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Take On Me 2   作者: マン太
25/33

25.日常

 次の日から、また日常が始まる。

 朝食準備の為キッチンに立った俺は、朝のキリリとした光が射し込むリビングに目を向けた。

 ここに後一時間もすれば賑やかな声が溢れる事になる。漸く戻ってきた時間にほっと息をついた。


 皆の協力があって、岳が帰ってきた。


 亜貴は俺を気遣ってくれたし──受験生だというのにだ──真琴は俺の行動をずっと見守ってくれていた。他にも藤に牧、祐二に楠──いや、正嗣に。

 挙げだしたらきりがない。

 なにより磯谷には感謝しかなかった。あの磯谷の登場で、古山はやっとその手を止めたのだから。

 あの時は茫然自失で感謝の意を伝えられなかったけれど、折を見てお礼を伝えに行かねばと思う。


 つくづく、俺は人に恵まれているよな。


 ただ一人、ほとんど蚊帳の外だった牧だけは怒りまくっていたが。

 藤は仕込みのある牧に遠慮して、声をかけなかったらしい。

 今はまだ一人で切り盛りしているラーメン店は通の間ではかなり人気で。真っ当な道を歩き出したのを、早々に休ませるわけにはいかなかったとは藤の談だ。

 皆、それぞれの道を歩き出している。


 岳だってそうだ。


 あの時。

 古山がまるで岳を一生閉じ込める悪の権化としか思えなかった。それを倒さないと、岳は自由になれない。そう思い込んでいた。


 でも、実際道は色々ある。


 それに、なによりそれは岳自身の問題だ。

 岳ならきっと一筋、細い糸一本の光でも見つけ出し、なんとか逆境を切り抜けただろう。


 それなのに…。


 俺は本気で古山を消そうとした。それが岳の為だと思い込んで。

 人の道に外れた身勝手な行動だ。そんな事をすれば、一気に闇へ転落するし、なにより生きてはいなかっただろう。

 そうなれば、どんなに岳を傷つけたか。悲しませたか。岳以外にも俺に関わった人たち全員に悲しみを植え付ける。


 そんなの、俺が望むことじゃない。


 なのに、それを止めることができなかった。あの時はまともでは居られなかったのだ。


 俺、こんなにやばい奴だったのか?


 改めて思う。

 前回は、岳の為に自分が傷つくのもいとわなかった。けれど、今回は逆に人を殺めようとして。

 それじゃ、俺を殺ろうとした倫也と同じ。


 同じ穴のムジナだったのか──。


 いや。ムジナはアナグマだ。俺の場合はカワウソで。ん、でもググるとイタチ科だから一緒か? ……なんて、バカな事を考えている場合じゃない。


 兎に角。岳はそんなことはないと否定してくれた。俺もそれを信じてここに、岳の側にいる。──けれど。


「…考える過ぎるのは、良くないよな…?」


 胸に湧きあがる一抹の不安を、俺は頭を振って振り払った。


+++


 岳がようやく家に帰り、また以前の様に賑やかな日々が始まる。

 真琴は安堵する。夜、寝る際にベッドに空いてしまった空間を、少々寂しく思うが。


 また、そんな機会もあるさ。


 一緒に眠る事に抵抗はもうないはず。また、岳が大和を放っておくな事があれば、そんなチャンスもあるだろう。

 その岳はまるで何事もなかったようにいつも通り。けれど、大和の表情はどことなく晴れない。

 時折、表情が暗くなったりため息をつく。それを岳が気付かないはずがないのだが。


「大和。あいつとはどうなったの?」


 亜貴が食べ終わった食器をシンクに置きながら、食後のコーヒーを用意している大和に声をかける。


「あいつって?」


 大和はミルで豆を挽きながら亜貴を振り返った。


「浅倉! あいつが事の発端だろ? まさか、いまだに連絡取り合ってんの?」


「え…。まずいか?」


「まずいでしょ…。兄さんだっていい気はしないよ。ね?」


 亜貴は話を、丁度食べ終わった岳に振るが。


「それは大和が決めることだ。ただ、俺は今後一切、自分から関わるつもりはない。それだけだ。──だが、また大和に何かするっていうなら別だな。次はない」


 次があったら、きっと大希は二度と大和には会えないだろうし、顔を見せることもできなくなるだろう。

 亜貴に対しての過保護っぷりはだいぶ収まったが、大和には自由にさせている様に見えて、かなり過保護になっている。


 ま、可愛くてしかたないんだろうな。


 真琴は大和の淹れてくれたコーヒーをダイニングテーブルについて飲みながら。


「そうは言ってもあれから、会ったのは一度きりだろう?」


「うん。あの後、少し話してさ。あとは大希も忙しそうだし、俺も直に山小屋の仕事が始まるから、当分会えないだろうな…」


 どこか遠くを見るような目つきになった後、一瞬、その表情が曇る。


 やはり、可笑しい。


 真琴はちらと岳に視線を向けた。岳は淡々とコーヒーを飲んでいるだけに見えたが、きちんとその目は大和を追っていた。

 気付いているのだろう。


「次話しに行く時も、俺が付いていく。当分、二人では会うなよ?」


「岳…」


 そこまで心配しなくても、と大和は言いたげだったが。岳は受け付けない。


「俺が安心したいだけだ。大和を信頼してないわけじゃない…。ただ、相手を信用してはいないからな。──それより、この前の修正、結構うまくいってたぞ?」


「本当?」


 これで大希の話は終了とばかりに終わらせると、次の話題に移った。やはり、本音は話題に上らせるのもイヤなのだろう。

 大和はここ最近、少しではあるが、岳の仕事を手伝いだしている。勿論、山小屋の仕事が始まるまでの間だが。


「ああ。汚れが一つもなかった。いい出来だ」


 綺麗に見える画像でも、埃やモデルのシミ、その他余分なものが入り込んでいる。それを修正していく地味な作業だ。

 だが、案外ツボに入ったのか、大和は時間があるときにちょこちょこ手伝っている。


「へへ…。岳に褒められると、嘘でも嬉しいな」


「嘘じゃないさ。祐二の所へ行ったら暫くできないが、また帰ってきたら頼む」


「了解!」


 いつもの大和の笑顔だ。

 あの表情の陰りがなんなのか、気になるところだったが、今はまだ口を出すべきではないだろう。

 暫く岳の行動に任せようと思った。


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