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Take On Me 2   作者: マン太
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6.食卓

「なに? 大和、浮気したって?」


 今日の夕飯には、亜貴も真琴も、岳も揃った。

 久しぶりに全員集合した食卓で、向かいに座った亜貴が身を乗り出すようにして、豆腐とワカメ、ナメコの味噌汁を口にしている俺の顔を覗き込んでくる。


「なに言ってんだよっ。誰が浮気なんか──」


「だって、祐二さんが送ってくれた写真。ベッタリくっついちゃって、仲良さそうだったじゃん」


 そう言うと、亜貴はつまらなそうにご飯を一口放り込む。


「あ、あれは、靴見たいって言うからついてっただけだろ? だいたい友達なら普通だろ? じゃれあったって…」


 祐二が皆、亜貴と真琴、岳に送ったのはホームページ用の写真ではなく、その時撮った別バージョン。大希の顔がバッチリ写っていたため却下した方だった。

 そこには、肩に腕を回され半ば額をぶつけ合う様にして写る大希と俺が写っている。

 後から顔出しNGだと気づいた大希が、身内以外の公開は止めて欲しいと言ったものだった。


「確かに──仲のいい友だちの図、だったな…。彼は佐々木さん所の住人だって?」


 真琴は尋ねながら、丁寧に主菜の鶏むね肉のリンゴソースがけを箸で切り分ける。


「うん。先々週から。普段はバーで働いてるって。登山に興味あるみたいでさ…」


「へぇ。登山にねぇ」


 亜貴は疑いの含んだ眼差しでこちらを見てくる。どうしても、そっちへ持っていきたいらしい。


「亜貴、あまり大和をいじめるな。それは俺の役割だ」


 それまで黙ってやり取りを聞いていただけの岳がようやく口を開いた。


「べっつにちょっとからかっただけじゃん。いじめてなんか…。だいたい、役割って誰が決めたんだよ?」


「俺だ。大和のパートナーだからな? 自分のものに勝手に手を出されたら誰もいい気はしないだろ?」


「お、俺は持ち物じゃないぞっ」


 咄嗟に反論するが。


「持ち物とは思ってないさ。…俺の一部だと思ってる」


「……!」


 俺は口をパクパクさせて顔を赤く上気させた。亜貴はつまらなそうに皿に残ったレタスをつつくと。


「あーあ。イチャつくんなら二人だけの時にしてよ。ったく。見せつけられる方の気持ちにもなれっての…」


「今に始まった事じゃないだろ?」


 岳はケロリとしている。


「だから慣れろと言われてもな。亜貴にしても祐二君にしても、それぞれ心配してるって事だ」


 真琴が眼鏡の縁を光らせ岳を見やる。岳は首を僅かに傾げて見せ。


「心配?」


「そうだ。…大和が寂しがってる」


「うわーっ! って、んなことないって! 変なこと言わないでよ。真琴さんっ! 俺は別に──」


「…寂しくなかったのか?」


 思わぬ岳の真摯な声音にハッとして岳を見る。じっとこちらを見つめてくるその目はどこか悲しげにも見え。


「ばっ、そんなこと…ってか──も、ここで話すことじゃねぇし。この話題はおしまいっ! みんなおかわりは?」


 フウフウと荒く息を吐きつつ、皆を見やる。

 すると亜貴がじゃあとご飯茶碗を差し出し、それで一旦、空気は元に戻った。はずだった。

 その後、小さなため息を漏らした岳は黙って再び食べ始めた。

 寂しくないはずがない。

 けれど、それを岳に言っても仕方ないのだ。言えば岳を困らせるだけ。

 そう思うから、言葉にはしなかった。


+++


 夕食も済み、亜貴は勉強の為早々に自室に戻った。真琴も明日、早い仕事があるからと部屋に戻り。

 俺はキッチンで亜貴へ持っていくホットミルクを用意しながら、リビングにいる岳に目をむけた。

 ひとり残った岳は、リビングのソファで新聞のページを捲っている。

 別段やっていることはいつもと変わりないはずなのに、こちらから見える背中がどこか意気消沈している様に見え。


 やっぱ、さっきのかな?


 先ほど見せた岳の表情を思い起こす。

 少し話しができたらと、いつもの様に亜貴へホットミルクを出し終え、急いでリビングに戻って来たが、そこに岳の姿はなかった。

 わかり易いほど、気持ちが急降下する。

 新聞は綺麗にたたまれコーヒーテーブルの脇に置かれていた。明日も仕事だ。早々に寝室に戻ったのだろう。

 ここ最近は食後ソファで話すこともなくなった。


 前は良く話したよな…。


 誰もいないリビングのソファに、とさりと座る。手をそっと横に滑らせれば、傍らにはまだ岳の座っていた場所に温もりが残っていた。


 なんでだろう。


 同じ屋根の下にいるのに寂しい。

 一緒にいることに慣れてしまって、本格的に贅沢になってしまったのか。


 前はそれだけで幸せな気持ちになれたのに。


 じわりと目の端に涙が盛り上がって来て、慌てて手の甲で拭った。

 寂しいと言って、気持ちを岳にぶつけてしまえればどんなに楽か。でもそれをしたら、岳が自由に動けなくなる。

 せっかく、辛い時期を耐えようやく手にしたカメラマンとしての道。それを邪魔するわけにはいかない。


 俺が、乗り越えればいいだけの事だ。


 岳を支える。それが今の俺がやるべきこと。

 今までだって、辛い時期をひとり乗り越え頑張って来た。

 岳の元を去ったあの時も。

 けれど、今は違う。大切な人はちゃんと側にいる。


「甘えんなよ。俺…」


 グズっと鼻を鳴らしてもう一度、目の端の涙を拭うと、パシリと両手で頬を叩きソファから立ち上がった。


「おっし! やったるぜ!」


 メソメソしても始まらない。

 気合いを入れて、鼻息も荒くリビングを後にした。


+++


 その少し前。

 岳は開けたままになっていたキッチン側のドアからリビングに向かおうとして足を止めた。

 寝る前に大和と少し話そうと思い、新聞を早々に読み終え、一旦、洗面所に立ってから戻ってきたのだが。

 視界にはソファに座る大和の頭だけが見えた。こちらに気づいていない。その頭がうなだれ微かに震えている気がした。


 泣いている──。


 すぐに駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られたが、それを思いとどまる。

 大和は必死にこの状況を乗り越えようとしているのだ。


 自分の為に。


 先ほども、そんな大和の気遣いになにもしてやれない自分が情けなくて、つい、あんな態度をとってしまった。

 大和が寂しくないわけがない。それを言わせない状況を作り出している自分が情けなくて。


 もっと俺の包容力があれば、大和も素直に気持ちを口にできたはず──。


 大和に気遣われて、犠牲にして、自分の夢に向かう。やはり、それは自分にとってどこか違う気がした。


 大和を踏み台にしていいはずがない。


 けれど。

 今ここで出て行って、大和を抱きしめてやるのは簡単だ。それで思いを吐露させてやれば、少しは大和も楽になる。

 でも、それでは単なる一時的な気休めにしかならない。

 仕事もこれから起こるであろう問題も片付けて、それで漸く大和を抱きしめてやれる。大和といられる時間を作れるのだ。

 しかし、今はまだ身動きが取れない状況で。今、慰めてもなにも解決はしない。


 抱きしめるのは、もう少し先だ──。


 岳はそっとそこを離れ寝室へと向かった。

 その途中、薄暗い廊下に人影があった。真琴の部屋の前だ。岳は小さくため息をつくと。


「どうした、何か用か? 明日も早いんだろ? ──真琴」


 そこにいる理由は何となく察しがつくが、あえて問う。真琴は徐ろに口を開いた。


「大和はあのままにしておくのか? せっかく二人きりにしてやったのに…」


「それはどうも。…けど、これは俺と大和の問題だ。気遣いはありがたいが放っておいてくれていい」


「好いた相手が意気消沈していれば、無視できないだろう? タケはいいが大和がな…。あまり放っておく様なら見過ごせない。──覚えておいてくれ。じゃあな。おやすみ、タケ」


「おやすみ…」


 それだけ言うと、真琴は自室へ戻って行った。


 全く。これは早々に解決しないとな。


 敵はあちこちに潜んでいるのだ。岳はまたひとつ、ため息を漏らした。


+++



 寝室に戻ると、先に岳は寝ている様だった。向こうを向いて横になっている。

 それを起こさないよう、そっとベッドに入り込んだ。

 いつもなら、遠慮なく岳に抱きついたが、明日も朝が早い岳を起こすわけにはいかない。同じく背中を向けると、距離を取って潜り込んだ。

 ひんやりと冷えた片側を早く自分の体温で温めようと、くるりと丸くなる。


 足、冷たいな…。


 半ば足を抱えるようにしていると、不意に岳が寝返りを打った。

 今まで背を向けていたのが、こちら側に顔を向け、腕が自然と大和の腰に回る。


 岳?


 肩越しに聞こえる寝息は規則正しく続く。起きたわけではないらしい。

 腕を回してくるのは岳の癖で。寝ぼけているのだろう。身体が密着し、冷えた足にも岳のそれが絡まり申し訳なくもなる。


 でも、あったかい…。


 岳の温もりに包まれたお陰で、先ほどの悲しい気持ちは薄れていった。

 こんな些細な事で癒やされていく。


 今はこれで十分だ──。


 ずっと一緒にいられなくとも、こんな瞬間があれば。

 滲む涙はそのままに、腰に回った腕にそっと自分の手を重ねて眠りについた。


+++


「なんか…。元気になったね」


「そのようだな…」


 亜貴と真琴が鼻唄を歌いながら朝食準備をする俺を見て、互いに頷きあっていた。

 安心したような、何処か残念そうな表情を浮かべている。


「なんだ?」


 顔を上げて二人を見やるが。


「…別にぃ」


「気にするな」


 亜貴はそっぽを向き、真琴は何でもないと笑いながら首を振る。


「?」


 そんな二人を不思議に思いながら、俺は玉ねぎにサニーレタスその他葉野菜、オリーブを散らしたサラダをボウルに盛るとカウンターに乗せた。

 

「これ、持ってくぞ」


「ん。よろしく」


 岳が手を伸ばし、大量に盛られたグリーンサラダをダイニングテーブルへと持っていく。その姿を目で追いながら。


 何があろうとも、岳はここにいる──。


 帰って来るのは俺のもとで。

 岳が元気で好きな事に邁進して。いつも笑顔でいる。それが俺にとって大事な事だ。

 確かに一緒にいる時間は短くなったかもしれない。けれど、その僅かな時間でも一緒にいられることが幸せで。


 短いから不幸せなんかじゃない。時間の長さが問題じゃないんだ。


 短くとも、そこに詰まった幸せを感じる事ができればそれが幸せに繋がる──。

 つい、不幸の数ばかり数えがちになるけれど、そういう時は今ある幸せを忘れてしまっている証拠だ。

 席についた途端、眠たげに大あくびをして見せた岳に、


「岳、顔洗ったか? まだ眠そうだぞ?」


「…ん。一晩、お預けをくらったからな…」


「おあずけ?」


 岳は幾分腫れぼったくなった瞼でチラとこちらを見やったあと。


「…いい。こっちの話だ」


「ふーん」


 岳は傍らで朝まで俺を抱きしめたまま眠っていた。途中で起きた気配もなく。


 あれだけ熟睡してて寝不足なんて、遅い成長期か?


 岳が寝たふりをして、朝まで抱きしめていた事を知る由もなく。

 焼き立てのトーストを専用のカゴに盛り付ける。焼けたパンの芳ばしい薫りが辺りに漂った。


「やっぱ、お前は強いな…」


 そんな俺を見ながら、岳はテーブルに肘をついたままそう口にする。その表情は何処か誇らしげだ。

 まだ食べる前だから肘をつくのは良しとしよう。


「なんだよ、急に…。俺は強いぞ? 今なら岳とやりあってもいい線いくぞ? 今度、手合わせするか? 藤にも強くなったって言われてるんだからな」


 鼻息荒くそういえば、岳は苦笑を漏らし。


「…そうだな」


 笑った岳の顔はとても幸せそうだった。

 傍らでそのやり取りを見ていた亜貴と真琴は、再び互いに顔を見合わせ苦笑する。

 何はともあれ、俺の中では取り敢えず解決を見た。


 岳の笑顔があれば、当分、やって行ける。


 俺はパンが入ったカゴを手に、皆のまつ食卓へと向かった。



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