ep.97 聖なる颯
深緑が続く深い森。かつて鬼人が寝床にし、多くの命を喰らった忌まわしき地、エジカロス大森林。瘴気が漂う森には、未だに鬼は存在する。それと共存するように亡者が徘徊している。
皇都を発ち、カミル達一行は森の深部へと辿り着いていた。大樹が天高く伸び、そこから半径200m以上がぽっかりと開けた空間が広がっている。直接ザントガルツに向かうことも可能ではあったが、折角ならばと黒竜が潜んでいた大樹まで出向き、戻って来ていないかの確認をして行くことになったのだ。
「鬼人との戦いの時よりも黒の元素が満ちてますね」
アリィは大樹の周りをぐるりと回り、異常がないかを確認している。
「ニステル、ちょっと岩の柱で上まで送ってくれませんか?黒竜が居た場所を確認しておきたいので」
面倒くさそうに「はいよ」シャナイアの石突で大地を叩くと、アリィの足元が揺らぎ複雑に伸びる枝の中心地へとアリィを送り届けた。
「ここが鬼人と呼ばれた者達がいた場所ですか……。黒の元素が薄い場所と報告がありましたが、うーん、黒竜が去った影響ですかな?辺り一帯に黒の元素が満ちていますね。本来の姿に戻った、といったところですな」
フィリックスノート――フィリーの愛称で呼ばれる男性の学者が、周囲の環境を確認し始めた。フィリーにほど近い場所に瘴気が集まり、1体の鬼を生み落とす。
生まれたての鬼を、ククレストの薙刀が容赦なく両断し、黒い粒子となり霧散していく。
目の前に鬼が現れたにも関わらず、学者の二人は動じもしない。護衛を務めるククレストを信用しているのか、はたまたデータの採集に没頭しているのか、恐らくは後者だろう。
「諸悪の根源が黒竜だったってのは事実みたいだね。なーんかつまんないの。もっと変化があってもいいのにな~」
ティティア――ティアの愛称で呼ばれる女性の学者は、つまらなさそうに頭の後ろで手を組みフラフラと歩いている。黒竜と鬼人達が居たという場所だからこそ、新たな発見があると踏んでいたのだろう。だが、現実は黒の元素が広がったのみ。望んだ結果が得られず、ティアは不貞腐れている。
「なぁ、アレを本当に頼っていいのか……?」
普段無頓着なニステルでさえ不安に駆られていた。
「学者って変わり者が多いって昔誰かから聞いたような?」
カミルもまた苦笑いを浮かべていた。
「専門性が高い分、ありきたりな日常には飽きてるのかもね。研究って単調な作業の繰り返しって言うでしょ?刺激を求めてても不思議ではないわよ」
二人に反してリアは学者へ一定の理解を示した。エルフである彼女自身も、ありふれた日常に辟易としている一人であった。すでに100年という時間を生きていれば、多くの出来事は繰り返しの毎日だ。退屈な日々の中で、変化を求めるのは仕方のないこと。その折に出会ったのがカナン・サーストン率いる聖なる焔の冒険者パーティーだったのだ。
「へぇ、意外だな。お前が理解を示すなんて」
「私は繊細なエルフよ?心の機微に敏感なの。ニステルとは違うわよ」
二人のこのやり取りも久しぶりだ。日常が戻って来たようで何故か安心してしまう。
「まあ、ヒカミ総司令が連れて来た人だし、大丈夫でしょ。たぶん」
それから暫くしてアリィが大樹から降りてきた。
「黒竜は戻って来ていません。痕跡もありませんし、この森から完全にいなくなったみたいです。この大樹も、黒竜や鬼人の影響を受けているどころか、他の木と比べて状態が良いのよね。黒の元素の影響が薄かったせいかもしれません。フィリーさん、ティアさん、お二人はどうですか?何か異変はありませんでしたか?」
フィリーは首を振り「これといった異変はありませんね」浮かない表情なのは、新たな発見が無かったからだろう。
ティアも肩を竦め「こっちも発見はなし~。良い木材になりそうって事しかわからないわ~」つまらなさそうに答えた。
「異変がないのであればそれで構いませんよ。では、ザントガルツに向かいましょう」
その時、風が吹き荒れた。髪や衣服が風に靡き、反射的に目を閉じ腕で顔を覆う。深緑の香りと共に、色濃い緑の元素が通り過ぎていく。
この感じ、前にもこの森で感じたものだ。
風が収まるのを待ち、その存在がいるであろう上空へを見上げた。そこには―――。
「緑竜!!フィルティナボーゲンかっ!!」
上空を見上げたティアが歓喜の声を上げ、身体をわなわなと震わせる。それも束の間、緑竜は役目を終えたとばかりに北の空へと飛び去って行く。
「おい、見たかっ!?緑竜だったぞっ!?生きてる内に何度も拝めるもんじゃない理を司る竜種だぞっ!?あぁ~、なんて素晴らしい日だ。鱗の1枚でも落として行ってはくれないだろうか……」
ティアの琴線に触れたのか、やたらと上機嫌になり饒舌だ。緑竜を見つめるその瞳は熱っぽく、恍惚な表情を浮かべている。それはまるで恋する乙女のようである。
「確かに、色の竜の研究素材があれば――ははっ、はははははっ」
フィリーの顔が欲望に歪む。普段の紳士然とした姿は鳴りを潜め、そこに在るのは研究対象を見つめる狂気だ。
「なぁ、本当に頼っても大丈夫なのか……?」
ニステルが再び同じ質問を投げかけてくるが、カミルは「大、丈ぉ夫、だよ?きっと……」言葉が尻窄んでいく。ニステルに答えるというよりも、自分に言い聞かせるニュアンスが強い。
高らかに笑い合う学者二人を見つめ、旅の行く末を憂う二人だった。
大樹を離れ木々生い茂る森の中へと進んでいく。太陽の光は遮られ、僅かに落とす木漏れ日のみが森の中を照らし出している。行きには見られなかった蔓が木に纏わりついており、少しずつではあるが生態系にも変化が生じ始めたようだ。
フィリーが興味深そうにしげしげと蔓を観察し、その先にあるどす黒い赤い花へと視線を移していく。
「う~ん、これは人の血の影響ですな。鬼人討伐の際に多くの兵が命を落としたようですから、血を大地が吸い、この植物が血を栄養として育ったのでしょう。人の血が花の色に影響を与えるとは……。いやぁ、これはまた新しい研究テーマになりそうな」
「これ、元は蔓薔薇なんじゃない?人の血と瘴気の影響で変性したのかもね。ほら、ここ見て、棘だったものがあるし、輪生してる花弁の先が尖ってる。あ~あ、勿体ない。蔓薔薇が劣化しちゃってるじゃないか」
ティアの意識は目の前の花や蔓ではなく、変化した要因、過程に向いている。
「だが、その仮定だと、人の血が植物に悪影響を与えることとなるぞ?色ならまだしも、花の自衛機能が無くなってしまうのは問題だ。人の歴史は長い。そのような変化が起これば文献に残っておっても不思議ではないだろう。ワタシはそんなもの見た事ないがね」
「それは条件が整ってなかっただけかもしれないだろ~?この森には、黒の元素の濃度、瘴気、鬼人、黒竜。影響を与えかねない材料が揃っていた。可能性としては十分に在り得る話だろう?いつまでも古い知識に縛られてたら、新たな発見を見逃しちまうぞ、おっさん」
明らかに年上であろうフィリーに対して砕けた話し方をしている。仲が良いのか、研究者としてライバル関係なのか不明だ。
「その物言いは癪に障るが、ティアの意見は尤もだ。霊峰クシアラナダから帰って来たら調べてみるとしよう」
否定しきることのできない言葉をフィリーはすんなりと受け入れた。彼らが求めるのは真実であり、たとえ言葉が粗野でいけ好かない相手であっても、事実は素直に受け入れる。学者の気質が皇国という大国を築いてきたのだ。
ビュンッ
空を切り裂く音が響き、リアが咄嗟に風の障壁を巻き起こす。その直後、1本の矢が風に阻まれ地面へと叩き落された。
「誰だッ!!」
ククレストが叫ぶも、視界に収まる範囲に不審な影はない。理外の力、生命力を見通す『真眼』でさえ、その姿を捉えることはできなかった。真眼とはいえ、視力は人のそれと同等である。それが意味するのは、人の目では捉えることのできない距離からの攻撃だということ。だが、エルフであるリアの目だけは違った。彼女の目には確かに弓を構えるエルフらしき姿を捉えていたのだ。
「木の陰に隠れて!!奥で弓を構えてるわよ!!」
素早く木の陰に移動すると、顔だけ出して様子を窺った。
狙撃手が何時までもその場に留まるわけなわよね。
すでにエルフらしき姿は無く、走り去る音すら立っていない。
身を隠して私達が移動するのを待つつもりね。
木の陰に戻ると、目を閉じ周囲に意識を集中する。だが、周囲に満ちる緑の元素が邪魔をする。気配を断たれ、発する魔力も元素も緑の元素に呑まれて捉えきれない。
「ちっ!?すぐ近くに隠れてるわよ!!無暗に動かないで!!」
リアの警告も聞かず、ククレストが岩で盾を生み出し駆け出した。
「ちょっと!?アンタ何やってるのよ!?」
慌てるリアに、アリィは「大丈夫ですよ」諭すように言葉をかけた。
「ククレストの左目は生命力そのものを感知します。視界内に収めれば、障害物で阻まれようとも居場所を突き止めることが可能なんです」
「だから、嗣桜とまともに戦えていたのね」
一人先行するククレストが大きく足を地面へと叩きつけた。足から大地に流れた黄の元素が、ククレストの前方に無数の岩の柱を突き出していく。
「岩の先に居ます!!人数は一人!!」
叫んだ直後、枝葉の擦れる音が響く。
「ククレスト!!上ッ!!」
見上げた瞬間、右肩に燃え上がるような痛みが走る。
「ぐぁ!?」
上空から落ちてきた矢が、ククレストの右肩を射抜いたのだ。
「駿動走駆!!」
脚に風を纏わせリアが駆ける。ククレストの脇を抜け、彼が示した茂みの中、エルフらしき人物がいるであろうその場所目掛けて「衝波斬」を放つ。
魔力を感知した人物は、即座に森の奥へと移動を開始する。弓使いの武器は相手の射程外から攻撃ができることにある。反面、接近されてしまえば弓を十全に使いこなすことは困難になる。接近された時に備え、近接戦闘を習得している者もいるが、あくまで護衛術の域を出ない。
「逃がすものか!!」
後を追うも、視界に入って来るのは尖った耳を持つ孔雀青の長髪の女性だった。後頭部の髪を束ね、首元で一纏めにした髪が靡いている。リアがエルフらしき姿と感じたのは、エルフの耳を持ちながらエルフにあるまじき青系の髪色をしていたからなのだ。この時代のエルフは金髪であり、リアのように精霊の刻印が残っていれば銀髪だ。青系の髪色のエルフなんて存在しない。
染色しているの……?
リアが考えを巡らせていると、黒い和弓に矢を番え、半身を捻ってリアへ向かって矢を放った。だが、移動しながらの矢の命中精度は極端に下がる。リアは躱すことなく放たれた矢は明後日の方へと飛んでいく。
そこでエルフ?の女性の足が止まった。
リアは近場の木を利用し身を隠す。
「あら?お望み通りに止まってあげたってのにつれないわね」
正面から見据えた姿は、やはりエルフの耳を持つ孔雀青の髪の女性であった。日本のアイヌ民族のアットゥシを連想させる衣装に、胸元に円盤型の飾り板の付いた大小のガラス玉の連なった首飾りが目立つ。それでいて足元は焦げ茶色をしたレザーのショートブーツを合わせている。
「エルフ……なの?」
リアの口から零れたのは、心の声だった。
「はんっ!!それはお互い様ってもんだろ?銀髪なんて、どんな親を持ったのかしらねえ」
彼女もまた、リアのことを変わったエルフだという認識でいるようだ。
「どういう意味……?」
「へっ、しらばっくれるつもりかい?あんたもハーフエルフなんだろ?親の勝手な行動の果てに生まれた忌み子ってのは苦労すんよなぁ」
「ハーフエルフ?忌み子?なに言ってるの……?」
困惑した顔を浮かべるリアに、エルフ?は語る。
「そうやって隠すことでしか生きていけないなんて、あんたも苦労してるわね。どう?あたいのとこ来ないかい?悪くはしねーよ?」
「あなたが何を言ってるのか意味わからないわ。私は正真正銘のエルフよ!!」
先行したとはいえ、そろそろ皆が追いついて来てもおかしくないはず。
後方をちらりと確認すると、カミル達は立ち止まっていた。必死に宙を叩く素振りをしている。
「お仲間なら来れないわよ?結界の外に締め出しちゃったしね、ふふふっ」
女性へと視線を戻し「結界?」訝し気な視線を送る。
「あんた、さっきあたいが放った矢の意味に気付いてなかったんでしょ?」
躱すこともなく、どこかに飛んでいった矢を思い出し「まさか……」ひとつの可能性に行き着いた。
「そっ、あの矢には結界の術式が込められていたのよ?邪魔が入っても面倒臭いしね。で、なんでエルフのフリなんか続けてるわけ?お仲間は来ないし、音も外部には漏れないわ。さあ、素直な心の内を晒しなさいな」
コイツは私がハーフエルフって存在と勘違いをしている。自分と同じ境遇だと勘違いして、親近感でも湧いたのかしら。
「貴女が何を勘違いしてるかわからないけど、私は正真正銘のエルフよ。この髪も、精霊の刻印の影響で変色してるだけよ?」
精霊の刻印という言葉に、女性はピクッと眉を跳ねさせた。
「精霊の刻印?そんな古の言葉なんか持ち出してまで、あんたはエルフと言い張りたいのかよ」
露骨に不機嫌となった。
「優しく言ってりゃつけ上がりやがって!!」
和弓に矢を番え、リア目掛けて引き絞る。
「風戯」
身体に風を纏うと、和弓から矢が放たれた。鏃が淡い緑色に包まれると、矢が急速に加速していく。風を裂き、瞬く間にリアへと到達する。矢は勢いよくリアが纏う風にぶつかると、次第に矢が風に流され、まるでリアを避けるように後方へと流れていった。
動じることなく女性は次の矢を番え、透かさず矢が放たれた。鏃が真紅に包まれ、矢が急速に燃え上がった。
その光景にリアは目を剥いた。
「馬鹿ッ!!森の中で炎なんて使ったら燃えてしまうじゃないッ!!」
咄嗟に風戯を解除し、緑の元素を霧散させる。風は炎に弱い。それだけならまだしも、炎を燃え広がらせ森に対して深刻な被害を生み出しかねない状況であった。青の元素に働きかけ、中級水属性魔法アプラースを発動させ、炎を纏う矢にぶつけて炎を相殺。勢いを失った矢は地面へと落ちていく。
女性の表情が歪む。
「あたいはエルフじゃないんでね。森がどうなろうと知ったこっちゃないんだよ。自称エルフさんよぉっ!!すぐにそんな心配できなくしてやんよッ!!」
3本の矢を同時に番え、一気に引き絞る。
矢に赤の元素が集まるのを感じる。十中八九あの矢は炎を纏う。くそっ……、凌ぎきらないと森が……。
躱すことは容易い。だが、躱すことを封じられた状況ではそれも叶わない。確実に炎を消すことを強いられた。
矢が放たれ孤を描く。矢が炎を纏い降り注ぐ。だが、予想に反して矢が描く軌跡はばらけていた。中央の矢はリアへと伸びて来るも、残り2本は左右へと角度をつけて飛んでいく。
狙いは私ひとりじゃない!?まさか、森を狙って……?
リアは後方に飛び退くと、自分に迫る矢を躱す。それと同時に左に飛んだ矢に向かってアプラースの水弾を放った。リアに向けられ地面に刺さる矢は燃えてはいるが草木のない場所、早急に消化する必要性はない。それよりも優先しなければいけないのは、右に飛んでいった炎の矢だ。
今更動いても到底間に合わない。でも、炎が広がる前に対処できれば……。
炎を纏う矢は木の幹に直撃すると表面の水分から順に吹き飛ばし、可燃性のガスを発生させた。幹の表面が黒く炭化し、木へと燃え移って行く。
リアが魔力を操作しながら駆ける。
「間に合って!!」
伸ばした掌に水弾が形成され、火元に向かって放たれた。炎が完全に消えきるまで、何度も何度も水弾を放ち続ける。
「ご苦労さんッ!!」
女性の手から再び3本の矢が放たれる。炎を纏い、すべての矢がまっすぐリア目掛けて飛んでいく。消火に追われるリアの反応は遅れ、気づいた時にはすでに目の前まで迫っていた。
「くそッ!?」
避けなければいけない。頭ではわかっているのに身体の反応がついてこない。
無防備なリアに炎の矢が降り注ぐ。
咄嗟に目をぐっと瞑った。その直後、リアの身体が大きく揺らぐ。誰かに抱き寄せられ心地良い暖かな空気に包まれた。
なにが起きたの……?
ゆっくりと目を開ければ、そこに居たのはカミルだった。
「なんでヒュム風情があたいの結界内にいるのさ!?」
苛立ちを隠せない女性は忌々し気にカミルを睨む。
「そんなもの知らないよ。普通に入れたけど?」
そんなわけがない。リアは確かにその目で結界に対して拳を叩きつけていたカミルの姿を見ていたのだ。カミルは確実に結界に阻まれていた。にも関わらず、今こうして目の前にカミルは居る。可能性があるとすれば、今二人を包んでいる光の影響だ。
結界を突破できたのは幸運だった。唐突にイヤリングから溢れた光を纏ったカミルは、何の抵抗も受けずに結界内へと進むことができていた。
あれだけ行く手を阻んでいたのに、この光の衣が効化を打ち消している?
相変わらず他の仲間は中に入って来れておらず、結界が解かれたわけではないことを教えてくれる。
今はそんなこと考えている場合じゃない!!リアを助けないと!!
圧縮魔力を脚へと流し、言葉を紡ぐ。
「駿動走駆」
弾かれるように飛び出したカミルは、迫り来る炎の矢から間一髪リアを救い出すことに成功する。
「巫山戯たこと抜かしてんじゃねーよ!!」
和弓に矢を番え、カミルへと狙いを定める。
カミルの腕から解放されたリアは再び女性と対峙する。女性に聞こえないような小声でカミルへと言葉をかける。
「カミル、悪いんだけどさ、炎への対処をお願いできないかしら?このままだと後手に回ってアイツを倒せない」
「任せといて」
カミルに向かって矢が放たれる。それを合図に「駿動走駆」リアは女性に向かって駆け出した。
弓の弱点は連射ができないこと。いくら矢を番える速度を上げようと、確実に攻撃の手が途切れる時間がある。僅かな時間を利用して迷わず真っすぐ突き進む。距離が詰まれば矢の到達時間も命中精度も上がるだろう。だが、リアは躊躇することはなかった。
女性は不敵に笑った。
「くたばりな!!」
リアが駆け抜けるよりも早く和弓から矢が放たれた。矢を放つまでの速さを重視したのか、放たれた矢は1本。風を纏い加速し、瞬時にリアの顔面へと迫っていた。
咄嗟に左腕を上げ顔を守る。リアは避ける気など無かった。確実に目の前の女性に一撃を届ける為に、左腕を犠牲にする覚悟であった。
キィンッ!!
甲高い音が耳に届くも、気にせずエスティエラを前方へと突き出した。矢が纏った風をエスティエラが吸収し、淡く緑色に輝く剣先が和弓を掠め、女性の鎖骨に激突する。
「ぐぎゃぁぁ!?」
速度の乗った一撃に、女性は後方へと倒れ込む。その隙を逃さずリアの右足が女性の腹部を踏みつける。
「ぉ゙ぉ゙ぉ゙ッ!?」
喉元にエスティエラの刃を宛がった。
女性の苦痛に満ちた目がリアへと注がれる。
「死にたくなければ動くんじゃないよ?」
「ちッ!?」
舌打ちをすると、そっぽを向いてしまった。
ハーフエルフの女性が戦意を喪失したことで結界が解かれ、外にいた仲間と消火を終えたカミルがリアの下までやって来た。
「この方が犯人ですか」
アリィとククレストが女性の姿をまじまじと見つめる。肩を負傷したククレストは、すでに治療が完了したのか平然としている。
「隊長、コイツはエルフの飼い犬のハーフエルフですよ」
ククレストの言葉に、女性はキッと睨みつける。
「誰が飼い犬だ、こらぁッ!!」
リアは暴れる女性の腹を、無言でぐりぐりと足を動かし痛みで黙らせた。
「ハーフエルフを操っているという噂は本当だったのですね」
アリィは憐れむような表情を浮かべた。
「確か名前はフェディア・チリだったかと。片親がリディスで、そのせいでエルフに疎まれていたはずです」
エルフとリディスの仲は表面上は悪くはない。だが、皇国軍にはリディス以外の種族も在籍し、その中にアリィやククレストのようなヒュムも存在する。ヒュムを嫌うエルフは、当然快く思ってはいない。種族の垣根を越えて仲間意識の強い皇国軍は、エルフの取る態度に辟易としていた者達も少なくない。少なからずの軋轢は存在しているのが現状である。その中において、ハーフエルフという存在は肩身の狭い想いをしている。エルフの中では半端者と疎まれ、リディスの一部からは距離を置かれていた。その為、ただでさえ数の少ないハーフエルフは皇国を去り、ミトス大陸にあるプラーナ合衆国に身を寄せている者が多い。
「なぜ、貴女は私達を襲ったのですか?」
アリィは穏やかな口調で問う。
「ふんっ、ペラペラ喋るとでも思ってんのか」
リアの足に力が籠る。フェディアは「ぁ゙ぁ゙ッ!?」呻き声を漏らすも、反抗的な態度は崩さない。
「こっちは命を狙われたんだ。情けを掛けてもらえると思わないことね」
「自分の胸にでも聞いてみろよ。思い当たる節があるんだろ?だからあたいがこんなことしてんだろうがッ!!」
フェディアの負の感情が黒の元素に、瘴気へと影響を与えた。黒い粒子が人型を模る。1体2体ではない。蠢くその数は12。鬼と成りて大地に生まれ落ちた。
「ちょっと~!?鬼!?鬼ぃぃ!?」
ティアの背後に群れて誕生した鬼は、容赦なく飛び掛かった。
「しゃがんで!!」
リアの叫びにティアとフィリーが必死に身を屈ませた。二人の上を突風が吹き抜ける。中級風属性魔法フューエルが放たれたのだ。風は鬼達の進む足を止め、そして、黒い粒子と成り霧散して消えていく。
「え?」
その光景にリアは固まった。フューエルには鬼を消し去るほどの攻撃性など無いのだ。風属性魔法はただ風を操るだけの魔法である。風の影響で起こる副次的な現象によるダメージはあっても、風そのものに威力は無い。にも関わらず、12体の鬼は一瞬にして霧散してしまったのだ。
「リア、貴女なにをしたの……?」
それはアリィも同様のようだ。
「わからないわ……」
鬼が霧散した跡には、光の粒子が漂っている。
「聖なる颯」
フェディアの呟きに、視線が彼女へと集まった。
「貴女、なにか知ってる……?」
訝しむリアとは対照的に、フェディアの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「ははっ、はははっ。――だからあんたらを消そうとしたのか」
「ちょっと?一人で納得してないで説明してもらえるかしら?」
「あんたらが聖獣様のお気に入りなら話は別だ。いいぜ、話してやるよ。だが、その前に物騒なものを遠ざけてくれるとありがたいんだがな」
聖獣様の名前がなんで出てくるの?手の平返しの態度も気になるし……。
暫しの沈黙後、リアはアリィへと視線を向ける。
「良いでしょう。リア、剣を離してください。皆はいつでも捕えられるように警戒を」
エスティエラをゆっくりと離し、踏みつけていた足も退ける。解放されたフェディアは上半身を起こす。
「ありがとよ。で、何を聞きたい?」
憑き物が落ちたように晴れやかな表情のフェディアに、一同は面を食らうのだった。




