4.その後 ー岳編ー
「大和。俺のいない間、何かあったか?」
夜、寝室のベッドに寝転がって、入浴中の岳を待つ間、山岳雑誌のページを見るとも無しに捲っていると、風呂から上がって来た岳が髪を拭きながら尋ねて来た。
あれから二日目。ようやく日常が戻りつつある。
髪を拭く毛足の長いタオルはふかふかで、岳お気に入りのホテル仕様のいいヤツだ。俺もかなり気にいっている。
何か──って、なんだろう。
家の出来事のあれやこれ、自分の身の回りを振り返ってみた。
岳がいなくなった事以外『何か』はなかった様に思う。俺は雑誌を閉じるとベッドの上に身体を起こし。
「岳がいない間、真琴さんも亜貴も変わりなかったぞ。ちゃんと朝晩食べて、真琴さんはいつも通り仕事に行って、亜貴もちゃんと学校行って。あとは──」
しかし、岳はため息をつくと首を振り。
「違う…。真琴から夜、一緒に寝ていたと知らされた。亜貴と交代でな」
「あっ! そうだった…。忘れてた…」
すっかり。
綺麗サッパリ、抜け落ちていた。
岳が戻って来た事の方が大きくて、雨が上がって傘置きに置き忘れた傘の様にその事を忘れていた。
岳は湿気を含んだタオルを軽く畳んでサイドボードに置くと、ベッドに乗り上げてくる。
スタンド下のコツメカワウソが居心地悪そうに見えた。重みにぎしりとベットが軋む。
「た、岳?」
座る俺にそのまま迫り、あっという間に押し倒す。起き上がり小法師よろしく、コロンと転がった俺は、ポカンとして岳を見上げた。違うのは、この場合起き上がれないことだ。
「なに? なんだよ…」
どこかただならぬ空気を岳から感じ取って、不安になるが。岳は俺の顔の横に手をつくと、
「…なに、された?」
既に何かされた前提になっている。
「されたっ……て」
そうだ。真琴にはハグされた。キスは──ない。でも、亜貴には、俺からしてしまった。
ハグとキス。岳恋しさの結果だが、これは報告必須だろう。
「…言えない様な事があったのか?」
「そ、そんなこと──ない…。イヤ、言えない様な事はあったけど、黙っていたかった訳じゃなく、すっかり忘れてたってのが、実情で──」
「なに、された?」
慌てだす俺に、再度、岳は尋ねて来る。
ええい! どうにでもなれっ!
俺は覚悟を決めて全てを話す事にした。
あれらは全部事故に近くて、やましい思いがあった訳じゃない。
「…真琴さん、には──ハグされた」
「ハグだけか?」
「……ちょっと、だけ、首にキス…された。って、でもあれは真琴さんが寝ぼけてて──」
「他には? あいつにもっと触られたんじゃないのか? あれで案外、しつこいんだ…」
「っ…!」
流石、真琴との付き合いが長いだけある。全てお見通しだ。
「下を…少し。って、がっつり触られる前に離して貰えたからっ! ちょっと触れただけで──」
ぴくりと、米神が動いて見えたのは──気の所為ではないはず。
「…亜貴には?」
俺の言い訳など聞こえていない様子。呆れているのだろうか。
ショボンと視線を落とすと。
「亜貴には、俺から…キスした…」
寝惚けていたとは言え、未成年に無理やりキスしたのだ。言葉にすると、改めて自分の仕出かした行為に愕然とする。
「自分から?」
「朝、寝ぼけて、岳と間違えた。声が良く似てて…。それで──」
「──最低だな」
その言葉に頭を殴られた様な衝撃を受ける。
そ、んな。俺、そんなつもりは──なくて。
反射的に岳を見上げた。
けれど、そこにあったのは、俺に非難めいた眼差しを向ける岳ではなく、むしろ哀しげに、辛そうに表情を歪ませる岳の顔だった。
「たけ──」
言い終わらないうちに、首筋に唇が押し当てられる。
「っ…!」
チリと痛みが走った。
強く吸われて思わずビクと肩を揺らす。噛みつかれたのかと思った。普段、そんな風には触れて来ない。
岳?
「…真琴には、首だけじゃなかったよな?」
遠慮がちに小さく頷くと、次には下肢に手が伸びる。
「た、岳──」
下着の下に入り込んだ指先の動きは性急過ぎるし、遠慮がない。いや、容赦ない。
やっぱり、いつもと違う。
「岳…っ」
「真琴は何処まで触った?」
「っ! 何処までって──」
「いいから言えよ。…怒らない」
直に熱い手に包まれ、身体が震えだす。
「ん、んっ、──っ! っ、ぁ…っ」
岳の肩に縋りついて、与えられる快感を何とかやり過ごしていると、岳が耳元で笑った気配。
「どうされた?」
「って…っ、すぐ、離してっ、くれたっ」
「…そうか」
下肢からようやく岳の手が離れる。
「じゃあ、亜貴の時は?」
「っ…、俺が──」
「したんだよな? ただのキスか? 俺とはもっと深いキス、してるだろ…」
岳が唇が触れそうな所で囁やく。
もう、ダメだ。
「たけ…。ごめん…っ」
視界が涙でぼやけて来る。やはり怒っているのだ。
抱き締められて、ごめん。
触らせて、ごめん。キスして、ごめん。
隙を見せて──ごめん。
涙が溢れて、言葉にならなくて。
腕を伸ばし、ギュッと抱きつく事で伝える。
すると、すぐに岳も抱き返してきた。腕が背に周り、息が出来なくなるくらい強く。
「──済まない。嫉妬した。俺の所為なのに…。ごめん」
「──っ」
「真琴から聞いた。一人で寝られなくなったって。食も細くなったって…。済まない…。俺がひとりにしたせいだ。──最低だ。俺は…」
岳。
頭ごと掻き抱かれる。馴染んだ岳の香りが身体を包み込んだ。
やっぱり、岳の傍が一番落ち着く。
真琴や亜貴が駄目な訳じゃない。ただ、心底落ち着けるのが岳の腕の中だと言うだけだ。
岳の思いが触れ合っている場所から伝わる様で。涙が止まらなかった。
「もう、二度と他の奴に触らせない…」
「岳─…」
額や頰、瞼に目元に。キスの雨が降る。
「大和は俺だけのものだ…」
そう言って、額を合わせて来る。俺はコクリと頷いた。
+++
その後、どうなったかと言えば。
岳の腕の中で、たっぷりその思いの丈を思い知らされ。途中から、殆ど記憶が飛んでいて。正直、思い出すと赤面するしかない状況だった。
イヤだって言ったのに…。
あんな小っ恥ずかしい姿、誰にも見られたくない。幾度、心の中でそんな事、すんのかっ?! と突っ込みを入れたか…。
相手が岳だから、何とか受け入れたものの。
岳は終始楽しげで。一月以上、離れていたのだ。その間、溜まりに溜まった鬱憤を晴らす様に楽しんでいた。
ようやく朝方、開放されて。
目覚ましの鳴る前に目が覚めた俺は、傍らで眠りにつく岳の鼻先をそっとつつく。
起きる気配はなかった。流石に岳も疲れたのだろう。
古山の元で熟睡出来ていたとは思えない。その疲れも残っていたのだと思う。
無理、しちゃってさ。
これから幾らだって時間はある。それなのに、まるでこれが最後みたいに必死になって求めて来た。
俺なんかに、そんなに必死にならなくたって、大丈夫なのに。
俺が岳以外に気を移す事など、一切、あり得ない。第一、そんな事をすれば何様だと言われるだろう。
俺は岳が思っている以上に、岳が好きだ。岳の為なら、自分が犠牲になっても構わない。
彼の為なら。
岳は拒否するだろう。
でも、岳の幸せを思えば、俺は迷うことなく選択する。それが、岳を一時的にどん底に突き落とす事になっても。
岳の周りには、いい奴が沢山集まって来る。例え、俺がいなくなっても、岳をまた支えようとする人間はきっと現れる。
俺には岳しかいない。けれど、岳には──。
俺がいなくなって、俺の知らない誰かと幸せに笑い合う岳。
起こってもいない事なのに、想像すると胸が締め付けられる様に傷んだ。
俺だって、無闇に離れたい訳じゃない。ただ、そんな場面になったら一も二もなく、俺はそう言う選択をすると言う事だ。
どんなに辛くても──。
俺が願うのは岳の幸せだ。
「…大和?」
「俺は起きるけど、岳はまだ寝てていい」
岳が俺の起きた気配に目を覚ます。
俺はそろそろ朝食準備の時間だ。目指し設定を止めて、まだ眠そうな岳の額にキスを落とす。
しかし、ベッドから降りようとすれば、グイと腕を引かれた。
「っと、わっ!」
ベッドの上に逆戻りとなる。岳の顔が真横に来た。
「んだよ。岳」
「…今朝は俺が作る。大和は寝てろ。ろくに寝てないだろ?」
その原因を作った張本人だと理解している岳は、腕を離す気配がない。
「俺は昼に寝れる。けど、岳は昼寝出来ないだろ? 疲れてんだから寝てろって」
「…イヤだ。大和が寝てろ」
「岳…」
睨んで見たが効果はない模様。結局、そんな押し問答をしていれば、誰かが部屋のドアをノックした。
「起きてるか? 今朝は俺が準備するからまだ寝ていていいぞ。じゃあな」
真琴だった。何故そんな申し出をしてくれたのかは分からないが、去って行く足音に慌てて俺は答える。
「ありがと! 真琴さん」
「気にするな」
ドアの向こうから返事が聞こえる。床を軋ませながら真琴は去って行った。
俺は傍らの岳を見下ろすと。
「だって。寝てていいって」
「ん…」
「まさか──聞こえてた、とか…?」
朝方まで起きていたのを知っていたなら、その申し出も分かるが。
「隣の棟だ。聞こえるわけない…」
あっさり否定すると、岳は布団に潜り込む。と、不意に風が頬を撫でて行った。
ハッとして窓の方を見れば、薄いカーテンがなびいている。初夏の近づく季節。日中、窓を開け放していてもおかしくない。
「…なぁ。ここの窓、開いてると、結構下で話してる声、聞こえるよな?」
「ん。だな…。てか、もう寝ろよ。せっかく真琴が気ぃ利かせてんのに…」
俺はガバリと布団を被った。岳が何事かと、薄っすら目を開けたが、それどころではない。
下の声が聞えると言う事は、上の声も聞えるはずで。
俺は甲羅に籠もった亀よろしく、布団の隙間から隣で眠る岳をのそりと見つめた。
「…岳」
「んだ…?」
「俺、寝る前にいつも窓、閉めるんだ。突然の雨とか風とか虫の来襲とか。あると困るだろ? だから閉めるんだ。毎日。昨日も…」
「うん…」
「でも、何故か開いてた。…なんでだと思う?」
いや。聞かずとも分かっている。
この部屋には俺と岳以外の人間が入って来ることはまずない。俺が窓を閉めたのに開いている──と言う事は。
「…そんなのどうだっていいだろ? もう寝ろって」
そう言うと、黙れとばかりに腕を伸ばして俺を布団ごと抱き込む。
「や、やめろっ! てか、わざと開けたんだろっ、岳! お陰で丸聞こえじゃ──」
「だったら? あいつらにも良く分かったろ。お前が誰のもかって。…な?」
布団の隙間から覗き見た岳はニッと、意地悪なそして満足気な笑みを浮かべている。
こ、このぉ──!
亜貴や真琴にどんな顔を向ければいいのか。恥ずかしくてまともに見られないだろう。
昨日、今までになくしつこかったのはそのせいか。
ああ、ダメだ…。布団から出たくない…。
すると、腕の力を緩め、俺の頭をくしゃりと撫でた岳は。
「大和は俺との行為が恥ずかしいのか?」
「ち、違うっ! 聞かれたのが恥ずかしいっ」
「恥ずかしい事は何もしてないだろ? 好きなもの同士なら当たり前だ。あいつらにはそれをよく分からせてやっただけだ。…忘れてるようだったからな。お前は堂々としてればいいんだよ。な?」
「ぐっ……。でも」
「さ、もう色々言ってないで寝ろって。あと一時間半は寝られる…」
岳の大きな手が背中に回りポンポンと軽く叩いてきた。子どもをあやすような行為だが落ち着く。
ああでも。俺が寝たのが朝方。声が漏れていたなら、真琴や亜貴が寝たのも──?
「大和…。いい加減、もう寝ろ。向こうの窓は閉まってたら聞こえてない。気にするな…」
「岳…」
岳が今度は抱き寄せて来た。頭にキスが落とされる。
「真琴の好意を無駄にするなよ…」
「…分かった」
それでようやく落ち着いた。
+++
結局、起きたのは二時間後。岳は午後から仕事が入っているのだとか。
リビングに岳と共に顔を出すと、エプロンを外した真琴は、先に亜貴と食べ始めていた。真琴が声をかけてくる。
「なんだ。もう少しゆっくりしてれば良かったのに。先に食べてるぞ」
「いや、だって病気でもないのに悪いし。ありがとな? 真琴さんっ」
俺はギクシャクしながら答えるが、ボソリと亜貴が。
「…病気だったら、労りもするけど。兄さん、張り切り過ぎだって」
ん?
すると、ふとパンを千切りかけた手を止め、真琴はテラスに目を向けた。
「昨日は蒸し暑くてな。いつもは閉めるんだが…」
そう言ってからまた視線を手元に戻し、千切ったパンを口に入れる。
んん? ──と、言う事は。やっぱり。
「…聞かれてンじゃんか」
恥ずかしさで悲しくなる。グズっと鼻を鳴らせば。
「聞かれて恥ずかしい行為はしてないな。大事な事だろう?」
岳は悪びれもせず、そう口にして、俺と自分の分のパンをトーストする。
くっ、くそう。俺も岳みたいな、鋼の心臓が欲しい…。
まさに顔から湯気がでそうなくらい──こんなに赤くなったのはこれが初めてだ──赤くなる。
「大和は別に悪くないよ。問題は兄さんだよ。少しは大和の気持ち、考えなよ。こんなに恥ずかしい思いさせて…」
そ、そうだっ! 亜貴、言ってやれ!
しかし、岳はニッと笑むと。
「お前らが気にしなければいい。逆に大和の声が聞けて良かっただろ?」
ふ、ふふ──…。
俺はクラリとよろめいてその場にしゃがみ込む。脳貧血を起こしかけた。
「大和、大丈夫か?」
「ちょっと、兄さん! いい加減にしなよっ」
真琴が席を立とうとし、亜貴も駆け寄ろうとするが。一歩先に岳は片膝をつき、俺の肩をしっかりと支える。
二人の動きが止まった。
「…それでも、俺だから許せるんだろ? 大和」
うぐ。残念ながら──その通りだ。
岳以外にあんな目にあったら、赤面くらいでは済まない。多分、寝込むだろうし、正気を保てるかどうか分からない。
岳はグイと俺を背後から抱え込むようにした。
「おわっ!」
背後に倒れそうになって、慌てて岳のその腕を掴む。岳は俺の頭にキスを落としながら。
「聞こえたのは済まないが、大和は俺のものだ。今後一切、軽々しく触れるなよ。──もう、隙は作らない」
岳の宣言に亜貴も真琴もだんまりとする。してやったりの岳だった。
+++
朝食が済み、真琴と亜貴は揃って家を出た。真琴は仕事。亜貴は登校の為。
それを気まずそうな顔を見せながらも、大和は見送ってくれた。勿論、背後には岳がいる。
「ねぇ、あれって許せる?」
玄関を出てすぐ、外へと続くアプローチを歩きながら、亜貴は怒り心頭で真琴を振り返る。真琴は腕時計で時刻を確認しながら。
「許すも何も、実際、大和は岳のパートナーだからな? ──大和の昨晩の声はお子様には少し強すぎたか?」
真琴は笑う。
「直に窓閉めたもんっ! …なに? まさか真琴、開けっ放し?」
「滅多に聞けるものじゃない。聞かせてくれるって言うんなら、遠慮なく聞くさ」
「真琴。強すぎ…」
真琴は肩をすくませると、表玄関の門扉を押し開け先に亜貴を通す。
「俺は好いた相手が幸せならそれで十分だ。確かに好きな相手を、自分が幸せにできればそれに越した事はないが…。ただ相手が俺でないだけで、大和は幸せなんだ。だったら言う事は何もない」
「……」
亜貴はだんまりする。真琴は自分も出たあと門扉を閉ざすと。
「俺は岳の事も大和の事も大切に思う。その大切な者同士が支え合っている…。その二人が幸せなら、それでいい。綺麗事だと言われても実際、そうなんだ」
「そんな風に考えたこと、ないや…」
亜貴は口先を尖らせた。真琴はポンとその頭を軽く叩くと。
「別に亜貴は亜貴の思うようにすればいい。亜貴だって、大和の幸せを願っているんだろ?」
「そうだけど…。じゃあ、真琴はずっと傍にいて見ているの? それだけでいいの?」
「見ているだけ──まあ、そうなるんだろうが…。大和は俺や亜貴が危険な目に遭いそうになれば、きっと身を挺して守ろうとするだろう…。牧や藤でもな? それは、岳の場合と変わらない。岳と同じ様に大切に思ってくれている。──十分なんだ」
「本当に? 辛くないの?」
「関係を持つことだけが幸せの形じゃ無いだろう? 恋人への愛情も友人としての愛情も、親としての愛情も、その他、皆んな一つの愛だ。恋人としての愛情しか幸せじゃない──そんな事は無いだろう?」
「そうだけど…」
亜貴は不服そうだ。真琴は道の先を見つめながら。
「誰の為の幸せか、それを考えれば自ずと見方も変わる。自分が満たされたいだけなら、それは本物の愛情じゃないと思っている。俺の願いは、二人が最後まで幸せに過ごすのを見届ける事だな」
「……なんか、真琴。達観し過ぎ」
真琴は笑うと。
「そんな事はないさ。ただ、岳と大和が好きなだけだ」
「何それ。推しって奴?」
真琴は苦笑し、
「まあ、大和は何だかんだ、俺に対してかなり気を許してる…。信頼の証しだ。それを裏切る事は出来ないしな。──勿論、岳が隙を見せれば容赦なく行かせてもらう」
真琴はキラリと鋭い光を目に宿したが。
亜貴にはまだ当分、その境地まで辿り着けないだろうと思った。
+++
大和はいつも通り玄関先まで真琴と亜貴を見送ったあと。
「岳…。次やったら、俺。当分口きかないからな?」
ジトリと背後に立つ岳を睨めば。
「次はない。今回だけだ。…大和の声だって俺だけのものだからな。妙な想像をされても逆効果になる…。これきりだ」
あ、そう。そうッスか。
俺の頬は勝手に熱くなる。
そんな俺を背後から抱きしめ、頬擦りして来た。まるで大型の猫科動物にすり寄られている様。
でも、嫌じゃない。
「なぁ、岳」
俺は岳の腕に自分の手を重ねると。
「なんだ?」
「ああは言ったけど…さ、恥ずかしいだけで…。俺、嫌じゃないからな?」
「分かってる…」
頭上から岳の笑んだ声音が聞える。岳には何でもお見通しだ。
「…さて。邪魔ものはいなくなったし。午後まで昨日の続き…するか」
「はっ、はぁっ?」
俺は岳の腕を解くと振り返る。そこには悪戯っぽく笑う岳いた。
「昨日はセーブしてたんだ。窓を開けてたからな?」
「あ、あれでセーブかよっ! む、むむむ無理っ、絶対、ムリッ!」
「なんだよ。大和、嫌じゃないんだろ?」
こ、このぉ。
そうだ。確かにそう言った。
「…岳。俺の反応見て楽しんでるだろ?」
「どうかな? …したいのは本当だ」
「うわーっ、うわーっ! もうやめ! こんな明るいうちからあんなこと、できっか! 俺は家事をするっ! 掃除するっ! 洗濯するっ!」
耳と言わず首までも赤くなる。俺は岳を軽く突き放すと、さっさとリビングへ踵を返した。
岳は笑っていたが。
「大和」
そんな俺の背に声がかかる。
「ンだ?」
「好きだよ」
「っ!」
振り返ると、玄関の小窓から差し込む朝の光が、その頭上に降り注ぎ、栗色の髪がキラキラと輝いて見えた。まるで後光が差している様。
腕を組んで立つだけなのに、岳が酷く神々しく見えた。バカ見たい、と亜貴に突っ込まれそうだけど、確かにそう見えたのだ。
「大和は?」
俺は、一呼吸置くと。
「…好きに決まってンだろ」
岳は破顔した。
どうか。ずっと、この幸せな時間が続きますように──。
ー了ー