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白の進撃 Ⅲ

 ――あれから八年、か。

シャーロックは大きくなった真白の頭を撫でる。

 当時、身体が小さいナギのことを年下だと思っていたシャーロックとアルフォンスだったが、実際はナギのほうが二つ年上だったことをあとから知り、ひっくり返りそうになったのだ。

 それほど小柄だったナギだが、この八年のうちにシャーロックたちよりもずっと長身の立派な青年に成長したのだ。肉体は鍛え上げられ、しなやかだ。ナギが三叉槍【フェンリル】を振るうさまは雷のように激しく、速く、強く、仇なす者たちを容赦なく討ち倒す。


 ナギは現在、大型の魔物討伐や、幻獣や魔術が絡んだ事件、事故など、特殊な案件の時に出動するアンリール騎士団特別部隊【白牙】の隊長を務めている。騎士団で一目置かれた存在だが、ナギはシャーロックの前になると、幼い子供のように甘えるのだ。どんなに強く大きく成長しても、甘えん坊なのは十八歳なった今でも変わっていない。

 最初にナギと出会った時はここまで懐かれるとは思っていなかった。心を開いてくれるなんて、思っていなかった。


「ナギ、一分」

「……」

「ナーギ」

「んー、やだ」

「やだって」


 困ったなあ、と苦笑しながらシャーロックが頬を掻いた。その時だった。


「シャーロック様! ナギ!」


 シャーロックはびくりと身体を揺らした。声は背後から聞こえた。背中に冷たいものが走る。シャーロックは恐る恐る振り向いた。


「ここで何をなさっているんですか」


 金の髪を高いところで結んだ、同じ顔の少年。シャーロックの双子の弟でアンリールの騎士、アルフォンスだ。その空色の瞳は今、刃のように鋭く吊り上がっていた。


「ア、アル……」

「仕事はどうなさったんですか」


 アルフォンスは両腕を組む。シャーロックの顔から汗が噴き出した。


「お、終わってる! 王印押し終わってるから!」


 シャーロックは勢いよく両手を振る。アルフォンスは目を細める。


「では、財政大臣と予算を立てる準備は?」

「なんで知ってるんだ!?」

「シェンタオから聞きました。で?」

「これから、です」

「今すぐ執務室へお戻りください」


 アルフォンスは王の執務室のある方向を指差した。む、とシャーロックは頬を膨らませた。


「なんだよ、集中力と気力を取り戻すのに必要な散歩だっていつも言ってるだろ! 良い仕事をするためには必要なことなんだよ!」

「いつも長いんですよ! それに、シェンタオに行き先を告げずに出ていくあたり悪意を感じます!」

「だって、どこに行くか決めてないんだもん!」

「そもそも行かないでください!」

「うっ、でも、俺が今まで仕事を終わらせられなかったこと、ないだろ!」

「そういう問題ではないんです!」


 アルフォンスは人差し指をシャーロックの胸元に置いた。


「戻ってください。今すぐ」

「……わーかったよ! もう」


 シャーロックは大袈裟に溜息を吐いた。アルフォンスへのせめてもの反抗だった。

 アルフォンスは次いでナギのほうを向いた。ナギは笑顔でアルフォンスを見ていた。


「ナギも、訓練に戻れ」

「アル!」


 ナギはアルフォンスの言葉を聞かなかった。アルフォンスの前に屈み、頭を向ける。その意味を、アルフォンスもわかっていた。アルフォンスは額に手を置き大きく息を吐いた。


「ナギ、訓練中だ」

「アル、ちょっとだけやってやったら」

「いや、しかし」

「ちょっとだけ、な。そうしたらナギも訓練に戻るって」


 シャーロックは笑って片目を瞑った。少し迷った後、アルフォンスはナギの頭に手を乗せた。ふわふわとした柔らかい髪を撫でる。心地よさそうにナギは目を細めた。

 しばらく撫でると、アルフォンスはそっと手を離した。


「ナギ、訓練に戻れ」

「うん!」


 ナギは笑い、長身の身体でアルフォンスに抱きついた。後ろに倒れそうになるのを、アルフォンスは足に力を込めて堪えた。

 次いでナギはシャーロックに抱きつく。シャーロックは笑ってナギの頭と背中を叩いた。


「いってらっしゃい」

「うん! またね、シャーリィ、アル」


 ナギは身体を離し、手を振ると修練場へ戻っていった。ようやく訓練に戻ったナギを見送ると、シャーロックが口を開いた。


「ナギがあんなに懐くなんて、思ってなかった」

「そうですね」


 隣でアルフォンスは頷く。訓練に戻ったナギは、先ほどの甘えん坊が嘘のように己の武器である三叉槍を豪快に振り回している。


「ナギが騎士団に残るって言った時はびっくりしたな」

「そうですね」


 前王エリックが亡くなり、ナギたちを縛るものはなくなった。シャーロックたちはナギやシュラにこれまでのことを謝罪し、森に帰っても良いと言った。ナギは首を横に振った。ここに残り、騎士としてシャーロックとアルフォンスを守る、そう言ったのだ。そして、シュラが森に戻り、ナギとシュラの四頭の子供たちが騎士団に残ることとなった。

 ナギは自分たちを守るために残ってくれた。ナギのためにも、早く平和な世にしなければ。


「さて、戻って予算の計算と確認をするか」

「そうしてください」

「はいはい」


 相変わらず生真面目なアルフォンスに苦笑しながら、シャーロックはアルフォンスが腰から下げた魔剣【テミス】に目を向ける。テミスに飾られた青い魔石は艶やかに煌めいている。

 ――テミス、アルフォンスを守ってくれ。

 シャーロックはそう祈り「じゃあな」と手を振ると、その場を去った。シャーロックの背中を見送り、アルフォンスも踵を返した。




 ナギは槍を振るいながらも、去っていく二人を密かに見ていた。ナギは己の武器、三叉槍【フェンリル】の柄を強く握る。フェンリルの三つの穂先は牙の如く。白き騎士は誓いと共に牙を振るい、咆哮を上げる。


 ――この槍は、ナギの牙。シャーリィとアルのための牙。この牙で、二人を守る。

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