25話 プール開きの日の雨への期待は異常
「お兄ちゃーん!そろそろ起きなくていいのー?時間やばいよ?…お兄ちゃん?…はる!起きなさい!」
妹の声がだんだんと荒々しくなってくる。
起きなければならないなんてことは分かっているんだ。でも起きたくない…!そんな日がお兄ちゃんにだってあるんです…!
「普通に起きないなら別にいいけど…。知らないからね?」
「ごめんなさい、紬さん。すぐ起きます。」
本気で怒らせると長いし怖い。しぶしぶではあるが俺もベッドを出ることを決める。
「そんなに嫌なら休めばいいんじゃない?でもお兄ちゃんがそんなに嫌がるの珍しいね。」
「…いや行くよ。それにまだ雨の可能性も捨てきれない…!」
「今日の降水確率は0パーセントらしいよ。どんまいお兄ちゃん。」
嬉々としてそう話す。お兄ちゃんそんなにいい笑顔なの久しぶりに見たかも…。
「あ、ちゃんと髪まとめるやつとか持っていきなよ?高校だってドライヤーとかはないだろうし、濡れたら結構面倒だからね。」
「…ありがとね。落ち込んで帰ってきたら慰めてくれよ。」
「はぁ…情けない…。でもまぁその時はしょうがないからいいよ。とにかくもっとシャキッとしてよ。」
すっかり大人になってしまってこうしてうだうだ言っていると怒られる。兄としては少し情けない気もするけど、なんだか成長したんだなと感じて嬉しくなる。
「まぁ紬、お前もなんか嫌なことあったら相談していいからな。じゃないと俺ばっかりお前に頼ってることになっちゃうし。一番は何も無いのがいいけどな。」
「はいはい分かってるよ。いまさらお兄ちゃんに遠慮なんてないから大丈夫。最近はよその妹さんに夢中みたいだけどねー!」
紬はからかったように笑って俺の部屋を出て行く。
「紬ちゃーん?そんなことないからねー?俺は紬ちゃんのお兄ちゃんとしてさ…。ねえ聞いてる!?」
あれ、反抗期…?反抗期なのかな?あんなにお兄ちゃんお兄ちゃんってさあ…!言ってくれたのに…!
ーー
「ってわけでさぁ…!紬のやつ日に日に冷たくなっていくよ…。こんなに溺愛しているっていうのに…!」
登校して早々に俺は薫に今朝の話をする。こいつは相変わらず冷めた目をしてる。特に今日はプールを控えているからかいつもより冷たい。
「紬ちゃんも君に愛されてないなんて思ってないよ。むしろウザイくらいじゃない?年頃の妹さんなんだし、ベタベタされたりするの嫌なんだよ。可愛いのは分かるけどさ。」
「可愛いのは分かるってなんだよ、狙ってんのか?お前だとしても俺は認めないから!あいつに彼氏とかまだ早いから…!」
「そんなこと言ってないけど、あんまりうるさく言わない方がいいよ。そういう父親とか兄が嫌われるって聞いたことあるし。そんなことよりプールでしょ、君なんでそんな余裕そうなのさ。」
そんなことって言ったよこいつ。俺の気持ちなんて分からないんだ…!
紬のことの方が重要すぎてプールとかどうでも良くなってきたかも…。
「もう顔隠すのもやめるからさ、あいつに彼氏とかできないままであって欲しい。これってやっぱりキモイか?嫌われる?」
「さぁ…僕にはなんとも…。でもあくまで僕からしたらキモイよ、ほんとに。あんまり言わない方がいいと思う。」
いつか来るであろうその時に俺は今から怯えている。
「あーめちゃくちゃ晴れてるし…。薫、残念だったな雨降らなくて。」
「ふふふ…僕はもう諦めてる…。昨日夜ほど雨を願ったのも久々だよ。筋トレでもしておくんだったなあ…。大して泳げなくても身体がそれなりなら自信持てそうじゃない?」
口にしたらまず間違いなく怒られるけど、薫は可愛らしい感じだ。細くて、身体も大きくない。顔もどこか可愛らしい感じだから本人は舐められたくないらしい。気持ちは少しわかるけどな。
「俺も昨日は祈ったなぁ…。そのあたりからかな、紬の視線がいっそう冷たくなったの。でもしょうがないよな、嫌なんだから。」
「ほんとにね…なんでこの時期なんだろう…。そりゃ少しは暑いけど、まだ早いじゃん。もうやんなくていいじゃん!」
俺たちは結局ホームルームが始まるまで延々と同じ話をし続けた。途中何人かのクラスメイトとも話したが同じような気持ちのやつは以外に多かった。
なんで女子と一緒じゃないんだって声も多かったけどな。
反対に女子がいると緊張するとか恥ずかしいとかって声も多い。俺もどっちかと言えばこっち派だ。
別に水着に興味が無いとかではないけど緊張はする。
そして大きな声で女子の水着が見たかったと嘆くやつ、こういうやつといると俺までそんなふうに見られそうで困るよ…!
すれ違う女子たちがみんな心なしか冷たい目で見てきている気がする…。
「はるー…とうとう始まるよ…。僕なんか心臓のあたりが痛い気がするんだ…。やめた方がいいよね?」
更衣室まで移動する間うだうだと俺の隣で薫が嘆いている。
「そうだなぁ…もう更衣室まで来ちゃったからな…。とりあえず始まってみてダメなら保健室だな。そんときは俺が連れてってやるから安心しろよ。」
望んだ答えと違うから不満げだ。少しだけひなちゃんを思い出して気持ちが和む。あの姉妹のおかげで俺は気持ちが落ち着いたと思う。
「…その時は頼むね…。」
ゆっくりと更衣室のドアを開けて入る。塩素の匂い?と男の汗っぽいにおいがする。更衣室独特のにおいだ。
「プールって感じだな…。もうここまで来たらどうしようもないからとっとと着替えようぜ。」
しぶしぶ薫も着替える。
さすがに伸ばしっぱなしの髪でプールに入るわけにはいかないし、そもそもキャップは必須だ。後で被りやすいように軽くまとめておく。
「は、遥ってそんな顔してたんだな…ちゃんと見たの初めてかも…。」
話すのは北村慧、俺のクラスメイトで高校でできた友人の一人だ。
「やっぱり違和感ある?なんか隠してたし…。」
「全然!隠してるんだろうなとは思ってたけどさ。お前も変なとこ気にするよな、かっこいいよ。それにお前の中身は知ってるんだから顔なんていまさらだろ。」
純粋に嬉しかった。ほっとしたし、少しだけ後悔した。もっと早く隠すのやめても良かった気がして、友達には。
これもきっと紬や薫に透、そして宮島姉妹のおかげかな。
他の友人も反応の差異はあるものの、否定的な反応はなかった。ただ自分という人間を知っていてもらえたことが嬉しかった。
「自分だけスッキリしてるけどさ…僕の悩みはこれからなんだからね…!一人だけ楽になるのなんて僕は許さないよ…?」
恨めしげに俺を睨む。
「泳げなかったらまた練習しに行こうぜ。暇なときはいつでも付き合うからさ。」
「絶対だからね!裏切られたら結衣さんにも陽向ちゃんにもチクるから。」
こいつは意外と仲良くなったらしく、最近じゃことあるごとにそう言って脅してくる。
「プールに行くまでに校庭を通るってのがもう欠陥システムだよね。終わってるよ。」
文句ばかり言っているがたしかに俺もこれは少しだけ嫌だ。
男子は平気だが、女子の視線はまだ少しだけ苦手かもしれない。
一瞬だけグラウンドのあたりにいる結衣さんと目が合った。
向こうが気づいたか分からないけど、無視するのもあれなので小さく手を振っておく。本人も小さく反応してくれたみたいでほっとした。隣のお友達?の方が大きく反応してて少し恥ずかしかったけど…。
「はるー、だらだら歩いてないで早く!日陰めっちゃ寒いんだから!」
「はいはい、今行くよ!」
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