ep.100 再来
要塞都市ザントガルツに再び鬼が現界した。苦労の末討ち倒した鬼人ともまた違った存在だ。否応無しに肌がピリつき、警戒すべき対象であることを本能が訴えて来る。灰色だったラルラタの髪は漆黒に染まり、肌は赤黒く変色している。
カミルの心臓が大きく脈打つ。
間違いない。あれは、角付の魔族だ。
アルフの学園において、エルンスト・ハーバーの身体から飛び出し、一度だけ対峙した言葉を介す角付の魔族。天技の聖火を纏うカナン・サーストン。白炎を操るクヴァ・ロウル。二人と力を合わせて戦い、辛うじて勝利を収めた魔族と同種の存在が目の前に現れたのだ。角付を知るカミルとリアだけでなく、異様な力の波動を感じ取ったニステルもまた緊張した面持ちで注視している。
目の前の魔族が角付と同じ存在なら、月読の力が反応するはずである。期待を込め、服の中にある宝石付きの勾玉を見てみるも、沈黙を貫いている。それが意味するのは―――。
同種じゃないってことか……。
嫌な汗が頬を伝う。
「リア、あの角付、学園で戦ったのとは別種だよ。月読が反応を示さない」
「アレよりはマシってことね」
言葉とは裏腹に、リアの表情は険しいままだった。
「角付?へっ、やっぱカミルはいろんなもん引き寄せるじゃねぇか」
「先にフラグ立てたのはニステルだっての」
「そんなもん無くても結果は一緒だっただろ」
緊張感を紛らわせようと会話を試みるも、拭いきれない不安が心を占めている。
不意に角付の唇が動き出す。
「なんだ、私のような存在をすでに知っておるのか」
口調が変わった?あれはラルラタなのか?それとも、別の人格か?
「ラルラタ――と呼ぶべきか?」
ニステルの問うと、角付は薄ら笑いを浮かべた。
「好きに呼ぶが良い。我らは名など持たぬ。一が全であり、全が一なのだ。故に、我らは総称でしか呼ばれぬ」
「総称?」
「我らは羅刹。人種に仇なすことを宿命付けられた存在よ。さあ、構えよ。生き延びたくば、私を凌駕して見せよ」
虚空より生み出された2本の太刀が、双の手に握られる。人の身であれば、片手で扱うのは困難な武器であるが、羅刹の膂力を以ってすれば問題にならない。
「剛気」
シャナイアの穂が黄色に染まり、肩さと鋭さが増す。武技の発動と共にニステルは駆けていた。
「先手必勝だ!!三鉤爪!!」
穂に魔力を纏わせた高速の三連突きが羅刹へと放たれた。
「潔し。だが、それだけでは届かぬ」
羅刹の腕が素早く動く。迫るシャナイアの一突き一突きを叩き落すように太刀が踊る。シャナイアを捌き切るも太刀は止まらない。遮るものの無くなったニステルに、太刀が無情に迫って行く。
キィンッ!!
甲高い音を響かせ、太刀は風を纏う細剣によって止められた。聖なる颯を宿したエスティエラを握るリアが二人の戦いに参戦する。
「清浄なる力か、面白い」
浄化の力を宿した風が羅刹を蝕んでいく。表皮が爛れたことで、羅刹が魔性の存在であることを表していた。
左右の太刀をニステル、リアが捌くことによって羅刹は無防備となった。
「カミル!!斬り裂けッ!!」
ニステルの脇を抜け、砲金色に戻った黎架が煌めいた。横一閃。羅刹の脇を斬り裂き、背中へと刃を振り抜いた。赤き飛沫が宙を舞い、街を汚していく。
「上からの物言いの割には、大したことねぇなッ!!」
シャナイアが太刀を大きく弾く。羅刹の腕が開いたことで、ニステルは早々に戦いを終わらせるべく動いた。
「惡獅氣!!」
魔力と生命力を掛け合わせ、破壊を生み出す氣をシャナイアに纏わせる。穂先が動き羅刹の脇腹目掛けて突き出された。惡獅氣が皮膚を喰らい、肉を喰らう。脇腹を抉るも、シャナイアの動きがそこで止まった。
「ぬぁ゙ッ!?」
シャナイアを握る腕に太刀が振り下ろされている。右前腕部の肉を断たれ、骨が太刀を受け止め辛うじて腕を切断されるのに耐えていた。
片腕は弾き、もう片椀はリアが抑えている。太刀を振れる余地などない。にも関わらず、確かに太刀は振り下ろされた。答えを得ようと、ニステルの視線が伸びた太刀の姿を追っていく。そこには腕があった。弾いた腕のその奥に。
「第三の腕!?」
驚愕を浮かべるニステルに「否」無情なる言葉が飛ぶ。
「私の腕は4本だ」
リア側の腕の奥から更なる腕が伸びて来る。先ほどまでは姿形などなかった。明らかに生えて来たのだ。
「くっ!!」
リアは反射的に後方に跳ぶも、増えた腕と合わせて上下から太刀が迫っていた。
突風が巻き起こる。中級風属性魔法フューエルで自身の身体を風で押し、太刀の間合いから遠ざかる。
黎架に赤の元素が集まり出す。身体を捻り回転運動を生み出すと、羅刹の背後から斬りかかる。
「炎陣裂破ぁぁッ!!」
リアとニステルへの対応でがら空きとなっている背中を上から下へと斬りつけた。赤の元素に炎が灯る。激しく燃え盛り、背中に大きな傷と火傷を負わせることに成功する。それでもカミルは止まらない。
呼吸を整えろ。リアとニステルに攻撃を集中している今、俺は自由に動き回れる。攻め立てるなら今しかないんだッ!!
地面すれすれまで振り下ろされた黎架を、手首の捻りで刃の向きを羅刹へと持っていく。それだけでは到底振ることはできない。瞬間的に脚に圧縮魔力を流し込み「駿動走駆!!」刃が背中にぶつかる様に身体を傾け、風の力を借りて飛び上がった。
ガキィンッ!!
黎架の剣先が金属に触れる。ニステルに弾かれた腕を引き戻し、太刀を滑り込ませたのだ。黎架を構える角度が変わる。それでも完全には軌道を変えることができず、羅刹の首元を僅かに掠め、カミルは羅刹を跳び越えた。
仕留め損じた……。
着地を決めながら、絶好機を逃したことを悔やんだ。
「佳き連携ではあるが、決定打に欠ける」
「それはどうかしら?自分の腕を見てから言いなさいよ」
「なに?」
腕に視線を堕とせば、皮膚がズタボロに引き裂かれていた。リアが放つ風には聖なる颯の力が宿る。羅刹を生み出した要素は3つ。一つ目は上級闇属性魔法ズフィルードの黒の元素。二つ目は自らの五体を贄とした人の血肉。三つ目は魔剣が吸収していた瘴気の塊。魔剣の持つ力は副産物に過ぎない。聖なる颯は清浄な力である。穢れを祓うその力が、瘴気から生まれた羅刹の持つ魔性に被害を与えたのだ。
「そうか。その細剣に清浄の力があるのではなく、風そのものに浄化が宿るか」
この場において、羅刹の最大の天敵はリアであった。高い白への適正に輪をかけるように、聖獣から授かった聖なる颯が牙を剥く。
注意が逸れた間にニステルは一度距離を取っていた。槍を脇に挟み込むと回復薬を取り出し口で封を開け、そのまま一気に飲み干した。即効性はないが、治癒効果は高い。それでも右手は使い物にならない。筋肉を断たれた影響で、右手を自由に動かすことが困難になっている。
「私が前に出る。カミル、援護して。ニステルは下がって魔法で攻撃を」
リアの周りで風がざわめく。緑の元素が集い、大きなうねりとなり風の渦が周囲を巻き込む。上級風属性魔法シルフィードが発動し、風に聖なる颯の浄化の力が宿る。風の流れに光の粒子が煌めき、日暮れを迎えようとする街に光を齎した。
「鳳刃絶破」
エスティエラの剣先に緑の元素が収束する。元素は刃に極大化した突貫力を与える。
距離を詰めるリアに、羅刹の4本の腕が動き出す。
来る……ッ!!
4本の腕が時間差を作り、リアに振るわれる。
「風戯」
エスティエラに収束した元素がリアの身体を包み込んでいく。剣先に元素を集めたのはブラフだ。真っ向から攻撃をぶつけるフリをして、端から防御に全振りするつもりであった。風戯であれば風で攻撃を受け流せる。本来、身を守る術でしかない武技であるが、風に聖なる颯が宿ることで、魔性の存在に対してのみカウンターを喰らわせることが可能となった。
振り下ろされた太刀が次々と風に流される。その度、羅刹の腕にひび割れが生まれ、表皮がボロボロと崩れ始めた。
俺にはリアのような浄化の力を使うことはできない。だけど、この黎架なら黒の元素を奪うことができるはずだ。黒の元素が力の源泉であるのなら、俺だって力になれる。
黎架を右手に、鞘を左手に握り圧縮魔力を流し込む。元素を奪うにしても、物理的な接触が必要となってくる。単純に刀を振り回せば良いというものではない。その為に理外の力、念動力を最大限に活用する。圧縮魔力の籠った鞘を地面へと放ると「駿動走駆」風を脚に纏わせ背後へと回り込む。がら空きの背中に黎架を突き出した。刀に力は乗っていない。それは傷を負わせる為の突きでは無かった。まともな踏み込みもせず、ただ手を伸ばしただけ。闘気も殺気も纏わない、切っ先を羅刹に触れさせる為の無駄の一切を省いた最短の動作。
それでも、羅刹に届くことはなかった。
カミルが背後に回り込んだことを理解していた羅刹は、瞬時に真上へと飛び上がり、黎架は羅刹の足の下を突く。
それも織り込み済みだ!!
念動力で刃を強制的に上へと持ち上がる。空中では逃げ場はない。
届く。
そう思った瞬間、カミルの脳は揺さぶられた。羅刹の蹴りがカミルの顔面に突き刺さっていた。
「当たりか?」
それは偶然当たったものだった。無造作に伸ばした足が当たったもの。突き出した動作でカミルの身体は前のめりとなっていた。近づいた分、羅刹の蹴りの間合いに入ってしまったのだ。
カミルは後方へ倒れ、目を回す。
あの馬鹿がッ!!
ニステルは、リアとカミルの動きに合わせて岩の槍を飛ばす準備をしていた。だがそれも、カミルが倒れたことで御破算となった。瞬時に思考を切り替える。
まずは相手の動きを封じるしかねぇ!!
― 重力に縛られし者達よ 裁定は我が手に有り
枷に苛まれ 汝は束縛に嘆くだろう 捕えよ グルムカラカ ―
土の極致魔法グルムカラカが発動する。ニステルを起点に濃密な黄の元素が空間を埋め尽くしていく。そこに生まれるは重力場。使用者にとって害ある存在に後負荷の重力を与える。
途端に羅刹が空中から引きずり下ろされた。
「ほう、重力を操るか」
その言葉にはまだまだ余裕が感じられる。だが確実に羅刹の動きは重くなる。
ニステルにとってグルムカラカの発動はリスクでしかなかった。すでに惡獅氣を発動させており、極致魔法を使えばすぐにバテてしまう。
「鳳刃絶破」
再びリアのエスティエラに風が集う。カミルがダウンした以上、攻めの手を緩めれば確実に刃がカミルの喉元を掻っ切ってしまう。それだけは防がなくてはならない。
突貫力のある細剣を、2本の太刀が受け止め、残りの2本がリアへと振り下ろされる。後方に飛び退き、太刀が地面を叩いた。石畳の道に大きな窪みを生み出し、一撃の重みをまざまざと見せつける。グルムカラカの影響で腕の振りは遅くはなったが、破壊力は衰えることはない。
この路地裏だと十分に立ち回れない。かと言って派手な魔法を使えば周囲の建物に影響がでてしまう。
リアが得意とするのは、身軽さを武器に相手を翻弄する戦い方である。派手に立ち回り、相手のペースを乱していく。路地裏という狭い環境ではリアの良さは十全に発揮することはできない。それでも前へ、前へと踏み出していく。羅刹の意識を自分へと集めるかのように。
リアの放つ剣戟は悉くいなされ、その度反撃を躱す。風を纏い、細剣の軽さを以ってしても、4本の太刀の前では決定打に成りえない。聖なる颯の恩恵があろうとも、羅刹を凌駕するに至ることはなかった。
「どうした?もっと足掻け。もっと顔を歪ませてみろ」
コイツ……。遊んでる……。
悔しさのあまり口が強く結ばれる。
「なかなか素敵な顔になってきたではないか。我らは歪んだ負の感情が好物なのだよ。できれば苦痛に満ちた声を上げて欲しいものだ」
悦ぶ言葉を吐くも、羅刹の表情は遭遇した時から一変することもなく無であった。本当の感情が読み取れない。だからこそ不気味に感じてしまう。
カナンやカミルは、こんな薄気味悪い魔族と戦っていたのか。
学園で角付が現れた時、リアは加護の魔法を突破する術を持たずに蚊帳の外にいた。それでも心配などしなくとも、聖火を扱えるリアが魔族1体倒すのに苦労するとは思っていなかった。だが、結果は辛勝。カミルの宿す月読の力が魔族を喰らい、ギリギリのところで撃退したに過ぎない。
あの時よりも状況は良いはずなのにこんな体たらく、カナンに合わせる顔がないじゃない……。もっと力が欲しい。何にも負けない強さが欲しい。
精霊時代、聖なる焔として活動してきた頃は強さを求めることはなかった。仲間と一緒なら、どんな魔物も、どんな魔族だって退けて来たのだ。自分達が頂点だと勘違いを起こしそうな日々を過ごしていた。未来の世界に来てどうか。甦った竜種に苦戦し、ドムゴブリンにすら追い詰められた。鬼人に至っては命を失ってもおかしくない状況だったのだ。思い上がっていた、リアはそう思わざるを得なかった。
「寝言は寝て言えッ!!」
羅刹の頭上から大きな岩の槍がひとつ放たれていた。動けずにいるリアに痺れを切らしたのか、ニステルが中級土属性魔法グウェルで生み出したものだ。
羅刹が上空へと顔を上げた。落ちて来る岩の槍を2本の太刀でクロスさせ受け止めると、口元に黒の元素が収束する。闇が弾ける。衝撃が岩の槍を直撃し、パラパラと砕け散った細かな岩が降り注いだ。
「無駄に魔力を使ってるんじゃないわよ」
「へっ、ビビッて動けねぇエルフ様の為にやってやったってのに酷ぇ言い草だな」
「これから動くつもりだっただけよ」
「はっ、そうかよ」
ニステルの行動は有難かった。どんな攻撃をすれば良いのか決めあぐねた結果、剣筋は鈍り、知らず知らずの内に単調な攻撃へと成り下がっていた。
引くという選択肢が無い以上、活路は前にしかない。
一歩を踏み出せ。
剣に魂を込めろ。
聖なる颯の御業を信じ抜け。
エスティエラが纏う風が輝きを増していく。まるで、リアの心に呼応するように広がりを見せた。
「閃華殺皇!!」
エスティエラに光の元素が収束する。光は聖なる颯と混じりて浄化の力を齎した。横一閃。振るわれたエスティエラから光の斬撃が飛び出して行く。
羅刹が上空へ飛び上がる。浄化の光の前に、受けるのではなく、躱すことを選択したのだ。グルムカラカの影響もあり、頭上まで飛び上がることができず、光の斬撃をやり過ごす程度に跳び上がるのが関の山だった。
リアは確信する。聖なる颯の力が光と混じれば、羅刹に致命傷を負わすことができるのだと。
「煽った挙句避けるとか、ダサすぎんだろぉがよぉッ!!」
羅刹の頭上に岩の壁が形成され、羅刹を光の斬撃へと叩き落す。
「なんのッ」
羅刹の足が光の斬撃を踏みつけた。足の裏は爛れ、肉が焦げる臭いを放つ。それでも羅刹は大地へと降り立った。変わらず2本の足で身体を支え、落下の力を4本の太刀へと乗せていく。
その時、トンッ。羅刹の胸に刺さる一筋の棘。砲金色は闇を吸収し黒へと変化する。羅刹に突き刺さるは、黎架の鞘だった。
片膝を着き身体を起こしたカミルは、回復薬を一気に煽る。顔面を蹴られたことで鼻が折れ、鼻血を垂れ流している。カミルは決して意識など飛ばしていなかった。蹴り飛ばされたことを利用して擬死状態となり隙を窺っていたのだ。
「駿動走駆」
片膝を着いた状態から黎架を突き出し、弾けるように飛び出した。グルムカラカの重力の影響、胸に突き刺さる黎架の鞘による黒の元素の強奪。羅刹は即座に反応することができず、黎架が背中へと突き刺さった。奪った黒の元素により、刀身が漆黒へと姿を変えていく。
刃に朱色に輝く一筋の光が浮かび上がった。黎架の持つ魔剣の力、破滅の性質が羅刹の身体を構成する3つの要素へと分解を始めた。血肉は崩れ、ひび割れた肉体から黒の元素と瘴気が溢れ出した。
「リアッ!!」
カミルの言葉よりも早くリアは動いていた。
― 煌煌たる光の導よ 時は来けり
穢れ堕ちた魂に 断罪の光をいま此処に ルノアール ―
頭上に闇を照らし出す清浄なる光の玉が輝いた。日暮れを迎えた街に、再び光が降り注ぐ。宵の夜明け。奇妙な光景に、街の人々は空を仰ぎ見たという。
「及第点、といったところだな。今回は私の負けだ。次の私と出会わぬことを、せいぜい祈ることだ」
負け惜しみを口にする羅刹の表情を、最期まで曇らせることができなかった。肉体が朽ち、霧散し、そして羅刹は街から消え去った。
羅刹が消えたことで、カミルは地面へとへたり込んでしまった。
一息ついたところで、鼻がジンジンと痛み出した。鼻血こそ回復薬の効果で止まりはしたものの、折れた鼻は簡単には治りはしない。
「大丈夫ですか?」
背後から男性に声を掛けられた。痛む鼻に耐えながら振り返れば、浅葱鼠のサラサラの短髪の優男、リョウジ・ロクシマが立っていた。僅かに肩を上下させているところを見ると、誰かが皇国軍にでも通報でもしたのだろう。よく見れば、リョウジの背後に息を切らした男女二人が座り込んでいる。
「あ、ロクシマ兵士長」
三人の無事を確認すると、リョウジは苦笑いを浮かべた。
「もう兵士長ではありませんよ。すぐに治療します」
リョウジの手の平が差し出されるも、カミルは「ニステルを先にお願いします。俺なんかまだ軽傷なんで」腕の半分を断ち斬られたニステルを優先させた。
上級回復魔法ミルトースの光がニステルを包む中、リョウジは今回の経緯について問う。
「一体なにがあったんですか?街中でこれだけ派手に暴れ回るなんてただ事ではないでしょう」
「それは……「逆恨みよ」」
カミルの言葉を遮り、リアがピシャリと言い放つ。
「盗賊崩れの弟が復習だ、とか騒いで鬼を持ち込んだのよ」
「それでこんな騒ぎに」
リアの言葉は嘘ではなかった。対外的に見れば、簡潔に説明するとそうなるだろう。目撃者がいたとしても納得してもらえる内容だ。詳細を語る必要はない。リアの優しさにカミルは感謝した。
「治療が終わり次第、報告の為に一度本部まで来ていただくことになります。遅い時間ですがご勘弁を」
中央本部のある砦から宿に帰れたのは、それから2時間後のことだった。明日は王国へと発つこととなっており、手早く食事と入浴を済ませ、リアの部屋の前へと訪れていた。話したいことがあるから後で部屋に来るように言われ正直警戒している。
皆の前では言い辛いことなのだろうか?
恐る恐るノックをする。すると、中から「どうぞ」入室の許可が下り、顔だけ覗かせ「お邪魔します」入室する。中に入ると、寝る準備をしていたのか間接照明のみが点いた薄暗い空間が広がっている。
話があるって誘った割には部屋が暗い。
そんな感想を抱きながら部屋の中を進んでいきギョッとした。
「えっ、ど、どうしたの……?」
リアはベッドの上でヘッドボードに背中を預けるように座りリラックスした姿だったのだ。衣装も艶めかしく、肩や胸元が透けた淡い黄色のネグリジェ姿をしており、膝を立てハの字をしていることで裾が持ち上がってしまっていた。傍らにある間接照明がリアの姿を浮かび上がらせ、妖艶な姿でカミルを迎え入れたのだ。
カミルは動けず立ち尽くした。
落ち着け、落ち着くんだッ。ここは一旦引き返せ。リアもきっと疲れていて自分がどんな姿のまま迎え入れてしまったのか理解してないんだ。
顔の温度が上がって行く。朱に染まり、リアの顔が直視できなかった。顔を見ないように視線を僅かに下げたのがいけなかった。ハの字に膝を立てた脚のその奥、僅かに覗く下着に目が釘付けとなってしまった。
カミルは異性に対する免疫はそれなりにあるものの、色気のある展開に関してはまったく免疫を持ち合わせていない。場の空気に呑まれ、ただ立ち尽くすしかなかった。暫く呆然と眺めていると、リアから視線を感じ、そこで自分が何を凝視していたのか気付き慌てた。
「リ、リアっ!?そ、その、下着……。下着見えちゃってる……ょ?」
目を逸らしながら呟くも、頭の中は今見た光景が頭から離れない。
「見せてるのよっ」
「ぇっ?」
言われた言葉が理解できず、反射的にリアの方へと視線を向ける。リアは――顔を逸らしていた。瞳を閉じ、顔が朱色に染まっている。その姿にカミルの理性がぐらりと揺れる。
ど、どういう、状況だ……?今、なんて言われた……?
フリーズ仕掛けた頭をフル回転させ、現状の把握に努める。
誘、われてる?
なにに?
そんなもの決まってる。男女がベッドで二人ですること……で合ってるよな?
でも、違ってたら?勘違いだったら?
脳内で激しい自問自答を繰り返す。そこでリアの「はぁ~っ」短い溜息が耳に届き、カミルは我に返る。
「もういいよ。呼び出して悪かったよ。ゆっくり休んで」
リアの沈んだ声が響き布団の中に潜って行く。
そこでようやくカミルは自分が成すべきことに気付く。
ヘタレるな!!男だろ!!
「そこまでさせといて恥を掻かせるわけにはいかないよ」
ゆっくりとベッドへと近づく。ベッドに膝を着くと布団が沈み、僅かに軋む音が部屋に響いた。ゆっくりと手を伸ばしていくと―――。
「もうそんな気分じゃないッ!!」
布団から伸びてきたリアの踵が鳩尾に突き刺さる。細い脚からは想像もできない力で蹴り飛ばされ、宙を舞い部屋の出入口まで吹き飛んだ。
「ぐへッ!?」
リアは上半身だけ起こすと「出て行けッ!!」追い打ちの言葉を投げかけた。
急所を一突きされたカミルは、芋虫のように床を這い、命からがらリアの部屋を後にするのだった。
「カミルの馬鹿っ」
その言葉は、カミルに届くことは無かった。




