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27話 複雑な気持ち

今日は男子のプールが始まる日だ。遥くんは相当憂鬱だったらしく、珍しくうちに来た時ひなの前でも愚痴をこぼしていた。その後ひなを抱きしめて癒されていたけど、その姿を見てなんだかこっちまで心が和んだ。


「へーまぁたしかに顔隠してるなんて無理だもんね。ってなるとついにご尊顔を見れるってわけだ!本人には申し訳ないけどちょっと楽しみかも。」


「伊織、そういうの本人には絶対言わないでよ、一番嫌がるから。」


伊織にそう注意しつつも内心では私も楽しみに思ってしまっている。

普段からよく見ているわけだし、別に特別なことではない。しかしそれでも学校で見ることができるのはめったにない。

基本的に二人になれた時しか見れないし、そんなタイミングはほとんどないのだから。


「でも私は長距離走嫌なのでそれどころじゃないです…。これならプールの方が良かった…。」


和泉は嘆いてる。私はどっちも嫌だけどまだ長距離走の方がマシだ。あまり泳ぐのも得意じゃないし、視線を感じたりするからなるべく避けたい。長距離も視線を感じ無いわけじゃないけど何枚か着れるからマシ。暑いけど。


ちなみに今日も例によって遥くんのジャージを借りている。


「最近は遥くんとはどうなの?特に問題もなく?」


「んー特に話すようなことはないかな…。揉めたりなんてしてないし。ひなが最近本格的に私より遥くんの方が好きなんじゃないかってことくらい…。」


自分で話してて悲しくなってくる。

前から三人でいる時はだいたい遥くんのそばにいたけど、最近はどんどん遠慮もなくなったというか…。


「順調だねぇ…。びっくりするくらいに順調。」


伊織はつまらなそうな表情で呟いた。

そんな顔されても問題がないんだからしょうがないじゃん。いいことだし!


「ねえ…あれ遥くん…だよね?」


伊織が指さす方を見るとたしかに遥くんがいる。

あの長い髪が帽子に収まるかたしかめるように自分の前髪をいじっている。そんな姿が可愛らしくて少しだけ和む。


けど…あーれ…なんかちょっと見るの恥ずかしいかも…。男子の水着って冷静に考えるとほぼ裸じゃない?そうだよね?これほんとに見ていいの?怒られない?


そんなことを考えていると一瞬彼と目が合った気がする。というか多分間違いなく合った。

私は思わず慌てて目をそらしてしまった。


「わぁー…綺麗な顔してんねぇ…。ほらせっかく手振ってくれてるんだから返してあげなよ。」


伊織に促されて私も小さく手を振り返す。


その横で伊織と和泉は私よりずっと大きく手を振っているので慌ててやめさせた。


「ちょっと!二人とも恥ずかしいよ!てか私に振ってくれたんだから二人はいらないって!ほら遥くん行っちゃったじゃない!」


私の言葉を気にも留めない様子で伊織は続けて喋る。


「いやぁ、ほんとにびっくりしちゃった。そりゃまぁある程度かっこいいのは聞いてたけどさ。ほんとに整ってんね。」


もはや顔よりも身体の方ばっかりに目がいっちゃったのは流石にやばいかな?っていうか水着になること自体は抵抗とかないんだ…心配になるよ…。


「私は顔もそうですけど、身体の方が気になるっすね!もっと細いのかと思ってましたけど、意外と筋肉ありましたね!個人的にはもう少しあるとどタイプですけど。」


和泉とほとんど同じこと言ってる…?い、いやでもこれは誰でも思うって!それに私は顔の方は見慣れてるし!しょうがないよね!?


チャイムが鳴って私たちは慌ててグラウンドへと向かう。今日は初回だから軽くランニングくらいらしい。ありがたい。


それから走っている間さっきあの場にいたらしい数人が遥くんの話をしているのを聞いた。少しだけ複雑な気分。


「あらら、このまま人気になっちゃったりして…。そして家に来てくれることも、会うことすら減っていって…。」


「伊織、ほんとに怒るよ?それからほんとに本人に余計なこと言っちゃダメだからね?」


「じょ、冗談だよぉ…。でも全くない話ってわけじゃないからね、何回でも言うけどさ。まぁ結衣がダメなら後はひなちゃん次第ね。」


伊織は一瞬へこんだような顔をした後に一転して私に注意するような顔になって言う。


「分かんない?彼もともとひなちゃんに会いに来てるんでしょ?じゃあ会いたいって思ってもらい続けなきゃいけないんじゃないかな。まぁひなちゃん側が遥くんを嫌いになったりしても問題だけど。」


少しだけ考えてみる。ひなが遥くんを嫌う姿もその逆も全く想像がつかない。


「ひなが遥くんを嫌いになるとしたらそれこそ反抗期とかになったらじゃないかな。ちょっと見てみたいけどね、反抗期のひなと遥くん。意外と遥くんには反抗しない気がするけど。」


「はぁ…反抗期って…まだ小学生にもなってないんでしょ?あんた何年一緒にいるつもりなの?惚気?惚気話なの?今の。」


そ、そんなんじゃないけど…。でもたしかにここ最近一緒に居すぎて忘れがちだけど、別に昔からのお付き合いってわけでもないもんね…。

きっかけがささいなことすぎて、ちょっとした事で終わってしまう気がしてくる。そうなったら嫌だなぁ…。


「こんなこと言うのも変だけどさ、いまさら遥くんがいないってのもあんまり想像できないかも…。ほんとに変な意味じゃなくてね!普通に…。」


伊織と和泉の二人ともニヤニヤと嫌な顔で見てくる。

別にほんとに変な意味じゃない。ほんとに!


「ていうかめちゃくちゃ男子たちこっち見てない?フェンス越しに集まってるところ見るのなんかちょっと怖いんだけど…。」


伊織が言うようにたしかに結構な人数が集まってる。

少しだけ以前にひなと遥くんと三人で行った動物園を思い出ししまった。ごめんなさい…!


「まぁ遠いからマシだけどね。向こうからしてもこの距離でちゃんと見えてんのかな?私あんまり向こうの顔も分かんないのに。」


「あ、私見えますよ!でもあんまりよく知ってる子とか友達はいないですね。二人が知ってるような相手はほんとにいないと思いますよ。」


和泉はこの距離でもちゃんと顔がわかるらしい。私と伊織はいまいち分からない。


そして和泉でもよく分からない子なら私たちは当然分からないだろうなぁ。


まぁとにかくそんなことを話しながら適当に軽く走っていると授業が終わりの時刻に近づいてきた。


男子も終わってプールから更衣室に戻る途中だったらしく、みんなびしょびしょで戻っていく。


「あ、ねえあれ遥くんじゃない!?…ちょっとあれ私見ていいやつ?ねえ、結衣!見ても怒らない!?」


「い、伊織さん!見てもいいんですよ!だってみんな見てますから!私たちだけ見ちゃダメなんて変な話ですもん!」


プール終わりでずぶ濡れの、それでいて晴れたような笑顔で友達の薫くんと談笑している姿が見えた。


隣でぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を横目に私は彼に小さく手を振る。

目が合った彼はこっちに向けて嬉しそうに微笑みながら手を振ってくれた。

それもいつも学校で見る時よりもずっと優しい笑顔で。


その後すぐに隣の薫くんに話しかけられてそっちの方に行っちゃったけど。


隣の二人は何やら騒いでいたけど、私はそれどころじゃなかった。


うーん…ちょっとかっこよすぎるな…。それにこれはひなには見せられないね、あんまり教育上よろしくない。



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