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10話 自宅に足を踏み入れる権利

動物園からの帰り道、ゆいさんから(正確にはひなちゃん?)から、自宅にお呼ばれされてしまった。そしてとうとう今日がその日である。今日は休日だが自宅にいるとの事で俺は今もらった住所であるマンションを訪れていた。


「でっか…。ていうかこのマンションだったのかよ…。え、俺こんなバリバリの私服だけど大丈夫そう?セキュリティに止められたりしないよな…?」


二人とも育ちは良さそうな感じだったし、まぁ多少の覚悟はしていた。だけどこれはちょっと想定外だったな。まぁグズグズしていてもしょうがない!ここはさっさと行ってしまう方が確実だろう。


俺はエントランスでインターホンを鳴らす。


『はーい!お兄ちゃん!ひなだよ!』


ひなちゃんは開け方が分からないのかインターホン越しに話してはくれるものの肝心のエントランスのドアを開けてくれない。このまま他の住民が来たら変な感じになるぞ…。


『ひーな!お兄ちゃん来たら教えてねって言ったでしょ!ごめんね遥くん、今開けるから!』


ゆいさんがようやく開けてくれたので俺はやっと中に入ることが出来た。


そのままエレベーターで目的の階に行き、とうとう玄関の前まで来た。深呼吸をしてから俺は意を決してドア前のインターホンを鳴らす。


少ししてバタバタと足音が聞こえ、ドアが開いて女の人が出てくる。


「は、はーい。えっと、、どうも…びっくりした?これが素顔…なんだけど…。」


「ご、ごめんなさい…!部屋間違えたかもです…。」


今ドアを開けて俺の目の前に立っているのは宮島結衣。俺でも知ってるあの宮島結衣だ。というか結構な頻度で中庭で告白されてるんだから嫌でも知ってる。てか多分一昨日くらいにも見たよ!


「えっと…間違ってないですよ…!ほ、ほら!ひなもいるし…。」


宮島結衣さんの足元から顔をのぞかせて俺に手を振ってくれている少女は間違いなくひなちゃんだ。俺も小さく手を振り返すものの…全く状況を理解できない。足元の笑顔の少女と目の前の綺麗な女性の関係性が俺の中でどうしても一致しないのだ。


「とりあえず上がらない?玄関先で騒ぐと怒られるからさ…。」


「え、あ…じゃあ失礼します…。」


俺はとにかくこの状況を知られてはならない。クラスの、学年の、学校の男子の大半が少なからず想いを寄せるこのアイドル的な彼女の自宅に足を踏み入れたとなれば…確実に殺される…!


俺は言われるがまま椅子に座り事情を聞かせてもらっている。


「えっと…それじゃあひなちゃんのお姉さんが、結衣さん?…いや確かにゆいさんだけど…!ゆいさんが結衣さん…?」


だんだんと頭がパニックになってくる。じゃああれか、俺はマドンナにスーパーで特売のコーヒーを買いに並んでもらったのか!ファンにバレたら殺される…!


「ま、まぁ私が結衣であることは間違いないです…??その…嫌じゃない?私は遥くんが同じ学校ってことも知ってて黙ってたわけだし…。言う機会もいっぱいあったのに…。」


不安そうに少しだけ上目遣いでそう聞いてくる。いやかわいいかよ…!そりゃアイドルだわ…。


「いやそれは別に…というかむしろ気付かなくてごめんなさい…。えっと…いや知らないわけじゃないですからね!でも…いっつも完全防備だったから…。あ、もしかしてあれって…俺にバレないようにとかですか?」


「ううん、違うの。遥くんにって言うよりも…誰にもバレたくなくて。私はキラキラした生活なんて送ってなくて、毎日妹と一緒に買い物行って、家事して家にいるなんて…とてもじゃないけど言えないもの。だからあの日遥くんが話を聞いてくれたの嬉しかったんだ。それにひなの面倒も見てくれてありがとね。」


やばい…あんまり覚えてない…!ここで覚えてないなんて言ったら幻滅されるか?いやそもそも幻滅するほど俺って期待されてるのか?たしかに境遇に共感したような記憶は少しだけある。


「ふふ、覚えてない?いいんだよ、むしろそっちの方が嬉しいかも。あーあでもスッキリしたー!ずっと遥くんに正体バレるの不安だったから。」


たしかに前まであったような硬さみたいなものはすっかりない気がする。きっと今の方が素なのかな?


「もしさ…私と…仲良くするの嫌だったらいいんだよ?私と仲良くしてたら面倒になるかもみたいなのは薄々分かるから…。あーでもひなには時々会ってあげて欲しいけど…。」


俺は何をやっているんだろうか。ここまで良くしてもらったし、仲良くもなれてきたのにここで態度を変えるというのは最低だ…。


「ゆいさんが結衣さんだったのはたしかに驚きました。でも別にそれで嫌になるとかはないですから。面倒になるかもっていうのは…否定できないですけど…。でも大丈夫です!面倒は慣れてますから!」


なんかイマイチ締まらないけど及第点だろ!そもそも仲良くしてグチグチ言われるなんておかしな話だからな!


「ほんと!?じゃ、じゃあさ…時々こうして家で会えない?ここなら私、変装?しなくていいからさ。毎回じゃなくてもいいから…。」


彼女は少しだけ俯きながら言いにくそうに話すが、今のところ問題が見つからない。強いて言うなら俺が緊張するというだけだ。


「え?あ、はい!全然大丈夫ですよ、むしろお邪魔させてもらってすみません。」


「やった!嬉しいよ。ちょっと緊張してたんだー、もう会えないですーとかってなったら寂しいもん。」


初めて見る結衣さんの笑顔はたしかに強力だ。こりゃファンが増えてもしょうがないかもな。


「終わったー!?お兄ちゃん、ひなの番ね!」


話が終わったと思ったのかひなちゃんはテーブルまで来て俺の膝の上に座った。


「ちょっとひな、まだお話は終わってないよ。向こうで待ってなさい。」


ひなちゃんはガン無視だ。一切お姉ちゃんの方を向かないで俺に話しかけてきている。


「ひーなー?お姉ちゃんの話ちゃんと聞こうね!」


それでもがっちりと俺にしがみついて離れようとしない。


「ひなちゃん、お姉ちゃんと少しお話ししなきゃだけど…静かにしてられる?」


何度も頷いて頭を俺に擦り付けてくる。全く行動原理は理解できないけれど、まぁかわいいし別に邪魔したりもしない。


「結衣さん、このままでもいいですか?一人で待たせるのも可哀想ですし。」


「うーん…まぁひなも今日すごい楽しみだったみたいだから…。ごめんね、ひな。お姉ちゃんのとこ座る?」


「ううん、お兄ちゃんのとこいるから。お兄ちゃんいい?」


俺は頷いて頭を撫でつつも結衣さんの顔を見れない…。俺が逆の立場なら立ち直れないかも…。


「そ、そう…。ご、ごめんねー…遥くん。…重くない?いつでも私の方に返してもらっても大丈夫だからね!」


「いや…全然軽いですけど…。でもやっぱりお姉ちゃんの方がいいだろうし…。」


「やーだー!!」


ひなちゃんは俺のお腹に顔を埋めてしまって首を振っている。


正直気まずい…それにさっきより心なしか結衣さんの顔も暗い。


「あ、あの…なんかごめんなさい。で、でも!ほんとに重いとかってこともないですし!その…気にしないでくださいね…?」


「い、いいんですよー!ひなもすっかり懐いちゃって…!…ちょっと、ちょっとだけ悔しいですけど…!」


わーこんな顔見たことないや…。ていうか結構本気で悔しそうなんだけど…。


「ひなも…遥くんに会えないなんてことになったら悲しむからさ。これからもよろしくね!あ、なるべく迷惑かけないようにするからさ…!」


そう言って少しだけ申し訳なさそうに、それでも嬉しそうに微笑んでいる彼女は学校で見る時よりもずっといい笑顔だったと思う。

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