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Take On Me 2   作者: マン太
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6.暗雲

 午後の撮影が終わり、さて片付けを──と思っていると、仕事用の端末が鳴った。

 見れば真琴からだ。仕事中にかけて来るとは珍しい。


「どうした?」


『済まないな、タケ。今、大丈夫か?」


「ああ。一段落した所だ。で?」


『大和から──連絡はあったか?』


 真琴のいつになく緊張した声音。その一言に不安がよぎる。


「…いや。帰ってないのか?」


『ああ。先に亜貴が帰っていたんだが、いなかったようでな。暫く待っていたようだが帰って来ないし、電話も出ない。送ったメッセージにも既読が付かないそうだ。それで、お前の所に何か連絡は来ていないかと思ったんだが──』


 急いでプライベート用の端末を見れば、亜貴からの着信が数件あったが、大和からはない。


「──無いな」


『そうか…。俺も大和に送ったが同じでな。祐二君に連絡したんだが、別れたのは二時過ぎで、家の近くのスーパーで降ろしたそうだ。その時は普段と何も変わらなかったと…』


「何か…あったな」


『思い当たる節は?』


「いや…。あいつ自身が原因で何かに巻き込まれる可能性は低いな…。あるとすれば、──俺か…」


 思い当たる節はある。

 そう話していたところに着信を知らせる表示が入った。見れば『非通知』設定の番号。良すぎるタイミングに嫌な予感がする。


「済まない。他の電話が入った。…警察にはまだ連絡しなくていい」


『…わかった。後で詳細を知らせてくれ』


「ああ。必ずする…」


 大和を思う気持ちは皆変わらない。何が起こっても真琴らに隠すつもりはなかった。

 直ぐにかかってきた電話に応じると、聞き知った声がする。


『おう。出たか…。岳』


 岳はひとつ息を吐き出すと。


「古山さん…。番号を教えた覚えはありませが?」


 組から抜けた時点で以前の端末は処分していた。連絡先も以前の関係者は知らないはず。

 楠をはじめ藤や牧にはプライベートの端末の連絡先と、家の固定電話の番号を知らせてはあった。そこから漏れる事はまずないと思っている。

 そのプライベートの端末に外部のものがかけて来るはずがない。


 何処で知ったのか。──いや。無理やり知ったのだろう。


『…ちょっと探らせてもらった。彼の端末からだ…。ええと、なんて言ったか…。そうそう、宮本大和──だったな?』


 わざとらしい口調だ。


「大和はそこにいるんですか?…なぜこんな事を?」


『──まあ、会って話そう。その間、彼は無事だ』


 それは、話している間は──と言う脅しだ。答えによっては危害加わる可能性がある。


「…わかりました。どこへ行けば?」


『物分りが良くていい。今から三十分以内にうちの事務所に来い。本部だ。お前一人でな。下手に動けば彼がどうなっても知らんぞ』


「分かりました…」


 岳は通話を切ると、端末をぎりと握りしめた。


 もっと、注意しておくべきだった…。


 古山は敵と見なせば容赦ない。それは現役時代、いやというほど目の前で見せつけられてきた。

 言われた様に下手な動きを見せれば、大和が無事な姿で戻って来ることは保証出来ない。

 今更後悔しても始まらない。直に対応を考えねばならなかった。


 大和に手出しはさせない──。


 事の次第を真琴に連絡した。


+++


「真琴!」


「亜貴、どうした?」


 夜七時過ぎ、帰って玄関ドアを開けるなり、制服姿の亜貴が飛び出して来た。廊下でずっと待っていたらしい。


「大和、帰っていないんだ。学校から帰って来て、部屋中見て回ったけど何処にもいなくて。いつもなら夕食準備してるのに…。端末に連絡したけど電話も通じないし、メッセージも読まれないし…。仕事中だから兄さんにも繋がらなくて」


「わかった。とりあえず落ち着け。シャワーも浴びて着替えて来るんだ。岳には俺から連絡する。簡単なものも作るから、いつも通りに。な?」


 ポンと軽く頭を叩くと、ようやく亜貴は落ち着きを見せたが、不安気な様子は変わらない。


「…わかった。大和、大丈夫だよね?」


 以前の記憶が有るのだろう。真琴は笑みを浮かべると。


「大丈夫に決まってる。俺も岳もいるからな。祐二に連絡してみる。もしかしたら、あいつの家にいるかも知れない」


 しかし、大和が何の連絡もなしにそういった事をしないのはわかっている。誰にも連絡しないのはありえないのだ。

 突然、姿を消したあの時以外。

 以前、岳とその元恋人、紗月との関係を誤解し、姿を消した事がある。


 あれは──仕方ない事だったからな。


 自分も同じ目に遭えば誰にも連絡を取りたく無くなっただろう。

 ただ、今回は何の理由も思い当たらない。


 もしあるとすれば大和ではなく──。


 案の定、岳に連絡すると、どこか思い当たる節があるのか、声は思案気だった。

 あるとすれば、岳の関係が強いだろう。今の岳ではなく、過去の岳の関係だ。

 キッチンで軽食──朝食で余った鶏胸のハムとレタスで作ったサンドイッチ──を準備していると岳から連絡があった。


『真琴、今から古山の事務所に行って来る』


「古山? 古山#宗辰__むねとき__#か。お前の事を買ってた奴だな…」


『大和は奴の所に捕まっている。下手に動いて奴に知られると大和が危ない。話が終わったらまた連絡する。大和は連れて帰るから安心しろ。亜貴にもそう伝えてくれ』


「わかった。お前も無茶するなよ?」


『分かってる…。俺はこれでしばらく話ができなくなる。楠に連絡を入れておいてくれるか? 古山に気をつけろとだけ伝えてくれ』


「それだけでいいのか?」


『ああ。分かるはずだ。じゃあな…』


 それで通話は切れた。冷静に話している様には思えたが、内心は腸が煮えくり返っている事だろう。岳にとって大和は鬼門だ。触れてはならないと言うのに。

 古山はそれがどれ程危険なことか、理解してはいないだろう。

 亜貴がシャワーを浴び終えリビングに戻って来る頃には、夕食の支度もすませていた。

 真琴はエプロンを外すと、リビングのソファに座る。

 スーツの上着は脱いでいるが、まだ着替えてはいなかった。なにが起こるか分からない。いつでも出られる様、しばらくこのまま待機するつもりだった。

 先ほど正嗣への連絡は済ませてある。岳の言った通り伝えれば、そうかとだけ言って、こちらも切れた。

 元々口数の少ない男だ。それでも人情に篤い男で、いつも岳を心配しているのは分かっていた。古山と違って人間が腐ってはいない。


 これからどうするか。


「大和から連絡は?」


 しっかり乾ききっていない髪が、亜貴の動揺を示している。大和が見たら、ちゃんと乾かせと怒り出す所だ。


「大和からはないが、岳からはあった。昔の知り合いと会って話して来るそうだ。大和も連れて帰ってくると言っていた」


「昔って…。まさか、組の?」


 真琴は苦笑すると。


「なかなか切れるのは難しいんだろうな…。俺の所も結局、個人的にそういった類の仕事が舞い込んでくる。まして岳は組長にとまで言われた男だ。辞めたからと言って、すぐに切れるものでもないだろう。だが…」


 切らなければならない。これからを考えればなおさら。


「父さんに、…言う?」


 亜貴の問いに真琴はため息をつく。助けを求めるなら今はそこしかない。


「…そうだな。岳は嫌がるだろうが。大和のためにも使える手は何でも使った方がいいだろう。俺が連絡しておく。亜貴は夕食を食べていつも通りに過ごすんだ」


「って、俺だけ? 俺だって何か──」


 真琴は真剣な眼差しを向けると。


「ここでもし、亜貴まで巻き込まれるようなことになったら身動きが取れなくなる。そこまで古山もバカじゃないから大和を狙ったんだろうが…。亜貴は動かない方が賢明だ。用心するに越したことはない」


「…分かった。俺は自分が非力だって分かってる…。だから余計なことはしない。代わりに、大和のこと頼む」


「任せておいてくれ」


 亜貴の気持ちは痛い程分かる。大切な者の危機に何ら役に立たないと言うのはきついことだ。

 ぽんぽんとその肩を叩き、真琴は鴎澤潔へ連絡するためリビングを後にした。


+++


 電話口に出たのは三嶋(みしま)波瑠子(はるこ)だった。鴎澤(きよし)の元恋人で、岳の母でもある。

 いわゆる未婚で生んだのだが、認知はされていた。岳と幼馴染の真琴は自分の母のように波瑠子と接している。

 今は潔の側にいて、その世話をしていた。


『真琴? どうしたの?』


 真琴からかけてくることは珍しい。波瑠子が不審がるのも仕方のないことだろう。


「今日は潔さんにお話があって…」


『岳の事ね…』


 波瑠子はため息をついたあと。


『実は少し前にも楠から連絡があったの。岳の事とは言わなかったけれど、すこしこの界隈に波風が立つかもって。それをわざわざここへ言いに来たってことは、岳が関わっているからでしょう? …潔さんも何か考えてはいるようだったけれど。とにかく変るわね』


 暫くして電話口に潔が出た。


「ご無沙汰しております。組長。早速ですが、岳の事で──」


『ああ、楠からそれとなく聞いてはいる。組長はもう止めろ。──潔でいい』


 どこか笑んだ声に、真琴も肩に入っていた力を抜くと。


「そうさせていただきます。…それで、岳の事なのですが、実は古山がちょっかいを出してきている様で。今、その古山と話に向かっています。ただ、岳自身だけならいいのですが、そこに大和君も巻き込まれたようで…」


『あいつが考えそうなことだな…。俺にどうして欲しい? とは言ってもできることはもう少ないが』


「岳の事は自身で解決するでしょう。ですが、大和君まで巻き込むのは。彼がこれ以上使われないようにしたいんです」


『わかった。手を打とう。大和君には世話になった。今もな…』


「そうですね。私たちはみな、大和君に救われていますから」


 電話口の向こうで潔が笑う。岳をはじめ亜貴も真琴も。大和のお陰で日々を楽しく過ごせているのだ。


『すぐにとはいかないが、今後は大和君に害がないようにする。…ただ、古山はいいにしても、あいつの所の若衆は柄が悪い。突っ走る可能性はある。気をつけてくれ…』


「有難うございます」


 それで通話は切れた。潔は信頼していいだろう。ただ、今回は自力で大和を救わなくてはいけない。岳の腕にかかっているのだ。


 岳、なんとか頑張ってくれよ。


 そうは言っても何もせずに待っているつもりはなかった。

 再び今度は楠の部下、玉置に連絡をいれると、古山の動向を探った。

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