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Take On Me 2   作者: マン太
12/33

12.傍ら

 真琴と話した後、岳は亜貴と交代して大和の側についた。けれど、直ぐにでもここを出なければならない。


 早ければ早いほどいい。


 古山はその方が喜ぶ。自分の思惑が上手く行ったと思わせて気分良くさせてやるのだ。


 今後の行動の為にも──。


 当分はここへは帰って来られない。

 亜貴には、詳しくは真琴に聞けとだけ伝えた。亜貴は察したのか、何も言わずに頷いて部屋を出て行く。

 部屋には眠る大和が残された。


 大和──。

 

 傍らに座って、そっとその前髪をかき上げた。きっと、揺り動かせば起きるだろう。薬の効果はそろそろ切れる筈だ。

 ソバカスの浮いた頬。既に日焼けしている。山に行ったときに焼けたのだろう。お蔭で頬の傷も薄く目立たない。

 あの時の様に、大和を無くす訳じゃない。

 頬に傷を負った時も、腹部を刺された時も、岳の前から消えた時も。

 大和がいなくなる恐怖に怯えた。


 でも、今回は違う。


 大和は皆の元にいる。真琴も亜貴も。祐二も昇も。牧や藤もいた。他にも沢山。

 安全な場所にいて守られている。


 だから、安心してここへ置いていける──。


「必ず、戻るから…」


 露わになった額へキスを落とす。

 大和を起すつもりはなかった。起こして会話を交わせば、離れ難くなる。

 岳は持っていた端末を懐から取り出すと、サイドボード、ルームランプの下に置いた。それは、あのカワウソのぬいぐるみの前だ。

 大事なものは、全てここへ置いて行く。

 

 俺はずっと、お前の傍にいる──。


 眠る大和の唇に口づけた。そっと優しく。その温もりを胸に刻むように味わって。


「じゃあな。大和。ちょっと──行ってくる…」


 最後に頬の傷跡にキスを落として、岳はその場を離れた。


+++


 目が覚めると、ベッドの傍らに岳の姿はなかった。

 カーテンの隙間から、朝の柔らかな日差しが零れてきている。

 ベッド脇にあるルームライトの下には、例の奴──くたびれたコツメカワウソのぬいぐるみ──が鎮座していた。そして、岳の端末も。

 自宅の寝室だ。

 俺と岳の眠るこの部屋は、亜貴と真琴がいる棟の離れになっている。通路を渡った先にある二階建ての棟で、一階は客間兼居間、二階を寝室に使っていた。

 ただ、一階は殆ど使っていない。起きれば直に隣の棟のリビングに向かうからだ。生活の場は寝室以外、全て母屋になっている。

 その寝室の窓の外。鳥のさえずる声がして賑やかなのに対して、部屋の中はシンと静まり返っていた。

 ベッドには人の横になった跡がない。シーツは岳の居るはずの場所だけピンと張られたまま。

 今までどんなに帰りが遅くとも、傍らにいた気配はあったのに。

 薄っすらと記憶にある岳は、自分を見下ろし、頭を撫でてくれていた。


 どこに──いったんだ?


 眠りもせずに。

 乱れた様子もなく、冷たいままの隣に寂しさを覚えつつ、思考を廻らせていれば、軽いノックの後、部屋のドアが開いた。


「ああ、目が覚めたか。良かった…」


 真琴が顔を覗かせる。


「真琴さん…。岳は?」


 真琴なら知っているはずと、開口一番、そう問えば、真琴はふっと笑って俺の傍ら、ベッドサイドに腰掛けると。


「大和は…。本当に岳のことで頭がいっぱいだな?」


「って、だって、それは──っ」


 指摘されて頬が熱くなる。

 確かに寝ても覚めても頭の何処かに岳がいて。いつも、思考の端々で顔を出す。

 小さい岳と二人、勝手に頭の中で会話している感じだ。そう言うわけで、俺の中で岳が占める割合はかなり高い。

 しかし、真琴は首を振ると。


「いいんだ。当たり前だ。…からかってすまなかった。岳の事は心配しなくていい…。それより、大和、体調は? 気分は悪くないか?」


「…ううん? どこも。よく寝たから──って、俺、いつ家に帰ってきたんだ? 記憶がない…」


「それなんだが──起きたら聞こうと思っていたんだ。昨日は祐二君と別れた後、どうした? スーパーに寄ったとは聞いたが…」


「ああ! そうそう。帰りに大希に会って、それで──」


 言いかけて止まる。


 そう。あの後。大希に会って、日帰り温泉に入りに行って。帰りに送ってもらって──。


 楽しい時間の後。その後の記憶がぽっかりと抜け落ちてない。気が付けばここにいた。

 酔っていたわけでもないのに記憶がないとは。あまりの抜け落ち加減に、大希に会ったのが夢の中の出来事の様にさえ思える。


 大希が眠りこけて起きない俺をここまで連れてきてくれたのか? 


 でも、それなら真琴がそう言うはず。

 うむむ…と答えに詰まった俺に、真琴は深いため息を漏らすと。


「やはり、浅倉くんが絡んでいたか…。彼から貰ったものを何か口にしたか?」


「…大希が余ったからって、水筒に入ったハーブティーくれて、それを飲んだ…」


「それだな…。多分、そこに睡眠作用のある薬が入っていたんだろう」


「睡眠作用? 薬?」


 真琴の言葉にキョトンとする。まるでドラマの世界だ。しかも刑事物か推理もの。そこにサスペンス風味が交じる。

 首を傾げる俺に、真琴は真剣な眼差しでこちらに向き直ると。


「大和は薬で眠らされていたんだ。その後の記憶がなくて当然だ」


「どうしてそんな──」


「岳からも話していいと言われたから言うが、岳は古山組の組長に勧誘されていたんだ。自身の組に入れと──」


「は?! なんだよ、それ──」


 寝耳に水だ。岳から何も聞いていない。


「以前からそんな話はあったそうだ。だが、取り合わないでいたらしい。俺たちにも大和にも、知らせる必要はないと思ったんだろう。──が、なびかない岳に業を煮やした古山が強硬手段に出た。大和を攫ってホテルに連れ込んだんだ」


「ホテル…」


 あの時、岳が俺を見下ろしていたのはホテルだったのか。


「手引をしたのは…浅倉君だろう。アパートにも帰っていないそうだ。今回はそれだけですんだが…。もし、組に入らなければどうなるか。──脅しだな」


 脅し──。

 

 クッと手を握りしめる。卑怯なやり口に怒りがこみ上げた。その手引きをしたのが大希。

 岳を陥れる為に、大希は俺を利用したのだ。俺に近づいたのは、その為だったのか。


 でも、どうして?


 ヤクザの一員だったのか。古山と繋がっていたのか──?


 大希とヤクザ。ピンと来ない。

 それにあの時。意識を一瞬取り戻した俺の目に映ったのは、泣いている大希だった。


 何か、他に理由があるんじゃないのか?


 そう思えた。

 俺といた時の大希が、全て偽りだったとは思えないのだ。自分の耳で直接、大希に会って真実を聞きたい。


「それで──岳は?」


「今、古山の所にいる」


 その言葉に一瞬耳を疑った。頭の中が真っ白になるとはこのことか。ガンと殴られた様なショックを受けた。


「…なんだよ、それ…」


「これ以上、大切な者を危険には晒せないからな。一時、古山の元へ下ったんだ。俺だって同じ立場に立ったらそうするだろう。…大和が責任を感じる必要はない」


 俺の性格を察した真琴がそう声をかけて来るが。


「うん…」


 そう返事はしたものの、まるっきり責任がない訳では無い。古山らにその隙を与えたのは自分なのだ。


「こうなった以上、下手に動くのは良くない」


「真琴さん…?」


「岳に考えがあるそうだ。心配かも知れないが、今は大人しくしているしかない。特に大和は岳の弱点と知られている。行動は慎重にな?」


「…わかった…。でも、それで岳は──戻れるのか?」


「岳はあちらに戻るつもりは毛頭ない。時間は必要だが、古山と同じ手を使うと言っていたな」


「同じ手?」


 すると真琴は笑んでみせ。


「古山の性格だ。奴は欲深い。それを利用すると言っていた」


「上手く…行くのか?」


「大丈夫だ。岳はひとりきりで立ち向かう訳じゃない。協力者もいる」


 真琴はふっと笑むと、ポンと頭に手を置いてきた。


「兎に角、岳を信じて待つことだ。…勝手に動くなと、これは岳からの伝言だ。…あと。『幾ら寂しくても、俺や亜貴にくっつくな』だとさ」


「っ?! そ、んなのしねぇって!」


「ま、ここに岳はいない。ハグくらいならいつでもできる。遠慮なく言ってくれ」


「真琴さんっ」


 きっと睨めば、真琴は苦笑しつつ。


「冗談だ。…だが、不安や寂しさはあるだろう。いつでも付き合う。だから、ためるなよ?」


 つい、無理をして自分を押し込んでしまう俺を分かって、そんな言葉をかけてくれたのだろう。


「…ありがと」


 気遣いに心が温まる思いがした。思わず顔を伏せると、もう一度今度はクシャリと頭を撫でてきた。


「大丈夫だ。岳はちゃんとお前の隣に帰ってくる」


「うん…。だな」


 不覚にも真琴の言葉に涙が出そうになった。


+++


 それから、一週間と三日。岳はずっと家を出たまま帰って来なかった。

 俺のベッドの隣はいつも空いたまま。

 一週間はそれでも我慢したが、三日目。とうとう独り寝に耐え切れず、皆の集まるリビングのソファを自分のベッドとした。

 もう、誰もいない傍らに耐えられなかったのだ。いつ目覚めても隣は冷たいまま。へこみもしない枕に、段々と寂しさがつのり。

 毛布と布団を引っ張って来て、良く岳と寛いだソファに身を沈める。ちなみにソファからは布団が半分、ずり落ちているが気にしない。


 しかし夜中、水を飲みに来たらしい真琴に咎められた。それはそうだろう。


「大和…。こんな所で。風邪をひく」


「ん…。でも、やだ…。戻りたくない…」


 布団に潜り込みながら返事を返せば、深いため息が頭上でした。

 分かっている。こんな所で寝るなんて、休まらないし身体によくない。

 けれど、駄目なのだ。目が覚めて、隣にいない事実を突きつけられるたび、胸が苦しくなって眠れなくなる。

 今まで、どんなに岳と居られる時間が短くなろうとも、ここへ帰ってくると分かっていたから我慢できた。

 けれど、そうでなくなった今。いつ岳は帰ってくるのかもわからない。それに耐えきれなくなったのだ。

 誰もいないベッドにいるより、もともと一人でいられるソファを選択したのだが。

 真琴は再びため息を漏らすと仕方ないと言った具合に。


「…大和。俺の部屋で寝るといい」


「真琴さん…?」


「岳にはくぎを刺されたが、こんな大和を放っては置けない。…俺の為に、一緒に寝てくれないか?」


「でも…」


 岳以外の人間と、それが例え真琴でも、今の俺はうんとは頷けず。すると真琴は笑って。


「子どものころに戻ったと思えばいい。大和だって母親と眠った事もあるだろう? 家族なら別に問題はない。こんなところで寝かしていることを知れば、岳だって心配になるだろう。帰ってきて大和がダメージを受けて居たら岳も、もっと自分を責めることになる。頼むから一緒に部屋で寝てくれないか?」


「…真琴さん」


「このままじゃ、俺も心配で寝て居られない。…だめか?」


 そこまで頼み込まれれば、否とは言えない。俺は渋々真琴の後についていった。

 真琴の部屋に布団を敷くのは今からでは手間になるし、フローリングの床は冷たい。結局、一緒のベッドに眠ることになった。

 少し前まで真琴が寝ていたベッドの中へお邪魔する。岳とは違う香りだが、知っている香りで安心した。

 初めはどうなることかと思ったが、やはり人の気配がすぐ側にあると落ち着くらしい。


「ごめんな。迷惑かけて…」


 自分の枕を整えつつ、眉を八の字にして誤れば。真琴は苦笑して。


「これを知ったら岳の怒る顔が見えるようだが、ソファに一人寝かせておくのを思えばな? それに、俺は別に苦でもない。大和とならよろこんでだ」


「…んだよ。それ」


 ぷうと頬を膨らますと、真琴は笑った。


「さあ、もう寝よう」


 言われて横になると、ベッドサイドのライトが消され、窓からの光のみになる。


「おやすみ。大和」


「おやすみ…。真琴さん」


 声とともに、スタンドライトが消される。真琴は大和に背を向ける様にして眠りについた。気を使ってくれたのだろう。

 俺は布団の中の温もりに、すぐに眠りに落ちてしまった。

 それは久しぶりの深い眠りだった。


+++


 それ以降。真琴の部屋と亜貴の部屋を日替わりで行き来することとなった。

 次の日、それを知った亜貴が『俺も大和と寝る! 絶対そうする!』と食い下がったのだ。

 真琴はやれやれと言った具合だったが、真琴が良くて亜貴がダメな理由がない。

 結局、亜貴も参加する事になった。

 二人には迷惑をかけて申し訳なかったのだけれど、岳ではないにしても、人の温もりに慣れてしまった俺には、それが無いことが苦痛で。

 背中合わせではあっても、隣に誰かいてくれることが嬉しかった。


「亜貴、お前落ち着いて寝れないんじゃねぇのか?」


 その夜は亜貴の日。

 先にベッドへ入った亜貴の傍らへ滑り込む。亜貴からは何故かミルクのような香りがした。


 さっき飲んだホットミルクのせいか?


 亜貴に気づかれないよう、こっそりクンクンする。どんな高級な香りより、その香りの方がなんとなく、亜貴にあっている気がした。


「そんな事ないよ。大和なら平気。ほら──」


 そう言うと腕を伸ばしてギュッと抱きついて来る。


「こーらっ!」


「いいじゃん。ちょっとくらい。友達にだってこれくらいするもん」


「…友達にこんな密着すんのか? 足、絡んでるぞ」


 かなり意図を持って足が絡んでいる。俺の指摘に亜貴は渋々と言った具合に足を離した。


「ったく。大和、マジメ」


「マジメで結構。──てか、ありがとな。亜貴。一緒に寝てくれてさ」


 枕に抱きつく様に腹ばいになって、傍らの亜貴を見上げる。以前より更に身長も伸びて、かわいい印象より綺麗な印象が強くなって来た。岳とはまた違ったタイプ。

 俺の言葉に、亜貴は真顔になったあと、小さく舌打ちして。


「…ったく。ムダに可愛いんだから」


「ムダに──なに?」


「なんでもない…。もう寝よ」


「…おう」


「おやすみ。大和」


「…ん、お休み」


 亜貴はスタンドのスイッチを切った。

 仰向けになって天井を見つめる。隣りの亜貴はこちらに顔を向けたまま、既に寝息を立てていた。

 見えていた肩が寒そうで、そっと布団を肩まで引き上げる。


 岳。今、どうしているんだ?


 カーテンの向こうに広がる外の世界を思いながら、俺は眠りについた。


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