8. 見覚えある人形さん
美歌ちゃんが人形になった後、もう一日が経った。何も変わらない毎日で非常につまらなかった。こんなことは永遠に続くのかな?
「いらっしゃいませ」
今度のお客さんは男子高校生のようだ。人形屋で男子はちょっと珍しい。
「よ、麟子」
「なんだ。浩介か」
知り合い? 確かにこの男は麟子さんと同い年くらいに見える。麟子さんの反応を見たらまさか二人は友達? 下の名前で呼び合っているようだから、随分と仲がいいみたい。
てかやっぱり『麟子』って本当に彼女の本名だったんだ。
「俺を見てそんな反応はどういう意味だよ? せっかくお前を心配して会いに来たのに」
「あたしに何の用なの?」
「毎日放課後すぐ姿が消えたと思ったらこんなところで人形を売っているとはね」
「まあ、あたしは人形好きだし。今はここで人形に囲まれて幸せよ」
なんか今日の麟子さんの雰囲気はいつもと違った。普段はお嬢様みたいに『わたくし』とか『ですわ』とか言うのに、今は普通のため口で喋っている。やっぱり友達だからかな? お嬢様口調はただのキャラ作りで、こっちの方が素っていうこと?
「どうやら忙しそうだね。部活も入っていないようだし。せっかく高校生活なのに残念だな」
「いろいろ事情があるのよ。あたしは……」
「麟子、お前……」
「あんたには関係ないわよ。あまり踏み込まないで欲しい」
麟子さんは面倒なものを見ているような顔をした。
「お前、相変わらずだね。まあいいけど。ところでこの店の人形は本当によくできたよね。お前が作ったの?」
「まあ」
「すごいね。まるで本物の人間の女の子だ」
当たり前です。本物ですよ! 私は人間です。
「そうかしら? じゃ、あたしがこの子たちは元々人間だったら信じる?」
「え? 変なこと言ってるね。人間が人形になるなんて、そんなことあるわけないよね?」
やっぱり常識に考えればそうだよね。結局私たちは人間だってことは全然気づいていないみたい。
「ね、俺も一つもらえるかな?」
「なんでだよ? 嫌だわ。売り物だし。お金がないなら早く帰れよ」
「吝嗇だな」
「煩いわね。っていうか、あんた人形なんかに興味あるのかよ? 男のくせに。もしかして彼女にあげるとか?」
「いや、別に。ただ何というか……この人形、気になって」
そう言って彼はある人形棚から持ち上げてじっと見つめ始めた。その人形って……千恵美ちゃんだった!
「この人形を気に入ってる? そうか。この子なら別にあたしの好みじゃないし。売れそうにないし、欲しいなら安く売ってあげてもいいけど」
なんか酷いよ! 千恵美ちゃんのことをそこまで言うなんて。
「そう言われると千恵美ちゃんが可哀想だね」
そうだよね。千恵美ちゃんは……。あれ? 今彼は『千恵美ちゃん』って言った? なんで名前を知っているの?
「千恵美って誰のことなの?」
麟子さんも違和感に気づいたみたい。まさかこの人、実は私たちのことを……。
「あ、俺の従妹の名前だ。なんかこの人形に似ているからつい名前言っちゃった」
なるほど。このお兄さんは千恵美の従兄か。なんという偶然。でもこの人形は本当に千恵美ちゃんだという事実はまだ全然気づいていないみたい。
「なるほど、こういうことか。従兄妹か……」
あ、まずい。今の麟子さんは『このまま放っておくわけにはいきませんわ』と言わんばかりの顔になった。これから彼女は何をするつもりか、私だって大体予想がつくかも。
「どうしたの?」
「いや、ね、浩介、お茶とか飲まない?」
あ、来た! やっぱり結局またお茶か……。いつの間にか私は『お茶』が怖いアイテムだと認識してしまった。
「お茶か。いいな」
「あんたのためにあたしはわざわざ淹れておいたから、冷めないうちに早く飲めよ」
「お前のお茶、本当に飲めるのか? まさか毒でも入れてないよね?」
「え!? そ、そんなこと……ないわよ」
麟子さんはなんか取り乱している。よし、この人は頭よさそう。助かるかも。
「なんか怪しい」
「そんなことないわよ! やっぱりあたしの入れたお茶なんか嫌なのか? わかったわ。飲まないなら、捨てるわ」
「いやいや、冗談だよ。もう仕方ないから飲んであげる」
飲んじゃ駄目ですよ! もう……あれこれ文句を言った挙げ句、結局飲んでしまうのか。ちょろいよね。
「あれ? 麟子、お前背が伸びている?」
「いや、別に~」
「でも、おかしいな。うわっ、俺の服が!」
この後の出来事は言わなくても想像できるよね。いつもと同じパターンだから、省略しよう。
結果として浩介さんは麟子さんの淹れたお茶を飲んだせいで100倍の1サイズまで縮んで麟子に中の部屋に持たれてしまった。そこまでちっちゃいサイズなら人形というより……。やっぱりこの店では男の人形を売っていないから、どこかで処分されるかもしれないね? 彼にどんな結末が待っているのかな? いや、そんなこと私はあまり知りたくないかも。
『ダーク』なところはここでピークです。
次話から解決に向かっていきます。