7話 桜井遥の評判と念入りな調査
私は今日いつもより早く登校して友人である伊織と話している。というのもあれ以来私の中でわずかばかりだが彼のことが気になっており、その相談を軽く伊織にするためだ。それにしてもまさか自分でもひなのためとはいえ動物園に誘うようなことをすると思わなかった。
「へー!それでその遥くんと今度動物園デートに行くんだー!まさかあの結衣がねぇ…。私も感慨深いよ…。誰の告白も受け入れずに何年も…。」
「だから違うから!デートじゃなくてひなのためで…!さ、流石にひなだけで行かせるのは彼に迷惑だから私もついていくだけ!ほんとにそれだけだから!」
伊織は変わらずニヤニヤした顔で私の方を見ている。こんな顔の彼女は久しぶりに見るけど正直ムカついてる。
「すごいねー!ひなちゃんが心配とかじゃなくて彼に迷惑だからなんだー!少なくとも大事な妹と二人にしても平気なくらいには信用してるんだねー!それも男の子相手に!」
伊織はきゃきゃっと楽しそうに笑っている。
私は自分でも分かるほどに顔が熱くなっている。たしかに言われてみればひなを預けることになんの抵抗もなくなっている。
「うう…だってひなもあんなに懐いてるんだもん…!それに悪い人じゃないのは…私にも分かるよ。ほんとに優しい人だと思うから…。」
ひなの様子を見ても、私から見ても彼は悪い人ではない。それどころか本当に優しい人だと言うのは彼の態度からも雰囲気からも伝わってくる。
「ふーん、それにしても向こうはほんとに結衣だって気づいてないの?気づいてて黙ってるわけじゃなくて?」
伊織は不思議そうに、少しだけ疑ったようにそう聞いてくる。
「うーん…ほんとに気づいてないと思うんだよね…。そ、その…連絡先も交換してるんだけど…反応も薄いっていうか…。特に喜ぶでもなく淡々としてたし…。別に誰かにバラしたりとかもしてないし、なんならほとんどひなの話だけだもん。プライベートな話なんて全くないよ。」
逆にいつもキャップを被って顔を見せないようにしてるの少しは疑問に思わないのかなぁ…。あそこまで顔に興味を持たれないとちょっと悲しいんだけど。
「連絡先まで教えてるの!?それでその反応なら本物だわ…。でもそれって今さら宮島結衣だってバラしたら大丈夫?急にびびって離れてったりするんじゃない?」
「そうなんだよね…私もちょっとそれが心配で…。急に距離取られたりしたら困るしさ…。…ひ、ひながね!ひなが悲しむから!」
私のことを好きだと言ってくれる人もいるけど、苦手だと思っている人もきっと大勢いるだろう。願わくば彼がそうではなくあってほしい。
「よし!とりあえず今日一日桜井遥くんの情報仕入れてみるわ。放課後なら和泉も来れるみたいだしさ。あいつの情報網なら一発よ!」
朝のHRが始まる前に私たちは慌てて教室へと戻っていく。伊織はとにかく楽しそうだ…。
ーー
「と、いうわけで!待ちに待った放課後のお時間です!」
伊織は変わらずに楽しそうだ。和泉も謎に拍手で盛り上げている。反面私の表情は暗い。
「それでは和泉隊員!調査結果を報告してくれたまえ!」
伊織はとにかくノリノリだ。完全に他人事だと思ってはしゃいでいる。和泉もそれに合わせて敬礼なんてしなくていいから!
「調査によりますとね…彼のクラス、A組の女子を調査したんですけどね、評判は上々でした!それでは少しだけアンケート結果を読み上げさせていただきますね。」
そう言って和泉は淡々と話し始める。
『クラスでも派手なグループでは無いが、普通に友達も多い印象。派手な子から大人しい子まで平等に接する姿が好印象!』
『本人は隠しているけど、普通にたまに顔は見えている。はっきりとではないが、それだけでも普通にイケメンだと思う。なぜ隠したがるのか不思議。』
『私が黒板の上の方に届かなかった時に何も言わずに手伝ってくれた。その時ちらっと見えたが、顔は相当なイケメンの可能性あり!私は実はちょっと気になっています!』
『だいたいいつも友人の沢村薫くんと一緒に行動している。背の高い桜井くんと小柄な沢村くんの身長差にキュンとします。明らかに沢村薫くんのことを特別扱いしてる感じがあります。付き合ってて欲しいです。』
『細身かと思うと意外と筋肉があってびっくりした印象。指もすらっと長く綺麗で、そもそもの顔も良さそうなので髪型さえ変えたら大化けするのではないか…。とにかく前髪を切ってみて欲しい。』
「以上が調査結果です!他にもいろいろとありましたが、特に悪い印象を持ってる人もいなかったですね。結論としては人間性問題なし!です!むしろ何人かは本気で狙っている人もいそうでした!まぁみんな髪型については気にしてますけどね。これに関しては私も普通に気になってますから。」
うん長々とありがとうね。どうやってこんなに情報を仕入れたんだか…。それにしても顔か髪の話ばっかじゃない?まぁ和泉が満足げだからいいけどさ…!
ていうか友人と付き合ってて欲しいって男の子と!?
それに結構バレてるじゃん…!隠す気ほんとにあるのかな…。
「もちろんこれはあくまでまとめなので、特に印象がないという人も多かったですから。評判がいいのはクラスでも大人しめの子たちが中心でしたね。あんまり派手めな女子とは交流ないみたいっす。」
「うーん、ここまではなかなか完璧じゃない?性格も良くて、優しくて。妹ちゃんもめちゃくちゃ懐いている。連絡先も交換済み…え?これ何がだめなの?」
伊織はほんとに心底不思議そうな顔をして私の方を見る。
「いや!だからそもそもそういう好きじゃないんだって!別に嫌いじゃないってだけで!ただちょっと彼がどんな人なのか聞いてみたかっただけだから。ほんとにそれだけだから。」
少しだけ沈黙が流れた後に伊織が口を開く。
「へー別に私は結がいいならいいと思うよ。でもさ、もしほんとに好きになったら素直になった方がいいと思うよ。あんたはほら、好きだって言われるのは慣れてるけど好きになった経験ないでしょ?だから心配だなーって。」
伊織は伊織で私のことを心配してくれているのだろう。言い方ややり方が少し特殊なだけで。
「私は一応身辺調査をしただけなので!これからもしっかり調べますから!任せてください!」
和泉に関してはほんっとに楽しそうだね…。ていうかあなたは探偵さんなのかな?結構ちゃんと調べてきてるけど。
「ありがとね、二人とも。まだほんとに好きとかじゃないけどさ、でも少しだけ楽になったよ。」
正直この二人がいなかったら私は学校にも通えていないかもしれない。ひなの面倒を見なきゃで友達と遊ぶような時間も少なかったし、そもそも遊びたいと思うような友達もそこまでいない。この二人は私にとって特に大切な友達なのだ。そう、そこにただ彼も加わったというだけのこと。少なくとも今はそれでいいと思ってしまう。
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