1話 迷子少女との出会いは唐突に
「宮島結衣さん!好きです!付き合ってください!」
俺は教室の窓からそんな風景を見ている。
「ごめんなさい。」
すごくテンポよく男が振られた。
今日もまたうちの学校ではアイドル的な人気があるらしい宮島結衣に告白し、振られるという一連の流れが行われている。俺はもうこの場面を何回見たか分からない。それでも告白なんてすごい勇気だなと尊敬する。
油断していると彼女と目が合ってしまった。笑顔で小さくこちらに手を振る姿は先ほどまでの彼女と同一人物だとは到底思えない。とはいえこのまま無視すると後で文句を言われるので俺も小さく手を振る。
別に俺と彼女は付き合っているわけじゃない。そうではないが…なぜか俺は彼女と親しくしている。
俺の名前は桜井遥、ごくごく普通の男子高校生だ。特に部活もやっていないし、勉強もそこそこの一般的な学生だと思う。
そんな俺が彼女と知り合ったきっかけも本当にごくごく些細なことだった。
ーー
「今日はティッシュとトイレットペーパーが安い…しかし一人一個までか…紬のやつを連れてもう一回来るしかないか…?」
俺は真剣に悩んでいた。その日はスーパーの特売で、ティッシュとトイレットペーパーが安売りされていたわけだが、俺一人では一つずつしか買えないのだ。わざわざ少し遠くのスーパーまで来たっていうのに…。
悩んでいると足元にぶつかったような衝撃があった。
「いたーい……。えっと、お兄ちゃんぶっつかっちゃってごめんなさい…。」
小さな女の子が俺の足に激突して転んでしまったようだった。
「ああ、ごめんね。大丈夫?痛くなかった?」
慌てて少女を起こしてあげてたずねるが表情は暗いまま。
「大丈夫?どこかぶっつけちゃったかな…。保護者の人…えっと、お母さんとかは一緒かな?」
少女は泣きそうになりながら首を横に振った。
「お姉ちゃん…どっか行っちゃったの…。離れちゃだめって言ったのに…。」
多分はぐれたのはこの子の方だろうけど…でもとにかくお姉さんがいるならよかった。
「んーじゃあお姉ちゃん来るまで一緒に待ってようか?お名前聞いてもいいかな?」
とにかく一人で不安だったのか、一緒にいるか聞くと笑顔で頷いてくれた。さっきまでとは人が変わったように明るくなる。
「ひなはねひなたって言うの!ひなのことはねお姉ちゃんはね、ひなって呼ぶ!」
いい子なんだけど警戒心が薄いと思うよ…。別に俺が何かするわけじゃないけどさ…。
「ひなたちゃんはお姉ちゃんと二人で来たの?ここって結構広いからはぐれると探すの大変かもなぁ…。」
ここはスーパーではあるが、そもそもが広いうえに100均があったり、他にもいろいろなお店がある複合施設にのようなものに近い。だからせめてスーパー内にいてくれるといいんだけど…。
「もう会えない…?お姉ちゃんひなのこと置いてちゃった?」
俺が余計なことを言ったからかしゅんとしてしまった。俺はとっさに頭を撫でて落ち着かせる。
「大丈夫だよ!お姉ちゃんには絶対会えるから。それに会えるまで俺も一緒だからね。」
「お兄ちゃん、お買い物はいいの?ひなじゃまじゃない?」
「もちろんだよ。お姉ちゃんと最後に一緒にいたのはどこなの?」
ひなたちゃんは俺の手を握って案内してくれる。100均を見た後にスーパーに買い物に来たのだが、アニメのキャラクターの商品が気になって戻ってしまったらしい。そこからはぐれたというのでおそらくはスーパーか100均のどちらかにいるだろう。
「とりあえず100均まで来てみたけど…お姉ちゃん見える?俺はほら、ひなたちゃんのお姉ちゃん知らないから…。」
首を振っているし、思えばひなたちゃんの身長だとお姉ちゃんを探すのは大変かもしれない。
「たかーい!お兄ちゃんすごいね!ひなこんなに高いの初めて!」
俺はひなたちゃんを肩車して視線を高くすることにした。これならこっちからも見つけやすいし、向こうからも見つけやすいだろう。我ながら名案だと思う。
「どう?お姉ちゃんいそうかな?てかお姉ちゃんってどんな感じの人?」
「んーお姉ちゃんはきれいでかわいいよ!いつも優しいしー、ひなのことかわいいって言ってくれる!」
聞きたい情報は何一つ分からないけど…まぁこれは子どもだからしょうがないな。とにかく俺に出来ることはお姉ちゃんがひなたちゃんを見つけてくれるように願うことだけだ。
その後リクエストに応えてアニメのキャラクターのシールなんかをしばらく見てからもう一度スーパーの方に戻ることにした。
いやお姉ちゃんとはぐれたのにシールが見たいっていうのはすごいメンタルだな…。子どもってみんなそうなのかな?
「お姉ちゃんいない…もう帰っちゃったのかな…。」
俺の頭の上でひなたちゃんが泣き出しそうなので慌てて下ろして泣き止んでもらえるように頑張る。
「ここは広いからねー、今度から絶対お姉ちゃんから離れちゃダメだからね?次は今度こそ一人になることもあるんだからさ。」
「お兄ちゃんもいないの?もう会えない?」
純粋な視線をこちらに向けてくる。そりゃ俺は他人、さっきまではほんとに知らない人なんだから当然会えないだろう。でもそれをこの状況で伝えるのはかえって不安にさせるだろうな…
「うーん…もしかしたらまた会えるかもね。俺もたまにここ来るしさ。」
なんかよく分かっていない様子だけど頭を撫でてごまかしておくことにした。
「ひな!あんたこんなとこいたの!?大丈夫なの!?」
後ろの方から悲鳴に近いような声で呼ぶ声が聞こえる。
「お姉ちゃんだ!ひな大丈夫だよ!」
ひなたちゃんもおそらくは姉だろう人物の元へと駆け出した。
「あんたあんまりうろちょろしたらダメだって言ったでしょ!一人でいたら危ないんだから!」
「うう…ごめんなさい…。でもはぐれたのはひなじゃないもん…。」
この子は間違いなく大物になると思うよ。確実にはぐれたのはひなたちゃんだからね。絶対認めないけど…。
「その…ひな、妹を見ててくれてありがとうございます…。でももう大丈夫なんで、ありがとうございました。それでは失礼します。」
それだけ言い残すとひなたちゃんの手を引いてお姉ちゃん?は帰っていってしまった。
ひなたちゃんは何度もこちらを向いて笑顔手を振ってくれるので俺も笑って小さく手を振った。
「あー…ティッシュとトイレットペーパーだけ一緒に並んでもらえばよかった…。」
そしてこれが俺と宮島結衣との最初の出会いである。
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