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Take On Me 2   作者: マン太
29/33

29.アパートにて

「大和。大希さん、いつ帰って来るって?」


 アパートの自室。昇がレポートをパソコンで作成しながら尋ねてくる。俺は横からその見事なまでのタイピングの動きを眺めつつ。


「今日の午前中、って言ってたな?」


 言いながら、大希とやり取りした内容を、ケツポケットから取り出した端末で確認する。

 今までは(みやび)の紹介で、知人の家に居候していたようだったが、そこを退去して今日には戻るとあった。

 今日はその引っ越しの手伝いに来たのだ。


 大希は手伝いは要らないって言ったけど。


 大希との友だち付き合いは、今のところ順調だ。

 お互いに時間が合わず、早々には会えないが、今月から始まる山小屋の仕事を覗きに来ると言っていた。山小屋には既に宿泊の予約もある。

 岳はそれを聞いて、ぽつりと祐二に頼むか…とぼやいた。


 ごめんな。岳。余計な心配をかけさせて。

 

 心の中でそう思った。

 けど、なんだか放っておけないのも事実で。ついつい、声をかけてしまうのだ。俺にとっては、大事な友人のひとりで。

 昇は不意にパソコンから顔をあげ、テーブルに肘をつくと。


「岳さん。あいつの事、嫌ってんだろ?」


「へ? って、そんなこと──」


「いいって。隠さなくても。てか、嫌っているって言うより、警戒してるって感じか。亜貴ちゃんも、前に話題に上げたら嫌な顔してたし…」


「う~ん。まあ。色々あって…。でも、きっとそのうち分かり合える気はする」


 亜貴もこのアパートに大和のお供でついてくる事がある。

 大抵はそこにいる子どもらと遊んでいるか──いまだに亜貴を女の子、と思っている子供が多く、亜貴ちゃん、と呼ばれ続けている──この昇に勉強を教わっているか。

 いい家庭教師を見つけたと思う。現役の大学生なのだから。


「てかさ。亜貴ちゃん、すっかり色っぽくなったよな? 先が思いやられるなぁ。きっと岳さん、気が気じゃないんじゃないの?」


 ニヤニヤ笑いで身を乗り出すと。


「別に、気にしてはいないさ。もう、自分でなんとでも出来る歳だ」


 突然、会話に入ってきたのはその岳だ。

 先ほどまでふくさんと話していたのに、いつの間にか戻ってきたらしい。

 開け放していた縁側から姿を見せた。


「うげ、岳さんだ…」


 あからさまに嫌な顔をする昇に、部屋に上がってきた岳は足で蹴りをいれるふりを見せる。


「おっまえは。失礼なんだよ」


 昇は避けるふりをしながら。


「だって、岳さん、いっつもこう、キッて目吊り上げて俺のこと見てくるし、ちくちくいじめてくるし…」


「いじめてなんかいないさ。ただ、大和に近づきすぎないよう、目を光らせているだけだ」


「大和に手なんか出さないって。俺、彼女いるし、大和は友だちだし」


「ならいいが。前に彼女に振られたって、大和に泣きついただろ? …慰めてもらうのに抱きついていたの見逃していないからな? 調子に乗るなよ?」


「あ、あれはっ! たまたま大和がいて…、って、だって大和。こう、ぬいぐるみみたいでさ。小動物って言うか…。抱くと癒される──」


 岳がぽかりと頭を軽く叩いた。


「って! んだよ」


「『抱く』とはなんだ? お前にそんな許可を与えた覚えはない」


 二人のやりとりに傍らの大和は苦笑するしかない。じゃれ合うと言う事は、結局、仲はいいのだ。


「まあまあ。俺は岳しか見てないから、大丈夫だって。な?」


「……」


 そう言って岳を見上げれば、無言になって見下ろしてくる。

 その頬が僅かに赤らんだのを見逃さない。岳は意外にストレートに伝えると照れるのだ。可愛い事この上ない。


「あーあ。結局落ちはそこかよ。仲がよろしいことで!」


 昇は大きく伸びをすると。


「さて。そろそろ大希さん、来るんじゃない? お出迎えお出迎え」


 と、そのタイミングでふくから声がかかる。


「みんな! 大希さん、来たわよ! お茶にしましょ」


 弾んだその声に、皆がそれぞれ返事を返し、ふくの元へと向かった。


+++


 俺が玄関でスニーカーを履き終え立ち上がると、縁側から回った岳が待っていてくれた。


「今日さ、ごめんな? せっかくの休みなのに付き合ってもらって…」


「休みだから一緒にいたいんだ。どこにだって行くさ。…あいつの引っ越しを手伝うって言うんだから尚更だ」


 いまだ岳の赦しはでない大希だが──それも致し方ないけれど──そのうち、時間が解決してくれると思っている。

 それよりなにより。俺の中の問題はいまだ解決を見ていない。とりあえずそれは引き出しの中にしまっておくことにしたのだ。

 岳は俺でいいと言ってくれている。今、俺の中に岳から離れるという選択肢はない。


 別れるなんて考えただけで。


 ぶるりと身体を震わした。

 だから、当分はこのままで。これもきっと時間が解決してくれるはず。


「どうした? …顔色が悪いぞ」


 ぽすりと大きな掌が頭に降ってきて、クシャリと撫でていく。見上げた岳は笑ってはいるものの、その目には心配の色が窺えた。


 こんな顔。させちゃいけないよな? 


 俺はフン! と、気合を入れて笑うと。


「大丈夫! なんでもねぇって。てか、あんまり大希いじめんなよ?」


「いじめるも何も、話す気はないな」


「岳…」


「そんな捨てられた子犬の様な顔をしても駄目だ。これは俺の中の問題だ。…ただ、昇にするように接するのはまだ無理だってことだ。俺のことは気にするな。大和は大和の好きな様に動けよ。…俺が見てるから」


「…ん」


 なぜかジワリと目の端に涙が浮かびそうになって、慌てて視線を明後日の方向へ向けた。


 愛されているのだと思う。──とても。


 すると、岳が不意に立ち止まって、


「なあ、大和…」


「なんだ?」


 同じく立ち止まる。


「何か思うことがあって、悩んで、それでも答えが出なかったら、俺に話して欲しい。途中まででいい…。一人で抱え込もうとするなよ?」


「…ん。そうする」


 岳は優しい。そう答えて、磯谷の言葉が脳裏に蘇った。


 『岳には言わない方がいい』


 なぜ、磯谷がそう言ったのか。今の俺には分からない。

 けれど、ずっと岳を見てきた人間がそう言うのだ。そうした方がいいのだろう。

 でも、岳の言葉に気持ちが揺れたのも事実で。もし、どうしても自分の中で解決が無理で、どうしようもなくなった時。

 その時は、岳に打ち明けてみようかと思った。一人より二人の方が上手く解決に向かうかもしれない。


「よし。絶対約束だ」


 そういうと、くいと俺の顎をとって素早くキスを落としてくる。

 #ふく__・__#らがいる縁側は、ぐるりと回った壁の向こうで、そちらからは陰になって見えないはずだが、外でのキスはなかなかスリルがあってドキドキする。

 岳は間近に見下ろして来ると。


「…仕事場を家に移すことにした。真琴も亜貴も了承済みだ。離れの一階をスタジオにする」


「へ? って、俺たちの寝てる下の? じゃあ、借りてる仕事場は?」


「あっちはサブで使わせてもらう。メインは家にする。そうしたら、大和も暇なときは手伝えるし、仕事が遅くなっても心配する必要はないだろ? …ひとりで待つ必要はない。一緒にいられる」


 俺の頭を抱えるように胸に抱くと耳元で。


「もう、寂しい思いはさせない…」


 その言葉に胸元に頬を押しあて、思いきり岳に抱きつく。


「…おう!」


 嬉しさの表現が、それしか見つからなかったのだ。


 ありがとな。岳──。


 ぎゅっと抱きしめると、岳も抱きしめる腕に力を入れる。長身な岳にそうされると、殆どつま先立ちの勢いだ。


「ちょっと! そこで盛り上がってないでさ。いい加減、こっちにきてお茶しようよ! 大希さんも来てるし!」


 昇が壁の角から顔を出し、腕をぶんぶんふってせかす。


「ああ、すぐ行く」


 岳は返事を返し、渋々と言った具合に俺を離すと、手をとって皆の方へ歩いていく。

 いつもなら、恥ずかしいからと嫌がるのを握り返すと。


「…ありがとな」


 気付いていてくれて。

 俺が寂しいと思っていたことを。


 岳は振り返るとはにかんだ笑みを浮かべ。


「大和の幸せが、俺の幸せだ。…自分で抱えきれなくなったら頼れよ? 二人で解決していこう」


「…うん。だな」


 ぎゅっと握ってその手を口元に持っていくと口づける。


 岳のこの手が俺は好きだ。


 いつまでも握っていられるよう、握っていて貰える様、努力が必要だ。


 すると、何を思ったのか岳は小さく不満げなため息をつき。


「大和って、時々不意打ちで可愛いことするよな…」


 困った顔をしてクシャリと空いた片手で髪をかき上げる。


「そうか?」


「そうだ。ったく…。ここじゃ何もできやしない…」


 恨めしそうにそんな声を上げた後、


「帰ったら、覚悟しとけよ?」


「…岳?」


「あ! やっときた!」


 昇がようやくふくの部屋の縁側まで来た俺たちに気付いて手招きする。


「ここでお茶するって。大希さんが大福くれた。お餅屋さんの大福だって!」


 言いながら、その手にはすでに半分以上、消えかけた白い大福が握られている。口元をぬぐいながら、うまい! を連発していた。


「ほら、お茶。ゆっくり食べなさいな。大和ちゃんも岳ちゃんもこっちきて食べて!」


 お茶を運んできたふくの向こうの縁側に、大希が気まずげに佇んでいた。俺はお茶と大福を挟んで、空いている大希の隣に座ると。


「大希、今日から住むのか?」


「うん…。荷物は置きっぱなしだったし。これから軽く掃除して片付けて…」


 ちらと視線が俺の傍らに座った岳に向けられたが、岳はどこか遠くの景色に目を向けていた。


「そっか。手伝う事あるなら言えよ? 今日は時間もあるし」


「いいよ。一人でできる。大して荷物もないし。せっかくの休みなんだし、二人でゆっくりすればいいだろ?」


「そうか?」


「そうだって。…なんか、一緒にいるの辛いし…」


「岳か? 大丈夫だって。時間が経てばもう少し──」


 すると大希は苦笑して。


「そうじゃないって。いいから今日はもう人手はいらないから。楽しんで来いよ」


「お? おう…。じゃあ、お言葉に甘えて。岳! 手伝いはいいって」


 すると岳はちらとこちらに目をむけ。


「…分かった」


 軽いため息を漏らした後、ふくの出してくれたお茶を飲み干し。


「それ、食べたら行くぞ」


「おう!」


 手にしていた大福──二個目──を慌てて口に突っ込んだ。


+++


「大和、口に粉ついてるぞ」


 助手席に座った所で、岳がこちらをちらと見てそう口にした。

 俺は慌てて手の甲で拭おうとするが、それより先に岳の指が伸びて顎を捉える。


「岳…?」


 目の前が暗くなったかと思うと、岳がキスしてきた。いや、これは唇についた粉を舐め取った──が、正しい。

 不意打ちの行動に一気に頬が熱くなる。岳は間近で俺を見下ろしながら。


「…取れた。大和は子供みたいだな?」


「う、ありがちだろ? 大福の粉は…」


「そうだな──」


 言いながら、もう一度、キスが落ちてきて、唇についた粉をさらっていく。

 いや。今回は粉を取るのが目的じゃない。単にキスをしているだけだ。

 車内とは言え、まだ明るいうちに、誰かが通りかかれば見られてしまうだろう所でのキスは、先ほどの壁裏でのキスよりかなり気恥ずかしい。


「た、ける─…!」


 胸元のシャツをくいくいと引けば、漸く放してくれた。ふうふうと上がった息を整えていれば。頬に手を添えられ、視線を合わせてくる。


「大和…。他の奴に、余り気安く気を許すなよ?」


「…岳?」


「大和にその気がなくったって、相手はどう思っているかは分からない。幾ら気心が知れた奴でも、な」


 眼差しは真剣だ。茶化せるような雰囲気ではない。


「…わかった。気を付ける」


 それが特定の誰かを指しているのかは分からないが。

 確かに俺はそういったことには鈍感で。

 すっかり心を許して友人と思い付き合っている相手が、まさかそれ以上の感情を持っているとは想像がつかないのだ。

 大抵はそうだろう。けれど、岳と付き合って、そうではない場合もあると知った。

 知らない所で岳を不安にさせているのかも知れない。


 これからは気をつけねば。


 今後も岳といたいのなら。


「大和、せっかくだからドライブするか?」


「おう!」


 俺の返事に岳は笑みを浮かべ、エンジンをふかすと車を発進させた。


 天気は快晴で。

 こんな日はドライブに限る。海沿いを走り、少し山に入ってまた下り、トンネルを抜けて海沿いを走る。

 どこに行こうと、隣に岳がいるから楽しかった。他愛ない話をして笑いあって。それだけなのだが、とても貴重な時間だと思う。


 岳とずっとこうしていたい。


 それが俺の今の願いだった。

 俺と岳の、人生のドライブも始まったばかり。

 きっと登坂も下り坂もある。曲がりくねった道や急カーブも。

 でもきっと、岳となら乗り越えていけるはず。


 いや。乗り越えていくんだ。


 何処までも青く高い空に、俺は誓った。



ー了ー

「Take On Me 2」完結致しました!

 長い間、拙い文章ですが、お読みいただきありがとうございます!

 今後、短いお話を幾つか上げた後、しばらく続きはお休みです。

 他に2,3お話を上げたあと、また続編を書く予定です。

 その際は、またお読みいただければ嬉しい限りです。

 今後とも、よろしくお願いいたします!

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