蒼き力の根源はどこか
都市外戦闘訓練が終わった翌日、カミルと臨時パーティーを組んでいたメンバーは学園特区にあるカフェに集まっていた。吹き抜けを利用した明るい二階建てのカフェで、学園終わりの学生で多く賑わう。休日ともなると学園特区外からも足を運んでくる者もいる人気店だ。
訓練終了のお疲れ様、名目上はそうなっているが、参加者一同が本当に話したい内容は別にある。大型魔族を倒した謎の力の正体についてだ。ゼルとジョアンは直接目にしているわけではないが、ファティとシルキーから話が伝わっている。
カミル達が利用するのは二階にある特別にあしらった個室で、広い空間と目の前の大通りを見渡せる大きな窓、バルコニーのある贅沢な造りの一室。利用料金は非常に高く、本来なら一介の学生達では利用できるような金額ではない。伯爵令嬢であるファティにどこかで集まれないか?と提案したところ、何故か立派なカフェの特別室になってしまった。そんな料金払う余裕はない、メンバーによる抗議を「代金は私持ちですからお気になさらずに」の一言で一蹴してしまった。
今回臨時パーティーメンバーの他に一人招いている人物がいる。ジョアンの父親だ。件の勾玉を仕入れ、長年に渡り所持し続けてきた人物であるなら、勾玉が熱を持った謎を知っている可能性があるからだ。
部屋の中央にある大きなテーブルを囲ってのお疲れ様が行われていた。テーブルの上にはクッキーやチョコが何種類かと、各々好きなドリンクを頼んでいる。
「ゼルは無暗に突っ込み過ぎていたと思うのだけれど?」
ファティが訓練で見せた動きについて指摘している。タンク役としての立ち回りもある。相手の注意を引き付ける役割を果たしていそうだが?後ろから見ているとまた違った感想なのかもしれない。
「俺は自分の役割を全うしてただけだぜ?」
「エアリアルウルフにはそれで良かったのかもしれませんが、力量差のある魔族に対しても同じ戦い方をしていたではありませんか!」
「あれは迂闊、だったな……ハハハ」
笑って誤魔化すつもりなんだろうが、ゼル、目が泳いじまってるぞ。
またいつものゼルとファティの口喧嘩が始まりそうだ。口を挟まないと話が進まないと思っていたら、恰幅の良い中年の男性――ジョアンの父親、ヨシュアさんが仲裁に入った。
「まあまあ、皆命があったのですからその話はこの辺で終わりましょう」
俺も同意見だ。それよりも本命の話を進めたい。
「ヨシュアさんの言う通り、今はその話は終わりということで。それよりも、ヨシュアさんにお聞きしたいことがあります」
話を振られたことで、ヨシュアの視線はこちらへ向き「何を聞きたいのかな?」と質問を促す。
「お聞きしたいのは、先日そちらの雑貨屋で購入させていただいたこのペンダントについてです」
服の内側に隠すように身に着けていたペンダントを取り出し、ヨシュアさんの前へ置く。ペンダントを見たヨシュアは目を大きく見開いた。
「ジョアンにお願いして宝石と一体化させてありますが、これは長年そちらの雑貨屋で販売されていた勾玉型のペンダントです」
ヨシュアは訝し気に「勾玉?」と口走る。
「名前はこの装飾を見て勝手に名付けしただけですので、お気になさらずに。こちらのペンダントは本当に汚れが付着しないだけのものなのですか?ヨシュアさんは以前に身に付けられていたことがあると、ジョアンから伺っています。その時に勾玉は熱くなるといった現象に見舞われませんでしたか?」
ヨシュアは虚空を見つめ考える。
「もう二十年も前の話なので、恥ずかしながら詳しいことは覚えていません。ですが、これといって大きな変化はなかったと思いますよ。何か起こっているのでしたら、鑑定に出したり、付加価値として売値に反映していたりしていたと思います」
ペンダントに関する新たな情報は得られなかった。前のペンダントの所有者であるヨシュアさんに聞けば、何かしらの手掛かりが手に入るのでは?と考えていただけに落胆は隠せない。
「そうですか、ありがとうございます」
ヨシュアさんへと頭を下げ感謝の意を示す。
「ジョアンからこのペンダントのことは聞きましたか?」
「ざっくりとした経緯だけは。カミル君はそのペンダントこそ、魔族を退けられた力の元凶ではないかと考えられたのですね」
察しの良い方だ。商人というのはやはり頭が回る人が多いようだ。
「はい、可能性の一つとして、そう考えております」
俺の言葉に引っ掛かりを覚えたファティがオウム返しのように呟く。
「可能性の一つ?」
一呼吸挟み、この場にいる皆の顔を一巡して見ると自分が考えた可能性について語り出した。
「俺ができて他の人ができないこと、俺が持っていて他の人が持っていない物。一つは今言った勾玉のペンダント。もう一つは皆とは輝きが違った纏」
輝きが違った纏、この一言で臨時パーティーの面々は表情が鋭くなった。ヨシュアさんだけがきょとんとした顔をしている。
「実は武技の授業の時に、周りの人と違う纏の状態になってしまいまして……」
ヨシュアさんは頷き問いかける。
「輝きが違う纏、それがもう一つの可能性ということなんだね?」
「はい、ペンダントではないとすれば、考えられるのはそれですね。厳密には変わった魔力というやつです」
変わった魔力。それは即ち圧縮魔力。一番可能性が高いとすればこれだろう。ファティの姉が参加している冒険者パーティー『燿光の兆し』でも扱う者はいなく、多くの生徒を見送り、帝国騎士や冒険者との繋がりのある先生方でさえ知識のなかった圧縮魔力。これは単純に日本で得た知識の一端をこちらで試してみたに過ぎない。現象として圧縮ができている以上、それがこの世界の理に則って動いている力ということ。
もし、圧縮魔力を他者で同じような工程を踏んで蒼き輝きを再現することができれば、それがこの世界の理ということになる。
今まで誰かに伝えることのなかった魔力を圧縮するという技術を、生死を共にしたこのメンバーに共有してみたくなった。もちろん、この場にいるメンバーにはまだ伝える気はない。
「今から話す内容はここにいる面子以外には伝えないで欲しい。世界にどのように影響を及ぼすかわからない。外部に漏らすことがあれば、漏らした人が根掘り葉掘り聞かれる恐れがあることを理解しておいてほしい」
一同を見渡し続ける。
「秘密を知りたくない人は帰ってもらっても構わないよ。どうする?」
リスクを背負いたくないなら聞かない方がいいよ?という問いに皆の真剣な表情が崩れることはなかった。
「貴方が何を話すのか分かりかねますが、あの蒼き力の謎が解けるのでしたら私は聞きたいと思います」
ファティが真っすぐこちらの目を見て意志を表明する。ゼルも倣って「俺もだぜ。力の謎を解き明かせば俺も強くなれるかもしれねーしな!」とニカっと笑う。
「どうやらこの場にいるメンバーは皆、カミル君の話を聞きたいらしい。もちろん私もだ。話しの続きを聞かせてくれるかな?」
ヨシュアさんの言葉に頷き、圧縮魔力について話し出す。
「先に謝っておく。周りと纏が違ってた理由は最初から解っていたんだ。すまん」
「え?魔力制御を頑張ればできるんじゃなかったのか?」
ゼルはひどく驚いた顔をした。その顔を見たファティはため息をつく。
「当たり前です。魔力制御だけで輝きの強い纏ができるのでしたら、高位の騎士や冒険者ができていると思いませんでしたか?」
ゼルはしょんぼりしながら「た、確かに…」と言葉を漏らす。
「あの纏を行うには、通常の纏を発動させる前に一つやることがあるんだよ」
カップに手を伸ばし、ブラック珈琲で口の中を潤す。酸味を抑えたキリっとした苦みが特徴の珈琲のようだ。
「纏を行う場合、魔力を強化したい部位に魔力を流して留め、言葉を発することで発動するだろ?一番最初の魔力をを流す前に、魔力をギュッと凝縮させるんだ。すると魔力が通常より小さな状態になる」
ゴソゴソと鞄に手を入れ、とある瓶を取り出した。
「例えば、この回復薬の瓶の中にある液体が魔力だとしよう。中身が出ないように押さえつけながら、瓶の下の方まで押し込んだら今の水位より下に下がるのはわかるか?」
「はい、わかります。量は少なく見えるのに、その中にある成分量は一緒ということで合っていますか?」
ジョアンの言葉に頷く。
「凝縮されている状態を保てるとして、空いた空間に更に凝縮された状態のものを、最初の水位まで魔力が入ると……」
カミルはもう一本回復薬を取り出す。
「見た目はまったく同じ量の魔力だけど、凝縮された魔力の方が魔力の濃度が上がるわけ。これを纏を発動する前に俺は行っていたんだ」
一通り聞いたあと、ファティが要約する。
「つまりカミルは、纏ってる魔力の大きさは他の人同じでも、他の人よりも多分に含んだ魔力で纏を発動していたってことでよろしい?」
「その通り。理解が早くて助かるよ。俺はこの原理で作り出す魔力を圧縮魔力と呼んでいる。纏の輝きが強かったのも、同じ大きさでも魔力の密度が違うからで、魔力の密度の差が輝き方の違いという現象で現れた、と俺は考えている。これは魔法にも応用が利いて、圧縮魔力で発動する魔法は通常の魔力で発動するものよりも効果が高まる。ファティのフルメシアにフランツで対抗できた絡繰は圧縮魔力なんだよ」
魔力を圧縮するという概念。知ってしまえばどうということもない。誰にでも行える手段だ。魔力をそのまま扱うという今までの常識が閃きを阻害する。カミル自身も日本の夢を見るまでは無かった概念だ。未知と出会い、学び、理解しようとする好奇心、向上心が新たな価値を生み出していく。
「貴方が今まで人と違ったのは、圧縮魔力というモノの考え方があったからなのですね。でも、その魔力の扱い方をしていて、魔力がもつのかしら?普段よりも魔力を使うわけですよね?」
矢張りファティは理解力がある。アロシュタット伯爵家の人間は、頭脳明晰な人が多い家柄なのかもしれない。圧縮魔力の利点、欠点を正しく理解していなければ疑問も湧いてこない。「そうなんですね」と理解したつもりで真似をするだけで終わってしまう。本質を理解できなければ、応用は利き辛い。
「そこは鍛錬でカバーかな。魔力量は20歳をピークに増え辛くなるけど、俺達はまだ五年もある。その間に鍛えれば良い」
「ピークを過ぎるだけで増えないわけではありませんから、私のように15歳の子持ちでも僅かですが伸びていますし」
ヨシュアさんは雑貨商として帝国各地を巡って商品を仕入れている。旅路では魔物とも遭遇するし、護衛を付けていたとしても必ずしも身の安全が保障されるものではない。常に死と隣り合わせの状況が、身体に影響を与えているのかもしれない。
「課題は魔力の総量だけじゃないよ?圧縮させる分、魔力の扱いが難しくなる。圧縮させながら魔力を移動させないといけないからね。魔力制御の練習に時間を割いていたのも無駄にならないだろ?な、ゼル」
圧縮武技の為に魔力制御にしっかりと励んでいたゼルの表情が明るくなる。
「そうだな、そうだよなぁ!着実に近づいてたよなぁ!」
「ゼル、煩い」
鬱陶しそうに睨み、冷ややかにゼルに辛辣な言葉をかけるファティ。さすがにそれは言い過ぎなんじゃないかな……。ジト目でいると本当に悪役令嬢っぽい。
睨みつけられたゼルはしゅんと沈んでしまった。新しいものに出会ったら興奮するのはわかるよ、ゼル。強く生きろ。
「圧縮魔力を広めなかったのは、これがまだどんな形で魔法や武技に影響が出るのか、俺自身で実験ができていなかったから。見世物的に使う分には派手派手しくて映えるだろうけど。でも、それが実践だとどうなるのかわからない。ファティが指摘したように魔力量の問題もあるし、戦闘中に発動できなかったら命取りになる。だから圧縮魔力を積極的に広めようとは思わない」
カミルは珈琲で喉を潤し話を続ける。
「今回伝えようと思ったのは、蒼い輝きが再現できるか皆にも協力してもらいたかったら。今まで圧縮魔力を使ってきて、一度もあの光は現れなかった。だから、都市外戦闘訓練の時と似たような状況を作れれば、あの力が再現できるかもしれない」
圧縮魔力を使っての対人戦闘はファティとも行っている。それだけではあの力に至れないのはカミルも十分に理解している。今までとあの時の差は何か。魔族との戦闘がきっかけなら、アズ村でのワイルドベアとの戦闘で力が使えていなかったのは何故か。違いという違いは武技と魔法、勾玉の有無。勾玉に関しても確実性が欠ける。魔法の媒介として利用している宝石の可能性も捨てきれない。都市外戦闘訓練では勾玉と宝石が一括りになっていた。
一つずつ可能性を潰していけば、いずれは力の根源に辿り着けると考えている。
「似たような状況って言われてもなー。魔族なんてそもそも出会わねーし、命の危険もそうそうあるわけじゃないだろ?」
ゼルの言い分は尤もだ。
「再現したいのはそこじゃないよ。まず圧縮魔力の扱いに慣れてもらって、同じ圧縮魔力同士で模擬戦。魔力の限界まで戦闘を続けてもらうってこと。その中で宝石が輝くのかどうか、まずはそこを確認したい」
「それならまずは圧縮魔力を扱えるようになりませんと始まりませんね。魔力制御には自信がありますのよ?すぐに使いこなせるようになってあげます」
ファティが得意げに胸を叩いて主張してくるが、自分から胸元に意識を向けさせる行動は控えた方がいいと思う。ジョアンなんか手の動きに視線が釣られたのか、胸へと視線をやって慌てて視線を外して挙動不審になっている。ゼルも馬鹿正直だけど、ジョアン…君も大概純粋なんだな。
「特に特別な訓練が必要じゃないから、各々のペースで圧縮の練習をしてくれ。圧縮魔力での纏の輝きはこんな感じ」
カミルは拳を皆の前に出し、圧縮魔力で綺羅綺羅と輝く纏を披露した。
「これを基準にして出来るようになったら軽い戦闘をしてみよう」
方針を示したことでお疲れ様会がようやく始まった。
テーブルにあるクッキーやチョコは、帝都でも有名な店の物らしい。此処アルフにも二号店が出店されるほど帝国国民に愛されている。
チョコを一つ手に取り眺めてみた。一口で食べきれる大きさで飾り気はなく、渦を描くように軽く上部を捻られた形をしている。日本で良く見られる形の一種だ。色合いからするとミルクチョコのような甘いタイプのものだろう。顔の近くまで持ってくると香りが鼻孔を擽り唾液の分泌を促してくる。
チョコをそっと口の中に放り込む。このタイプのチョコは口に入れた瞬間に上質な物か、そうではない物かすぐにわかる。上質な物は、口に入れたら穏やかに甘みと香りが口の中に広がっていく。口に入れた瞬間は主張は強くないが、徐々に旨味が広がり、余韻を楽しませるようにスッと消えていく。合わせた珈琲を口にすれば、チョコの香りと珈琲の香りが口を通して鼻まで駆け巡り、至高の時間が味わえる。正にこのチョコレートのように。
有名店になるわけだ。一粒でこの満足感。
そのチョコを仕入れて提供できるこのカフェも相当な店と言える。人気店のチョコともなると、その店舗だけで品切れを出すほどの人気を誇る物が多い。それを仕入れることができる横の繋がり、侮り難し。
相変わらずゼルとファティが口喧嘩しているが、気にしたところで仕方ない。今回はこのお菓子の争奪戦でもしているのだろう。
さて、次に手を伸ばしたのはスクエア型のクッキー。特に目立った特徴がないところを見ると、仕入れ先の店のスタンダードの味といったところか。
クッキーを口に運ぶと、半分ほどの位置で嚙み砕く。サクッと軽い触感から溢れる優しい甘い風味。噛むと口の中の水分と結びつき溶けるように消えていく。
美味い。スタンダードな味だからこそ違いが良くわかる。形が無くなるまで噛む必要がなく、噛むという動作よりも味わいに集中できる。優しい味わいだからこそ、この珈琲の風味との相性も抜群だ。
一人ゆっくりと食べていたせいか、ふと見るとすでに皿は空になっていた…。数がそこまで無かったにしてもずいぶんと早い。ゼルががっつきそうなのは想像がついたが、シルキーさんまでもがそちら側なのは意外だ。いや、お菓子だからかもしれない。女性はお菓子が好きな人が多いと聞くし。
上品さとはかけ離れた賑やかなお疲れ様会が終了するのであった。
― 帝都イクス・ガンナ ―
帝国騎士団団長室。
騎士団長――ガナード・ラウ。紅葉色のパーマをかけたウルフカットのような髪型をしている帝国の騎士を束ねる者――の下に手紙が届いた。差出人を確認すると、賢闘都市アルフの学園で教師として働くエルンスト・ハーバーからであることがわかる。
封を切り、手紙を取り出し読み始めた。
都市外戦闘訓練に言葉を介する魔族が現れたこと。身体の大きさが五メートルという魔族の平均から大きく外れていたこと。教師や冒険者では歯が立たなかった魔族を、学生の一人が見たこともない技を駆使して倒し切ったことの詳細が書いてあった。
手紙を読み終えるとすぐに扉をノックされる音が聞こえ「副団長のソル・グロワーズです。闘技大会、新人の部の優勝者をお連れしました」という声が聞こえてきた。
闘技大会――一年に一度帝都イクス・ガンナにて行われる武技、魔法を駆使してその年の頂点を決める力の大会である。新人の部は冒険者登録一年目、もしくは騎士団所属一年目の新人の為の部門で、有力な実力者の発掘、お互いを高め合うライバルを見つけるのを目的としている。歴戦の猛者といきなり戦わせて自信の喪失を防ぐ役割としても機能している。
入るように促し手紙を伏せる。
扉が開くと青藍色の髪をセンター分けした肩まで髪を伸ばした男が部屋へと入ってくる。その後ろには赤茶けた色の癖っ毛な短髪の男性を引き連れている。彼が今年の新人の部の優勝者だろう。
目の前まで来ると、副団長のソルが優勝者の彼に挨拶を促した。
赤茶けた髪の男性は一度頭を下げ言葉を口にする。
「お初にお目に掛かります。第三騎士団所属のクヴァ・ロウルと申します。此度の闘技大会で新人の部を優勝することができました。この優勝に驕ることなく精進し、帝国騎士として恥じぬよう努力してままいります」
「新人の部、優勝おめでとう。今年の第三騎士団には優秀な騎士が入ったようだな。例年なら第一、第二騎士団がその名誉を持っていくものだが、第三で優勝できるものはそう多くない。誇って良いことだ。これからの貴公の成長を楽しみにしている」
クヴァは「あり難きお言葉です」と頭を深々と下げた。
帝国騎士団は主に五つの騎士団に分かれている。武技が得意な第一。魔法が得意な第二。バランス型の第三。回復魔法特化の第四。支援魔法特化の第五。
第四は閃族のみが所属し、最前線で回復魔法を行えるように戦闘技能の高い者が多い。
第五は支援特化という道を切り開いた者の集まり。支援魔法を扱う者は、武技も攻撃魔法も苦手とする者達である。魔力はあるものの、発動した武技も魔法も規模が小さく効果的に機能しない。それでも騎士団への憧れと給金の為に血のにじむような努力を重ね、支援効果の高い魔法へと昇華させるに至った者達が所属している。
手元にあるエルンストからの手紙に気づいたソルが言葉をかける。
「おや、エルンストからの手紙ですか?珍しい。自分からそんなもの寄越すヤツではなかったと思っててましたよ」
「手紙というよりも報告書といった方が正確かもしれん」
報告書という言葉にソルは「ははは」と笑った。
「そうですよね。あいつが手紙なんか寄越すはずありませんよね。……で、何かありました?」
エルンストがわざわざ報告をしてくるという異常さに、ソルは訝しむ。
「都市外戦闘訓練で五メートルほどの大型の魔族が現れたらしい。しかもその魔族……、人間の言葉を話すらしい……」
ソルとクヴァは驚く。
大きさにも驚くところだが、それ以上に人間の言葉を話すという点。魔族とは会話が成立しない。それが今までの通説だ。
「出動要請が無かったってことは、エルンストがその魔族を倒したと言事ですか?」
「いや、エルンストの他に駆け出しとは言え、冒険者パーティーもいたらしいが壊滅したらしい。魔族を倒したのは今年の新入生のようだ。」
「新入生が!?」「新入生!?」
ソルとクヴァの声が重なる。
「エルンストの手紙では、『見たこともない蒼い輝きを放つ衝波斬を放ち魔族を消滅させた。その衝波斬は前へ進むほど巨大化する性質がありそうだ。その学生の名はカミル・クレスト』とある」
カミルの名を耳にしたクヴァが更に驚く。
「い、今、カミル・クレストと言いましたか?」
ガナードとソルの視線がクヴァに集まる。
騎士団トップの二人の視線に怯むクヴァ。
「ああ、カミル・クレストと言った。知った名か?」
クヴァは頷きカミルとの関係性を告げる。
「同じ村出身なのです。帝都から北北東に位置するアズ村。そこで幼少の頃からお互いを高め合っていました」
「今でも連絡を取り合っている仲なのか?」
ソルが質問するも、クヴァは首を横に振る。
「五年ほど前に私がアルフの学園に向かった時を最後に連絡を取っていません」
幼馴染ともなればやり取りしていると思ったが…、距離が離れればそうなるものも無理はないか。なら…。
「貴公はカミル・クレストなる者が普通ではないと感じたことはなかったか?」
「いえ、私が村を出る前までは周りと遜色ないくらいの平凡さでした。カミルの両親も武芸に秀でたタイプではなく農家をしておりましたし……、あッ」
カナードとソルはクヴァの言葉を待つ。
「そういえば村を出る直前、訓練場から大きな音がなったことがありまして…、見に行ったらカミルが魔法の訓練をしていました。高い威力の炎を見て、私はもうフランツを使えるようになったのか?と思ってカミルに問いただしました。当時のカミルはまだ10歳でしたから。それがアイツ、使ったのはフラムだと言ったのです。気合を入れて使っただけ、とかで。意味が解りませんでしたよ」
語るクヴァの言葉に、二人にも意味がまったく伝わっていない様子。
「気合…?そんなもので威力が上がるなんてことはないのだが……」
意味がわからず思わず指でこめかみを押さえる。
「本人もよく意味がわかっていないようでしたが、実際に高威力のフラムを放っていたのは事実ですので、本人も気づかない何かがあるのかもしれません」
ガナードが考え込むと団長室に沈黙が訪れた。
「カミル・クレストについてはエルンストからの追加情報が来てからで良いのでは?それよりも、言葉を話す大型魔族の情報は騎士団内で共有しておいた方が良いかもしれませんね」
カミルについてはソルはエルンストに丸投げするつもりなのか、魔族の情報の方に話の舵をきった。
たまたま現れた変異体の魔族だったのか、魔族が変化し知能が発達してきているのか、判断に悩む。
「そうだな。各方面へ魔族の調査を行うよう促してくれ。今は情報が欲しい。カミル・クレストについてはエルンストに一任。……いや、クヴァと言ったな」
突然名前を呼ばれたクヴァは「はい!」と裏返りそうな声で返事をし姿勢を正す。
「セルヴィナ学園ではもうすぐ技能講習が行われる予定になっていたはずだ。騎士団の人員が裂けなかった為、冒険者パーティー聖なる焔が講師として赴くことなっているのだが、クヴァ、君も騎士団から出向いてもらえないか?」
突然の提案にクヴァは困惑する。技能講習は高い技術を持つ者が直接技を伝える授業だ。学園を卒業してまだそう日も経たない自分が行ってどうなるものか。闘技大会の新人部門で優勝したとはいえ、自分でも教えるレベルに達していないと感じている。
「自分がですか?」
「講師として派遣するわけではないぞ?闘技大会の新人の部で、学園を卒業したての優秀な者の力量を学生達の前で披露して欲しい。学園を卒業する頃の実力の目安が理解できるだろう。という名目で学園に赴き、エルンストと協力してカミルについて探って欲しい」
ガナードの意を理解し、クヴァは頷く。
カミルとの縁、騎士団との繋がり、学園の卒業生。調査しやすい条件は確かに揃っている。何よりも、久しぶりにカミルの顔を見たいとクヴァは思った。
「任せてください!」
クヴァは特命を受け、数か月前に卒業したばかりのセルヴィナ学園へと舞い戻ることになる。