すき焼きのエース(童話)
たけしくんは少年野球チームに入っている小学5年生。あす隣町のチームと試合があります。おかあさんは試合の前の日、いつもたけしくんが大好きなすき焼きを作ってくれます。今夜もすき焼きです。夕飯の準備をしているおかあさんのそばでたけしくんがつぶやきます。
「すき焼きの中のお肉は鈴木くんだね」
おかあさんは不思議そうな顔をして、「どうしてそう思うの?」と尋ねます。
「お肉はすき焼きのエースでしょう。鈴木くんはチームのエース。そのうえ、バッティングもチームで一番なんだ。それに比べて僕は…」とたけしくんは少し寂しそうです。
鈴木くんはエースで4番、スーパースターです。たけしくんは鈴木くんにあこがれています。自分は試合に出たり出なかったりです。
お母さんは少し考えてから、やさしく言います。
「ねぇたけし、すき焼きのお肉だけ食べてみる?」と言って、すき焼きの汁の中にお肉だけを入れて、煮始めます。グツグツと音をたてて、お肉が煮あがりました。
「さぁできたわ。どうぞ」とおかあさんがお皿にお肉をのせてくれます。
たけしくんは「いただきます」とお肉をほおばります。
「おいしい?」とおかあさんがたけしの顔をのぞきこんで聞きます。
「おいしいけど、いつものとは違う…」とたけしは首をひねります。
「じゃあちょっと待っててね」とおかあさん。今度はお肉の上に焼き豆腐やネギ、しらたき、エノキダケ、シイタケ、シュンギクをポンポンと置き、グツグツ煮込みます。そのうちにおいしそうな香りがあたり一面に漂よい始めます。
「お待たせ、たけし。できたわよ。召し上がれ」
たけしくんは元気よく、まずお肉からぱくり。
「うわ~、さっきのお肉と全然違う。おいしい! やっぱりすき焼きのお肉はこれだね」
パクパク、モグモグ、肉に続いて焼き豆腐にネギ、しらたき、エノキダケ、シイタケ、シュンギク…次々とはしでつかんでは口に運びます。
たけしくんはおかあさんに尋ねます。
「ねぇねぇおかあさん、さっきよりお肉がずっとおいしくなっている。どうして?」
おかあさんはにっこりして、答えます。
「それはね、野菜のうまみがおなべのなかで混ざり合って、お肉の味を引き立てるのよ。それは野球だって同じこと。鈴木くんひとりだと試合もできない。たけしをはじめ、チームの仲間がいるから鈴木くんは活躍できるのよ」
それを聞いたたけしくんの顔がパッと明るくなりました。
「おかあさん、あした頑張るよ。試合に出られなくても、鈴木くんたちを一生懸命応援するよ」
たけしくんの頭の中はもうあしたの試合のことでいっぱいです。