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Take On Me 2   作者: マン太
10/33

10.過去

 時は戻り。

 温泉帰りの車で眠りに落ちた大和を抱え、大希は指定されたホテルを訪れた。

 中に入って最初に客を迎えるのは薄暗い照明。

 床に敷かれたワインレッドのカーペットには、所々シミが浮き上がっている。フロントの脇に置かれた観葉植物は、日を求めてひょろりと茎だけ伸ばしていた。

 かなり年季の入ったホテルで、工事関係者など以外は利用しないだろうと思える。

 昔ながらの鍵のルームキーは、前もって渡されていた。プラスチックの番号札がついたキーは、鍵部分が重くポケットの中でチャリチャリと音を立てる。

 大和は軽く、大希でも背負うことができた。

 ちなみに何か言われているのか、呼ばない限り出て来ないだけなのか、フロントには誰もおらず、人ひとり背負って歩いても誰も止めるものはない。

 指定された部屋に入ると、ベッドの上へ大和を下ろす。無防備に投げ出された手足。

 これだけ移動してきたのに、使った薬の所為もあって、目覚める気配はない。


 薬がなくても、起きそうになかったけど──。


 ハーブティーに仕込んだ薬が効く前に大和は爆睡していた。すっかり気を許してしまっていて。


 周りの奴らはピリピリしてるってのに。


 岳始め、祐二もその前に会った昇も。皆、大和の動向、周囲に目を光らせていた。

 なのに大和は警戒心がまるでゼロで。これでは周囲も気が気ではなかっただろう。


「俺はそれで助かったけど…」


 お陰で楽に事が進んだ。

 大和のリュックにGPS発信器を入れるのも簡単で。スーパーから出た大和を見失う事もなかった。

 用心深く警戒されていたなら、この計画は失敗しただろう。そもそも、『友達』になることもなかった。あとは写真を撮って送れば終了で。


 少し色を付けろって言われたけど──。


 『色』とはいい意味ではなく。脅しの為に少し上乗せしておけと言う意味だ。


「俺のタイプだったら少しくらい手も出したい所だけど、あいにく、俺のタイプは大和じゃないんだ…」


 それでも言われた通り、『色』をつける為、服を脱がす事にした。裸の姿を見れば着位時より、更に動揺する筈だ。

 撮った写真が何に使われるのか、具体的には聞いてはいないが、岳を脅す為に使われるだろう事は予想がつく。

 卑怯な手だとは思うが、それでも岳がこちら側に戻ると言うのなら、汚い手も仕方ないだろうと思った。

 大希はベッドに片膝をつくと、大和の衣服を脱がせていく。

 まだ山の上は気温が低く、それなりの装備が必要で。大和はきちんと着込んでいた。

 アウターのジャケットに、インナーのフリース。長袖Tシャツ、履いていたスラックスも脱がした。

 温泉に入ったばかりの大和からはほんのりとボディーソープの香りがする。

 一番下に来ていたアンダーシャツを脱がすと、素肌が露になった。


 こいつ、本当いい体してるよな。


 一緒に風呂に入っている時も思ったが。

 こうして見ると、腹筋もきれいに割れていて、腕も足も無駄な脂肪はない。

 ボディビルダーのようにみせる筋肉ではないが、必要な場所に必要な筋肉が付いていて、綺麗な身体だった。


「これを…岳さんが触ってる…」


 岳が身体で大和を選んだ訳ではないのだろうが、それも含め今はぞっこんなのだろう。


 羨ましい…。


 そっと胸のあたりに手を添わせ撫でた。温もりと鼓動。

 脇腹にある傷。やはりかなり深い傷だったのが見て取れる。これだけ深い傷は相当のものだったに違いないと素人目でも分かった。

 それに前から気になっていたのだが、頬にも薄っすら傷跡が残っている。こちらは古いものなのか新しいものなのか分からなかった。

 どちらもヤクザ顔負けの傷跡。


 なにがあったのだろう。


 大和の過去は聞いてはいない。明るくいつも笑顔の大和は、普通の家庭で育ったものだとばかり思っていた。


 岳さんは知っているんだろうな。この傷の理由も──。


 軽く嫉妬に似た感情を覚えたが、それは否定した。


 嫉妬なんかじゃない。羨ましいだけだ…。


 大和は岳にちゃんと理解され、愛されている。羨ましい以外の何ものでもなかった。


 俺には誰もいなかった──。


 ずっと付き纏う孤独。それは幼い頃、自分の性的志向を理解したところから始まっていた。

 親にも言えず、かといって友人にも言えず。誰にも分かってはもらえない。

 そのうちその状況に耐え切れず、高校生の時、家を飛び出した。

 田舎の生活は自分自身にとってとても息がつまって窮屈だったからだ。


 都会に行けば、きっと自分を理解してもらえる場所がある──。


 そう思った。

 確かに都会に出て、そういった場所に行けば、自分を受け入れてくれる者はいた。

 でも、それは一時的で。若い自分に興味はもっても、それだけで。深く自分を受け入れてくれる人間などいなかった。

 それでもなんとか働ける場所を見つけ潜り込み。その界隈は同性同士の出会いを楽しむ場所で有名で。働きだした場所もそんな店だった。

 やることは雑用だったが、どうにか食べる事は出来る。住む場所も付随した寮を紹介されそこで過ごした。

 寮といっても、いつ壊れても可笑しくないような古いアパートの一室だったが。

 そんな中、岳に出会ったのだ。


+++


 それは偶然だった。

 仕事帰り、いつもより遅くなった為、寮までの近道になる暗い路地裏に向かった。

 余り治安のいい場所ではないが、普段より三十分は早く家に着く。深夜二時を回る今、向かわないと言う選択肢はなかった。

 その路地を歩いていれば、向かいから数人の男が騒ぎながら歩いて来る。かなり出来上がっている様子だった。

 顔に見覚えがある。時折、店に顔を出す連中で、ホールスタッフに絡んだり、客に無理やり飲ませようとするあまりいい感じの客ではない。

 避けるように壁際に避けたが、直ぐに大希を認め、逃げ道を断つように周囲を取り囲んだ。


「お前、あの店で働いてンだろ? 常連客にサービスしろよ…」


 腕をつかまれる。


「離せよっ!」


 同性を相手にする店で、まだ高校生の少年がうろうろしていれば、手も出したくなるだろう。

 それに、自慢ではないが目に留まる容姿なのは自覚していて。男たちに目をつけられるのは仕方ない事でもあった。

 頬を叩かれ目の前に星が飛ぶ。あっ、と思った時には、じめじめしたカビの生えた壁に頬を押し付けられ、身体を拘束されていた。腕を誰かが押さえつける。

 男は数人はいただろう。はやし立てる声や、マジでやるのかと笑う声。

 履いていたジーンズも下着ぎも脱がされ腰を捕まれる。肩越しに男の咥えた煙草の煙が頬を撫でていった。

 既に頬を叩かれた時点で反抗する気力は失せている。

 経験はない訳じゃない。けれど、こんな風に扱われるのは正直ごめんだった。


 こんな暴力。許されるはずがない。


 しかし、暴れた所で今以上に酷い目に遭うだけだ。覚悟を決めて、早く終わらせるために大人しく従えば。


「…おい。うるせぇんだよ」


 低い声がしたかと思えば、身体を拘束していた力が突然消えうせた。大希は途端にその場へへたり込む。

 自分を押さえ込んでいた男は蹴り飛ばされ、周囲のゴミ箱を巻き込み派手な音を立てて地面に転がっていた。

 

「子ども相手にくだらねぇことやってんじゃねぇよ。──散れ」


 声のした方へ顔を向ければ、そこに立っていたのは、まだ年若い青年だった。

 すらりとした長身で、黙って立っていればモデルか俳優かと思えるほどの美丈夫で。

 襟足に届くか届かないくらいに伸びた髪。その髪は地毛なのか染めたのか、栗色に見えた。

 部下らしき二人の男が、集まっていた野次馬を追い払う。大柄な男とそれと対照的に小柄な男だった。

 蹴った男は主犯格の男の胸ぐらを掴むと引き上げ。


「この辺りでまた同じことしたら、ただじゃすまさねぇ。想像している以上の目に会うことになる。──覚えとけ」


「ひっ…!」


 どかりと鈍い音がして、腹に拳が入る。男はそこへ蹲って意識を失った。


「…おい。つれてけよ。お前らも顔覚えたからな。ここで生きたかったらバカな真似すんなよ?」


 遠巻きに見ていた仲間にそう告げると、踵を返す。その間、大希はただそこに蹲っていることしか出来なかった。

 すると、男はこちらに目を向け。


「お前も不用意にこういった場所うろつくんじゃない。いい薬になったろ?」


 ポンと、大きな掌が頭に降ってきた。同時に質のいいコートが、ふわりと身体に降ってくる。


「弟がいてな…。お前を見て思い出した。運が良かったな?」


 そう言って僅かに笑みを浮かべると、男は部下とともに去って行った。

 男が置いて行ったコートには何も手掛かりもなく。ただ大きな掌と温もりがずっと記憶にだけ残った。

 多分、恋をしたのだと思う。それだけで心奪われ。運命だと思った。


 彼なら自分を救ってくれる──。


 それが本物かどうかを確かめる為、もう一度、会いたいと思った。


+++


 それから、一年。

 大希は別の店で働き、男との出会いを待った。調べるうち、例の男はこの界隈を仕切るヤクザのボスだと知ったのだ。

 名前を鷗澤岳と言う。

 大希の新たな勤め先はゲイ専用のバーで、なんとそこのマスター兼ママは以前、彼と付き合っていたのだと言うのだ。

 岳が男性にしか興味を持たないと知ったのもこの時だった。

 マスターは通り名を(みやび)と言い、この界隈ではかなりの美貌で通っている。中東の国のハーフなのだと笑った。

 あまり当時の事は話してくれなかったが、いつもより深酒した際、マスターが話してくれた事がある。


「彼とはまだお互いペーペーの時に知り合ってね。私は働き出したばかり。彼もなりたて。それで意気投合してそうなったけど…。私の方が彼を独占したくなって。五つも年上なのに彼に私だけを見て欲しくて、泣きついてそれでおしまい」


「おしまいって。その後一度も?」


「そ。でも、どこから聞きつけたのか、独り立ちする事になった時、この場所を提供してくれて、資金援助もしてもらったわ。もう粗方返し終わったけど…」


「覚えていたんだ…」


「残りのお金は毎月、少しだけ返してるの。私も未練がましくてね。全部返したら本当に終わっちゃいそうで…」


「今でも好きなんですね」


「どうかしら? …まあ、そんな事してるんだからまるっきりその気がない訳じゃないけれど。幸せでいて欲しいと思ってるわ」


 綺麗にコーティングされた赤い爪を光らせママは笑った。


 こんな美しい人も振ってしまうのか。


 俺など太刀打ち出来ない。見向きもされないだろう。それでも会いたい思いは変わらなかった。

 そんな中、古山の直属の部下と知り合った。会ったのは今から半年前。偶然だった。

 いかにもな風貌に直にヤクザと知れ。

 店には軽く冷やかしに来ただけらしいが、聞けば岳の顔は知っていると言った。男の所属する組織は、岳の所と繋がりがあり、頭は岳の兄貴分だと言う。

 もっと情報が欲しくて、興味本位と知った上で男の求めるまま寝た。

 事が済み男はタバコを燻らしながら岳について話す。すると、岳の組が解散したというのだ。

 更に情報を欲しがると、男は暫くしてこの仕事を持ってきた。

 男が言うには、岳に近づきたいなら、まず、岳をこちらの世界に戻してからだと言う。成功すれば、その後紹介してやると言った。

 大希の仕事は、岳の今の恋人に近づいて、頃合いを見て、連れ出し眠らせ写真をとること。

 この計画が成功しても、岳が自分を気に入るかは分からない、そう不安を口にすれば。

 部下の男は、今の岳の連れはその辺にいるような奴だから、お前なら十分、行けるだろうと言った。


 確かに、俺の方がましだ。


 ベッドサイドに腰掛け、すっかり素肌を晒した大和を見下ろす。


 見た目は断然、(まさ)っている。


 かけている眼鏡は伊達で、外せばひと目を惹く容姿だった。モデルやアイドルにとスカウトされたこともある。身体もジムで鍛えていて、しなやかだ。

 身長があまり高くないのは大和と同じだったが、そこに惹かれるものも多い。やはり付き合うなら自分より小柄な相手がいいと思うらしい。


 俺は劣っていない。負けてはいない。


 岳は自分を孤独から救ってくれるはずの相手だ。大和と別れれば、きっと俺にだってチャンスがある。


 ヤクザにさえ戻れば──。


 改めて大和の寝顔を見下ろした。それで先ほどの会話を思い起こす。


『大希ってさ。結構、寂しがりだろ?』


 そんなことを言われるとは思ってもみなかった。思わず困惑する。意表を突かれ、表情をうまく作れなかった。


 いつもならもっと上手に隠すのに。


『寂しいって思ったなら、いつでも言えよ? ずっとべったりはできないけどさ。大希は一人じゃない』


 大和の言葉が脳裏に浮かぶ。


 こんな時に──。


 あの時、一瞬、涙がこみ上げそうになったのをグッとこらえた。

 満面の笑みでそう口にした大和。

 胸の奥がちりと痛んだ。

 大和は自分の孤独に気が付いてくれた唯一の人間。


 でも──。


 俺は岳さんに会うためここまで頑張って来たんだ。


 もっと、近づく為に。


 その機会をフイには出来ない。眠る大和に覆いかぶさると、見下ろした。


 この身体にもっと触れれば、岳を感じられるだろうか──。


 岳が大切にしてやまない大和。暗い思いが胸に湧き上がる。


 こんな奴。岳さんには似合わない。捨てられればいい──。


 唇を首筋に這わせた。



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