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Take On Me 2   作者: マン太
21/33

21.嵐の前に

 重い鉄製のドアを引くと、階下の爆音が通路に響いていた。それでも直に聞くよりは、ずいぶん控えめになっている。

 男に言われた通り、入ってすぐ左手にあった、同じく鉄製のドアノブに手をかけ手前に引いた。

 ギギッと重い音を立て扉は開く。その重さはまるで防火扉のようだ。


 まるで、ここから先に音が漏れない様にしているみたいだな…。


 一番先に来たのはムッとした空気。埃と煙草の臭いが充満している。空気の入れ換えなどしたことが無いのだろう。

 天井には裸電球。床はむき出しのコンクリ。端にはそれぞれダーツにビリヤード台。その中央にやたら大きい黒い革張りのソファセットがドカンと置かれていた。

 ただ、それも奥の方に置かれていて、手前は広い空間が空いている。そこだけわざと空けてあるようだ。床には得体の知れない黒いシミの跡があちこちにある。


 んだ? ここ…。


 ヤバイ感じがするのは気の所為ではない。

 そのソファの辺りに男達がたむろしていた。風体はかなりよろしくない。


「おまえが…宮本大和か?」


 中にいた、屈強な男が確認するように声をかけてきた。

 短髪で鋭い目つき。着ているダークグレーのスーツの上からも太い腕や足が分かる。かなり鍛えているのだろう。

 薄暗がりにはあと数人男たちがいた。休憩中なのだろうか。しかし、店員にしてはゴツくて見映えが良くない。

 この時、既に俺の危険信号は真っ赤だった。俺は用心しつつ、


「…そうです。大希はいますか?」


 その言葉に男は薄ら笑いを浮かべると。


「会えるかも知れないし、会えんかも知れんな…」


「どういう事ですか?」


 飽くまでも丁寧に返すが。男は軽く手をもみ、首を回すと。


「お前、岳さんの元#いろ__・__#だってな。浅倉から聞いてる…。岳さんが別れたがってるのにしつこく付きまとっているってな? それに、シャバに戻そうと余計な動きをしてる…。お前とは話し合いが必要だと思ってな? 浅倉に頼んで呼び出して貰った。…少し付き合って貰おうか」


 #元__・__#とは聞き捨てならない。

 その言葉を合図に、背後に控えていた男たちがずいと前に出てきた。

 短髪の男以外はスーツを身に着けておらず、チンピラ同然のいで立ちだ。

 むき出しの腕やT シャツから覗く首には刺青が見える。若い者がほとんどだろうか。それが、五、六人ほど、大和を囲む様に立つ。


 お決まりのパターンだな…。


 大希は無理やりこの男に連絡を入れさせられたのだろう。

 取り囲む男達を睨みつけると。


「俺は、大希と話に来ただけだ。話せないなら帰る」


「おっと。帰すわけにはいかねぇな」


 踵を返そうとすると、男らの一人が出入り口を塞ぐように立った。

 これまた屈強そうな男で、首からセンスの悪い、牧なみの金の鎖に、黒い革ジャン、拳にはやたら楔の入ったバングルをしている。


 って、なかなかだな。


 ほかの連中も警棒にごつい指輪に。半ば武器に近いものを身に着けていた。素手の者は一人もいない。

 こんなのに顔でも殴られたら、ただでさえ傷ものの顔が二目と見られぬものになりそうだ。


「俺みたいな丸腰相手に、卑怯じゃねぇの?」


「ほう。ビビらないってのは肝が座ってんだな? 別にやるのに卑怯も何もねぇだろ? 強いってんなら、全員のして見せろよ」


 出来るはずもないと男は薄ら笑いを浮かべる。


「…今日、大希は来てんのか?」


「まだ隣の部屋でくたばってんだろ? 久しぶりにかわいがってやったからな?」 


 下衆な笑みを浮かべて見せた男は、言い終わるか終わらないうちに足を振り上げてきた。それを素早くかわす。


 こいつが、大希を引きずり込んだ奴か。


 大柄でガタイのいい男だったが、柄も良くないし品もない。イメージするヤクザが服を着て歩いているようなものだ。

 大希が好きで付き合った訳では無さそうだ。それでも一応、確かめる。


「あんた、大希と付き合ってんのか?」


「なんだそりゃ? お子様じゃねぇんだよ。単なる憂さ晴らしだ。俺はもともと女専門でな。あいつは只のおもちゃだ。そのくせ、さっきはもうやらせないと抜かすから、少し思い知らせてやったんだ。おもちゃは口答えも反抗もしちゃ行けねぇからな…」


 男は構えながらニヤリと笑った。その言葉にカッとなる。


「のっ! 腐ってんな!」


 男の回し蹴りが来た。俺はすぐに背後に避けると次に備え構える。

 重い蹴りは受ければ相当のダメージだ。

 藤に言われていた。俺は身体が小さい。幾ら鍛えても、重量のある相手からの攻撃をまともに喰らえば相当のダメージになる。

 だから戦うときは、その力をまともに受けないよう流し、あとは確実に急所を突けと言われていた。


「こいつ!」


 素早くかわして回る俺に、男らは業を煮やし、やっきになって追いまわしてくる。

 しかし、藤に鍛えられたお蔭で、随分避ける技術は上達した。教えられた通り自然と身体が動く。


 こいつら、藤より遅い!


 しかし、油断はせずに確実に攻撃を避け急所を狙っていった。

 小柄な為、拳が顔面に届くチャンスは無いに等しい。が、相手の腹や脛は届き易く。

 間をおかず蹴り上げ、痛みで身体を折った所に拳を入れ、昏倒させた。または急所を蹴り上げる。こっちの方がてきめんだ。

 これで、ほとんどがその場に倒れこみ、意識を失うか、または立ち上がれなくなった。

 最初に話しかけてきた男も、床にはいつくばっている。


「く、くそっ…」


 俺は動けなくなった男の傍らに片膝をつくと顔を覗き込むようにして、


「あんた…大希に、少しでも好意持ってんのか?」


「んなもん、初めからあるわけ、ねぇだろうがっ…! 気持ちワリィ…。遊びに決まってんだろっ!」

 

 吐き捨てるように男は口にする。俺はため息をついた後。


「本気じゃないなら、大希にもう手出すな。あいつはあんたらとは違う。遊びならもっと適当な奴にしろよ。こんな痛い目になくても気楽に付き合える奴、ほかにいるだろ? じゃきゃ、当分起き上がれない様にするけど──」


「ひ…っ!」


 蹲る男の襟元を掴み上げ、締め上げれば。


「おう。随分と派手にやってくれたな…」


 ややしわがれた野太い声に背後を振り返った。


+++



 見れば、いつからそこにいたのか、戸口に男が立っていた。がっしりとした体躯ではあるが、そこまで大柄ではない。


「てか、うちの奴らはそんな弱い奴らじゃねぇと思ってたが…」


 口にしていたタバコから紫煙をひとつはきだすと、それを床に放り踏みつぶす。

 肩に羽織っていたコートと、着ていたジャケットを脱いで背後についてきた配下のものに預けた。

 上は白いシャツ、下はグレーのスラックスのみになる。その胸元はくつろげられネックレスが光っていた。

 身軽になると男は俺を見てから、周囲を見渡すように目を向け。


「岳には聞いていたが──なかなかやるな? こいつら、かなりの猛者なんだが…。お前を甘く見たな」


 男はこちらにゆっくりと歩いてくると、俺から二メートル程手間、距離を取った所で立ち止まった。

 ただ者ではない雰囲気に、俺は自然と身構える。


「…俺は、大希と話しに来たんです。岳のことで…」


「ふん。話しか…。とりあえず、俺とやって勝ったらいいぜ?」


「だからっ、俺は──!」


 殴り合いに来たわけじゃない。


 言いかけた所に、男の蹴りがきた。


 っ!


 避けるのがやっとの早さで。今までの奴らとは明らかに動きが違った。

 なんとか一歩退いたところに間髪入れず、次の一発が来る。


「……っ!」


 あっと、思った時には脇腹にそれが入り、どっと横に飛ばされていた。

 受け身を取ったものの床にしたたかに頭を打ち付ける。やはりまともに受けると立ち上がることさえできない。

 口の中を切ったらしい。久しぶりに血の味を感じた。呼吸をするのもやっとだ。


「つっ…」


 男の靴先が顔の前で止まった。男は立ち上がれない俺の前にしゃがむと、ぐいと襟元を掴み上げ顔を合わせる。

 こいつは多分、容赦ない奴だ、そう感じた。


「よう。お前の頑張りに免じて話はきいてやる。浅倉の代わりにな? 俺が古山だ。…言ってみろ」


 こいつが──古山…。


 大希には岳の様子を聞きたかっただけだ。

 本気で岳が大希と付き合っているのか。夢を捨てヤクザになるというのか。

 そんな事はないと分かっていても、当人に確かめたかったのだ。


 会って話せば嘘か本当かわかる。


 岳が俺以外を好きになるのは仕方ない。俺に岳を惹きつけておくだけの魅力がなくなったと言う事だ。

 けれど、岳がヤクザになると言うのなら、止めるつもりでいた。夢を──写真を捨てる気でいるなら、本気で阻止しようと思ったのだ。

 でも、ここに岳を引きずり込んだ張本人、古山がいるなら話は早い。


「岳を…自由に、してくれ…」


 古山の眉が僅かに動く。俺は呼吸を整えながら。


「岳は、ずっと自分を押し殺して生きてきた…。けど、今やっと、本当にやりたいことを始めたんだ。毎日、生き生きしてる…。そんな岳を、また、こっちの世界に戻すのは、また自分を殺せと言っている様なもんだ…。あいつは、本気でヤクザになりたいわけじゃない。そっちじゃ、生きられない…。少しでも岳を認めているんなら、岳を、自由にしてほしい…」


 強い眼差しで古山を見返す。

 俺の言葉に古山の口元には薄っすらと笑みが浮かんだ。


「話は聞いた──。だが、俺はもう岳を自由にするつもりはねぇ。奴を気に入っているんだ。生きていようが死んでいようが、こっちで十分役に立っている。あいつは自分の好き嫌い構わずこっちの方が肌にあってんだよ。だから、あいつのことは諦めな」


 古山の言葉に心臓が、ドクリ──と音を立てた。


「…いやだ」


「嫌といってもな? ──おう、岳入れ」


 古山は奥にあったドアに目を向ける。



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