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Take On Me 2   作者: マン太
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3.余談 ー真琴編ー

 一昨日から大和が一緒に眠る様になった。

 放って置けば、ソファでずっと眠るつもりだったのだろう。


 あり得ない。


 そんな所で眠れば休まらないし、第一、精神的に疲弊する。毎晩ソファで寝て、岳がいない現実を突きつけられて。


 休まるはずがない。


 その大和は今、ベッドの上でごろりと横になって大の字になっている。今にも眠りに落ちそうな雰囲気だ。


 しかし。


「大和、もう寝るか?」


「ん…。寝る…」


 持っていた端末は、既に手から滑り落ちていた。


 あまりにも無防備だ。


 くつろぎ過ぎている。腹を見せて眠る仔犬並みに無防備だ。

 自分の前だからこうなのだと嬉しくもなる反面、若干、邪な心もある真琴に取って、悩ましい状況ではある。

 寝巻きの上が捲れ、腹までで出そうな勢いに、真琴はなるべくそちらを見ないようにしながら、足元に畳まれたままの掛け布団を大和の肩口まで引っ張り上げる。

 もう夏仕様の薄い掛け布団だ。タオルケットの毛布も内側にある。


「…大和?」


 呼んだが返事はなかった。ベッド脇に落ちた端末をサイドボードに置き直すと、自分も反対側からベッドに潜り込む。

 いつもなら暫く本を読むのだが、それは止めた。背もたれに使うクッションが、所在なげにソファの上に放り出されている。

 横になると、傍らの大和を見つめた。

 仰向けになって、寝息を立てる大和からは、岳の不在で眠れないと言った不調は感じられない。人の気配に落ち着いたのだろう。

 こんな風に大和を見つめながら眠る日が来ようとは、夢にも思わなかった。いつもは傍らに岳がいて、目を光らせている。

 その岳は、今、過去のしがらみを断ち切る為に奮闘中だ。大和には言っていないが、岳からは連絡が入っていた。頻繁ではないが、状況を伝える通知が入る。

 その返信に、聞かれてもいない大和の近況を報告していた。

 岳からのそれに対する返信はない。必要最低限にしている連絡に、世間話は必要無いのだろう。


 岳と話せればいいんだが──。


 岳は計画を完璧にするために、こっそり裏で大和と連絡を取り合う様な事はしないだろう。

 もし、バレれば自身はもとより、大和にも再び危険が及ぶ。


 それに。


 きっと連絡を取り合えば、会いたくなる、会えない辛さが増す。だから、岳はひと言も大和の話題に触れない。

 近況を知らせるのは、岳の為もあったが、そんな大和の為にやった事で。せめて、その様子を知らせてやりたかったのだ。

 

 可哀想に。


 大和は少し痩せた。げっそりするほどではないが、確実に頬の肉が落ちている。食も細くなった。こちらに気づかれない様、いつもと変わりない様に見せかけているが、こっそりご飯の量も減らしている。

 食べられないのだろう。

 大和は平気なように見せていても、実はかなりやられている。自分では打たれ強いと思っているようだが。

 幼い頃から我慢を強いられて来たからだろう。それが当たり前になってしまい気づかないのだ。

 だから周囲が気遣っていないと、無理をしてしまう。途中で限界が来てプツリと糸が切れ、倒れてしまいかねない。

 眠る大和が僅かに身じろいだ。身体を揺らし寝返りを打つとこちらを向く。

 投げ出された手にそっと触れた。大きくはないが、すっくと伸びた指は大和らしい。ふざけて指先を軽く突くと、クッと手が握られ指を取られた。まるで赤ん坊だ。

 思わず笑みが溢れる。

 無理に外すのはためらわれ、そのままでいることにした。


 これくらいなら、許されるだろう。


 真琴は大和の安らかな寝顔を見ながら眠りについた。



 その夜。いや、明け方だろう。

 夢を見た。

 大和と恋人同士になった夢だ。──岳には言えない。

 何故か互いにベッドに座って、じゃれ合っている。何を話したのかは覚えていない。ただ、楽しくて笑い合っていた。

 ふとした拍子に視線があって、それを合図に手を伸ばし抱きしめる──。


「……?」


 辺りは薄暗い。腕の中には大和がいた。


 夢の続きか──。


 真琴は大和を抱きしめ、その首筋に唇を当てる。大和が身じろいで小さな声をあげた。


 可愛いな──。


 もう一度、そこへ唇を這わせながら、身体にも触れて行く。

 大和は嫌がるように腕の中でもがいたが、どうせ夢なら好きにしていいと思った。胸を押し返す力も弱い。本当に嫌では無いのだろう。

 遠慮せず胸や脇腹を優しく撫でながら、下肢にも手をのばす──。


「まっ、真琴さんっ…!」


 耳元で響いた必死の声にハッと覚醒した。


「……大和?」


 腕の中の大和は顔を真っ赤にして藻掻いている。


「と、取り敢えず、手っ、手を離して、くれっ」


「っ!? 済まないっ!」


 慌てて下肢に伸ばした手も身体も大和から離す。


「すまなかった! 夢だとばかり…。大丈夫か? 気分は悪くないか?」


 直に脇のスタンドを灯せば、朝の薄暗い闇の中に大和がぼうっと浮き上がった。

 見ればすっかり胸元がはだけ、履いていたズボンがずり下がっている。

 冷や汗が流れる。あられもない姿に、自分がした行為を見せつけられ、真琴は動揺した。しかし、大和は。


「大丈夫…。いや、びっくりしたぁ。体格とか、岳と似てるから、つい…。俺も、その、夢の中で岳といて。それで──」


 大和の頬が更に赤くなる。最後まで言わずとも先は分かった。

 夢の中、岳と逢瀬を楽しんでいたのだろう。しかし、目が覚めて気づけば相手が違ったのだ。


 俺の場合は同じだったが──。


 真琴は咳払いすると。


「本当にすまなかった…。怖かっただろう? 取り敢えず、床に布団を敷いて寝る。二度とこんな事がないように──」


「いいって! …その、俺だってくっついただろうし…。真琴さんが悪い訳じゃない。元はと言えば、一人で寝られない俺がいけないんだって。やっぱり、俺、リビングのソファで寝るよ。その方が二人の迷惑にならないし…」


 ずっと、そう思っていたのだろう。だが、真琴は首を縦に振るつもりはない。


「ダメだ」


「真琴さん…」


「ソファじゃ良く眠れない。心労もあるのに身体まで疲弊させる事は出来ない」


「でも、また迷惑かけたらと思うと…」


 大和も譲らない。真琴はため息をつくと。


「なら、こうしよう。大和も俺もベッドで寝る。ただ、二人の間にこうやって──」


 脇に避けてあったクッションを二人の間に積み上げる。大振りなそれは、壁とは行かないまでも、堤位には出来上がった。


「──これでいい。お互いにまるっきり見えない訳じゃないが、壁にはなる。完全ではないが──」


「いいよっ。これで全然。…てか、真琴さん、本当ごめん…」


「気にしなくていい。手を出した俺がいけないんだ。本当に大丈夫か?」


 肩にそっと手を置くと、びくりと揺れた。やはりショックだったのだろう。


 これは──。


「…大和。次から俺と眠るのはよそう。亜貴とならそんな事は無いだろう」


 流石にこんな状態に、無理強いは出来ないと思った。亜貴なら背格好は岳と似ていない。大和も間違える事はないはずだ。

 しかし、大和は否定する。


「ち、違うんだっ! その…ちょっと、ドキドキし過ぎたって言うか、反応仕掛けたって言うか…。俺の方こそ、本当ごめん!」


 それで合点が行く。


「…言い方は何だが、嫌じゃなかったと言うことか?」


「うーん、まあ、その。真琴さんが怖いとは…。だって事故だろ?」


「……まあ、そうだな」


 大和はポンポンとクッションを叩くと。


「取り敢えず、これ。置いておけば大丈夫だって。真琴さんだって災難だったろ? 目が覚めたら俺だったって言う。びっくりだよな?」


 大和は笑いながら、乱れた寝巻きを直し再びベッドに横になる。目覚ましが鳴るまで、あと二時間程あった。

 

「真琴さんも、まだ起きる時間じゃないだろ? 寝なよ」


「あ、ああ…」


 無理しているようには見えない。


 気にするな、と言うことか。


 これ以上、頑張っても仕方ない。真琴もそれに習って、二度寝する事に決めた。



 次に目覚めたのは大和が朝食準備の為、起き出す少し前。

 こっそり、クッションの壁をずらして、隙間から覗く大和を見つめた。こちらに顔を向けてすっかり寝入っている。

 小動物に例えられる大和だが、こうして見ると精悍な顔つきをしていた。頬には白い跡が残るが、それもアクセントの一つで。

 

 岳はもっと別の顔も見ているのだろうな。


 先ほどの大和を思い出す。

 僅かではあったが、岳しか見たことのない顔を見ることが出来た。もっと見たい所ではあったが、そうは行かない。


 大和には、岳がいる。


 大和は今後も岳のパートナーだろうし、それは、終生変わる事は無いだろう。

 岳が付き合って来た、数多の人間達と大和はまるっきり違う。

 見た目より何より、持っている気質が違った。人を明るく照らし出す。他人を尊重し優先させる大和に、岳は好意を抱いたのだろう。


 それは、俺も同じだが。


 岳より早く出会っていたらどうなっていたのか。


 いや、考えた所で仕方のないことだな。


 過去を変える事は出来ない。


 そうこうしていれば、小さな電子音のあと大和が目覚めた。

 グンと伸びをしてからピタリと止まり、しばしぼーっとしていたが、不意にこちらへ振り向く。

 慌てて寝た振りを決め込んだ。真琴が寝ているのを確認すると、そおっとベッドから滑り降りる。

 そのまま部屋を出ていくかと思ったが、ふと、足音が止まってこちらに引き返して来た。

 何事かと思っていれば、胸の辺に手が伸びる。真琴の外へ少し出ていた肩口を隠す様に布団をかけ直したのだ。小さく、よし、と聞える。

 それから大和はそっと部屋を出て行った。


 まったく。


 母親のようだ。

 口元に笑みが浮かぶ。胸のうちに温かいものが流れ込んで来るよう。

 今後も大和の傍を離れる、と言う選択肢はないと思った。



 後日、岳が無事帰って来た時、包み隠さず打ち明けた。岳はまだ大和から知らされていなかったと見え、それを知って若干余裕をなくす。

 

 少しは、やきもきすればいい。


 大和をひとり放って置いた罰と、独り占めしている罰だ。

 それが後日、裏目に出るのだが──。


 それはまだ、少し先の話しだ。



ー了ー

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