアリィから余裕を感じるんだけど……。そっちはどうなのよ。好きな人いないのぉ?」

 自分ばかり不甲斐なさを晒しているのに耐えかね、アリィの恋愛模様を探り始めた。

「私ですか?私はもうそんな時期は過ぎましたから」

「えっ?」

 思わぬ発言にリアはきょとんとした表情となった。

「私、これでも二児の母ですよ?」

「えっ、ええぇぇ~~~~~~~~~っ!?」

 店内に三度絶叫が木霊する。

「お客さん、次煩くしたら追い出すよ?」

 マスターが睨みを利かせ二人へと注意する。

「「すみませんっ」」

 二人して苦笑いを浮かべペコペコと謝り、リアはアリィへと問い質す。

「二児の母って本当なの?ククレストさんは一生結婚できなくなる~とか言ってなかったっけ?」

 未だ信じられずに訝しむ。

「ククレストは知らないんですよ。わざわざ自分から言う必要性もないので話を合わせてるだけです。結婚はしてますよ、と言っても別居状態なんですけどね」

 アリィは憂いを帯びた表情を浮かべ語り出す。

「私の夫は冒険者だったんです。任務で一緒に鬼と戦ったのが縁で結婚しました。それからすぐに身籠り、双子の女の子を出産したのです。ですが、私は軍属の身。部隊長に昇格したのもあって、産後すぐに軍務に復帰しました」

「それじゃ子供はどうしてたの?」

「冒険者だった夫の方が自由に使える時間も多く、子育ては夫に頼りっきりでした。私の両親は早くに亡くなってしまったので頼れる人もおらず、夫の両親もプラーナ合衆国に住まわれているみたいで、二人で育てるしかありませんでした。金銭面では余裕はあったのですが……、育児に関してぶつかり合いが多く、結果的に別居という形になっちゃいましたね」

「なんでさ、軍属を止めないにしろ、部隊長を辞任すればいいだけの話じゃないの?」

 痛いところを突かれたのか、アリィは「あはは」と誤魔化すばかりであった。

「もちろん、兵士を辞めることも考えましたよ。でも、私の夢は皇国をより良い国へとすることにあります。その為には権力が必要なのです。実績を積み上げ、信頼を勝ち取り、人の上に立つのに相応しい人間にならなければなりません。子育てしながらというのは大変で、自分ではやれてたつもりだったんですけど、夫からしたらそうではなかったのでしょうね……。『子供達との時間をもっと増やせ。いつも寂しがっている』と言われてしまいました。子供達はいつも笑顔を見せ甘えてくれていたので、私は理解できていなかったのです。一緒にいることのできる短い時間を大切にしようという子供達の優しさを。本当は寂しく、悲しかったのでしょう。そこでようやく私は気づくことができたのです。ですが、軍務を減らせないかと掛け合っている内に、手紙を残して夫は子供を連れて出て行ってしまいました。もう少し、家族に目を向けていればこんなことにはなりませんでしたよね。私の我儘が家族を引き裂いてしまいました」

 自分の夢と家族の二者択一を迫られたら、私はどんな選択をするだろうか?

 リアにはまったく想像すらできなかった。子供を持たぬ身ではアリィの苦悩を理解できるとは思えない。軍を辞めればいい、子供を大事にしろ、そんな言葉を吐くのは簡単だ。だが、そんな無責任な言葉を言えるはずもない。彼女にとって軍属は夢を叶える為の一歩であり、懸け橋なのだ。仕事と家庭の両立を目指そうとするのは当然の選択だろう。

「苦労、したんだね」

 絞り出した言葉は、簡素なものだった。

「不甲斐なさの結果が今なのですから、せめて誇れる国造りをしなければ、子供達にも、夫にも合わせる顔がありません」

「子供に会えなくて寂しくないの?」

 言葉にしてすぐに、自分の吐いた言葉に虫唾が走った。

 子供に会えなく寂しくない親なんていない。なんて馬鹿なことを聞いてしまったのか……。

「寂しいは寂しいですけど、居場所はわかってますから、会おうと思えば会えるんです」

「へっ?そうなの?」

「ですけど、ミトス大陸の山の国ゼラルドにいるので、長期休暇か任務でもない限り難しいのですけどね」

 アリィは力無く笑い、リアを見つめる。

「リアは私のようになってはいけませんよ?しっかりカミルの手を掴んでおきなさい。家に誰もいないというのは、心に響きますからね」

 寂し気なアリィの表情からリアは目が離せなかった。だから―――。

「子供のこともっと聞かせてよ。名前は?歳は?」

 アリィのことをもっと知りたいと心が求めている。

「名前はですね―――」

 カフェを出るまで、絶え間ない質問を続けるのだった。



 リア達がカフェで過ごしている同時刻、カミルもまた食堂でニステルに昨夜の一件を相談していた。

「んなもん俺に聞くな」

 返ってきた言葉は無慈悲だった。

「そんな!?年上なんだから、そういった経験して来てるでしょ?解決策教えてよ」

「俺は一人前の兵士になる為に必死だったんだ。女に(うつつ)を抜かす暇なんてなかったっての」

 カミルは項垂れ「ニステルがただの脳筋だったなんて……」ぼそりと呟いた。耳聡く言葉を拾ったニステルは怒りを顕わにした。

「自分で蒔いた種だろ。自分で刈り取るのが男ってもんだろうが!!自分でなんとかしてみせろ!!」

 唯一頼れる存在であったニステルに見放され、カミルは頭を抱えた。

「おい、コーヒー1杯で居座ってる上にリアちゃんを傷つけただぁ?カミル、おめぇから頭を下げるのが筋だろうが」

 いつものおじさんが聞き耳を立てていたのか、リアの名前が出た途端絡んでくる。筋肉質な腕を組み凄む顔は暑苦しい。

「でも、リアから誘って来たんだよ?なのに足蹴にされて……」

「そりゃ、おめぇがグズグズしてたせいだろうが。リアちゃんは覚悟を決めておめぇを呼んだんだろ?おめぇがどう思ってるか知らねーが、きちんと答えてやるのが筋ってもんだろ。曖昧なことやってキレられたんなら、謝りゃ済むだろ?違うか?」

 おじさんの圧に若干引きつつも、このままだと移動の馬車の中で気まずいだけである。

「おい、ニステル。二人が会話できるようにおめぇが手筈を整えろ」

 心底嫌そうなを顔でおじさんを見やる。

「なんで俺が手を貸さなきゃならねぇんだよ。痴話喧嘩に首を突っ込むつもりはねぇよ」

「これから馬車移動が続くんだろ?気まずくねーのか?」

「興味ねぇよ」

 ニステルは完全に心を閉ざしていた。カミルの脳筋扱いが響いたのか、はたまた過去にリアと揉めたことを根に持っているのか、協力を得ることは難しそうだ。

「放っておけば勝手に仲直りしてるだろう。俺らが出しゃばる所じゃねぇっての」

 もはや暖簾に腕押しである。

 ガチャ。

 食堂の出入口の扉が開き、一人の男性が入って来る。深緋(こきあけ)色の短髪に、キツネ顔をした兵士――ククレスト・モースターがカミル達を発見し歩いて来る。

「こちらでしたか。隊長は―――」

 周囲を見渡し残念そうな顔を浮かべた。

「いらっしゃらないみたいですね」

「どうかされたんですか?」

 出発の時間までにはまだ時間がある。アリィを探しているということは、なにか報告せざるを得ないことでもあったんだろうか?

「まあ、いずれ知ることになるとは思いますので伝えますが、ストラウス山脈に亡者が溢れているという情報が入って来まして、王国で備えを整える必要性が出てきたんです」

「なんでまた亡者なんかが溢れたんだ?」

 王国という話に、ニステルは透かさず食いついた。

「なんでも、我々が掃討作戦を行っている時を同じくして、王国でも大きな作戦が展開されていたようです。ストラウス山脈に現れた祟竜(すいりゅう)の討伐が行われ、これを撃破。ですが、祟竜(すいりゅう)の亡骸から瘴気が溢れ近寄ることができないようです。瘴気に当てられたのか、周辺の生物が息絶え、亡者として徘徊を始めたと通達がありました」

 ニステルの胸がざわついた。その現象はかつてニステルの母を死に追いやった元魔病(げんまびょう)の原因に酷似している。そのことを踏まえると、ストラウス山脈で今起きているのは、祟竜(すいりゅう)怨竜(えんりゅう)に転化する為の儀式だということだ。

「これから病が流行る可能性がある……」

 ニステルは拳を握り締め、かつての悔しさを思い出していた。

「え、ええ。でもなぜ貴方がそれを……?」

 訝しむククレストの言葉を「そんなことどうでもいいだろ」斬り捨て席を立つ。

「どうしたの?」

 カミルはニステルに問いかけるも「野暮用だ」それだけ口にすると食堂から出て行った。

「では私もこれで」

 ククレストは一礼をすると食堂を後にした。

「なんか不穏な空気になってきたな。元魔病(げんまびょう)が流行らないといいんだけどよ」

元魔病(げんまびょう)?」

 耳馴染みのない言葉に問い返す。

「3~4年前に王都で流行った病だよ。原因がなかなか究明できず、多くの人の命を喰らっちまった。もしかすっと、ニステルの肉親も犠牲になっちまったのかも知れねーな」

 そんなものが王都で?ニステルはそんな被害があったなんて言ってなかったけど……。まあ、自分から喋るようなヤツじゃないか。

「教えてくれてありがとう。それと―――」

 テーブルの上にジャラジャラと硬貨を置いた。

「支払いと、七人分の弁当頼めるかな?馬車の中で食べれるように」

「へっ、任せとけ。とっておきのを作ってやるよ」

 漠然とした不安を抱えながら、カミルは食堂を後にする。


 宿に戻ると廊下でリアとばったり顔を合わせた。気まずさもありお互いに「おは、よう」「……おはょ」歯切れの挨拶を交わすも沈黙が訪れる。

 ここは俺が男を見せ謝るべきだろう。

 意を決してリアへと声をかけ―――「昨日はごめん」声を掛ける前にリアに先を越されてしまった。

「えっ、あ……その……。俺も半端なことして、ごめん」

 リアは首を振り否定する。

「そうじゃないのよ」

 短い沈黙の後「少し話せるかしら?」問われ、「うん、俺も少し話したいかも」承諾する。

「それなら入って」

 リアは自室の扉を開けカミルを招いた。

「お邪魔します」

 部屋の中へと入って行く。昨夜とは違い、部屋は日の光が射しこみ、明るく清々しい空気で満ちていた。テーブルに備え付けられた椅子に腰を下ろすと、リアはベッドへと座わった。

「昨日はごめんなさい。私、どうかしてたわ」

 素直に謝られ「えっ」短く声が漏れる。

「あんな姿見せた後で言うのもなんだけど……。昨日のは…その……、そういうつもりではなかったのよ、ごめんなさい」

 深々と頭を下げるリアの姿にカミルはどう反応していいのかわからなかった。

 えっ?どういうこと?誘われたわけじゃなかった……?なら、あんな格好で俺を呼び出して何がしたかったんだ……?

「えっ……と、とりあえず、顔上げてくれる?このままだと話し合いもできないよ」

 リアの頭が元の位置まで戻っていく。申し訳なさそうに沈む表情は見ていられるものではなかった。

「まずは説明してほしい。なんで昨夜あんなことしたの?」

 リアは深呼吸を挟むと、意を決し言葉を紡ぐ。

「あれは私の勘違いから生まれたものなの。男性を堕とすには色気って聞いたものだから……」

「えっ?」

 それって……。

「私ってそういうのに疎くて、過激な方に振り切ってたみたいなの。私がしたかったのは、その……」

 リアの顔が真っ赤に染まり俯いてしまった。それも束の間、すぐに顔を上げカミルの瞳を見据えた。

「手を繋いだり、き、キスが、したかった、から」

 そこまで言うと耳まで真っ赤に染めた顔を俯かせた。

 その仕草にカミルは完全にやられていた。潤む瞳に紅潮した顔、恥じらいながらも思いの丈を伝えてくる、その姿はしおらしい。

「っと、その……」

 へたれるな。

 リアは想いを伝えて来ているんだぞ。

 自分の心に素直になれ。

 躊躇うな。

 想いを言の葉に乗せるんだ。

 跳ねる心臓を抑えながら、カミルはリアを見据え言葉を口にする。

「ありがとう。そう思ってくれて嬉しいよ」

 リアの顔が少しずつ上がり、カミルの顔を見つめた。

「学園でリアと出会って、これまで旅して来て、最近になってわかったことあるんだ」

 リアは口を挟まずカミルの言葉を待った。

「長い時間をかけてようやく気付くなんて、鈍感にもほどがある」

 そう言うカミルは恥ずかしさからか頭を掻いた。

「俺はリアが好きだ。笑った顔はかわいいし、立ち向かう姿は凛々しい。美意識が高いとこも、ケーキに目がないとこも、怒ると怖いとこも含めて全部が好きなんだ」

 堰を切ったように感情が溢れ出す。そこに気恥ずかしさなんてすでになく、今はただ想いのすべてを伝えたいという感情がカミルを支配している。

「リアには俺を見て欲しい。他の男に目を向けないで欲しい」

 そこで言葉が一度切れ、大きく息を吸い込んだ。

「俺の恋人になって欲しいんだ」

 鼓動が痛いくらい速くなる。

 リアはカミルの瞳を見つめた固まり、沈黙が続いた。気持ちを伝えた側からすれば、たかが数秒の沈黙が数分、数十分にも等しく感じられ、期待と不安が入り混じった感情に押し潰されそうになる。

 そこでようやくリアの唇が動いた。

「あ、ありがとう。こんなにまっすぐに気持ちを伝えられることなんてないから、その……」

 目が泳ぐリアの言葉の続きが気になるが、急かすことなんてできない。

 リアは一度目をぐっと瞑ると、目を開く。その瞳は力強く、凛々しいものだった。

「私も、私もカミルの事が好き。だから、その……、私を、恋人にしてください」

 リアは頭を下げ、握手を求めるように手を前へと突き出した。

 告白したはずのカミルが、なぜか告白し返されるという謎の展開を迎え「喜んで」その手を握るのだった。

 リアは顔を上げ、気恥ずかしそうに控えめな笑みを浮かべている。その仕草が愛おしくて思わず抱きしめた。

「きゃっ」

 短い悲鳴が上がるも、拒絶されることもなく、カミルの背中にそっと手が回される。お互いの鼓動が聞こえてしまいそうなほど心音は高鳴り、抱き合ったまま初めての口づけをした。

 どれくらいの時間そうしていたのかわからないほど、幸せな時間が過ぎていく。遮ったのは扉の外、廊下から聞こえてきた男性の声だった。

「お前ら、そういうのやるんだったら、せめて窓閉めてからやれよ。通りに丸聞こえだったぜ」

 聞きなれた皮肉混じりの声に、二人は身体を跳ねさせ慌てるように身体を離した。

 遠ざかる足音に呆気に取られ、二人は顔を突き合わせ笑いあった。もはや笑うしかないのだ。

「あ~あぁ、せっかくのカミルの愛の告白が全部通りの人に聞かれちゃうなんて、独り占めしたかったなぁ」

 いたずらっぽく笑うリアの表情は晴々としている。

「そう言うリアだって愛を叫んでたじゃないか」

「あははっ、そうだね。お互い様だねっ」

「なんか、昨日から思い悩んでた時間が馬鹿馬鹿しく思えてくるよ」

「そ~ぉ?悩んだ時間があるから分かり合えたんじゃない。私は必要な時間だったと思うよ?」

「それもそうか」

 カミルは改めてリアへと向き直ると手を差し出した。

「今日から改めてよろしく、()()()()()()さん」

 リアは照れながらも差し出した手を取った。

「よろしくね、()()()()()くん」

 紆余曲折を経て、二人は恋人同士となることができたのだった。


 集合場所に向かうと、カミル達三人以外はすでに集合を果たしていた。

「ギリギリでしたね。もう少し余裕を持って行動することをお勧めしますよ」

 ククレストは軍人らしく時間に厳しい。それは当然アリィもである。

「まぁまぁ、一般人にそこまで求めるものではありませんよ」

 アリィはリアとカミルの物理的な距離感の変化を敏感に感じ取っていた。ギリギリになった理由を仲直りの影響だと思ったのだろう。

「すみません、カミルがお弁当を取りに行くって言うもんですから」

 リアが手がカミルの頭をグイグイっと押し込み、無理やり頭を下げさせる。

「仕方ないでしょ?この旅で俺達は元の時代に戻ってしまうかもしれないし。挨拶くらいはしておきたいじゃん」

 ザントガルツを旅立てば、もうこの街に戻って来れないかもしれない。そう思い、カミルは弁当の注文をしていたのだ。リアと仲直りし恋人同士になったこと、自分達はもうザントガルツには来れないことを報告し、お世話になった筋肉質のおじさんとの別れを惜しんだ。こんなに時間ギリギリになったのも「リアちゃ~んっ!!寂しくなるなぁっ」おじさんがリアに抱きつこうとしたのを必死に抑えていたからなのだ。付き合いだして早々、他の男に触れさせるのを許すほどカミルは無頓着ではない。

「そう、ですね。失礼しました」

 ククレストはカミルの放つ言葉の重みを感じ取り素直に謝った。カミルとリアとは、旅が終われば今生の別れとなる可能性がある。この場にいる誰しもが、カミルの言葉を聞いて理解しまったのだ。これが別れの為の旅路であることを。

「なにしんみりしてんのさ。こうなる運命だったんだよ。別れを惜しむよりも、出会えた奇跡に感謝しよう?」

 カミルは努めて明るく振舞った。

「まだ旅は始まったばかりじゃない。ククレストさん、案外涙脆いタイプ?」

 リアもカミルの振る舞いに乗っかった。

「そうですよ。私は感受性が豊かですからね」

 何気ない会話、それらがすべて思い出となる。これから1~2ヵ月、彼らは寝食を共にする。悔いの残らないように一歩一歩踏みしめたい。カミルはそう心に刻んだ。

「ほら、馬車に乗った乗った」

 ニステルが二人の背中を押し、馬車へと押し込んでいく。

「ちょっとニステル!?弁当が斜めになるって!?」

「んな細けぇこと気にすんな。多少味が混ざった方がうめぇかもしんねぇだろ?」

 他愛のない言葉を重ね、馬車はザントガルツを離れていく。遠ざかる街の姿を目に焼き付けて―――。

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