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Take On Me 2   作者: マン太
17/33

17.邂逅

 大希との話が済んだ後、早速、俺は宣言通り、出来る範囲で動くことに決めた。

 これはたぶん、危険ではないはず。


 でも、一般的に見ると危険と思われるのかもしれないけれど──。


 俺はジムでのトレーニング終了後、ベンチに座ってタオルで汗をふきつつ、隣に立った藤にとある事を尋ねた。


「古山の…上?」


 俺の問いに、藤は腕を組んで考え込む。


「そう。出来れば一番上、トップの人間だ。藤なら知っていると思って…。なあ、知らないか?」


「…知ってどうする?」


「ヤクザの世界も、上下関係は厳しいんだろ? そしたら、上の人間に古山が岳にちょっかい出すのを止めるよう、頼もうと思ってる。目上の人間に言われれば、流石に古山も聞くだろ?」


 藤はため息をつくと。


「…無理だろう。古山と親子の盃を交わしたのは潔さんだが、引退されたからな。その上となると、会長になるが…。多分、会うことはできない」


「なんで? ちゃんと約束を取り付ければ、会うだけは会ってもらえないのか?」


「上下に関わらず滅多に人とは会わない。それに、会長とは名ばかりであとは下の者に任せ一歩引いている。下の者のいざこざには関与してこないだろう」


「…古山は岳を無理やり引っ張り込んだんだぜ? もう関係ないのに…。ただのいざこざじゃない。岳の人生がかかってるんだ。無理かも知れないけど、頼むだけ頼んでみたい!…なあ、せめて場所だけでも教えてくれないか?」


 俺が引き下がらないと分かると、藤は諦めたように。


「会長は…どこか田舎に引っ込んだと聞いている。場所は…楠なら知っているかと」


「じゃあ、俺が楠さんと会って話す! 連絡先を教えてくれ」


 藤は暫く黙って俺を見ていたが。


「…俺から連絡しよう」


「藤?」


「岳さんに関わる事だ。他人事じゃない。俺も手伝う」


「本当か? ありがとう! 藤、俺の我儘に付き合ってくれて…」


「いいや。俺も岳さんのことは心配だ。…それに、大和もな」


「藤、サイコー!」


 俺は思わず藤の腰に腕を回し抱きつく。

 気持ち的には、よくあるご当地キャラの着ぐるみに抱きつくのと似ている。巨大なクマの着ぐるみだ。

 やや、面食らった藤はそれでも平静をたもちつつ。


「──ああ。気にするな」


 そう言って、俺の背をぽんぽんと叩いて見せた。


+++


 その後、藤は直ぐに正嗣へ連絡を取り、会って事情を説明することとなった。

 この件は真琴にも了解を得ている。初めいい顔はしなかったが、最後には俺の思いを尊重してくれた。

 待ち合わせたのは昭和レトロな喫茶店。

 時間を経て黒光りする椅子の肘掛けやテーブル。カウンターの向こうにずらりと並んだカップ達。店内の照明はあくまで柔らかく。

 そんな店の外には、それぞれ正嗣には部下の玉置が、俺には藤が控えている。

 店内のカウンターの向こうには、壮年の物静かなマスターが一人いるだけで、他に客はいない。淹れている最中のコーヒーの香りが辺りに漂っていた。


「磯谷さんに会いたいと?」


「そうなんだ。岳が今どうなっているか、知っているだろ? それで、会ってその事を話したくて…」


「話した所で磯谷さんが動くかわからないぞ? あの人はそう簡単に動かない人だ」


「でも、会って話して見なきゃわからない…。俺はこのまま、じっと待っているのは嫌なんだ。俺だって岳が早く戻れる様動きたい──。頼む、楠さん!」


 テーブルに額が付くくらい下げれば、正嗣は笑みをふくんだ声で。


「大和君はいつも精一杯、動くんだな…」


「楠さん?」


 その言葉に顔を上げて正嗣を見返す。


「正嗣でいい。──分かった。会えるように手配をしよう。以前の借りもあるしな…」


 以前の借りとは、俺が正嗣の弟、倫也に刺された件だろう。


「借りって、気にしなくていいよ。あれはもう…。そういえば、…弟は?」


「倫也はあのままだ。意識は戻らないだろう。…あの時は本当に済まなかった。それでは済まされないことだが──」


「もう、昔の話だって。俺はなんともない。だから、楠──正嗣さんも、気にしなくていい。終わったことだ!」


 今はどこも痛くないし何ともない。胸を張るようにしてそう言えば。


「…君は。岳が手元に置きたがるのが分かるな」


「そうか?」


 きょとんとすれば、正嗣は笑って首を振ると。


「まあいい。とりあえず、すぐに対応する。待っていてくれ」


「ありがとう。正嗣さん」


 勿論、会って話した所でそう簡単にはいそうですかと動いてくれるはずもない。

 それでも、自分の思いつく範囲、出来る範囲で動いて岳を助けたかった。きっと岳だって同じことをする。

 現に前だって諦めずに俺を探し回ってくれたのだ。


 俺だって、同じだ。


 あきらめるわけにはいかないし、ただ、黙って待つ事は出来なかった。


+++


「俺に会いたい?」


「ええ」


 正嗣は和室で磯谷と相対していた。

 ここは磯谷の別宅、都会からは少し離れた山の際にある日本家屋だった。海にも近い。そういえば、ここからなら岳達が住む家にも近いなと、正嗣は思った。


「岳んとこの()()か…。古山が岳を引っ張って動き回っているのは知っているが。…待ちきれなくなったか」


 磯谷は笑う。


「どう…されますか?」


「いいさ。古山の話も聞いたんだ。その青年の話も聞くのが筋だろう。それに、潔からも頼むと言われている。──楠、お前だって今の状況をどうにかしたいんだろう?」


「…はい」


 磯谷は正嗣も追い詰められていることを知っているのだろう。少し考えるようにしたあと。


「明日の午後でどうだ?」


「では、そのように。すぐに手配させていただきます」


「ああ、楠。ただ、会うのは外でだ。たまには気晴らしがしたくてな。若者となら楽しく過ごせるだろう」


「…会長?」


「おまえの所の玉置、あいつは場所選びが得意だろ? 頼んでみてくれ」


「は、はい…」


 流石に正嗣は驚きを隠せないが。それをみて磯谷はまた笑うと。


「たまには新鮮な空気を若い奴と一緒に吸いたいのさ。ここの連中はみなむさくるしてかなわん」


「…わかりました」


 そうして、磯谷と大和の邂逅は決まった。


+++


「本当に、ここでいいんだよな?」


「ああ。そのはずだ」


 その後すぐに正嗣の部下である玉置と名乗る人物から連絡があり、時刻と場所を告げられた。

 そこは昼下がりの日差しが心地いい、運動公園の球戯場。サッカーが出来るよう、芝生が整備されている。

 そこのベンチが指定の場所だった。

 きちんと席番まで指定され、座れば上部にある屋根のお蔭で直射日光を避けられた。目の前のグラウンドでは、子どもたちがサッカーに興じている。

 ヤクザの会長と会うのにこんな場所とは意外だったが、それが指定なのだから受け入れるしかない。というか、この方が緊張せずに話せそうだ。


 俺的にはありがたいけれど──。


 藤はベンチの傍まで来ると、


「俺はここで…。出たところで待っている」


「うん。せっかくの休みなのに、ありがとうな? 藤」


「気にするな」


 そういうと巨体を揺らし、藤は来た道を戻って行った。

 ここ最近、まるで用心棒の様に俺と行動を共にしてくれる。今日も休みだと言うのに、結局、岳の代わりだと言ってここまで送って来てくれたのだ。

 真琴は日中、仕事で手が離せない。俺を心配していた真琴もホッとした様子だった。藤には感謝しかない。

 藤の、やはり熊のように見える背を見送ると、俺は指定された席へ座って待った。


「ふう…」


 まだ春先とは言え、日差しはそれなりに強くなってきている。走る子どもたちの額にも汗が滲んでいた。

 自分も幼い頃は、公園で友だちと日が暮れるまでサッカーボールを蹴っていた。

 よくありがちだが、一緒にいた友達は祖父や祖母、会社帰りの父親や母親が迎えに来て、一人、また一人と去っていき。

 気が付けば俺ひとりだけが取り残されていた。

 友人が気を遣って置いて行ったボールを、暗くなるまで一人壁に向かって蹴っていたのを覚えている。

 家に帰っても母は仕事でいない。父はきっと出かけている。真っ暗な部屋に帰るのは寂しくて。少しでもその時間を短くするため、そこにいた。


 ああ、なんかちょっとじわりとくるな…。


 小さい頃の自分よ。今は十分幸せだ。だから頑張れ! と、エールを送りたくなる。


「──ここ、いいかな?」


 不意に声をかけられ慌てて体を起こした。すっかりサッカー練習に見入っていたのだ。


「え─あ…って、あの、磯谷さん──ですか?」


「ああ。そうだ」


 にこりと壮年の男は笑った。俺は慌てて立ち上がる。

 磯谷はまるでふらりと散歩にでて、孫のサッカー練習を見に来たお爺ちゃん、と言った風情だった。

 うすいピンク色のポロシャツに白のベスト。下はベージュのパンツだ。頭にかぶった麦わら帽子は─パナマ帽というらしい─おしゃれな形をしている。靴ではなく、革のサンダルを履いていた。

 ちょっとおしゃれなおじいちゃん、だ。年齢的には潔さんに近い気がする。白髪が年齢を感じさせたが、存外、目元は若い。


「あの、俺、宮本大和です。今日は俺の頼みを聞いていただいて、ありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げれば、ふふと頭上で笑った気配。


「…君は、可愛いな? 美人じゃないが、もっとこう、親近感の湧く可愛さだな…。そうか。岳はこういうのが良かったのか。どうりで俺があてがった奴らはみんな使い捨てたわけだ」


「…は?」


 色々、凄いことを聞いた気がするが。


 うん、使い捨てね──。


 過去の岳はきっとそうだったのだろう。それは頷ける。


「って、その、今日は岳の事で──」


「まあ座って話そうか」


「あっ、はい」


 促されて先程まで座っていたベンチに座り直す。磯谷もその隣へ腰をおろした。


「で、俺に話したいと? いったい何かな?」


 子供たちの歓声が上がる。どうやらシュートが決まったらしい。親たちの歓声と拍手も響いた。


「あの、岳の事は──」


「知っているよ。古山がわざわざ話しに来たからな」


 話しに──。


 先に了承を得ようとしたのか。そこから古山の本気さが伺える。俺は居住まいを正すと。


「俺は、岳をもとの生活に戻したいんです。二度と、こちらの世界にはかかわらせたくないんです…」


「ほう…」


「でも…古山は──俺を脅しに使って縛り付けようとしています…。けど、そんな事をしても、岳はもう、こっち側で生きるつもりはないんです。このままだときっと、また岳は自分を殺すことになる。それだけは避けたくて。それで──」


「古山を止めて欲しいと?」


「…あなたの言う事ならきくんじゃないかと」


 縋る気持ちで磯谷を見つめる。磯谷は顎に手を当てながら。


「ふむ。一つ聞くが、君は親の言うことを必ず聞いたかな?」


「っ! そ、れは──」


 必ずかと聞かれれば、そうだとは答えられない。反抗期もあいまって、素直に聞いていた回数は少ない筈だ。

 磯谷は黙り込んだ俺の様子に、可笑しそうに笑みを浮かべると。


「──だろう? 特に今の古山には何を言っても響かない。とことんまでやられない限りはな。岳は黙ってはいないだろう。きっと古山に一泡吹かせるはずだ。それで古山が懲りれば、諭してやらないでもない」


「岳の行動次第、ですか…?」


「そうだ。君は岳を信じているのだろう? だったら暫く様子を見ると言い。…俺が言えるのはそれだけだ」


「わかりました…。ありがとうございます!」


 あとは岳次第。きっと、岳の行動が上手く行けば援護射撃をしてくれるのだろう。頭を下げた俺に磯谷は。


「君も苦労するだろうが、岳の傍にいてやってくれるか?」


「はい! 勿論です」


 満面の笑みで答えた。



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