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Take On Me 2   作者: マン太
8/33

8.登山

 その日の山登りも無事に終わった。

 天候にも恵まれ、山頂でお弁当を食べ、昼過ぎに下山する。

 人気の低山だったけれど、平日を選択したためそれほど人は多くなかった。

 途中、緑のトンネルや深い静けさに包まれる森林の中を歩き、十分満足できる登山となる。

 祐二に言わせると、登山とまでは行かないらしいが、俺と大希にとってはちょうどいいくらいで。

 下山途中、ようやく緩やかな下り坂になった所で、前を行く祐二に声をかける。


「祐二は雪山も岸壁も登るからなぁ。怖くねぇのかよ?」


「怖いさ。怖いけれど、それ以上に楽しいと思えるから登ってる。達成感だろうな。征服したって言う…。岩登り今度やってみるか? 結構楽しいぞ」


「うーん。まずはボルダリングからだな…。大希は興味ある?」


 俺の背後、付かず離れずついてくる大希を振り返る。


「そうだなぁ。今はまだ低山を楽しみたい感じかな? ボルダリングは楽しそうだけど…」


「お! じゃあさ、また時間作ってやってみようぜ。祐二が良く行く所あるんだろ?」


「ああ。けど、簡単なのならうちの店にもあるぞ」


「あ! あった、あった! 今度試してみようぜ」


「シューズも使うものは全部、無料で貸してるから。試しにやって楽しかったら本格的にやってみればいい」


 祐二がそう言いながら振りかえった。と、一瞬、その表情に怪訝なものが浮かぶ。

 その視線は俺を通り越し、背後に向けられた気がしたが──。

 なんだ? と思った瞬間、いつもの祐二の表情に戻り。


「さ、送ってく。先に大希君だな」


 駐車場に着くと、来た時と同じように祐二の車に乗り込んだ。


「ありがとうございます。俺、ちょっと寄って行きたい所あるんで、途中で下ろしてもらってもいいですか?」


「分かった。近くなったら言ってくれ」


「はい。有難うございます」


 にこりと笑った大希はリュックを抱え、後部座席に乗り込んだ。俺は祐二の隣、助手席に乗り込む。


「あ! 祐二。俺も買い物してから帰りたい。途中で降ろして貰えるか? 家の傍のスーパーに行きたいんだ」


「了解」


「大和、荷物こっち」


「ありがと」


 抱えていたリュックを後部座席の大希に手渡し、とシートベルトを締めほっと息をつく。

 座ると結構身体が疲れていたことに気が付いた。ついでに瞼も重くなって。

 発車して暫くすると、ハンドルを握っていた祐二がそんな俺を見てクスリと笑った。


「大和、寝てていいぞ? ──てか、ほんとそういう所、子どもみたいだな?」


「…うっせ。子どもは余計だ」


 言いながらも、重たくなった瞼を開けている気力はなかった。


+++


 助手席の大和が睡魔に勝てず眠ると、祐二はちらと視線を後部座席へと向けた。

 大希は端末で何か連絡を取っているのかゲームでもしているのか、その手元が今どきの若者よろしく素早く動いていた。

 祐二も端末は使うが、連絡と検索以外、ほとんど使っていない。


「大希君はもともと山に興味があったのか?」


 それでも声をかければ、大希は端末を一旦おいてから。


「ええ。まあ…。前から気になっていて、そしたら大和が山小屋で働いていたっていうからそれならって。辛いけど、楽しいですね?」


「そうか。良かった。下山途中、結構しんどそうだったから心配したんだ」


 大和と話しながら振り返った時、その背後を歩く大希の表情がどこか思いつめたような顔になっていたのだ。

 なぜそんな顔をしていたのか。単に疲れているだけにしては深刻で。

 信用出来ないほかに、何処か別の意味で気になった。


「…いや。大丈夫です。ありがとうございます。気にしていただいて。てっきり、嫌われてると思ってました」


「…どうしてだ?」


 そんな素振りを見せたつもりはないが。


「いや、大和にくっつくとどこかキツイ顔になってましたから。警戒されているなって。俺、大和のことは友達としてしか見てません。…安心してください」


 祐二は前方を見つめたまま肩をすくめると。


「そうか? まあ、大和にはつい過保護になっているんだろうな…。気をつける」


 そんなつもりはなかったと言って見せるが信用したのか。それでもとりあえず、大希は笑って。


「俺もそんな気がしただけで。岳さんにも大丈夫って伝えておいてください」


「わかった…」


 祐二はそう返事を返したものの、言葉通りに受け取るつもりはなかった。案外、初めの勘は当たるものだ。

 一時間ほどして街中に戻ってきた。駅の近くになると大希が声を上げる。


「あ! 俺ここで降ります! すみません」


 その声に大和も起きて寝ぼけ眼で大希を見やった。ドアを開けて降りようとする大希に。


「帰んのか?」


「うん。また連絡する」


「気を付けてけよ?」


 大和の言葉に大希は手を上げて答えると、笑顔で車を見送った。


「ん…。良く寝た…」


 助手席でぐぐっと伸びをする。


「大和、一度寝たらなかなか起きないよな?」


「そ。この前も大希の車で家に到着するまで爆睡してた…」


「…へぇ」


 大和の行動は間違ってはいない。男友達の車でうたた寝をした所で、なんら警戒する必要はないのだから。けれど。


「俺や岳先輩の車では寝ていいけど、他は止めといたほうがいい」


「ん? なんでだ?」


「岳先輩が怒るだろ? 大和の寝顔をそう簡単に晒すなって。岳先輩には可愛く見えるらしいからな?」


「…んだよ。それ」


 頬が赤くなる大和は実際、反応がいわゆる『可愛い』のだが、祐二はあえて言わない。

 岳以外にそう言われると本気で怒り出すのだ。

 山小屋で働いていた時も、小柄な大和をマスコットの様に先輩らが可愛がっていた。

 あまりに可愛いを連発されるため、最終的に怒って追い掛け回し、ムエタイの練習だと言って、容赦ない蹴りを尻目掛け見舞っていたが。


 本人に自覚はないからな。


「とにかく、やたらと寝るのは止めろよ?」


「分かった…」


 ぶうと頬を膨らますようにして、大和は腕を組んだ。と、あっと声を上げて。


「祐二、そこの交差点手前で降ろしてくれるか?」


 気がつけば寄りたいと言っていたスーパーの側まで来ていた。


「帰りはどうする? 送ってくけど?」


「いいって。今日は疲れたろ? ここから家近いし大丈夫」


「分かった。じゃあ、気をつけて」


「おう! 祐二も、今日はありがとな」


 そう言って大和は車を降りる。

 子どものように大きく手を振る大和をミラー越しに見ながら祐二は笑った。


+++


「さて。行くか」


 降りてすぐのスーパーで買い物を済ませ、歩き出す。

 買ったのは少しだけ。大量に買うのはいつも週末にしているから、途中で足りないものだけを購入するのだ。

 バナナとヨーグルト、バターに岳の好きなピーナッツクリーム。あと少しで終わるところだったから買っておかねば機嫌が悪くなる。


 なくて拗ねる岳を見るのも楽しいのだけど──。


 それは意地が悪いと言うものだろう。


 今日の夕飯は、鱈だったよな。どうすっかな? ホイル蒸しもいいけど、餡掛けもいいよなぁ…。


 あれこれとレシピを考えていると、


「あ! 大和?」


 突然、呼ばれてそちらに顔を向けた。

 見れば大希が車のウィンドウ越しに顔をのぞかせていた。信号が赤になって停車した所。


「あれ? 家に帰ったんじゃ…」


「そう。帰ったんだけど、疲れたから日帰り温泉行こうかと思って。大和は?」


「買い物があって──って、もう行けよ。信号、青になるぞ?」


「いいよ、大和乗ってけよ。送ってく。ついでだし」


「んん~」


 信号はあとわずかで変わるだろう。待たせるのもどうかと思い、急いでその助手席に飛び乗った。

 大希はあの後、すぐに家を出たのか、別れた時の登山帰りの服装のままだ。


「あんがとな?」


「いいって。これから帰って夕食の支度?」


「ん。まだちょっと時間あるけどな?」


「じゃあ、一緒に温泉行かない? ここから直ぐだし。どうせ帰ってシャワー浴びるんだろ?」


「そうだけど…。んんん」


 悩む。夕食準備までは二時間ほど余裕があった。疲れた身体に温泉は非常に惹かれる。

 ただ、どこかへ出かける時はいつも前もって岳に伝えているのだ。こう突然だと連絡している間がない。


「一時間もあればすむし。行こ」


 その言葉に背を押され、俺は頷いた。一時間程度なら、後から伝えても問題ないだろう。

 

「…わかった。じゃ、行く!」


「やった! 色々話し足りなくてさ。良かった」


 そうして確かにすぐ近くにあった、日帰り温泉施設に向かい、小一時間ほどそこで過ごした。混んでいなかった為、意外にゆっくりと出来る。

 広めの内湯と小ぶりな露天風呂──と言ってもそこは街中。僅かに三角に切り取られた空が見える程度だが──のあるそこは、ある程度時間は感じさせるものの、こじんまりとして清潔感のある温泉だった。

 ちなみに温泉は最寄りの温泉地から運んでいるらしい。

 その内湯に浸かりながら。


「…大和、思ってる以上にいい身体してるね? 服着てる時は気づかなかったけど」


 言われてお湯の中から腕を出し、眺め回す。確かにブヨブヨはしていない。

 元々痩せていたせいもあるが、余分な脂肪をつけたくとも、昔は付ける為の元がなかったのだ。

 そう言う大希もかなり引き締まって見える。


「そうか? って、大希も結構、鍛えてるんだな? そっちも意外」


「なんだよ。バーテンは動かないって?」


「ンなこと言ってねぇって。なんとなくイメージがさ。色白いし綺麗な顔立ちだし。繊細な奴だろうなって思ってたから、こうアクティブな感じがしなくてさ」


「うーん。繊細って言われたのは初めてだな。気が強そうとか、本心が見えないとかはあるけど…」


「へぇ? 大希、意外と思ってること、顔に出てるけどな?」


 そう言うと、大希が驚いた様子。


「ほんと?」


「ほら、今も。だから色々、気になる事もあるんだけどさ…。ま、俺の方がわかり易いけどな」


「だね。大和ほどわかり易い奴、いないよ」


「ううーん。会ってまだ時間の経ってない大希に言われるとは…。俺も相当だな」


 腕組みして唸った。


「相当だよ」


 大希の言葉を合図に互いに笑い合う。

 と、さてそろそろ上がるかと立ち上がった所で、大希が、ん? と首を傾げた。


「その、お腹の傷。…どうしたの?」


 視線の先、腹部には消えない白く浮いた跡がある。あの時の辛い記憶が一瞬、蘇った。

 俺の若干困惑した表情を見て咄嗟に大希は。


「あっ、て何かの手術痕? 言いたくなければ聞かない。デリカシーないね。ごめん…」


 俺はどう説明したらいいのか悩んだだけで。聞かれる事自体に嫌悪感はなかった。

 俺は一番端的な返答をする。


「いいや。ちょっと事故で怪我…したんだ。当時は大変だったけど、今はなんともない。傷痕、派手だもんな?」


 笑って頭をかくが。


「そっか…。ごめんな。聞いちゃって…」


「気にするなって。大した事じゃない」


 それでも、大希はバツの悪そうな顔をしていた。まあ、腹にこんな傷痕があれば誰だって気になるだろう。


「さ、そろそろ上がろうぜ」


「…うん。だね」


 上がれば、丁度いい時間になりそうだった。


 帰り、再び大希の車の助手席に乗り込む。

 シートベルトを締めて一息ついた途端、どっと睡魔が襲って来た。温泉効果もある。


 やば。これは絶対、爆睡コース…。


 祐二の指摘するように、すぐに眠くなるのだ。これでは子どものようだと笑われても仕方ない。


「大和、これ飲んでみる?」


「何…?」


 重くなってきた瞼を向けた先、大希が差し向けてきたのはステンレスボトルだ。


「中にハーブティー入れてるんだ。今日の登山用に多めに作ったから余ってて。まだ口付けてないから。冷えてておいしいよ?」


「ん、じゃ、貰う…」


 既に襲って来ている睡魔を意識しながら、受け取ったボトルに口をつける。

 よく冷えたそれは、口に含むとスッとした味が口内に広がって、温泉で火照った身体に心地良かった。


「好きなだけ飲んじゃって。まだあるんだ。心配性でさ。沢山作っちゃって」


 言われるまま、遠慮なくガブ飲みしてしまう。


「ん。美味しかった…」


 水筒を返すといよいよ眠気が襲ってくる。これはもう抗えない。祐二の忠告が頭を過ぎったが勝てる気はしなかった。


「大和、眠そうだね? 着いたら起すから寝てっていいよ」


 大希の笑んだ声。

 眠る前に先程言い忘れていた事があったと思い出す。


「寝る前にさ、ちょっとだけ…。さっき、言い忘れて」


「言い忘れ?」


「ん。気になること」


 俺は大希の視線を頬に感じながら。


「…大希ってさ。結構、寂しがりだろ?」


「なに? 急に──」


「ずっと気になってたんだ。俺もそうだったから分かるンだけど…。大希、俺と祐二が喋ってる時、寂しそうな顔してた。今までもさ…」


「今までも…?」


 俺はシートに身を沈め頷く。


「会ってる時、時々そう言う顔、してた…」


 意外な顔をする大希に言い切ると、困惑した様子。


「そう、かな?」


「そうだよ」


 大希はますます困惑の色を深める。


「俺さ。最近、考え方変えたんだ…」


「考え方?」


「うん。俺もちょっと前まで寂しくってさ。岳となかなか一緒にいられなくて。大希も見てたろ? …そういう時って案外、自分の周りにある幸せに気づけてなくってさ…」


「周りにある…幸せ?」


 俺は視線を車外に揺れる緑に向けながら。


「そ。毎日、起きて空気を吸えてご飯食べてさ。本当に当たり前のことなんだけど、そうできる事って、幸せのひとつなんだよなって、最近、しみじみ思うんだ」


「……」


「ラッキーなことが舞い込んだり、美味しいもの食べたり、沢山の友だちに囲まれたり…。それも幸せなんだけど、本当に普通にやってることも幸せなんだよなって…。そういうの忘れると、もっともっとって欲しくなるんだ。充たされなくてさ。贅沢になるんだと思う…」


 言いながら岳とのことを思う。

 一緒に過ごす時間が短くなって、それを寂しく感じていたけれど、その前に、一緒にいられるこの関係の有り難さを思いだしたのだ。

 岳が自分を好きになってくれた事。大切な関係になるのを望んでくれた事。


 それがあるから、今がある。


 案外、身近な幸せには気付けない。

 

「だから、大希はもう幸せなんだよ。…って、俺は思う」


「…幸せ」


「そう。絶対」


 ニカッと笑めば、大希は曖昧な笑みを口元に浮かべた。


「それでも、寂しいって思ったなら、いつでも言えよ? ずっとべったりはできないけどさ。大希は一人じゃない。もう俺もいるし、祐二もいる。アパートのふくさんや住人だってさ。岳や真琴、亜貴とだって仲良くなれるかもしれない。…な?」


「…うん」


 大希は前を向いていたが、一瞬だけ視線を落とした後、そう頷いた。その横顔が泣き出す一歩手前の様に見え。

 もう少し、声をかけたかったが。


「あ…なんか、ねむ…」


 岳の怒った様な顔が浮かんだが──。

 唐突と言っていい程、瞼が閉じられ深い眠りに入って行った。


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