双子の誓い Ⅱ
リーアの小屋で作った魔石は、鍛冶屋であるリーアの夫の元に届けられた。リーアの夫はアンリールを守る騎士団にも武器を納めている、信頼のおける立派な鍛冶屋だ。どのような魔武器ができあがるのか、シャーロックは業務の忙しさの中でもそのことが気になりそわそわと落ち着きなく過ごしていた。
魔石を作ってから一週間後。ついに魔武器が完成したとの連絡があり、リーアとその夫の鍛冶屋が二人で魔武器をシャーロックの元へ届けた。魔武器は布に包まれていた。細長いそれをシャーロックは手に取り、布を外した。
それは一振りの剣だった。くすみのある鈍い銀色で長さは柄頭から切先まで全長一メートルほどの細身の剣だ。十字になるように鍔は横に伸び、その表面に五つに分けられた大空色の魔石が嵌め込まれていた。剣に飾られた魔石は艶やかに研磨されており、美しく青い光を放っている。
「ありがとう」
リーアとその夫に感謝し、シャーロックは剣を大切に胸に抱き込んだ。
その日の夕方、シャーロックは剣を渡すためにアルフォンスを王の執務室に呼んだ。シャーロックはそこで前王エリックが残した王としての業務をこなしていた。扉がノックされシャーロックが返事をすると、一人の少年が執務室に入ってきた。シャーロックと同じ顔の、長い小麦のような金髪を高いところで結んだ空色の瞳の少年。シャーロックの双子の弟、アルフォンスだ。
「お、来たなアル」
「なんだシャーリィ。業務は終わったのか。それに来週は王位継承式があるだろ。その準備は」
「ああもう、なんだよ。来て早々そういうこと言うなって。相変わらず真面目だな」
アルフォンスの引き締めた顔を見、シャーロックは苦笑した。
シャーロックとアルフォンス、容姿は同じとはいえ性格は全く違う。シャーロックは明るく天真爛漫で、大らかだ。友人も多く、信頼は厚い。対して、アルフォンスは生真面目で自分にも他人にも厳しい面がある。その厳しさ故、近寄りがたい雰囲気を纏っている。
王位を継ぐのはどちらか話し合った際、自分の欠点をよく理解していたアルフォンスは「自分の性格は王となるのに相応しくない」と言い、シャーロックに王位を譲ったのだ。そして自分はアンリールとシャーロックを守る騎士になると、そう強く決意を口にした。
「お前こそ継承式の後に騎士叙任式があるだろ?」
「それもシャーリィの方が大変だろう。手順、間違えるなよ」
「はいはいわかってるよ」
シャーロックは肩をすくめた。
「そうだ、アル。お前に渡したいものがある」
シャーロックは机に置かれた、布に包まれている剣を手に取った。それを両手でアルフォンスに差し出す。アルフォンスは首を傾げた。
「これは?」
「お前の剣だ」
アルフォンスの目が大きく開かれる。アルフォンスは手を伸ばし、差し出されていた剣を受け取った。
「開けてみろよ」
シャーロックは布に包まれた剣を指す。アルフォンスは一度ゆっくり包みを眺めてから、布を外した。鈍い銀色の細身の剣。横に伸びる長い鍔には、五つの大空色の魔石。
「! これ」
「魔石を使って作られた魔武器、魔剣。名前は【テミス】」
アルフォンスは魔剣【テミス】を撫でた。その手が鍔の魔石に触れる。魔石の光がゆらりと揺れた。
「その魔石には守りの願いが込められているんだ。お前が無事に帰って来られるように。お前のために作った剣だ。受け取ってくれ」
アルフォンスは鞘から剣を抜く。刃が陽の光を反射し、アルフォンスの顔を照らす。
「綺麗だ」
「だろ? 最高の職人に作ってもらったんだ」
シャーロックは得意げに口の端を持ち上げた。
「ありがとう、シャーリィ」
アルフォンスは剣を鞘に収めた。そして強い眼差しでシャーロックを見据えた。
「この剣でアンリールを、民を……王のお前を、守る」
「へへ、ありがとう。でもな、アル」
シャーロックは一歩近づき、アルフォンスの胸に拳を当てた。
「俺は王としてアンリールを、民を……そして、お前を守る」
拳の下、丁度アルフォンスの心臓の上。鼓動が伝わってくる。この鼓動を、絶対に止めたくない。
「アル、絶対に生きて帰って来い」
「……」
アルフォンスの青く強い眼差しが一度閉じられる。
「俺は、騎士になる。騎士は常に危険と隣り合わせだ。無事に帰って来られる保証はない。それに」
再び開かれたアルフォンスの青い瞳に映っていたのは、強い決意だった。
「俺は命に替えても、アンリール王のお前を守る。その覚悟はできている」
「それでも」
アルフォンスの言葉を遮るようにシャーロックは口を開く。アルフォンスの胸に置いた拳が震えた。
「それでも、帰って来い。俺より先に死ぬなんて、絶対に許さないからな」
「シャーリィ」
アルフォンスは口を閉ざす。沈黙が暫し流れる。やがてアルフォンスは握った拳をシャーロックの胸に置いた。
「俺に死んでほしくなかったら、騎士などいらないくらい平和な世の中にしてくれ」
「!」
シャーロックは目を見開く。目の前にはアルフォンスの強い眼差し。覚悟と、決意。そして、自分への期待と信頼。
「わかった。俺、頑張るから。絶対に平和な世の中にしてみせる」
シャーロックは力強く頷いた。いつも固い表情のアルフォンスの口元が少しだけ緩んだのを、シャーロックは見逃さなかった。シャーロックはアルフォンスの胸に置いた拳を力強く握り締めた。
――絶対に平和な世の中にしてみせる。アンリールのため、民のため。そして、アルフォンスのため。どうかそれまで、無事でいてくれ。この鼓動を止めないでくれ。創造神エマよ、魔石よ。アルフォンスを守ってくれ。
シャーロックは祈った。強い決意、誓いと共に。
黎明暦五二八年、春。アンリールの王城。王座の間。高貴な緋色に金の装飾が施された王座が置かれ、後ろの壁には創造神エマと、エマの象徴の太陽が描かれたステンドグラスが陽の光に照らされ煌びやかに部屋を彩る。高い天井からは緋色のカーテンと光輝く豪華絢爛なシャンデリアが下がる。
王座の間には王臣たち、そしてアンリールを代表する来賓たちが壁際に立っていた。彼らはアンリールに新しい歴史が刻まれるその時を待っていた。
王座の間の中心には、黒い髪にゆったりとした白い服を纏った一人の少年、そしてシャーロックの姿があった。黒髪の少年の横には装飾の施された小さなテーブル。その上には金と紅い石で作られている太陽を象った髪飾り、イヤリング、アスコットタイのピン、そしてアンリールの紋章が金で描かれた緋色のマントが置かれていた。
「創造神エマは仰られました。黎明暦五二八年、アヴリル《四》の月、十五の日。シャーロック・リオン・ヴェル・フィルリアを新たなるアンリール王とする」
声が変わる前、まだ高さを残す少年の声が、王座の間に響き渡る。
「エマに仕えしこの巫子が、エマに替わりシャーロックに王位継承の儀を行う」
自らをエマの巫子と呼んだ黒髪の少年は横のテーブルに置かれた髪飾りを手に取った。巫子はそれを目の前に立つシャーロックの右の額に、次にイヤリングを両耳に着ける。そして白いアスコットタイにピンを飾った。太陽を象る王だけが身につけることを許された装飾は光に照らされ誇らしげに輝く。
巫子は次にマントを手に取った。太陽を象ったアンリールの紋章が描かれた緋色のマントを、シャーロックの右肩に掛ける。王の装飾全てを身に纏ったシャーロックの前に巫子は跪いた。
「新たなるアンリールの王よ。貴方に栄光がありますように。ハリタ・リタ・シェラン」
王臣と来賓たちは頭を垂れ、巫子に続いて「ハリタ・リタ・シェラン」と祈る。ハリタ・リタ・シェランとは、【エマの聖語】と呼ばれる言語で「どうか栄光をお与えください」という意味だ。【エマの聖語】は、創造神エマと彼女に仕える十二の聖女が使っている言語だ。
神の領域の聖なる言語のため、人間はエマの聖語を完全に理解することはできない。それでも聖なる者たちに少しでも近づきたいと願う時、拙いながらも人間はエマの聖語を使う。王位継承式のような神聖な儀式での祈り。そして時に名前をつける際に用いられる。
「カレナ・フェリス・サイラ・アンリール」
シャーロックの声が響く。エマの聖語で「アンリールに平和と安寧、祝福がありますように」という意味だ。シャーロックの心からの祈りだった。
王位継承式が終わった。次いで行われるのは騎士叙任式だ。
騎士叙任式は春と秋に執り行われる。今年はアンリール王不在の時期があったため例年より少し遅れての式となる。この春に新たに騎士となる者は五人。その一人にシャーロックの弟、アルフォンスがいた。
新たなる騎士は王の前に跪き、誓いを立てる。誓いの言葉を聞いた王はその者を騎士として認め、剣の刃を新たなる騎士の肩に置く。こうして初めてアンリールの騎士として認められる。
シャーロックの目の前、そこには鈍い銀色の鎧を纏ったアルフォンスが跪き頭を垂れていた。
「勇敢であれ。強きを挫き、弱きを守れ。正しき信念を貫け。真を語り、高潔であれ。主に忠誠を示せ」
王座の間にシャーロックの声が響く。
「汝、これを誓うか」
「誓います」
その声は静かだったが、確かに力強く、凛々しかった。シャーロックはアルフォンスの肩に剣、テミスの刃を置いた。
「汝を騎士と認める」
新たなる騎士、アルフォンスは誓う。アンリールとアンリールの民、そしてアンリールの新しい王、シャーロックを守ると。
新たなる王、シャーロックは誓う。アンリールとアンリールの民を守ることを。そして、騎士などいらないくらい、平和な世にすることを。
――待っていてくれ、アルフォンス。必ず平和な世にしてみせる。お前を守ってみせる。
テミスの魔石が、シャーロックの誓いに応えるように青く美しく煌めいた。