24.静けさ
その後、帰宅すると既に深夜を回ると言うのに、亜貴も真琴も起きていて出迎えてくれた。
ただ、もう遅い。俺も岳も疲れているだろうからと、先に帰っていた真琴は軽く声をかけただけで、寝室へと戻って行った。
亜貴もそれに続く。色々聞きたいし言いたいけれど、また明日。そう言って。
その夜、ようやく岳に抱きしめられて眠りにつく事が出来た。遠慮せずその温もりに身を委ねる。
スタンドの下には、例のコツメカワウソの縫いぐるみ。岳の帰還まで無事に守りましたとばかりに、端末の前に鎮座していた。
岳の腕の中でようやくひと息つけた気がする。こうして間近に岳を感じられる事に感謝しかなかった。
ちなみに俺と岳の寝室は別棟の離れの二階になっている。亜貴と真琴のいる母屋とは廊下で繋がっていた。
階下は客間になっているが、あまり使われてはいない。やたらと部屋数のあるこの洋館は、まるで迷路の様で面白くもあった。
帰ってきた──。
眠る岳の寝顔をじっと見つめる。
すっかり無防備になって眠るその姿は、どこか幼くも見え。十歳も上の岳が自分とそう変らない様にも見える。
岳は普段、自室で眠るときは下着以外は身に着けない。寒くないのかと聞いたことがあるが、別段、気にならないと言う。
特に今は俺がいるから寒くはないと──。
照れくさい。
ただ、先ほど寝る前、ローブを置いてベッドに入った際、小さくあ、と漏らした。
そんな声を漏らすとは、岳にしては珍しい。それから髪をかき上げつつ。
「…これは、浅倉にやられたんだ。不覚をとってな…。けど、何もなかった。余計な心配はするなよ?」
言った胸もとに近い場所に、うっ血した跡が微かにある。これは、前に大希が撮って送ってきた例のアレだろう。
ううん。これは…。
俺は内心唸ったが。
「…気にしない。ってか、気にならなくはない。けど。岳がそういうなら信じる。それに──」
俺は横になっていた身体を起こして、同じく横になろうとした岳の胸元に抱き着くと、口づけた。少しだけ意図をもって。
薄い僅かに残った跡の上へ、新たな赤い跡が残る。
「──よし。これで終わり。消えた消えた──って、おわぁ?!」
残した痕に満足げに頷いた俺を、岳は押し倒す。
「くそっ…。今日は手を出せないってのに…」
別にしてもいいのだが、岳はもう遅い時間に疲れているだろうからと、事に及ばないことに決めたのだ。
「別に…少しくらい──」
なら、いいと言いかけた俺の唇を岳が遠慮なく塞ぐ。待ちきれないとばかりに。
「…大和以外は、もう、抱く気はない。触れたくないし、触れられたくもない…。大和がいい…」
そう囁きながら、キスを繰り返す。
お互い熱が高まって、もう止められそうになかった。岳とこうして向き合うのはいつ振りだろうか。
俺はぎゅっとその首筋に抱きつき、筋の浮いたそこへキスをすると。
「俺も、岳以外にそんなこと、したくない…」
されたくない。岳にしかこうしたいとは思えない。
「大和…」
岳の掠れた声が耳元に響き、心臓がトクリと鳴る。
「好きだ…。大和しかいらない…」
「ん─…」
岳が見下ろしてくる。
目があったのを合図に、岳の手が頬に伸び、もう一度深く重なるキスをした。
それから岳に求められるまま、互いの熱を確かめ合い。
岳に触れられ、求められるとそれだけで幸せを感じる。自分でいいのだと、そう思えた。
岳に触れられ、あらぬ声を上げるのも、あられもない姿を晒すのも、相手が岳だからで。他の誰にもこんな自分をさらけ出したくはない。
それに、そんな風に自分以外に触れて欲しくない。自分だけの岳でいて欲しかった。
それでも、岳は一度だけで遠慮して。
「…後は、明日にオアズケだ」
何度目かのキスを終え、呼吸を整えながら岳は自分に言い聞かせる様に呟いた。
「って、無理してる…」
くすくすと笑って、岳を見上げる。
そんな俺を見下ろす岳は、ぐっと何かをこらえるように唇を噛みしめたあと。
「早く明日にしたいから、寝るぞ。大和…」
そう言うと、俺を腕に抱き眠りについた。
それで冒頭に戻る。
岳の健やかな寝顔を見られるだけで、なんて幸せなんだろうと思える。
俺は──ここにいて、岳の傍にいて、いいんだよな? 岳。
そっと頬に触れてから、腕の中で目を閉じた。