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白の進撃 Ⅰ

「よし、終わった……」


 決裁待ちだった書類の最後の一枚にアンリールの王だけが使える王印を押したシャーロックは両腕を高く上げ背中を伸ばした。


 六つの種の【人間】と、魔力を持ち人間に恵みを与える【幻獣】が共に生きる世界、アンリール。アンリールの王が暮らす王城。王の執務室。政が行われるこの部屋で、十六歳のアンリール王シャーロックは朝から広い机の前に座り、溜まっていた未決裁の書類を確認し、ひたすら王印を押していたのだ。


 王印を押す仕事が一番苦手なシャーロックは最初、山になっていた未決裁の書類を眺め、本当に終わるのか、と憂鬱になっていた。書類の確認、そして王印を押す。その作業は強烈な眠気を誘った。集中力など初めからありはしない。

 辛い、しんどい、と思いながらもこの仕事をこなすのは自分がアンリールの王であるという自覚はもちろん、弟のアルフォンスと交わした「アンリールを騎士などいらないくらい平和な世にする」という約束を果たすためでもある。

 初めは憂鬱だったが、それも終わりが見えれば集中力に火がつく。作業のスピードも上がる。そうして一気に駆け抜け、昼前にようやく全ての書類を処理し終えたのだ。

 苦手な仕事を終えたシャーロックにはもう気力も集中力もない。椅子に沈み込み、深く溜息を吐く。決裁処理は終わった。しかしまだやることはある。数日後、財政大臣と共に福祉や医療、道の整備など、民を支えるための事業を行う予算を立てる話し合いをするのだ。その準備をしなければならない。


 財政大臣、ちょっと怖いんだよなあ、とシャーロックは頬杖をついて口を曲げた。アンリールの財政大臣は壮年の女性だ。静かで穏やかだが、的確な意見でシャーロックを突き、困った顔のシャーロックを見ては喉でくっくと笑う。普段何を考えているのかも全くわからない。ミステリアスで不気味。シャーロックは財政大臣にそんな印象を抱いていた。

 財政大臣にまた突かれないようにするためには、念入りに準備をしなければ。そう頭ではわかっているが、肝心なその頭は今考える力を失っている。


「散歩しよ」


 シャーロックの疲労困憊の頭が捻り出した答えだった。

 シャーロックは気分転換のために時々仕事を置いてふらりとどこかへ出かける時がある。長い時で一時間ほど、休憩と称して外に出る。少し散歩をすれば気分転換になる。気分転換をすれば仕事の効率は上がる。それがシャーロックの言い分だった。

 場所は王城であったり、時には街に出かけたり、様々だ。シャーロックは基本一人で出かける。そのため毎回従者であるシェンタオがシャーロックを探しに駆け回るのだ。そして決まってシャーロックを連れ戻すのは弟でアンリールの騎士のアルフォンスだ。アルフォンスに引きずられて王の執務室に帰らされるシャーロックの姿は、一部でアンリールの名物になりつつある。


 よく散歩に出かけるとはいえ、シャーロックは必ず期限までに仕事を終わらせている。アンリールの政は滞りなく行われている。現在アンリールに大きな混乱がなく安寧の時代を維持できているのは、シャーロックがしっかりと王の務めを果たしているからだ。

 シャーロックは紙の切れ端に「シェンタオへ。ちょっと散歩しに行ってくる」と書くと椅子から立ち上がった。シャーロックの足は軽やかだった。



 アンリールの王城は騎士団本部と建物が隣接している。アンリールの平和と秩序を守るのは王も騎士も同じ。業務を連携することも多い。そのために王城と騎士団本部は同じ敷地内にある。


 何も考えずに歩いていたシャーロックだったが、いつの間にか騎士団本部に足を運んでいたらしい。騎士団本部、建物の外にある広い修練場の前を通りがかった。

 修練場では多くの騎士たちが一対一で戦闘訓練を行なっていた。剣がぶつかる音、槍を振るう音、地を蹴る音。激しい音が響く。騎士たちは実戦で使う武器を使用している。本格的な訓練だ。


 アンリールの騎士や傭兵たちが用いる武器は、剣や槍など、刃を持つものは触れたものを傷つけ殺さないよう、刃が研がれていない。その刃は指を滑らせても傷つくことはなく、滑らかだ。そのため剣や槍は武器としては刃物というよりも鈍器に近い。

 基本的に戦闘時は刃のない武器を使うが、人を襲う魔物や野生動物などは殺すことが許されており、それらを仕留める時は刃の研がれた武器を使っても良いことになっている。


 激しい音の中、シャーロックは遠くで白が舞うのを見た。真白の髪。首元にふわりとした毛皮のついた白いマント。白に金の装飾が施された鎧。白い彼は白銀の三叉槍を豪快に振るう。


「ナギ」


 シャーロックは白い彼の名を零した。白い騎士、ナギが三叉槍を相手の騎士に突く。相手の騎士は押されつつも剣で防ぐ。ナギはマントを翻して舞う。ナギの身体の向きが変わる。その視線の先、ナギの翠玉の瞳がシャーロックを映した。狩人の如く鋭かったナギの顔が、シャーロックの姿を確認した途端、一気に破顔した。


「シャーリィ!」


 ナギは片手を大きく振り、シャーロックの方に駆け出した。訓練をする騎士の間を駆け抜け、シャーロックの前に立つ。シャーロックは背の高いナギを見上げる。

 ナギは突然しゃがみ込んだ。形の良い丸い頭をシャーロックの方に向ける。シャーロックにはナギのこの行動の意味がわかっていた。


「よしよし」


 シャーロックはナギの頭に手を置き、優しく撫でた。ナギは気持ち良さそうに目を細め、もっと撫でて、と言うように頭をシャーロックの手に押しつけた。

 先程までナギと訓練をしていた相手の騎士は突然ナギがいなくなり、一瞬きょとんと剣を構えたまま立ちすくんだが、ナギの向かった先に自身の主がいることに気づくと、慌てて剣を鞘に納め、右手を拳にし胸に当てた。

 シャーロックを呼ぶナギの声は他の騎士たちにも聞こえていた。一瞬ざわついたが、アンリール王シャーロックの姿を見ると騎士たちは一度訓練を止め、右手を拳にし胸に当て、シャーロックに向かって頭を下げた。

 シャーロックはひらひらと空いていた手を振った。


「訓練お疲れ様。邪魔しちゃってごめんな。戻ってくれて大丈夫だから」


 シャーロックの言葉に騎士たちは大きく「はい!」と返事をし、訓練に戻った。再び激しい音が鳴り始める。


「ナギも。相手の人困ってるじゃん」


 ナギと訓練をしていた相手の騎士は手持ち無沙汰で困ったようにこちらを見ていた。ナギは首を横に振った。


「もっとやって」

「……じゃあ、あと一分やったら戻れよ」

「うん!」


 ナギは笑って頷いた。懐いた猫のように頭を手に擦りつける。シャーロックは困ったように、されど嬉しそうに静かに笑う。

 ――まさかあのナギがここまで懐くなんて。

 白く形の良い頭を撫でながら、シャーロックはナギと初めて出会った時のことを思い出していた。

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