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Take On Me 2   作者: マン太
33/33

4.その後 ー岳編ー

「大和。俺のいない間、何かあったか?」


 夜、寝室のベッドに寝転がって、入浴中の岳を待つ間、山岳雑誌のページを見るとも無しに捲っていると、風呂から上がって来た岳が髪を拭きながら尋ねて来た。

 あれから二日目。ようやく日常が戻りつつある。

 髪を拭く毛足の長いタオルはふかふかで、岳お気に入りのホテル仕様のいいヤツだ。俺もかなり気にいっている。


 何か──って、なんだろう。


 家の出来事のあれやこれ、自分の身の回りを振り返ってみた。

 岳がいなくなった事以外『何か』はなかった様に思う。俺は雑誌を閉じるとベッドの上に身体を起こし。


「岳がいない間、真琴さんも亜貴も変わりなかったぞ。ちゃんと朝晩食べて、真琴さんはいつも通り仕事に行って、亜貴もちゃんと学校行って。あとは──」


 しかし、岳はため息をつくと首を振り。


「違う…。真琴から夜、一緒に寝ていたと知らされた。亜貴と交代でな」


「あっ! そうだった…。忘れてた…」


 すっかり。


 綺麗サッパリ、抜け落ちていた。

 岳が戻って来た事の方が大きくて、雨が上がって傘置きに置き忘れた傘の様にその事を忘れていた。

 岳は湿気を含んだタオルを軽く畳んでサイドボードに置くと、ベッドに乗り上げてくる。

 スタンド下のコツメカワウソが居心地悪そうに見えた。重みにぎしりとベットが軋む。


「た、岳?」


 座る俺にそのまま迫り、あっという間に押し倒す。起き上がり小法師よろしく、コロンと転がった俺は、ポカンとして岳を見上げた。違うのは、この場合起き上がれないことだ。


「なに? なんだよ…」


 どこかただならぬ空気を岳から感じ取って、不安になるが。岳は俺の顔の横に手をつくと、


「…なに、された?」


 既に何かされた前提になっている。


「されたっ……て」


 そうだ。真琴にはハグされた。キスは──ない。でも、亜貴には、俺からしてしまった。

 ハグとキス。岳恋しさの結果だが、これは報告必須だろう。


「…言えない様な事があったのか?」


「そ、そんなこと──ない…。イヤ、言えない様な事はあったけど、黙っていたかった訳じゃなく、すっかり忘れてたってのが、実情で──」


「なに、された?」


 慌てだす俺に、再度、岳は尋ねて来る。


 ええい! どうにでもなれっ! 


 俺は覚悟を決めて全てを話す事にした。

 あれらは全部事故に近くて、やましい思いがあった訳じゃない。


「…真琴さん、には──ハグされた」


「ハグだけか?」


「……ちょっと、だけ、首にキス…された。って、でもあれは真琴さんが寝ぼけてて──」


「他には? あいつにもっと触られたんじゃないのか? あれで案外、しつこいんだ…」


「っ…!」


 流石、真琴との付き合いが長いだけある。全てお見通しだ。


「下を…少し。って、がっつり触られる前に離して貰えたからっ! ちょっと触れただけで──」


 ぴくりと、米神が動いて見えたのは──気の所為ではないはず。


「…亜貴には?」


 俺の言い訳など聞こえていない様子。呆れているのだろうか。

 ショボンと視線を落とすと。


「亜貴には、俺から…キスした…」


 寝惚けていたとは言え、未成年に無理やりキスしたのだ。言葉にすると、改めて自分の仕出かした行為に愕然とする。


「自分から?」


「朝、寝ぼけて、岳と間違えた。声が良く似てて…。それで──」


「──最低だな」


 その言葉に頭を殴られた様な衝撃を受ける。


 そ、んな。俺、そんなつもりは──なくて。


 反射的に岳を見上げた。

 けれど、そこにあったのは、俺に非難めいた眼差しを向ける岳ではなく、むしろ哀しげに、辛そうに表情を歪ませる岳の顔だった。


「たけ──」


 言い終わらないうちに、首筋に唇が押し当てられる。


「っ…!」


 チリと痛みが走った。

 強く吸われて思わずビクと肩を揺らす。噛みつかれたのかと思った。普段、そんな風には触れて来ない。


 岳?


「…真琴には、首だけじゃなかったよな?」


 遠慮がちに小さく頷くと、次には下肢に手が伸びる。


「た、岳──」


 下着の下に入り込んだ指先の動きは性急過ぎるし、遠慮がない。いや、容赦ない。


 やっぱり、いつもと違う。


「岳…っ」


「真琴は何処まで触った?」


「っ! 何処までって──」


「いいから言えよ。…怒らない」


 直に熱い手に包まれ、身体が震えだす。


「ん、んっ、──っ! っ、ぁ…っ」


 岳の肩に縋りついて、与えられる快感を何とかやり過ごしていると、岳が耳元で笑った気配。


「どうされた?」


「って…っ、すぐ、離してっ、くれたっ」


「…そうか」

 

 下肢からようやく岳の手が離れる。


「じゃあ、亜貴の時は?」


「っ…、俺が──」


「したんだよな? ただのキスか? 俺とはもっと深いキス、してるだろ…」


 岳が唇が触れそうな所で囁やく。


 もう、ダメだ。


「たけ…。ごめん…っ」


 視界が涙でぼやけて来る。やはり怒っているのだ。


 抱き締められて、ごめん。

 触らせて、ごめん。キスして、ごめん。

 隙を見せて──ごめん。


 涙が溢れて、言葉にならなくて。

 腕を伸ばし、ギュッと抱きつく事で伝える。

 すると、すぐに岳も抱き返してきた。腕が背に周り、息が出来なくなるくらい強く。


「──済まない。嫉妬した。俺の所為なのに…。ごめん」


「──っ」

 

「真琴から聞いた。一人で寝られなくなったって。食も細くなったって…。済まない…。俺がひとりにしたせいだ。──最低だ。俺は…」


 岳。


 頭ごと掻き抱かれる。馴染んだ岳の香りが身体を包み込んだ。


 やっぱり、岳の傍が一番落ち着く。


 真琴や亜貴が駄目な訳じゃない。ただ、心底落ち着けるのが岳の腕の中だと言うだけだ。

 岳の思いが触れ合っている場所から伝わる様で。涙が止まらなかった。


「もう、二度と他の奴に触らせない…」


「岳─…」


 額や頰、瞼に目元に。キスの雨が降る。

 

「大和は俺だけのものだ…」


 そう言って、額を合わせて来る。俺はコクリと頷いた。


+++


 その後、どうなったかと言えば。

 岳の腕の中で、たっぷりその思いの丈を思い知らされ。途中から、殆ど記憶が飛んでいて。正直、思い出すと赤面するしかない状況だった。


 イヤだって言ったのに…。


 あんな小っ恥ずかしい姿、誰にも見られたくない。幾度、心の中でそんな事、すんのかっ?! と突っ込みを入れたか…。

 相手が岳だから、何とか受け入れたものの。

 岳は終始楽しげで。一月以上、離れていたのだ。その間、溜まりに溜まった鬱憤を晴らす様に楽しんでいた。

 ようやく朝方、開放されて。

 目覚ましの鳴る前に目が覚めた俺は、傍らで眠りにつく岳の鼻先をそっとつつく。

 起きる気配はなかった。流石に岳も疲れたのだろう。

 古山の元で熟睡出来ていたとは思えない。その疲れも残っていたのだと思う。


 無理、しちゃってさ。


 これから幾らだって時間はある。それなのに、まるでこれが最後みたいに必死になって求めて来た。


 俺なんかに、そんなに必死にならなくたって、大丈夫なのに。


 俺が岳以外に気を移す事など、一切、あり得ない。第一、そんな事をすれば何様だと言われるだろう。

 俺は岳が思っている以上に、岳が好きだ。岳の為なら、自分が犠牲になっても構わない。


 彼の為なら。


 岳は拒否するだろう。

 でも、岳の幸せを思えば、俺は迷うことなく選択する。それが、岳を一時的にどん底に突き落とす事になっても。

 岳の周りには、いい奴が沢山集まって来る。例え、俺がいなくなっても、岳をまた支えようとする人間はきっと現れる。


 俺には岳しかいない。けれど、岳には──。


 俺がいなくなって、俺の知らない誰かと幸せに笑い合う岳。

 起こってもいない事なのに、想像すると胸が締め付けられる様に傷んだ。

 俺だって、無闇に離れたい訳じゃない。ただ、そんな場面になったら一も二もなく、俺はそう言う選択をすると言う事だ。


 どんなに辛くても──。


 俺が願うのは岳の幸せだ。


「…大和?」


「俺は起きるけど、岳はまだ寝てていい」


 岳が俺の起きた気配に目を覚ます。

 俺はそろそろ朝食準備の時間だ。目指し設定を止めて、まだ眠そうな岳の額にキスを落とす。

 しかし、ベッドから降りようとすれば、グイと腕を引かれた。

 

「っと、わっ!」


 ベッドの上に逆戻りとなる。岳の顔が真横に来た。


「んだよ。岳」


「…今朝は俺が作る。大和は寝てろ。ろくに寝てないだろ?」

 

 その原因を作った張本人だと理解している岳は、腕を離す気配がない。


「俺は昼に寝れる。けど、岳は昼寝出来ないだろ? 疲れてんだから寝てろって」


「…イヤだ。大和が寝てろ」

 

「岳…」


 睨んで見たが効果はない模様。結局、そんな押し問答をしていれば、誰かが部屋のドアをノックした。


「起きてるか? 今朝は俺が準備するからまだ寝ていていいぞ。じゃあな」


 真琴だった。何故そんな申し出をしてくれたのかは分からないが、去って行く足音に慌てて俺は答える。


「ありがと! 真琴さん」


「気にするな」


 ドアの向こうから返事が聞こえる。床を軋ませながら真琴は去って行った。

 俺は傍らの岳を見下ろすと。


「だって。寝てていいって」


「ん…」


「まさか──聞こえてた、とか…?」


 朝方まで起きていたのを知っていたなら、その申し出も分かるが。


「隣の棟だ。聞こえるわけない…」


 あっさり否定すると、岳は布団に潜り込む。と、不意に風が頬を撫でて行った。

 ハッとして窓の方を見れば、薄いカーテンがなびいている。初夏の近づく季節。日中、窓を開け放していてもおかしくない。


「…なぁ。ここの窓、開いてると、結構下で話してる声、聞こえるよな?」


「ん。だな…。てか、もう寝ろよ。せっかく真琴が気ぃ利かせてんのに…」


 俺はガバリと布団を被った。岳が何事かと、薄っすら目を開けたが、それどころではない。

 下の声が聞えると言う事は、上の声も聞えるはずで。

 俺は甲羅に籠もった亀よろしく、布団の隙間から隣で眠る岳をのそりと見つめた。


「…岳」


「んだ…?」

 

「俺、寝る前にいつも窓、閉めるんだ。突然の雨とか風とか虫の来襲とか。あると困るだろ? だから閉めるんだ。毎日。昨日も…」


「うん…」


「でも、何故か開いてた。…なんでだと思う?」


 いや。聞かずとも分かっている。

 この部屋には俺と岳以外の人間が入って来ることはまずない。俺が窓を閉めたのに開いている──と言う事は。


「…そんなのどうだっていいだろ? もう寝ろって」


 そう言うと、黙れとばかりに腕を伸ばして俺を布団ごと抱き込む。


「や、やめろっ! てか、わざと開けたんだろっ、岳! お陰で丸聞こえじゃ──」


「だったら? あいつらにも良く分かったろ。お前が誰のもかって。…な?」


 布団の隙間から覗き見た岳はニッと、意地悪なそして満足気な笑みを浮かべている。


 こ、このぉ──!


 亜貴や真琴にどんな顔を向ければいいのか。恥ずかしくてまともに見られないだろう。

 昨日、今までになくしつこかったのはそのせいか。


 ああ、ダメだ…。布団から出たくない…。


 すると、腕の力を緩め、俺の頭をくしゃりと撫でた岳は。


「大和は俺との行為が恥ずかしいのか?」


「ち、違うっ! 聞かれたのが恥ずかしいっ」


「恥ずかしい事は何もしてないだろ? 好きなもの同士なら当たり前だ。あいつらにはそれをよく分からせてやっただけだ。…忘れてるようだったからな。お前は堂々としてればいいんだよ。な?」


「ぐっ……。でも」


「さ、もう色々言ってないで寝ろって。あと一時間半は寝られる…」


 岳の大きな手が背中に回りポンポンと軽く叩いてきた。子どもをあやすような行為だが落ち着く。


 ああでも。俺が寝たのが朝方。声が漏れていたなら、真琴や亜貴が寝たのも──?


「大和…。いい加減、もう寝ろ。向こうの窓は閉まってたら聞こえてない。気にするな…」


「岳…」


 岳が今度は抱き寄せて来た。頭にキスが落とされる。


「真琴の好意を無駄にするなよ…」


「…分かった」


 それでようやく落ち着いた。


+++


 結局、起きたのは二時間後。岳は午後から仕事が入っているのだとか。

 リビングに岳と共に顔を出すと、エプロンを外した真琴は、先に亜貴と食べ始めていた。真琴が声をかけてくる。


「なんだ。もう少しゆっくりしてれば良かったのに。先に食べてるぞ」


「いや、だって病気でもないのに悪いし。ありがとな? 真琴さんっ」


 俺はギクシャクしながら答えるが、ボソリと亜貴が。


「…病気だったら、労りもするけど。兄さん、張り切り過ぎだって」


 ん?


 すると、ふとパンを千切りかけた手を止め、真琴はテラスに目を向けた。


「昨日は蒸し暑くてな。いつもは閉めるんだが…」


 そう言ってからまた視線を手元に戻し、千切ったパンを口に入れる。


 んん? ──と、言う事は。やっぱり。


「…聞かれてンじゃんか」


 恥ずかしさで悲しくなる。グズっと鼻を鳴らせば。


「聞かれて恥ずかしい行為はしてないな。大事な事だろう?」


 岳は悪びれもせず、そう口にして、俺と自分の分のパンをトーストする。


 くっ、くそう。俺も岳みたいな、鋼の心臓が欲しい…。


 まさに顔から湯気がでそうなくらい──こんなに赤くなったのはこれが初めてだ──赤くなる。


「大和は別に悪くないよ。問題は兄さんだよ。少しは大和の気持ち、考えなよ。こんなに恥ずかしい思いさせて…」


 そ、そうだっ! 亜貴、言ってやれ!


 しかし、岳はニッと笑むと。


「お前らが気にしなければいい。逆に大和の声が聞けて良かっただろ?」


 ふ、ふふ──…。


 俺はクラリとよろめいてその場にしゃがみ込む。脳貧血を起こしかけた。


「大和、大丈夫か?」


「ちょっと、兄さん! いい加減にしなよっ」


 真琴が席を立とうとし、亜貴も駆け寄ろうとするが。一歩先に岳は片膝をつき、俺の肩をしっかりと支える。

 二人の動きが止まった。


「…それでも、俺だから許せるんだろ? 大和」


 うぐ。残念ながら──その通りだ。


 岳以外にあんな目にあったら、赤面くらいでは済まない。多分、寝込むだろうし、正気を保てるかどうか分からない。

 岳はグイと俺を背後から抱え込むようにした。


「おわっ!」


 背後に倒れそうになって、慌てて岳のその腕を掴む。岳は俺の頭にキスを落としながら。


「聞こえたのは済まないが、大和は俺のものだ。今後一切、軽々しく触れるなよ。──もう、隙は作らない」


 岳の宣言に亜貴も真琴もだんまりとする。してやったりの岳だった。


+++


 朝食が済み、真琴と亜貴は揃って家を出た。真琴は仕事。亜貴は登校の為。

 それを気まずそうな顔を見せながらも、大和は見送ってくれた。勿論、背後には岳がいる。


「ねぇ、あれって許せる?」


 玄関を出てすぐ、外へと続くアプローチを歩きながら、亜貴は怒り心頭で真琴を振り返る。真琴は腕時計で時刻を確認しながら。


「許すも何も、実際、大和は岳のパートナーだからな? ──大和の昨晩の声はお子様には少し強すぎたか?」


 真琴は笑う。


「直に窓閉めたもんっ! …なに? まさか真琴、開けっ放し?」


「滅多に聞けるものじゃない。聞かせてくれるって言うんなら、遠慮なく聞くさ」


「真琴。強すぎ…」


 真琴は肩をすくませると、表玄関の門扉を押し開け先に亜貴を通す。


「俺は好いた相手が幸せならそれで十分だ。確かに好きな相手を、自分が幸せにできればそれに越した事はないが…。ただ相手が俺でないだけで、大和は幸せなんだ。だったら言う事は何もない」


「……」


 亜貴はだんまりする。真琴は自分も出たあと門扉を閉ざすと。


「俺は岳の事も大和の事も大切に思う。その大切な者同士が支え合っている…。その二人が幸せなら、それでいい。綺麗事だと言われても実際、そうなんだ」


「そんな風に考えたこと、ないや…」


 亜貴は口先を尖らせた。真琴はポンとその頭を軽く叩くと。


「別に亜貴は亜貴の思うようにすればいい。亜貴だって、大和の幸せを願っているんだろ?」


「そうだけど…。じゃあ、真琴はずっと傍にいて見ているの? それだけでいいの?」


「見ているだけ──まあ、そうなるんだろうが…。大和は俺や亜貴が危険な目に遭いそうになれば、きっと身を挺して守ろうとするだろう…。牧や藤でもな? それは、岳の場合と変わらない。岳と同じ様に大切に思ってくれている。──十分なんだ」


「本当に? 辛くないの?」


「関係を持つことだけが幸せの形じゃ無いだろう? 恋人への愛情も友人としての愛情も、親としての愛情も、その他、皆んな一つの愛だ。恋人としての愛情しか幸せじゃない──そんな事は無いだろう?」


「そうだけど…」


 亜貴は不服そうだ。真琴は道の先を見つめながら。


「誰の為の幸せか、それを考えれば自ずと見方も変わる。自分が満たされたいだけなら、それは本物の愛情じゃないと思っている。俺の願いは、二人が最後まで幸せに過ごすのを見届ける事だな」


「……なんか、真琴。達観し過ぎ」


 真琴は笑うと。


「そんな事はないさ。ただ、岳と大和が好きなだけだ」


「何それ。推しって奴?」


 真琴は苦笑し、


「まあ、大和は何だかんだ、俺に対してかなり気を許してる…。信頼の証しだ。それを裏切る事は出来ないしな。──勿論、岳が隙を見せれば容赦なく行かせてもらう」


 真琴はキラリと鋭い光を目に宿したが。

 亜貴にはまだ当分、その境地まで辿り着けないだろうと思った。


+++


 大和はいつも通り玄関先まで真琴と亜貴を見送ったあと。

 

「岳…。次やったら、俺。当分口きかないからな?」


 ジトリと背後に立つ岳を睨めば。


「次はない。今回だけだ。…大和の声だって俺だけのものだからな。妙な想像をされても逆効果になる…。これきりだ」


 あ、そう。そうッスか。


 俺の頬は勝手に熱くなる。

 そんな俺を背後から抱きしめ、頬擦りして来た。まるで大型の猫科動物にすり寄られている様。


 でも、嫌じゃない。


「なぁ、岳」


 俺は岳の腕に自分の手を重ねると。


「なんだ?」


「ああは言ったけど…さ、恥ずかしいだけで…。俺、嫌じゃないからな?」


「分かってる…」


 頭上から岳の笑んだ声音が聞える。岳には何でもお見通しだ。

 

「…さて。邪魔ものはいなくなったし。午後まで昨日の続き…するか」


「はっ、はぁっ?」


 俺は岳の腕を解くと振り返る。そこには悪戯っぽく笑う岳いた。


「昨日はセーブしてたんだ。窓を開けてたからな?」


「あ、あれでセーブかよっ! む、むむむ無理っ、絶対、ムリッ!」


「なんだよ。大和、嫌じゃないんだろ?」


 こ、このぉ。


 そうだ。確かにそう言った。


「…岳。俺の反応見て楽しんでるだろ?」


「どうかな? …したいのは本当だ」


「うわーっ、うわーっ! もうやめ! こんな明るいうちからあんなこと、できっか! 俺は家事をするっ! 掃除するっ! 洗濯するっ!」


 耳と言わず首までも赤くなる。俺は岳を軽く突き放すと、さっさとリビングへ踵を返した。

 岳は笑っていたが。


「大和」


 そんな俺の背に声がかかる。


「ンだ?」


「好きだよ」


「っ!」


 振り返ると、玄関の小窓から差し込む朝の光が、その頭上に降り注ぎ、栗色の髪がキラキラと輝いて見えた。まるで後光が差している様。

 腕を組んで立つだけなのに、岳が酷く神々しく見えた。バカ見たい、と亜貴に突っ込まれそうだけど、確かにそう見えたのだ。


「大和は?」


 俺は、一呼吸置くと。


「…好きに決まってンだろ」


 岳は破顔した。


 どうか。ずっと、この幸せな時間が続きますように──。



ー了ー

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