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Take On Me 2   作者: マン太
27/33

27.日向ぼっこ

 その日、俺はいつかと同じ、球戯場のベンチでとある人物と待ち合わせをしていた。

 目の前に広がる芝生のグラウンドに、今日は子どもたちの姿はない。芝生の養生日らしい。

 毎回あれだけ踏まれて蹴られて、掘り返されて。芝も今日はほっと一息ついているのだろうか。

 紺のパーカーに白地に黒のボーダーのカットソー、下はジーンズというラフな姿で、ぼーっとそんな景色を眺めていれば。


「──待たせたかな? 大和君」


「っ?! い、磯谷さん…! いいえっ、全然──」


 気配を感じなかった。流石ヤクザのトップ──は、関係ないのだろうけど。やはり只者ではないのだと、妙な所で感心する。

 今日の磯谷の出で立ちは、薄いブルーのシャツに、生成りのベスト。下も白のパンツスタイルだった。今回は綺麗に磨かれた革靴を履いている。

 頭には麦わら色をしたパナマ帽を被っていた。巻かれたリボンは明るい茶色。相変わらずおしゃれだ。品のいいおじさま風に、どう見てもヤクザの欠片も感じない。

 慌てて立ち上がろうとすれば、それを手で制される。


「座ったままでいい」


 磯谷も傍らに腰掛けた。

 磯谷と会うのはあの事件以降、初めてだ。

 あの時ろくにお礼も言えず、いつかその機会があれば──そう思い。

 正嗣へ連絡すれば、丁度向こうから会いたいと言っていると告げられ、二度目の球戯場デートとなったのだ。

 岳と会うのはNGだが、俺とならいいらしい。岳に会うことを話すと、やや沈黙はあったものの、いいんじゃないのか、と同意を得た。

 ここまでは一人で来た。以前の様に周囲を気にする必要はもうない。

 前と同じように天気がいい。雲はあるものの、空のほとんどは青く晴れ渡っていた。

 風も微風。五月半ば、春先の暖かさから初夏のそれに変わりつつある。


「すまないね。呼び出してしまって」


「いえ! こちらこそ…。この前はちゃんとお礼も言えなくて」


 そう言って立ち上がると居住まいを正し。


「岳を助けてくれて、ありがとうございました!」


 深々と頭を下げる。

 本当に。あの時出てきてくれたから、今、岳は自由でいられる。

 きっと、今後一切、岳はそちらの世界に足を引っ張られることはないだろう。

 磯谷は笑うと。


「俺はちょっと仕上げに出てきただけだ。気にせんでいい。だいたい、内輪もめに大和君を巻き込んだ。こちらに責がある。本当にすまなかった」


 そう言って逆に頭を下げて来る。


「い、いいえ! そんなっ…」


 俺は恐縮しっぱなしだ。


「今後、岳はこちらには無関係だ。なにがあっても、被害が及ぶことはない。私が保証しよう」


「有難うございます…!」


 これ以上、安心出来る言葉はない。

 すると磯谷はふいに、真面目な顔つきになって。


「君は──岳が好きか?」


「ええっ! …っと、はい…。それは、もう…凄く…」


 いきなりド直球な質問。

 人から聞かれて答えるのは、少々照れくさい。けれど、胸を張ってそう言える。

 岳のことは大好きだ。たまに意地悪だったり、強情っぱりだったり、子どもの様に拗ねたりするけれど、それすら愛おしいと思う。

 我ながら、ベタ惚れでびっくりする程だ。


 こんな俺を好きになってくれた。


 とても、貴重な存在。


「そうか…。岳をこれからも頼む。あいつは錨がないと、どこへでもいってしまう奴だ。君がその錨になってやってくれ」


「…はい」


 俺が、錨。


 でも、と思う。

 以前の俺なら素直にはいと答えただろう。もちろん、そうなりたいし、実際、なりつつもあるのだろうけれど。


「どうした? 何か素直になれない事情があるのか?」


 表情が翳ったのを見て、磯谷は訝しむ。俺は頭を掻きつつ。


「…その…。俺が、『錨』でいいのかなって…」


「どうしてそう思う?」


 俺は自分の手のひらを見つめながら。


「…あの事件で、俺は岳にふさわしいのか、少し不安になって…。傍にいたいし、別れたいわけじゃない。けど…、俺が傍にいる所為で、岳に迷惑をかけたり、足を引っ張るような事になったら…」


 勿論、岳が大好きだ。

 けれど、その思いとは別に、自分の内にある狂気に気付いてしまい。大好きな岳を思うが故、常識が通用しなくなる──暴走する自分がいる。

 次もまた同じ事が起きたら暴走しないと言う自信がない。


 俺はこの手で──。


 古山の首に腕を回した時の感覚を今も覚えている。もし、あの場に岳がいなかったら、古山の言葉を真に受け、命を奪っていたかも知れない。

 手のひらに目を落とし、ぎゅっとそれを握り締める。

 拘束を解かれた後も、古山は懲りずに、俺を餌に岳を引き摺り込もうとした。

 これ以上、岳の足を引っ張る事は出来ない。


 俺がいるから──。


 邪魔者を排除するのなら、古山より俺だろう。正直、反射的に身体が動いていて。何も考えていなかった。

 それくらい、あの時は追い詰められていたのだ。


 岳を自由にしたい──。


 その一心で。

 あんな事、早々にはない。ただの心配し過ぎだと思う。けれど、万が一岳の人生を邪魔する様な出来事が起これば、俺は自分を止められるのか。

 もし暴走して不幸な結果を招く事になれば、後悔してもしきれない。


 そんな俺が、岳の傍にいていいのか──。


 そう考えてしまう自分がいるのだ。


 岳は、傍にいていいと言ってくれたけど…。


 すると磯谷は息をひとつ吐き出した後、少し考えるようにして。


「それは、岳に言ったのか?」


「いえ…。まだ。でも、言えません…」


「岳には言わんほうがいい」


「あ…。はい…。今のところ、言うつもりは──」


「絶対にな? 言ったが最後──」


 磯谷は意味深な視線を送ってくる。


「…言ったが、最後?」


「あいつは、不器用だ。器用そうに見えるがな? 君への思いも上手く伝わらないと思えば、無謀な行動にも走るやもしれん。それくらい、君の事が大切なんだ。…奴も一歩間違えれば狂気に走る奴だ。君と岳はよく似ている。似たもの同士、お互いに助け合いながらバランスをとっているのかもしれんな…」


 直接には答えず、磯谷は遠くを眺めた。


「面倒な男だが、岳を大事にしてやってくれ。上手くこの世を渡って行けるようにな? 君以外に錨は務まらんよ」


「…はい」


 磯谷はぽんと俺の背を叩くと、ちらと背後に目をむけ。


「さて。そろそろデートはお終いのようだ。…また、老人の暇つぶしに付き合ってくれるかな? 君と会う時は俺も一人のじいさんだ」


「勿論です」


 ニッと笑えば磯谷は嬉しそうに眼を細め。


「さて、行くとしよう」


 俺は去っていく磯谷の背を見つめた。その先に迎えの部下が控えている。


 言わない方がいい。──だろうな。


 この気持ちに、自分なりに決着をつけねばならないだろう。


 岳にも俺にも、ベストな着地点に。


 降り注ぐ日の光を、俺は緑越しに目を細め眺めた。


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