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Take On Me 2   作者: マン太
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28.水族館

 古山の件が落ち着き、楠正嗣にはまたいつもの日常に戻って来た。

 かといって、まったく以前と同じとはいかず、古山の管理していた縄張(しま)や土地が増えた分、身の周りも慌ただしくなり、せわしない日々を送っている。

 その後、鷹来は父親のもとへ戻るかと思えば、なぜか今度は正嗣のもとへ就いた。


「楠さんの下は居心地が良さそうなので…」


 にこやかにそう語ったが、目が笑っていない。これは監視されているのだろうかと思ったが、今更隠すことは何もない。気にせず今まで通りでいることにした。

 玉置はその鷹来を煙たがっていたが、上からの指示ではどうしようもない。


「またここで、お前と会うことになるとはな…」


 岳はため息をつく。

 今は水族館の、クラゲが大量に揺れる水槽の前で岳と二人、立っている。

 地味な生き物に、皆長くは立ち止まらず、人は流れていく。話しをするのにはちょうど良かった。正嗣は軽く肩をすくめると。


「今日は、来ているんだろう? …大和君が」


 すると岳はふんと鼻を鳴らし。


「でなきゃ、断ってたな」


 場所の指定をしたのは(くだん)の玉置だった。どうやら、水族館がお気に入りらしい。正嗣は苦笑すると。


「俺は結構、気に入っているんだが…。大和君に感謝だな。──それで、今日呼んだのは?」


「礼を言いたかったんだ。直接な。お前にはずいぶん迷惑をかけた…。ある程度、事情は察して分かってくれるとは思っていたが、それでも心苦しくてな。俺の計画にも乗ってくれた。楠がいて助かった…」


「気にするな。お前が正気で古山の下につくとは思っていなかったからな? 何かあるとは思ってた。大和君がからんでいたとは知らなかったが…」


 あの場に駆けつけた際、古山が大和を使って岳を脅していたのだと知った。

 岳からの連絡であの場所に来るように言われたが、詳しい情報は得ていなかったのだ。


 確かに岳の弱みはそこだろう。だが──。


「大和君を使ったのが敗因だな。大和君は一番、お前の中で触れちゃいけない部分だろう。…今後も気をつけろよ?」


「もう、そっちの世界から手が伸びることはない」


「それもあるが…。お前の今後の生き方だ。大和君はお前のウィークポイントだ。…選択を間違えるなよ?」


「大丈夫だ。何があっても、大和が一番だ。…間違える事はない」


「そうだな…」


 岳の為なら、自分を顧みない大和。

 自分の命を危険にさらしてでも助けようとする。岳の為ならなんでもできてしまう、それに危うさを感じた。

 以前の弟倫也との件でもそうだ。

 今回も、古山の命を奪おうとし、更には自分の命さえ差し出そうとした。その目的を遂げて居たら、大和は勿論命を落とし、岳は再び闇に落ちてしまっただろう。

 大和の扱いを間違えれば、互いに堕ちる。

 

 単なる杞憂だが。


 もう、今後そんな大きな事件は起きることはないだろう。こちら側の人間が、岳に手を出すことはもうないのだ。


「俺の考えすぎだな…」


「そうだ」


 岳と顔を見合わせ苦笑しあった。


+++


「うぉ! でけぇ、ジンベェ!」


 水族館の一番の売りの巨大水槽に、ゆったりと泳ぐジンベエザメが、大和の頭上を横切っていく。白い腹にコバンザメが幾つもついていた。

 正嗣への礼を早々に済ませ、大和の元へ戻った。岳の姿を遠くから認め、まるで小型犬の様に駆けてくる。犬なら豆柴だと思った。

 ようやく二人だけの時間となる。

 傍らで、水槽の向こうを張り付くように見つめる大和を盗み見た。

 ぽかんと空いた口や、驚きにくりくりと動く目が可愛い。相変わらず大和は小動物のようだ。

 背後から抱きしめて、頭に頬を押し付けたくなる。ひと目がなければ本当にそうするところだ。


「相変わらずでけぇよな? ジンベエ。こいつが海で泳いでるの見てぇなぁ…」


「なら、見に行くか?」


「へ?」


 大和の目が描いた様に点になる。


「今度、伊豆諸島での撮影の仕事が入った。周囲の海域を巡るんだ。最終的に小笠原諸島の島にも行く予定だ。外洋にもでる。アシスタントとしてついてくるか? 行くのはザトウクジラが来る一月から三月にかけてになるけどな。寒いぞ? 途中、海も荒れるしな…。第一、ジンベエに会えるかどうか──」


「行く! 行く行く! 冬だって関係ねぇって」


「よし。じゃあ決まりだな? それまでアシスタントとしてみっちり仕込むからそのつもりでいろよ?」


「ん。了解!」


 喜びの溢れるその表情に陰りは見られない。

 あの事件後、時折暗い思いつめたような表情を目にしたが、最近、それが無くなった。


 以前、ひとり孤独を克服したように、自分の中で解決したならいいんだが。


 もしかしたら、その何かを自分の中に封印してしまったのかもしれない。

 大和の陰りの原因が何かは分からないが、あの事件後の大和の言葉に、その何かが見え隠れしている気がした。


『側にいていいのか?』


 泣きながらそう口にした言葉。自分の傍らに立つのは、大和以外にいない。


 絶対に失いはしない。


 大和は岳にとってなくてはならないものなのだ。例え大和が自分自身を放り出そうとしても、全力で自分を突き放そうとしても、そうはさせない。


 大和は俺のものだ。


 だから、大和──。


「…離れるなよ?」


 自分だけのつぶやきは水槽の向こうに夢中な大和には聞こえていなかった。

 岳はそっと大和の手を握る。それに気づいて大和が顔を上げた。

 頬が幾分上気しているのは、はしゃいでいたせいばかりではないはず。同じく岳の手を握り返すと、ふふっと笑んで。


「…もうちょっと、ここにいようぜ」


 指を絡め岳の腕によりかかってくる。


「ああ…」


 腕に感じる大和の重みが心地よかった。


+++


「──そうか。良かった。すまなかったな。いや、俺は何も──ではまた」


 通話を終えて端末を置くと、波瑠子が声をかけてきた。


「岳?」


「ああ。上手く収まったようだ」


 すると波瑠子は笑って。


「潔さんのあんな顔、久しぶりに見たわ。磯谷さんに話している時。…昔の顔だった」


 しみじみと口にする。昔を思い出しているのだろう。


「もう、そんな必要はないだろう。古山も二度とバカな真似は起こさない筈だ。あとは楠が上手くやっていくだろう」


 波瑠子は小さなため息を一つ付くと。


「岳は…こっちの世界で生きちゃいけない存在なのよ。大和君と出会って良かった…。でなきゃ、あの子、ずっと暗闇にいるところだったわ」


「あいつはああ見えて真面目だからな? 言われたことはきっちりこなす。それ以上に。出来てしまうから苦労する。…大和君が引き留めてくれている。あいつは苦労した。あとは幸せになって欲しい、それだけだ」


 潔は遠い目をする。ふふと波瑠子は笑うと。


「『親』の顔ね? いい顔よ」


 潔は少し照れくさげに笑んだ後、視線を落とし。


「そうだな。少しは親らしいことができただろうか…」


 顔を再び上げた先には、緩やかな初夏の風に揺れる緑があった。



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