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Take On Me 2   作者: マン太
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2.余談 ー亜貴編ー

 大和と寝ることになった。

 ううん。これには語弊がある。

 兄さんがいなくなって、眠れなくなってしまった大和を、人の気配で安心させるため、一緒に眠る事になった。が、正しい。

 別に一緒のベッドに眠る必要はないのだと、真琴は言ったけど。

 自分だって一緒のベッドで寝たくせに、何を言っているんだと思う。


 俺だって、大和と寝る。


 そう宣言して、今に至る。

 勉強を終え、ベッドの上でくつろいでいれば遠慮がちなノックの後、大和が顔を見せた。いつもは気にせず開けるくせに。


「亜貴、いいのか?」


「いいって。大和なら別に気にしない。──触ったり襲ったりしないだろ?」


「し、しねぇよっ!」


 動揺して真っ赤になるのがかわいい。

 反論したあと、俺の返しに大和は急に真顔になって。


「てか、襲われそうになった事、あるのか?」


 俺は大和の顔をチラと見たあと。


「…一年の時、夏の部活合宿で一緒の部屋になった奴に襲われかけた」


「はぁ?! それ、大丈夫だったのか?…まさか──」


「大丈夫だって。すぐに急所蹴り上げたから。俺が弱いと思ったんだろうけど、そうは行くかっての」


「その後は? 今は大丈夫なのか?」


 心配になった大和は、自分の身に起こっていることなど忘れて、必死に問い詰めて来る。俺は腕を組むと。


「これでも、普通の高校生男子よりは鍛えられてんの。なんたって、あの藤に仕込まれてんだから。もう、誰も寄って来ないよ。だいたい──」


 俺はベッドに上がって、ずりずりと半ば迫るようにして大和に近づく。


「俺、タチだと思う…」


「たち?」


 ベッドがぎしりと軋んだ音を立てた。


「どっちかって言えば、抱きたい方ってこと。抱きたい方が攻めでタチ、抱かれたい方が、受けでネコって言うんだって、知り合った女の子が教えてくれた。『亜貴くんは絶対、受け、ネコ!』って言われたけど。…ううん。どっちかじゃない。攻めだ…」


「な、ななななんだよぉ…」


 大和は訳が分からず──言っている意味の半分も分かってはいないだろう──後ずさる。


「俺は、大和を抱きた──」


 い、と言いかけた口元を、大和がバッと両手を使って塞ぐ。もがっと、変な声が漏れた。


「ダメだ! それ以上、言うな! 亜貴は岳の弟で、やっぱどっか似てんだよっ。それに、亜貴は岳がすっげぇ大事にしてる。だから、襲われても手は出せねぇ。殴るとか蹴るとか、ありえねぇ…。俺は今、凄く岳に会いたい。ギュッってされたいし、甘やかされたいし、その──色々したいこともある…。そんな時に、亜貴に迫られたら─…」


 大和は一気にそう捲し立てると、俯いて唇を噛み締めた。そんな様子も可愛いと思えてしまうのは惚れた欲目だろうか。


 ほんっと。兄さんって、罪作りって奴だな。


 俺はため息をつくと。

 

「…襲うわけないじゃん。兄さんのパートナーに手出さないよ。冗談だって」


 大和から離れ、自分のベッドの上の定位置に戻る。大和は思い切り脱力し、ホッとした様子を見せた。俺は枕を抱えると頬杖をつき。


「あーあ…。ったく。兄さんの何処がいいわけ? そりゃあ、身長は高いし見た目はいいし。人当たりもスマートで? 何着たって似合うし…。確かに惚れるのもわかるけど。中身は結構、重いし面倒だと思うよ?」


 弟の俺が言うのだ。大和だって分かってはいると思う。


「そうなんだけどさ。確かに色々あるだろうけど、それは俺だって同じだし…。俺みたいなの、好きになってくれたってのが一番だよな。俺なんていたって平凡だし、見た目がいいって訳じゃない。けど、ちゃんと俺を見て好きになってくれたってのが…いいんだ」


 大和は俯いて、自分の手のひら──主に左手薬指──を見ながら話す。


 ああ。やってられない。


「大和、そこまで卑下する程、悪くないと思うけど…。まあいいや。大和が兄さん大好きってのは良く分かったよ。──もう、寝よ」


「あ? ああ、うん…」


 ベッドにごろんと横になって、掛け布団をかぶる。大和はいつになく遠慮がちにそっと布団をはぐり、中に潜り込んできた。

 いつもはない、傍らの重みにベッドが沈み込む。大和からは何故か岳と同じ匂いがした。


 同じボディクリーム使ってんのかな?


 岳は必要時以外、滅多に香水の類はつけなくなった。ただ、以前から愛用している外国製のボディクリームは欠かさない。

 効能より、その香りに癒やされるのだとか。それと同じ香りがほんのり、大和から漂う。


 兄さんのこと。待っているんだろうな。


 どんな思いでそのクリームを使っているのか。それを思うと切なくなった。


「兄さん、ちゃんと帰って来るよ」


 そう口にしたが隣から返事はない。

 横に目を向ければ、健やかな寝息と共に、こちらを向いて眠る大和の姿があった。元々、寝付きがいい。

 手を伸ばすと、大和の額にかかる前髪をそっと避けた。

 僅かに身体を起こして、露わになった額へ口づける。大和はピクリともしなかった。

 本当は唇にしたいけど、そこはやはり遠慮した。

 だって、大和からしてくれるキスじゃなきゃ意味がない。それに、岳のいない所でやるのはフェアじゃない気がして。

 もっと、ズルくて嫌な自己中心的な人間になれたなら良かったのに。生憎、そうならなかった。

 こちらの葛藤などお構いなしに、安心しきってスヤスヤ眠る大和の寝顔は、コツメカワウソなんかじゃない。ちゃんとした人のそれだ。


「…おやすみ。大和」


 くすりと笑んでから、傍らで眠りについた。



 ピピピッと無機質な電子音に目を覚ます。

 身体を起こそうとして、ふと腕の中が重い事に気がついた。確かな塊がそこにある。

 大和が腕の中で丸まっていたのだ。

 いつの間にか抱いていたらしい。いや。抱き寄せた記憶はない。大和から潜り込んできたのだろう。

 温もりを求めて丸くなった子リスの様。飽くまでも、例える対象は小動物だ。寝顔が可愛い。

 まだ起きない大和を横になったまま見つめていると。

 

「ん…。目覚し、鳴った…?」


 大和が腕の中でモゾモゾと動き出す。


「鳴った。起きる時間だよ」


「…もう、ちょっと…。五分、経ったら起こして…。岳…」


 あ、間違えてるパターンね。


 俺はいたずら心が湧いて、


「起きないと、キス、するぞ?」


 岳の口調をマネてそう言えば。


「……ス、する…」


「ん?」


 イヤだとか何とか言って、目覚めるかと思ったのに、急にグンと伸びでもするように身体を伸ばすと、俺の唇にキスしてきた。

 大和の目は開いていない。寝ぼけているのだ。びっくりしたのが、僅かに開いていた口に舌先が触れた事。


 兄さん、朝からこんなキス、してんのかよ…。


 流石に、岳にも大和にも申し訳ない気がして。そのまま大人しくしていても良かったのだけど。チュッと音を立てて唇にキスし返すと、


「大和。俺、襲う気? 俺は構わないけど…」


 その言葉にバッと目が開き、物凄い勢いで大和が離れた。

 その勢いでベッドから転がり落ちる。ドタンと派手な音がした。きっと真琴が何事かと気を揉んでいるだろう。


「大丈夫? 大和」


「お、おおおおお、おっ! い──キ…た?」


 何を言っているのか分からないが、言わんとしている事は分かる。


「したよ。熱烈な奴」


 正確には、仕掛けた──が、正しい。

 大和は気の毒なくらい、動揺する。


「ご、ごめんっ! まだ未成年なのに…。俺、どうしたらっ──」


 オロオロとする大和にニッと笑って、ベッドの上から床に転がった大和を見下ろすと。


「じゃあ、責任取って、ケッコンしてくれる?」


 大和はピタリと動きを止めて。


「た、岳に…相談、してから…」


 弱々しく答える。俺は思わずプッと吹き出すと。


「冗談だって。ほんっと、大和ってからかい甲斐があるんだから」


 まだ起きるのには早い。二度寝しようとごろりと横になって布団に潜り込めば。


「本当に、大丈夫なんだな?」


 素早く立ち上がった大和が肩に手をかける。その目は真剣だ。俺は笑うと。


「あんな程度でショック受けないよ。まして、相手、大和だし。その気になったらいつでもどうぞ」


「よ、良かった…」


 途端に大和は力が抜けたのかベッドサイドにドサリと座り込む。


「岳のいない間に、亜貴になんかあったら、合わせる顔がないって…」


 頭を抱える大和を、寝転がったまま見上げると。


「大丈夫。何かあって、兄さんが大和を放り出したら、俺が面倒見るから。安心しなよ。ね?」


「……っ」


 ふぐっと、声を漏らしながら半泣きになった大和が顔を上げた。

 我ながら意地が悪いとは思うけど、こんな風に大和を放って置く岳が悪いのだ。

 

 幾ら大和が打たれ強いからって、放置し過ぎなんだよ。っとに、兄さんは融通が利かないんだから。


 こうと決めたらとことんまでやり抜くタイプなのだ。そこに一切、妥協はない。だから、敵も味方も欺ける。


 でも、大和まで欺く事はないと思うけど。


 俺は身体を起こすと、大和に寄り添う。


「ほら、泣かない。全部冗談だし、兄さんは何があっても大和を捨てないし、必ず元に戻る。…元気出して。さ」


 ポンポンと背を軽く叩くと、グズリと鼻を鳴らした大和は、ふうと大きく息を吐き出して。


「…ごめん。ちょっと弱ってた。ありがとな。亜貴。気ぃ使ってくれて…」


「さ、あんまりここでグズグズしてると、俺からもキスするよ? 今だって結構、我慢してんだからさ」


「亜貴…。お前はいい子だな。絶対、変な奴に騙されんなよ? 困った事があったら、俺に言え。ぶっ飛ばしてやるから…」

 

 もう一度、グズリと鼻を鳴らしてそう口にした。


「うん。頼りにしてる」


 頭を引き寄せ、自分の頭もコツリと寄せた。


 兄さんがいなければ、押し倒してキスするのに。


 抱き寄せた大和からは、やはり岳の香りがした。



「亜貴。朝方、部屋で凄い音がしたが。何かあったのか?」


 皆で食卓を囲み朝食を食べだすと、真琴が早速尋ねて来る。

 どこかソワソワとした様子から、聞きたくてこの時を待っていたのが窺えた。


「大和の寝相が悪くてベッドから落ちただけ。だよね?」


 大和に同意を求めると、口に運びかけたレタスをポトリと落とし、妙にギクシャクしながら。


「んっ? あ、そ、そうだよ。う、うん…」


 大和、分かり易す過ぎ。


 これじゃあ、真琴がますます何かあったって勘ぐるって。


 まあ、大和が嘘がつけないってのは周知の事で。けど、何かあった訳じゃない。あんなキス程度、未遂のうちだ。

 聞いた話しによると、真琴もキスした事があるらしい。


 俺がしたって、文句は言えないって。


 真琴はため息をつくと。


「やはり、亜貴と一緒だと良く眠れないんじゃ無いのか?」


「そんな事ないって。ね? 朝まで俺の腕の中でぐっすり寝てたもの。大和の寝顔って可愛いよね」


「腕の中…。本当か?」


 真琴の表情が険しくなる。


「ち、違──っ」


「本当だよ。でも、それだけ。もっと先に進んでもいいんだけど…」


「亜貴…」


 真琴の声音が低くなる。冗談だってのにさ。


「兎に角、次も交代で寝るから。だいたい、真琴だっていい思いしてるんでしょ?」


「──そんな事はない」


「あ! 今、間があったって! 絶対、なんか隠してる…」


「隠してなんかいないさ…。分かった。もう、いい。大和がいいなら今後も交代で行こう。…大和はいいか?」


 それまで二人のやり取りを、あわあわしながら聞いていた大和は、大きく頷くと。


「…俺は、寝てもらえるら…。てか、迷惑かけてごめん…。俺が不甲斐ないばっかりに…」


「そんな事ないって。誰だって大切な人が急にいなくなったらそうなるよ。大和は正常。俺と真琴でフォローするのが当たり前。家族だろ?」


「亜貴…。ありがと」


 ようやく大和は朝食の続きを始める。

 真琴は仕方ないといった具合に息をつくと。


「亜貴の言う通りだな。ただ、亜貴。大和に無茶言うなよ?」


 真琴は俺の性格をよーく分かっている。音の原因もある程度、察しているのだろう。

 

「分かってるって。でも、大和から来たら不可抗力だから。今朝のだって、大和からキ──」


「わーっ! わーっ! もう、終わり! おしまいっ! ほら、早く食べないと学校遅れるし、真琴も仕事遅れるって」


 あからさまに慌てる大和に、真琴が気づかないはずがない。静かな眼差しで俺を見たあと。


「岳に言えない事はするなよ?」


 そうとだけ釘を刺してきた。


「勿論」


 フフンと笑んで真琴を見返す。

 真琴にだけ甘い汁を吸わせるわけには行かない。こんなチャンスは早々やって来ないのだから。


 大和には悪いけど──。


 今だけは。

 岳は必ず大和の元に戻って来る。

 それまでの間、いつもより少し近い距離でいたいのだ。

 

「亜貴…。何するつもりだよぉ…」


 大和はオドオドした様子で尋ねて来る。俺は不敵な笑みを浮かべると。


「大和こそ。何するつもり? 大和の方が危ないんじゃない?」


「んぐっ…」


 俺の指摘に言葉を詰まらせる。

 

「兄さんが帰って来るまで、気をつけて。大和」


 ニコリと笑む。


 もう少しだけ──。あと、ちょっと。


 この時間を楽しみたかった。



ー了ー


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