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Take On Me 2   作者: マン太
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1.その後 ー藤編ー

 大和が岳と共に無事に帰って来て数週間。

 岳がジムに大和を迎えに来た。丁度、仕事が終わった所だと言う。

 仕事場を前に借りていた事務所から、自宅内に切り換えたのだが、今日の仕事はその前借りていた事務所であったらしい。

 岳の顔には、以前と同じ穏やかな表情が浮かぶ。


「藤、またな!」


 帰り際、大和が大きく手を振るのはいつものこと。藤は軽く頷くか、手を上げる事で応えていた。

 傍らの岳はそんな大和の背に手を回し、半ば抱くようにして連れ帰る。


 前より…過保護度が増したな。


 廊下の先まで二人を見送り、また仕事へと戻った。


 あんな事件の後だ。そうなるのも仕方が無いのだろう。

 大和は自分の身を投げ出して、古山との縁を断ち切ろうとした。一歩、間違えば命を落としていただろう。

 岳がああなるのも頷ける。大和は注意して見ていないと、何処へでも向かって行ってしまうのだ。


 本音は、閉じ込めて置きたいくらいだろうな。


 大和はその後、古山にちっとも敵わなかったのが悔しくて、もっと強くなりたいと、さらなる訓練を要求してきた。

 古山は空手や柔道、その他武術の有段者でそれなりの場数を踏んでいる。いや、それなりでは無い。かなりの──だろう。

 それに対応するのは、小柄で古山と比べれば経験も少ない大和には厳しい。

 飛び道具でも扱える様になった方が得策かと思うが、ここ日本で銃器を携帯するのは警官以外無理だろう。

 せめて身を守る為にナイフの扱い位は教えておこうと思ったが。


 身一つで勝つ手法か。


 取り敢えずは、それがいいらしい。


「すっげぇ美人だったら、ああいう奴も少しは隙、見せるんだろうなぁ…」


「…美人?」


 その日、いつものトレーニングが終わったあと、大和の漏らした言葉に、思わず聞き返した。


「いや、だってさ。映画でもよくあるだろ? スパイがすっげぇ美女で、よろめいちゃう奴。そういう時は絶対、隙ありだよな?」


「……」


 大和が──敵、相手に。


 ベッドの上。素肌に白いシャツ一枚の大和。

 その羽織ったシャツも、胸元は大きくはだけ、肩からずり落ちそうになっている。

 シャツから覗く足はすらりとしなやかで、誘う様に腿の辺りまで露わになって──。


『藤…』


 腕が抱きつこうとこちらに伸ばされる。


「──っ」

 

 思わず、大和が色仕掛する様を想像し、慌てて否定する。


「ンだ? 藤、何赤くなってんだ? …なんだか、スゲェぞ? 赤ベコ並だ」


 大和が不思議そうな顔をして覗き込んで来るが。


「…何でもない」


「変な奴」


 まさか、色仕掛をする大和を想像したなど、言えるはずもない。第一、そんな風に大和が誘惑する訳が無いのだ。

 しかも、大和の色仕掛が効く相手は限定的だ。岳以外なら、亜貴や真琴位だろう。ふと、自分を顧みるが。


 俺には──どうだろう。


 藤の性的な対象は、異性が九割、同性が一割。皆、長い付き合いだ。特定の誰かに入れ込む気にならない為、彼女、彼らの間を行き来する。

 付き合っている男は大和とは全く真逆のタイプだが。


 多分、大和は──抱ける。


 藤に大和の色仕掛は有効──と、言うことになる。

 様々な関係がない状態で出会ったなら、迷わず手に入れていた。藤には、大和がキラキラとした光の塊に見えるのだ。

 闇の中に身を置いていたものならきっと分かるはず。

 しかし、心酔する岳の思い人にちょっかいを出すつもりは毛頭なかった。大和は岳の大切なひとだ。それは、自分にとっても同じこと。

 岳が大切にするものは、岳自身と同じくらい尊いもので。

 岳がヤクザのままでいたなら、異性が対象なら、大和が女性だったなら、きっと岳は今と同じ傍に置き、自分達も姐さんとして敬っただろう。

 しかし、そのどれも現実には起こらなかった。お陰で大和とは、気安い関係でいられる。出会わせてくれた岳に感謝だ。


「藤。寝てる時に襲われたら、どうしたらいいか教えてくれよ。対処したいからさ」


「この前の事件のせいか?」


「そ。大希に襲われた時、何にもできなくて。あれがまだ大希だから良かったけど、他の奴だったらと思うとゾッとしてさ…。一発かませる奴。なんかねぇの?」


「あるにはあるが…」


「マジ? な、ちょっとやってみせてよ。実演!」


 意気揚々とこちらを見上げて来る。断われる雰囲気ではない。

 藤は仕方ないと、トレーニング用に敷かれてあったマットを指さした。

 

「そこに横になれ」


「ん。了解」


 無防備にコロンとマットに寝そべる大和は、腹を見せる小動物のよう。お腹を撫でれば喜びそうだ。

 確か岳に何とかだと言われて憤慨していたはず。


 コツメ…何だったか。


 と、そんな事を考えていると、大和は興味津々な様子で見上げて来る。


「んで? 次は?」


 気を取り直して先を続ける。


「取り敢えず俺が腕を掴むからそれを外してみろ。どんなやり方でもいい」


「ん」


 藤は寝転がった大和に跨り、膝立ちする。言った通り、大和の両腕を掴み動きを封じた。大和に覆いかぶさる格好だ。

 相変わらず、大和の腕は細い。もちろん、同年代の人間に比べれば筋肉もつき、力強いのだが。


「相手は腕の動きを封じるだろう。大和より体格が良ければこんなものだ」


「って、ぜんぜん、無理っ」


 見下ろす大和は顔を真っ赤にして暴れるが、びくともしない。これでも加減しているのだが。

 と、見下ろす大和の息があがる。若干、涙目になっているのは気の所為か。額に汗が浮かぶ。

 たまに関係を持つ男は線が細く色白で、気は強いが女性的な面がある。

 それと比べると、大和は小柄だが肌も焼けていて、しっかりとした骨格だ。身体付きはきちんと男性のそれで。

 誘う様な色気など皆無に等しい。


 だが。


「んっ──、も、ムリ! んん──っ、っ、も、ダメ…ッ!」


「─…!」


 いつも抱く男と大和がかぶって見えた。

 あられもない声をあげ、自分に縋って来るのは──。


「…それは、何の訓練だ?」

 

 その声にはたと我に返る。

 声のした方へ顔を向ければ、トレーニングルームの戸口に肩を預けて立つ岳の姿があった。いつからいたのか、腕を組んでじっと見つめている。──いや。睨んでいるのだろう。

 

「押し倒された時の、逃げ方! って、ぜんぜんムリ! こんなの、逃げれねぇって」


「足で金的を蹴ろ。片手が自由になるなら、目を潰すか、耳を思いっきり引っ張れ。あとは噛みつけ。それが一番、簡単だ」


 岳はそう言いながら近づいて来る。今日も以前の仕事場で撮影が入ったと言っていた。その帰りなのだろう。

 藤は大和の上から退いた。岳はまだ寝転がったままの大和の傍に片膝をつくと。


「一番は、そんな状況を作るな──だ。誰かと不用意に二人きりになるな」


 チラとこちらに視線が向けられる。

 

「ま、そうなんだけどさ。知って置けば損は無いだろ?」


「けどな。藤みたいなのに襲われたら、一溜りも無いだろ」


 岳は手を差し出し、大和が立ち上がるのに手を貸した。


「うーん…。確かになぁ。でも、逃げる方法、無いのか? 藤」


 大和はこちらに目を向ける。


「…逃げるのは無理だが、命を守る事は出来る」


「なに? そんなのあんの?」


 大和は食い付いて来るが。続きを躊躇った藤に代わって、岳が続けた。


「大人しく言いなりになる──。抵抗しなければ相手もそれ以上、抑え込もうとはしないだろう。命は取られない…」


 大和の目が大きく見開かれた。そうして、恐る恐る、藤を見ると。


「それ、マジ?」


「…命は助かる」


 岳の言う通り、それなら命は助かる。身体以上に精神的なダメージは強いが。

 大和は、ダーッ! と、声をあげると。


「ムリムリムリ! ムリッ! ありえねぇ! 岳以外となんて──」


 言いかけて、はたと気づきおわっと口を押さえる。チラと藤に目だけ向け、顔が真っ赤になった。

 岳とそう言う関係なのは周知の事なのだが、公然と口にするのは抵抗があるらしい。


「…聞こえたか? よな? ま、その、そう言う事で──兎に角、それは、無理だな…」


「…だろう。岳さんの言う通り、勝ち目のない相手とは二人きりにならない事だ」


 すると藤の言葉に岳は腕を組み。


「となると、藤と二人きりも危険か?」


「なに言ってんだよっ。藤はトレーナーだろ? スタッフだって。だいたい藤が俺を襲うわけが無いだろっ」


 大和は噛みつくが。


「前にも言ったろ? お前が大丈夫だと思っていても、相手がどうかは分からない」


「藤がそんなわけないって。な?」


 藤を見上げる大和に、


「──ああ」


 やや間が出来てしまう。即答でなかった為、え? っと大和が目を見開いた。


「ほらみろ。分からない、だろ?」


 岳が意地悪くニヤリと笑って藤を見てくる。それに対して首を振ると。


「違います…。襲いはしません。岳さんの大切な人です。ただ──」


「…ただ?」


 大切な──の発言に、大和はボボッと顔を赤くしたものの、尋ねて来る。


「ただ、岳さんと同等に思っているだけです。命を張って守る覚悟がある。──好意と言えばそうかもしれませんが、もっと強いものです…」


 そう言って岳に目を向けた後、大和にも視線を送る。

 思っている事をそのまま伝えただけだ。

 例え大和と二人きりになっても、やましい思いを抱えていたとしても、岳がいる以上、『何か』が起こる事はない。

 岳と大和はイコールなのだから。尊敬し大切に思うものを傷つける事はしない。

 岳はふっと笑うと。


「…藤は変わらないな」


 視線を伏せ首を振る。その顔はどこか嬉しそうだ。大和もパッと表情を明るくすると。


「俺も藤が大好きだ!」


 ガバと腕を広げ、飛び上がる様にしてその首筋に抱きついて来る。思わず支える為、背に腕を回した。

 ほわほわとした髪が口元に触れくすぐったい。抱きかかえた大和はどうやっても軽く感じた。


「藤。藤に何かあったら、俺が絶対守るからな?」


「頼もしいな」


 顔を起こし間近でそう口にする大和に我知らず笑みが浮かぶ。

 勿論、大和の助けが必要になる様な状況は早々ないだろう。大抵は藤一人で解決出来る。だが、その心が嬉しかったのだ。


「…やっぱり、前言撤回、か?」

 

 岳は真面目な顔をして腕を組んだが、困惑した様子の藤に、すぐに笑って返した。


 その後、以前と同じ様に二人連れ立って帰って行った。二人の幸せな姿を見られるのは、とても喜ばしい事で。

 岳が古山の元へ行っていた際の大和の顔はいつもどこか暗く、見られたものではなかった。

 何とかしたかったが、出来る事と言えば、岳の代わりに供に付くだけ。歯痒かった。

 その大和が笑顔を取り戻したのは、岳がそのもとに帰って来てから。

 やはり、岳でなければ無理なのだ。

 分かっていた事とは言え、自分の無力さを感じる瞬間でもある。


 けれど。

 

『俺も藤が大好きだ!』


 大和はその笑顔を藤にも向ける。

 岳とまではいかないまでも、自分がいなくなれば、きっと大和も同じ様に顔色を曇らせるのだろうか。

 それを密かに期待してしまう自分がいる。

 と、通路を曲がる前、大和がこちらを振り返って手を振って見せた。それにいつもの様に軽く手を上げて応える。

 二人の姿が角の向こうへ消えたあと、藤はひとり苦笑を浮かべ、軽く頭を振った。


 やはり、岳には目を光らせて貰った方が良さそうだな。


 藤はひとりごちた。

 


ー了ー

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