15.立ち上がる
「救うって…」
最後の言葉に、大希は面食らった顔をする。俺は腕を組むと。
「いやだって。古山みたいなヤクザに関わるって、いい事なんて一つも無いだろ?」
大希は人と違う自分を卑下して坂を転がろうとしている。けれど、大希は本来そっちに染まるべき人間じゃない。まだ間に合う。
それは岳も同じで。
岳だってそちら側の人間じゃないと俺は分かっている。きっと今の状況を打開するため、岳も手を尽くしているはず。その援護射撃をしたいのだ。
必死に戦っているであろうパートナーを、ただ遠くから眺めて待っているのは性に合わない。
何はともあれ、岳も大希も救うには、古山を何とかしなければならなかった。
俺は鼻息荒く大希を見返すと。
「大希、俺は俺の出来る範囲でやってみる」
「できる、範囲って…?」
「古山の上の人間に会って話す」
「──はぁ? 何言ってんだよっ。大和が会えるわけないだろ?」
「ずっと考えてたんだ…。幾ら古山だって自分より目上の人間の話しなら少しは聞くだろ? ヤクザの世界は上下関係が厳しいらしいし…」
「そんな…。子どもじゃないんだ。聞くわけ無いだろ?」
「話してみなきゃ分かんねぇだろ? …とりあえず、俺は岳を救うために行動を起こす。思いつくことでやれることはなんでもやる!」
「そんなこと、無理だ…」
大希は尚も否定するが、その口調は初めより弱まる。俺はずいと大希に迫ると。
「無駄かどうかやってみなきゃ分んねぇだろ? 大希は古山と繋がるのはやめろ。友人として忠告、いや、お願いだ。お前はそっち側じゃない。まだ立ち止まれる」
「っ…、大和に何が分かるんだよ! だいたい、俺がどうなったって大和には関係ないだろ? そういうのだって上辺だけだ。格好つけてるだけで──」
俺は大希の肩にガシッと手を置くと。
「大希は、こっち側の人間だ。そういう目、してる。分かるんだ。そういうの」
ニッと笑んで見せれば。
「…頭、可笑しいよ」
そう言って大希はそっぽを向いた。
「おかしいかもな? でも、俺はそれでいいと思ってる。大切に思う相手を守りたいって思うことは間違ってないって。──今日はお仕掛けて済まなかったな? 話せて良かった。また連絡する。…大希、自分を大事にしろよ? そういう奴が、岳は好きだ」
そういうと、大希の肩をバシバシと叩き、部屋を後にした。大希はただただ困惑した様子だった。
+++
「話は済んだのか?」
部屋を出ると、すぐ横の壁に背を預けるようにして立っていた藤が声をかけてきた。
大きな体躯の藤から見下ろされると、まるで熊に見下されている様な心地がする。
実際、熊に見下ろされたことはないのだが。
「おう。終わった。藤のお蔭で大希に逃げられずに済んだ。ありがとな!」
「…いいや。気にするな。次も遠慮なく声をかけてくれ。決して一人で動こうとするな」
「うん。分かった」
岳のいない今、藤らの存在はとても頼りになる。藤の気遣いに感謝しつつ帰途についた。
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変なやつ。
自分を誘拐した奴を、救いたいって。何バカ言ってんだ?
大和が去った部屋で、ぽつんと座る大希はテーブルの上で組んだ自分の手を見つめる。
許す許さないを飛び越えて、自分の理解の足りなさを反省し、挙句の果てにさっきのセリフだ。
それでも、大和にそう言われた時、なぜかトクリと心臓が高鳴った。
大和には裏表がない。きっと言った言葉も本心で偽りはなく。それが分かるから、大希の心は反応したのだろう。
ひとり孤独に追い詰められた自分に、助けの手が差し伸べられたような──そんな心地がした。
なんだよ。それ。
唇を噛みしめる。
俺は──大和に、何を期待してるんだ?
外からは相変わらず、アルコールに侵された女の嬌声や男の怒鳴り声が聞こえてくる。
大希はひとり、思いに耽る様に暫くそこで佇んでいた。
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「頭。また縄張で連中が…」
事務所の自室で休んでいると、楠正嗣の部下、玉置が訪れ声を低くし報告してきた。その面持ちは硬い。
また──古山か。
『連中』とは古山のことだ。
ここ最近、岳を引き入れた古山は派手に動き回るようになった。こちらが管理している縄張を荒らしてくるのだ。
店で騒ぎ客や店員に絡む。それもこちらが重要視している場所ばかりを狙うのだから堪らない。
これは内情を知っているものでないと分からない事だ。明らかに岳が付いた所為だろう。
今までなんとか鴎澤組だった頃の縄張は守ってきたが、ここの所の古山の所業に、商売あがったりだと嘆く店も出てきている。
その横柄な態度は、まるでここは自分たちのものにでもなるのだと言いたげで。
これが続けば、いっその事古山の元へ下ろうかとさえ考え出す店も出てくるだろう。そうなれば古山の思うつぼだ。
しかし──。
「放っておけ」
下手に動いて小競り合いになるのも面倒だった。逆に古山はそれを狙っているのだろう。
こっちが出てきて派手にやりあえば勝算があると踏んでいるのだ。そう考えるのは背後に岳が付いたからだ。
面倒なことだ…。
古山ひとりなら別に気にならない。いつでもやりあう準備がある。しかし、背後に岳が控えていると思うと、そう簡単には動けなくなるのだ。
こちらが打って出れば、何らかの報復が待っているだろう。それもこちらが大打撃を受ける様な報復だ。
岳は味方にすれば大いに心強いが、敵にすれば厄介で。岳がどう言う人間かわかる分、軽率に動くことは控えたい。そうは思うのだが──。
「しかし…。私はいいにしても下の者が納得が行きません。今にも飛び出していきそうな勢いで。いつ爆発してもおかしくありません」
「…話し合う必要があるな」
古山と話すのは気が進まない。どうせ無理難題を押し付けてくるのだ。それなら──。
「いいんですか?」
「やりあうよりましだ。…岳と話した方が早い。下の者には絶対に動くなと言っておけ。──もし動いたら破門だ」
「は」
玉置はそれだけ言うと下がった。
忠告して以降、不測の事態により真琴から連絡は貰ったが、岳とは話していない。
大和を盾に取られた所為もあり、岳は今のところ素直に奴の傘下に収まっている。
そのうち組の一つも任すと古山は豪語していたが、いったい岳は何を考えているのか。
あれだけ身を削って、切望して漸く手に入れた場所なのに、それを捨てる気なのか?
幾ら、大和を使って脅されたとは言え、岳がそのまますんなりヤクザに戻るとは思っていない。
「なんにしても、このままではな…」
放って置けば鴎澤組から継いだものまで失いかねない。自分の代でそうするつもりはなかった。
正嗣は岳が古山の元に下る前に知らされていた番号に連絡した。