5. 綺麗な人形さん ⊙
5-6話だけは視点(語り手)は違うとなります。
あたしの名前は立花麗華。ただ普通の高校1年生の女の子だ。
……いや、普通と言うか、自分で言うのも何だが、本当は問題児と言われることが多いわよね。学校にはあまり友達がいないし。両親は前から離婚して母と一緒に来たあたしはあまり新しいお父さんとは仲良くなれなくていつも喧嘩をして……。だからあたしは普通あまり家にはいたくはない。
今朝登校する前だってちょっとぎくしゃくしちゃって、もう家に帰りたくないな。
「え? ここはどこ?」
今日放課後すぐ家には帰らなく、彷徨いていたら、つい知らない細道まで来ちゃった。ここにはあまり人の気配がなさそう。
「……人形?」
あそこに『♡人形♡』って書いてある看板が見えた。人形の店か何か? 外見は周りの家とはあまり区別がなく全然目立たないけど、これは多分人形屋らしい。店だったら中には人がいるはずだよね。ちょっとあそこで道を聞いたら……。
「いらっしゃいませ」
人形っぽい格好をしている金髪女性があたしに挨拶をしてきた。年齢はあたしと同じくらいで高校生かな? 整った顔で髪型も服も綺麗でよくできたし、可愛い。こんな服も相俟ってお人形さんみたい。でも間違いなく人間だよね。いいよな。あたしだってこんな可愛い格好をして可愛くなってみたい。
この店の中で様々なサイズの人形が棚にいっぱい置いてある。みんなはよくできた人形ね。まるで人間みたい。でも小さいし、全然動けないから、やっぱり人間ではなく人形にしか見えない。可愛いよな。あたしもこの人形たちみたいに可愛くなれるのかな?
いや、今は人形を見ている場合じゃないし。あたしはただ道を訊きに来ただけなんだから。
「あの、お嬢さん何かお探しものですの?」
あたしが彼女に声をかける前に、彼女の方から声かけられた。丁寧で綺麗な声で、口調はお嬢様っぽい。
「いや、あたしは別に人形なんて興味ないし。ただ道迷ってついここに来ただけよ」
「そうなんですの? 興味津々にこの子たちを見つめているように見えますが」
「べ、別に。ただよくできた人形だな……と思っているだけ!」
もう高校生だから人形遊びなんてとっくに止めた。でもこんな綺麗な人形を見たらやっぱり目は止まっちゃうよね。
「ありがとうございました。この子たちはわたくしの自信作ですわ。気に入っていただけて何より嬉しいですわ」
「この人形たち、あなたが自分で作ったの?」
そんなことどうでもいいはずなのに、あたしはつい興味を持って訊いてしまった。
「いや、別に気に入るとかそういうじゃないんだからね。それにあたしなんか、人形には似合わないし、うちには全然人形なんて」
「そうなんですの?」
彼女は不思議そうな顔であたしを見つめている。
「あんなに変?」
「いや、ただ、お嬢さんみたいに可愛い女の子なら、きっと可愛い人形に似合うと思って」
「可愛い!? あたしが? 冗談じゃない!」
何が言うかと思ったら、心にもないことを言いやがって……。そうか。そこまで人形を売りたいのか? こうやって褒めて無理矢理商品を買わせる商人はよく見かけるものだよね。あんな罠に嵌るものか。
「本気で言っていますわよ。お嬢さんは自分の魅力のことわからないだけですわ」
「あたしが本当に魅力があったら、どうしてあたしのこと誰も可愛がってくれないのよ? お母さんも、友達も、あいつも……」
不意に、自分の抱え込んでいる悩みを打ち明けてしまった。初対面の人に……。
「今はそうとは見えませんが、わたくしにはわかりますわ。お嬢さんは本当は可愛い顔を持っていますわ。ただ……なんか自分のことを大切にしないだけ」
「本当か?」
「それにしても、髪はあんなに長く伸びているんですわね。素敵ですわ」
あたしの腰まで長い髪の毛を見て、彼女は感動したみたい。
「そんなの、ただ面倒だから切らないだけだ」
これは嘘。実は可愛くしたいと思ってずっと髪を切らずに伸ばしてきたのだ。こんな長い髪はすごく面倒なのに。
「やはりあたし、こんな髪切っちゃおう」
「いいえ、駄目ですわよ。こんなに素敵な髪を粗末しては」
「あたしの髪だからどうするかあたしの勝手でしょう」
実はお母さんからも同じようなことを言われたけど。
「髪は女の子の大切な宝ですわ。自分に似合う可愛い髪形をしたらとても魅力的」
「本当かな? あたしなんか……」
「お嬢さんの可愛い顔と、この長い髪、上手く整理したらきっと素敵ですわ。どんなに魅力になれるか試しませんの?」
「あんた、どうするつもり?」
「わたくしは人形屋の他に以前美容院もやってましたわよ。自慢するほどの手でもないのですが、わたくしでよければ……。ちょうどもうすぐ閉店時間ですわ」
「それは……」
あたしは彼女のことを完全に信頼しているわけじゃない。人形屋さんはあくまで商人だから、何か企んでいるじゃないかと、勘繰ってしまうのは当たり前だよね。とにかく疑いを緩めてはいけない気がする。
「言っておくけど、あたし、お金持っていないわよ」
お金の余裕があればあたしだって美容院に行ってみたいのよ。
「いいえ、お金は要りませんわ。わたくしは勝手にやりたいだけですわ」
あたしはもう一度考え直してみた。別に今すぐ家に帰りたいわけじゃないから、ここで暇潰しにでもなれるし、上手くいけたら本当に自分を変えることができるかもしれない。別に何の損もないじゃないか? このまま立ち止まったら何も始まらないし。あたしだって可愛くなりたい。
「わかったわ。言っておくけど変なことしたらただじゃすまないんだからね」
まだ不安だけど、結局あたし彼女の提案を受けて、この髪を任せてしまった。
「できましたわ」
「これがあたし!?」
鏡で自分の姿を見たらその中に映っている光景はあまり信じたくない。可愛い女の子がここにいる。整った顔で腰まで長いツインテールの女の子。詳しく説明は苦手だから省略するけど、これは要するにどこかで見たことがある『ネギを振るキャラ』と似ているね。緑色にでも染めてみたらいいかも。
「どうでしょうか?」
「何でツインテールなの?」
「もしかして気に入りませんでしょうか?」
「だって、こんなの子供っぽいし」
「そんなことないと思いますわ。お嬢さんに一番似合うと思いましたので」
「それは、まあ……」
鏡で映っている自分の姿を見たらそれは否定できない。
「お嬢さんは今疲れて喉が渇いただろうと思って、わたくしはお茶を淹れておきましたわ。冷めないうちにどうぞ」
「ありがとう」
いつの間にかお茶を? 実際に喉が乾いているから、あたしは彼女の淹れてくれたお茶を一気に飲んだ。
「感謝するよ。今まであたしのことをそこまで関心する人なんていなかったよ」
「いいえ、わたくしは自分のできることをやってみただけですわ。ところでもう一つ大切なことあまりすわ」
「何?」
「服のことですわ。似合う服を着たら女の子はもっと可愛くなれますわね」
「服か……」
今あたしは学校の制服であるセーラー服を着ている。これも結構可愛い服だとは思っているけど、ちょっと他の服を着てみたらどうなるか。試してみたいかもだけど。
「あたしは綺麗な服を買うお金なんてないわよ」
「お金は入りませんわ。わたくしはお嬢さんに似合う服を準備しておきましたわ」
そう言って彼女は中の部屋に入って、一着服を取り出してきた。水色のドレス。ドレスなんてあたしは一度も着たことないから、ちょっと着てみたらよく似合うかなと迷っている。でもそれより、もっと気になることがある。
「ちっちゃい! これって、人形の服じゃないか?」
このドレスはとても小さくてただ掌サイズしかない。どう見ても人間の着られる服ではない。つまり人形の服だ。
「そうですわ。8分の1サイズの人形の服ですわよ」
「そんなの、どうやって着られるのかよ?」
これは何の冗談? あたしは人形かよ? 馬鹿馬鹿しい。
「心配は要りませんわ。もうすぐ着られるようになりますから」
彼女がニヤニヤ笑った。今の微笑みはなんか怖く感じた。
「それって、どういう意味?あ!」
その瞬間何か違和感を感じ始めた。元々あたしよりちょっと低いはずの彼女は今あたしよりちょっと高く見える。あたしは彼女を見上げている。
「あれ、服は?」
いつの間にか着ている制服はだぶだぶになっている。スカートは床に落ちそうになっている。今までぴったりだったのに。なぜこうなったの?
その答えはすぐわかった。あたしの身体は縮んでいる!?
「これはどういうこと!?」
視線の高さはどんどん下がっていく。自分の服はもう持てなくなって地面に落ちていった。今のあたしはもう裸!
やっと変化が止まった。その時点であたしは周りを見たら、なんか2本の大きな柱みたいなものが目の前に聳え立っている。その柱からもっとずっと上へ視線を移ってみたら高いところから大きな女の子の顔があたしを笑いながら見つめている。この女!
「これでこの服は着られますわよね」
巨人になった彼女はしゃがんであたしと話しかけてきた。手の中にはさっきの人形服を持っている。今はあたしが着られるくらいのサイズになっている。あたしは小さくなったから……。
「これはいったいどういうこと?」
「さっき飲んだお茶には縮小化の薬を入れておきましたわ」
「縮小化!? そんな……」
「とりあえずこの服着ていただきますわ! わたくしは着せてあげますわね」
「ちょ、ちょっと!」
彼女は巨大な手で無理矢理でも裸になったあたしにドレスを着せてくれた。こんな小さい身体なのによく簡単に着せられる。多分彼女は人形に対する扱いに慣れているよね。いや、でもあたしは人形なんかじゃないし!
「さあ、今の自分の姿を」
またあたしに鏡を見せた。
「綺麗……」
さっきの制服姿もいいけど、こんなドレス姿のあたしもなんか綺麗に見える。いや、でも今は感嘆する場合じゃない。
「で、こんなに身体を縮めてどうするつもりなの?」
「わたくしは言ったとおりに君を可愛くしてあげましたわ。今回はわたくしの願いを聞いてもいいでしょうか?」
「願いって?」
やっぱり結局そう来たか。いきなりただで何かをしてくれると思ったら間違いだった。今は悪い予感しかない。
「わたくしの店の人形になって欲しいですの」
「人形?」
「はい、ここにいるみんなと同じ」
みんなって?まさかこの店の棚にいっぱい並んでいる人形たちのこと? あれは人間だったのか!?
「そんな、それは嫌に決まってる……」
あたしが足を動いて必死に走り出した。けど、彼女の巨大な手はすぐに追ってきてあたしを鷲掴みにした。
「断ったら困りますわね。従うようになっていただきますわ」
丁寧な言葉遣いだけど、それって『願い』ではなく、『命令』って呼ぶものじゃないか!
「あたしを放して! ここにいたくない!」
あたしは騙されたってことか。せっかく信頼するようになったのに。
次に彼女は青いハンカチを取り出してあたしに放り出してきた。
「うっ!」
ハンカチから何か凄まじい匂いがした。このハンカチに包まれた瞬間あたしの身体が鈍くなってきて、やっと動けなくなった。これは毒か?
「これでいい子になりましたわね」
あたしはもう動けない。彼女に逆らうことはできない。声を出すことすらできない。ただの人形になった。
「やっぱり綺麗なお人形さんですわね。心配しないで。誰かに買われたらすぐにここから出られますわよ」
嫌だよ。そんなの……、やだ!!!