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ep.98 鬼哭啾啾

 フェディアを信じて良いのか?さっきまで殺し合いをしていた相手なのに?露骨に態度が変わるのは可笑しい。裏があるのでは?

 リアの脳裏には否定の言葉が羅列する。信を置けない相手の言葉を信じるのはただの愚行である。だが、話を聞かずに捨て置くのも違う。相手の言葉を引き出し、こちらの持つ情報とすり合わせ、言葉の真偽を計るべきであろう。

 聖獣様を敬うのはエルフ族を見ていればわかる。ハーフエルフであるフェディアもきっと敬うことが当然の環境で育ったんだわ。でも、気になるのは―――。

「聖なる(はやて)ってのは何なのよ?」

 その質問を待っていたとばかりにフェディアの瞳に輝きが増した。

「聖なる(はやて)は聖獣様に認められた証なんだよ。風に清浄さが付与されて、穢れを打ち払う力が宿るんだ」

 リアは困惑する。

 なんで出会ったばかりの私にそんな力を……?

「聖獣様に襲われたんだけど、その時の詫びとか言ってたわ。そんなに珍しいものでもないんでしょ?」

 エジカロス大森林を始めとするエンディス大陸は黒の元素に溢れている。黒の元素が性質の似通った瘴気を引き寄せ淀みを生み出す。それが1000年以上も続いているのなら、瘴気に抗う力が生まれていてもおかしくはない。

「聖獣様は(ことわり)の竜の補佐を務めてる存在なんだぜ?おいそれと人種に力を授けると思ってるのか?」

「確かに……。なら、なんで私は選ばれたのかしら?」

「そんなもん、あたいが知るかよ。でも確かなのは、聖獣様が聖なる(はやて)を授けるに足る人物だと認めていることだわ。――だから命を狙われるんだよ」

 リアは訝しむ。聖獣様はエルフ達に敬われ、皇国に法整備されるほど重要な存在である。そのような存在から御業を授かるのは誉れであり、国の英雄と称されてもおかしくない。にも関わらず、リアが命を狙われたという事実が腑に落ちない。

「どういうこと?」

 フェディアの顔が引き締まるも、その奥には憂いを帯びている。

「皇国に住むエルフは誇りを胸に生きている。だから許せなかったんだろうよ。外から来た聖獣様に認められた銀髪のエルフを名乗る存在が。聖なる(はやて)の使い手は、長い歴史のおいてあんたで二人目なんだよ」

 妬みか……。長い年月敬ってきた自分達を差し置いて、精霊の刻印の影響を残すエルフに栄誉を奪われたのなら、頭の固いエルフ達が動き出すのも無理はないわ……。

「だからエルフ達は決断した。聖なる(はやて)を授かった者など()()()()()()()()()()と」

「それは聞き捨てなりませんね」

 二人のやり取りを静聴していたアリィが口を挟んだ。

「その話が本当なら、我々はエルフに対して抗議し、適切な処置をしなければなりません」

 はっ、フェディアが鼻で笑う。

「ハーフエルフの証言なんざ、皇国のお偉いさんが信じるわけがねーだろうが……」

 自嘲気味に放つ言葉には哀しみが滲み出ている。今までの不遇な環境が、諦めという選択肢を選んでしまっていた。

「今は任務中につきすぐには動けませんが、皇国に蔓延(はびこ)る差別意識を私が必ず変えて見せます」

 アリィの真剣な眼差しを、フェディアは真に受けない。

「エルフに嫌われてるヒュムの言葉を信じると思ってんのか?おめでたい頭してんな。そんな言葉を吐いてみろ。お前への風当たりが強くなるだけじゃない……、より一層、エルフが持つヒュムへの憎悪が増すだけだ。変えたいと思ってくれるのは正直嬉しいさ。でも、ままならねーんだよ……」

 フェディアは項垂れ目を伏せる。

「ハーフエルフだけの問題ではないのですよ。これは皇国に住まうすべての民の問題です。この先、聖獣様の力を授かった者が出た場合に、同様なことが起きてもらっては困ります。問題が起きた時こそが、国をより良い方向へと導く好機なのです。だから私は諦めませんよ?私は祖国を愛していますからね」

 アリィは柔和な笑みを浮かべた。瞳には強い意志を宿し、篤実(とくじつ)な人間性を強く表している。彼女のような軍人が地位を得れば、皇国の趨勢(すうせい)はより明るいものへと変化していくだろう、とリアはそう思った。

 フェディアがゆっくりとアリィの姿を見上げる。その瞳は複雑な心の内を映している。信じたい感情と信じ切れない諦めの感情、相反する想いが渦巻いていた。

「口では何とでも言えるんだよ……。結果で示せよな」

 フェディラの瞳を見据え、アリィは強く頷いた。

「私は初めからそのつもりですよ」

 揺らいだ両耳のスクエア型のイヤリングが光を反射し煌いた。

「貴女は一度皇都を離れなさい。仕事をしくじったとなればどんな目に遭うかわかりませんからね」

「でも……、あたいに行く場所なんか……」

「皇国軍が責任を持って身の安全を保障します。フェディア、貴女も私達と共にザントガルツへ向かいましょう。ザントガルツのミスズ・サエキ兵士長とリョウジ・ロクシマ元兵士長は信を置ける人物です。必ず貴女の力になってくれますよ」

 アリィの強い勧めもあり、フェディアもザントガルツまで同行することとなった。



 一夜明け、長いエジカロス大森林の移動がようやく終わりを告げる。視界は開け、目に飛び込んで来るのは眩しいばかりの青空と、日の光を浴び風にそよぐ草原だった。

「あれが要塞都市ザントガルツか」

 初めて目にする都市に、フェディアは興味深そうに眺めていた。その姿をまじまじと見つめるカミルは気になることがあった。

 あの服、アイヌ族って民族の服っぽいんだよな。

 かつて見た夢の世界の日本において、蝦夷地と呼ばれた土地に住む民族、アイヌの民の伝統衣装にそっくりだった。記憶は朧気ではあるものの、あの独特な刺繍は脳裏に刻み込まれている。

「ねえ、フェディア。その服ってどこで手に入れたの?」

 フェディアは振り返り、自身の服に目を落とす。

「これか?これはうちの先祖が着ていた物だよ。あたいはエルフとリディスのハーフなんだが、母方の家系で受け継がれてきた物らしい。なんでも、アイヌって民族の衣装なんだとかでな、大事に継承してきたんだ。でも―――」

 フェディアが悲し気な笑みを浮かべる。

「あたいの両親はもういない。母方の親族の血も途絶えてしまったんだ。衣装の製法を教わる前に母が亡くなっちまったからな、もうこの衣装を作れる者はいないんだ」

「すまない。余計なこと聞いちゃったね」

「別に構いやしねーよ。元々この世界にとっては異物だったんだ。無くなる方が自然なんだよ」

「……どういう意味?」

「あたいの母方の先祖は、この世界とは別の世界、蝦夷地って場所からやって来たらしいんだ」

「!?」

 リディスの先祖に日本人がいるのはわかっていたけど、まさか、この世界で蝦夷地の名前を聞くことになるなんて……。でも、蝦夷地と呼んでいたってことは、少なくとも俺が体験した日本よりも遥かに昔の人ということになる。明治時代やそこらで北海道と改称されたはずだ。

「なんでも、神隠し?とかなんとかいうので、気がついたらこの世界に居たんだと」

「神隠し……」

 確か、不可解な失踪をそう呼ぶんだったか?

「でもなんでそんなこと聞くんだ?」

「どうせまた日本関連なんでしょ?」

 リアはカミルの反応から察していた。

 聞きなれない日本という言葉に、フィリーとティアの目が学者モードへと移り変わっている。

「おい、日本って何なんだい?」

 カミルは面倒くさそうに「リディスの先祖が住んでた場所だよ」簡潔に答える。だがそれが、余計に学者二人の興味を引いた。カミルの左右に二人が並び、肩を掴まれ拘束された。

「ちょ!?な、なんなの?」

 にこやかな二人は「な~に、ちょっとお話聞かせて欲しいだけですよ」「今日はザントガルツに泊まるんだ。たっぷり時間はあるしな?大丈夫、乱暴なことはしないから、じっくり話を聞かせてくれるかなぁ?」肩を掴む力を強め、左右から顔が近づいて来る。

「だ、誰か……」

 仲間に助けを求めて視線を送るも「頑張れ」三人を残してザントガルツへと向かって行く。

「ちょぉ!?」

「ほら、歩けって」

「逸れずに付いていかないといけませんよ?」

 ザントガルツの道中、更には宿についてからも根掘り葉掘り質問され、解放されたのは日が沈む頃だったという。


 翌日、フェディアを軍本部に届けてくると、アリィ、ククレストと共に出かけている。学者二人に至っては、ザントガルツに(そび)え立つ2本の大樹、シュラルドとロウシィスの確認をしに朝早くから出かけたきりだ。残された俺達はというと―――。

「なんだ?もう俺の飯が恋しくて戻って来ちまったのか。俺はなんて罪作りなんだ」

 無駄に筋肉質の調理師のおじさんが手の平で顔を覆い左右に首を振っている。

「おじさん、いつものくれるかしら?」

 とびきりの笑顔を浮かべたおじさんがリアへと視線を向けた。

「はいよ!!リアちゃんの為なら、おじさん、腕によりをかけちゃうよ」

 構うのが面倒なので同じものを頼もうとすると「「俺もそれで」」ニステルと声が重なってしまった。

「へっ、野郎のもついでに作ってやるよ。待ってな」

 俺達には一切興味を示さず注文を受ける辺り、妙な安心感を抱いてしまった。

「あのおっさんは相変わらずだな。女に甘すぎんのもどうにかならねぇもんか」

「そういう性格なんだから仕方ないでしょ。ま、この店内を見てみれば気持ちもわからなくもないけんだけどね」

 店内をぐるりと見渡せば、前よりも客は入っている。だが、どこを見ても男性客ばかりなのだ。女っ気がなく、野郎共の溜まり場と化していた。

「身なりからすると冒険者っぽいのよね。少なからず、冒険者が街に増えて来てるのは良い傾向じゃない。私的には、これだけ男ばかりだと、おじさんが色々とサービスしてくれるから助かるけどね」

 リアは打算的な笑みを浮かべる。

 ザントガルツは、鬼掃討作戦の折、皇国兵の大半を失っている。皇都に兵を呼び戻した為、街中で兵士を見かけることもめっきり減ってしまった。その代わりに仕事を求める冒険者が日々増えて来ていた。

「セットで俺達も優遇してくれりゃあいいのによ」

「もっと可愛く生まれて来れば良かったのにね?中世的な顔立ちだったらそれもあったかも?」

 ニステルは嫌そうに顔を歪めた。

「それはそれで気持ち悪ぃよ……」

「まあまあ、客と店員の垣根を越えて言い合える仲なんて滅多になれるもんじゃないよ?俺は今のままで充分だと思うけどね」

 なんだかんだ言っても、仕事はきっちりとこなし、居心地の良い空間を提供してくれる。感情を表に出さない人よりも信頼はできるし、それ以上求めるのは我儘だろう。

 のんびりと食事が提供されるのを待っていると、一人の壮年の髭を生やした冒険者が近づいてきた。

「こんな所に来るなんて、姉ちゃん、男でも漁りに来たのか?」

 酒の臭いを漂わせ、目の焦点が合っていない。昼に近い時間帯とはいえ、日が登りきる前から酒に溺れた人を見るのは初めてだった。

 リアは表情を消し、毅然とした態度で接する。

「生憎と男なら間に合ってますからお構いなく」

 酔っ払いを一瞥することもなくきっぱりと斬り捨てた。

「へっ、お高く留まりやがって。男を二人も(はべ)らせる尻軽女がイキがってんじゃねーよ」

 リアが尻軽女だって!?初対面の酔っ払いになんでそんなこと言われなきゃいけない!?

「軽くあしらわれたからって蔑むなんて、品性の欠片も持ち合わせていないのか?」

 カミルは溢れ出しそうな激情を(すんで)の所で抑えると、平静を装い言い返す。

 蔑視の言葉を受けた当のリアは穏やかだった。怒りを抑えることもなく、くだらない言い合いには参加しない、そう言いた気である。

「はははっ、こりゃいい。そんなにこの女の抱き心地は良いのか?なら―――」

 リアの顔を覗き込み酔っ払いは告げる。

「俺とも熱い夜を過ごしてみねーか?忘れられねー夜にしてやるぜ?」

 厭らしい笑みと下衆な言葉に頭に血が上る、拳を握り締め、振り上げ殴りかかる――はずだった。だが、その行動は未遂に終わる。カミルが行動を起こす前に、フライパンが厨房から飛んできたからだ。

 ゴンッ!!酔っ払いの首元にフライパンが当たり、ジュゥゥゥッ!!肉が焼ける臭いが広がった。

「ぐわぁぁぁあっちぃッ!?」

 反射的に首元を抑え「った!?」手が触れた瞬間にビクッと身体を跳ねさせた。投擲されたフライパンは調理中だったのか、焼かれていたであろう玉子が飛び散り、熱せられたフライパンが床を焦がしている。

「おい!!ごらぁぁぁッ!!リアちゃんに向かってなんて口の利き方してやがる!!表出ろやぁぁッ!!性根を叩き直してやるッ!!」

 厨房から現れたのは、隆起した筋肉を纏う厨房の鬼――おじさんだった。怒りに表情を歪め、ドスン、ドスンと足音が聞こえてきそうなほど、踏みしめる足に力が入っている。

「なにしやが……、ふひぃいい!?」

 文句を放つ酔っ払いは、おじさんの姿を見るや否や情けない声を上げ後ずさった。

「たっ、たすけてくれぇぇぇッ!!」

 一目散に店の外へと逃げ出した。

「待てやごらぁぁッ!!食い逃げなんぞ許さねぇぇぇッ!!!!」

 鬼の形相のおじさんもまた、酔っ払いを追いかけ店外へと消えていく。その光景に他の客達もただ成り行きを見守ることしかできなかった。

「ああッ!!もうッ!!好き勝手言いやがって……」

 腸が煮え返る思いだった。仲間を侮辱されて黙って居られるほどカミルは大人ではない。

 リアは尻軽なんかじゃない。この数ヵ月共に旅してきたからわかる。リアは節度のある人だ。男を取っ替え引っ替えするようなことなどありえない。時に理不尽な行動もあるけど、しっかりと謝れるし、何よりも、人の為に命を賭けられる心優しい人だ。言いがかりにもほどがある。

 澄ました顔のリアに「なんで言い返さないのさ」問いかける。

「相手にすれば調子に乗らせるだけじゃない。無視が一番なのよ。あの手のタイプはプライドが傷つけられることを一番嫌うわ。相手にしないことが最大の仕返しなのよ」

「あんな酷いこと言われたのに?」

「そんなの関係ないわ。ここに居る人達だって、この先どこかで会うことも少ないでしょ?気にすることではないわ。それに―――」

「それに?」

 リアがカミルへと顔を向け、柔らかな笑みを浮かべた。

「あんな男の言葉なんて、カミルは信じないでしょ?そんなに怒ってくれてるんだもの。信じてくれて嬉しいわ」

 その笑顔と言葉は、カミルの心を打ち抜くには充分過ぎた。顔を真っ赤にし「ははっ、はははははっ」笑って誤魔化した。

 今のは笑顔は反則だろっ。

 怒りは何処かへと消え去り、温かい気持ちで溢れていた。

「リアが気にしてないのならそれでいいんじゃね?変な男に意識を持っていかれる方がだるいし」

 いつものように飄々とした言葉を口にしているけど、リアに言葉が浴びせられた瞬間、拳を握ってたいたのを見てしまった。心の底では腹を立ててたんだろうな。素直に気持ちを伝えられないのはニステルらしいけど。

「おい、何にやついてんだよ」

 おっと、表情に出ていたか。

「ニステルって、熱い男だなって思っただけ」

「はぁ!?お前はなに言ってんだ?」

 ニステルは呆れ顔を浮かべてしまった。

「ぷっ、はははははははははっ。二人といると本当に退屈しないわ」

 リアの笑い声に、淀んだ食堂内の空気が和らいだ。

「は?カミルならまだしも、なんで俺まで入ってんだよ!?」

 カミルと同列にされたことでニステルが激しく抗議する。

「ニステル、日本には類友って言葉があるんだよ」

「ルイトモ……?んなもん知らねぇよ!?どうせ、ろくでもない言葉に決まってやがる!?」

 三人のやり取りをきっかけに、食堂はいつもの空気感に戻っていった。

「あんたらも災難だったな。ガイツは最近この街に流れ着いたゴロツキでな。俺らも苦労してんだよ」

 不意に隣の席の30代の男性二人組が声を掛けてきた。

「アイツはしつけーから、この街に留まるんなら注意しておいた方がいいぜ」

「わざわざご忠告ありがとうございます。近々ザントガルツを発ちますのでご心配には及びませんよ」

「そっか、ならいいな。でも、あんたみたいな別嬪さんがこの店に通ってくれるかも?と密かに期待してたんだけどなぁ。それだけが残念だ」

「ふふっ、ありがとう。この出会いも何かの縁。せめて楽しくお喋りしましょう」

 それから、おじさんが帰って来るまで優に30分ほど食事の提供を待たされ、店内の冒険者達と楽しく談笑して過ごすのだった。



 くそがッ!!なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけねーんだ!!それもこれもあの女が誘いを断りやがったからだ!!

 酔っ払いの髭面の男性――ガイツは痛む身体を(さす)り、食堂から離れた路地裏を歩いている。調理師のおじさんに追いかけられ、慌てたガイツは盛大に転んでしまったのだ。酔っていた影響でうまく受け身を取ることができず、顔面を強打。前歯二本を折ってしまう重症だった。その間に追いついたおじさんの手によってヘッドロックをかけられ、意識が飛ぶ寸前まで追い詰められてしまったのだ。食事代+迷惑料として注文した倍以上の金銭を持っていかれてしまった。

 軽くなった財布を確かめ「はぁ~っ」盛大にため息をついた。

 これじゃあ、歯の治療代で暫く飲みに行くことすらままならねぇ……。あぁっ!?腹の虫が治まらねー!!

 そこでガイツは閃いた。

 遊ぶ金がねえなら、あの女で遊んでやりゃいいじゃねーか!!この落とし前、きっちり身体で払ってもらわなきゃなぁ。

「あはっ、あははっ!!」

 高笑いするガイツの視界が90度傾いた。

「あれ?まだ酔ってんの―――」

 そこでガイツの意識は途切れた。



 高笑いする男の頭が首から離れ地に落ちる。その後を追うように身体が力無く倒れ、路地裏を汚していく。

「下郎が」

 傍らに佇む灰色の短髪に赤目で顔のこけた男は、ガイツの躯を蹴り飛ばす。

「人の獲物に手を出そうとしたんだ、当然の報いだ」

 彼の手には短い木の剣が握られ、そこから黒を纏う刃が伸びていた。剣全体に赤く輝く長細い線が無数に走っている。

 待っていろよ、カミル・クレスト。俺がこの手で殺してやるからな。

 男は路地裏の奥へと消えていく。



「おい、聞いたか?辻斬りが出たんだとさ」

 いつものように食堂に入ると、開口一番おじさんが物騒な言葉を口にした。

「なんの話?」

 訝しむリアに、おじさんは頬を緩ませ懇切丁寧に答え始める。

「昨日絡んで来た男、ガイツって言うんだが、そいつが路地裏で惨殺されたらしい。目撃者の証言から、特に面識がある間柄では無さそうということでな、愉悦の為の快楽殺人なんじゃないかって話だ。男の特徴は灰色の短髪と赤い目。手には黒い剣を握っていたようだな。リアちゃんも極力一人で行動しない方がいい」

 胸糞の悪い男だったが、殺されたという点においては同情の余地がある。

「そう。情報ありがとう。街中を歩く時は注意しておくわ」

 リアは淡々と答えるとそそくさと席に着いてしまった。

「鬼の次は辻斬りかよ。この街、呪われてんじゃねぇのか?」

「帝国時代から続く街だからな。国が滅びても、(ことわり)がこの街を許しちゃくれてねーのかもな。ほら、お前達も席に着け、注文はいつものでいいか?」

「はい、お願いします」

 注文を入れると、リアが待つテーブルへと着席する。

「なんか、嫌な流れね」

 偶々食堂で一悶着あった相手が殺されたのだ。気持ちが塞ぐのは同感だ。

「じきにザントガルツを発つ俺達には関係ないだろ」

 ニステルの発言にカミルはぎょっとした。

「だからニステル……」

 もう言葉にするのも億劫だった。

「あん?また、ふらぐ?てやつか?」

「これで何かあったらニステルのせいだからね」

「おめぇじゃあるまいし、起こるはずねぇだろ」

「またそうやって強固なものにする……」

 本当に何も起きなければいいのに、カミルはそう思わざるを得ない。

 一抹の不安を感じながら、提供された食事を摂るのだった。

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