4. 着せ替え人形さん
「私、人形になっちゃうの?」
体が20分の1サイズに縮小化した後、私はつい悟ってしまった。これはさっき話した通りのサイズだ。まさか自分自身の体がこんなサイズになるとは……。
もしかして『人形になる』ってのはこういうことなのか!?
『パタン………パタン!』
「わっ!」
巨大なものが地面に落ちてきたような音が響いてきて地面は揺れている。そしていきなり回りが暗くなった。いや、光が巨大な物に遮られたのだ。その巨大な物体の正体は……他でもなく、巨人となった麟子さんだった!
彼女の顔はすごく高いところに浮いている。そして今の私の姿を見てもなんか特に驚く気配はまったくなくて、むしろ笑いながら満足そうな顔で小さな私を見つめている。
「麟子さん、これはどういうことですか?」
麟子さんは隣の部屋から戻ってきたようだ。とりあえずこんな状況について訊いてみないと……。
「やっぱり、随分可愛くなりましたわね~」
麟子さんはしゃがんで私と話てきした。その声はなんか響いてものすごく大きく聞こえる。
「君のための服を持ってきましたわ。どう? 気に入ってくれるかしら?」
彼女の手をよく見たらその中には小さなドレスが2着ある。麟子さんの掌の中に収まるくらい小さい服だけど、今の彼女は巨人だから、やっぱり実際にその服は別に小さいのではなく、どうやら今の私とぴったりのサイズのようだ。
麟子さんはこっちにその手を伸ばしてきている。今その巨大な手は今私の目の前に浮いている。そして1着のドレスがこっちに渡された。これは可愛くて小さな人形のドレスのようだ。
「さあ、このドレスを着せてみますわ」
「ちょっと、何をするんですか!?」
彼女は私に服を着せようとしている。この巨大な手で!
「気に入りませんの? それとも裸のままの方がいいですの?」
「いいえ、わかりました。着ます。でもせ、せめて自分で」
「あら、遠慮しなくてもいいですわよ」
「そんな問題じゃ……」
結局麟子さんに無理矢理服を着せられることになった。私はちょっと抵抗しようとしたが、こんなサイズ差はやっぱり無理。彼女の指一本だけでも私の腕や足より太くて長い。
誰かに服を着せてもらうなんて久しぶりかも。子供の頃以来かな? でも今の感じはなんか全然違うよね。だって着せてもらうのは自分の体よりも巨大な手だから。こうされると今の私はまるで着せ替え人形になったような気分だ。
でも意外と手慣れているように感じたよね。こんなサイズ差で彼女が下手すれば私なんか簡単に潰されるかもしれないだろう。でも今私はあまり痛くない。あまり乱暴ではなく、優しく手加減してくれているみたい。
「よし! やっぱり可愛いですわ! すごく似合っていますわ」
ようやく着替えが終わった。彼女は巨大な目で私をじろじろ見つめて嬉しそうに微笑んでいる。
「服、なんか重いです……」
確かにサイズがピッタリだけど、どうやら普通の服を着る時とは違う感覚だ。生地は分厚くて重たい。着心地はあまりいいとは言えない。どうやらこれはただ『人間サイズの服をそのまま縮める』ものだけではない。最初から小さく作られた服だ。
たとえ小さく作ろうとしても布の分厚さは限界があるよね。だからやっぱりこれは人間の服ではなく、本当に人形の服だなと実感した。
「あの……麟子さん? これは一体どういうことですか?」
今はこの服のことよりも、なんで自分がこんなに小さくなったのか気になって答えを聞きたい。
「どうですの? 人形になった気分って」
「人形って?」
やっぱり、麟子さんは私を人形にする気なの?
「さっき言った通り、20分の1サイズにしましたわ」
「20分の1……」
やっぱりそうだった。私が『このサイズの自分の人形』が欲しいって言ったから。
「ほら、見て、今の君は私の掌の下に簡単に収まるようになりましたわ」
麟子さんの巨大な手は私の上に浮いている。光が遮られてさらに暗くなった。今自分より巨大な掌は私の視界のほとんど全てとなっている。
めっちゃ怖い! 今この手を下ろしたら私の体は簡単に……。あまり想像したくない。
「ちょっと、夢未花ちゃんに何をする気!?」
その時千恵美ちゃんの叫び声がこっちに響いてきた。そういえば今千恵美ちゃんはどうなっているのかな?
「そ、そんな……。千恵美ちゃんまで」
私と同じように、千恵美ちゃんも小さくなって自分の服の海の中埋もれているようだ。体のサイズは多分私と同じくらい。
「君はこの服を着なさい」
麟子さんはもう一着のドレスを千恵美ちゃんの方に投げ捨てた。自分で着させるつもりのようだ。この扱いは私と比べたらなんか違いすぎない!?
それに千恵美ちゃんに渡しされた服は私の着ているのと同じサイズのようだけど、私の着ている豪華な服と比べたらなんか地味だ。どう見ても私の服の方が可愛い。これは喜ぶべきことなのか?
「麟子さん。何で私たちがこんなに小さくなったんですか?」
さっきからの質問はまだ答えてもらっていないから、私はもう一度訊く。
「あれはね、さっきお茶の効果ですわね。実は『縮小化の薬』を入れましたわ」
「何で!?」
やっぱりあのお茶の所為だった。変な味が入っていると感じていたけど、こういうことか。
「お嬢さんたちは『人形の作り方』を見せてもらいたいと言ったのではないですの?」
「それって、まさか……」
さっきから思っていたけど……、恐らくこれは私の一番怖い答えだった。
「私たちを人形にするってことですか!?」
人形になるの? 私は? この店の子たちみたいに……。ということはまさかここにある人形もみんな人間だったってこと? りっかちゃんも?
私は隣に倒れているりっかちゃんに視線を向けた。やっぱり彼女は大きい。さっきまで小さくて自分の手の中に収まったりっかちゃんは今私の体よりも大きい。麟子さんのような大きな巨人には比べ物にならないけど、それでも私から見ればりっかちゃんも随分でかくて巨人にも見える。確かにりっかちゃんは8分の1サイズって言ったね。つまり20の1サイズの私より2.5倍くらい大きいだろう。
こんなはっきりりっかちゃんの顔と身体を見たらやっぱりどう見ても人間のように見える。人間と違うのは身体のサイズと、動けないこと。
動けない? でも私はまだ動けるよ? ならなんでりっかちゃんは? 『縮める』以外にまだ何かされたってこと?
「りっかちゃん、動けよ!」
私はりっかちゃんの腕を引っ張ったら、本当にその腕を動かすことができたみたいだけど、今の私は小さいから彼女の腕を動かすことだけでも精いっぱい。それに彼女が自分の意思で動く気配がないし。やっぱりただの人形だった。
「うわっ!」
いきなりりっかちゃんが立ち上がってきた。まさか……。いや、それは違う。彼女が自分で動いたのではなく、麟子ちゃんの手によって立たせられたのだ。
なんかすごい光景だな。私より大きい巨人の体は更に巨大な手に掴まれて……。
でもやっぱりりっかちゃんは私みたいに自力で動くことができない。
「りっかちゃん」
立ち上がってきたりっかちゃんを、私は抱き締めようとした。もちろん今彼女の腰は私の頭より高いから、今私が抱きついているのは胴体ではなく、ただの右足だ。
「ぎゃっ!」
ちょっと動かしすぎて、彼女の身体が倒れそうになって私は下からその身体を支えようとしたけど、あまりにも重過ぎて自分も倒れてしまった。
「重い!」
自分よりも2.5倍大きいりっかちゃんの身体に押された。やっぱり重い。
「無駄ですわ。この子はもう動けませんわ。それに小さな君はこの子を動かすこともできませんのよね」
巨大な麟子さんの手はりっかちゃんの身体を持ち上げてくれた。助かった……と思ったら次にりっかちゃんの体は床に置かれて、今回私の体は麟子さんの手によって掴まれた。
その手はどんどん上へ浮かんでいく。なんかエレベーターに乗っている時みたいな感じだ。
そして麟子さんの目と同じくらいの高さに上がってきた後、動きが止まった。
「高い!」
下の方へ視線を向けてみたら地面はすごく遠いように見える。なんかまるで高いビルの上から見下ろす時みたいだ。
もちろん、ただ私が小さくなったからそう感じただけで、実はただ女の子の身長くらいで、つまり150~160センチしかない。いつも自分が立っている時のと同じくらいの高さだよね。そうはわかっているけど、やっぱりなんか全然違う体感だ。距離に対する感覚は体の大きさと共に変わったようだ。それに足が地面についていないというのもこんな感覚の原因の一つだろう。
「夢未花ちゃん!」
下の方から千恵美ちゃんの声が聞こえた。千恵美ちゃんの姿を見たら、どうやら彼女は今まだ自分の服の海の中に立っているようだけど、さっき渡されたドレスを着用しているようだ。
「ちょっと、何をする? あんた、私たちを騙したのね?」
千恵美ちゃんは恐怖で震えながらも麟子さんを見上げて悔しそうな声で叫んだ。
「別に騙していませんわ。本当に人形の作り方を教えましたわよ」
「そんなの……」
確かにそうだったね。『人形の作り方』を知りたいと言い出したのは私たちの方。これって私たちの自業自得なの?
「やっぱり、りっかちゃんも元々は人間でしょう? 彼女に何をした?」
床に倒れているりっかちゃんを見つめながら私は質問をした。
「じゃ、今すぐ見せてあげますわ」
そう言って麟子さんはスカートのポケットから青いハンカチを持ち出して千恵美の方に投げ捨てた。
「な、何を!?」
青いハンカチは千恵美ちゃんに落ちて上の方から彼女の体を包んでいく。もちろん千恵美ちゃんも抵抗しようとしているが、なぜか彼女の声と動きがどんどん鈍くなっていく。
「ちょっと、千恵美ちゃんに何をしたんですか?」
ハンカチを取り外した後、もう一度千恵美ちゃんを見たら彼女は今もう動けなくなった。これじゃ、まるでりっかちゃんと同じだ。これでもう完全に人形になったってこと?
「そ、そんな。酷いです。なんてことを……」
「本番は君ですわ。きっと素敵な人形になれますわ」
やっぱりこうなるのか……。
「待ってください! そもそも人形にしたいのは私だけでしょう? じゃ、千恵美ちゃんを解放してよ!」
「そうはそうですわね。この子はあまりわたくしの好みじゃありませんわ」
やっぱり狙いは私だった。
「なら……」
「でも一緒に来たから仕方ありませんわね。それにいろんなタイプの人形があるのもいいですわ。こういう子が好きって人もいるかもしれませんわね」
「そんな……つまり私の所為?」
千恵美ちゃんが一人でここに来た時は何の問題もなく、りっかちゃんを買って無事にここから出て家に帰れたのに、今回私を連れて来たせいで千恵美ちゃんはこんな目に……。
「そうですわ。君が可愛すぎるからですわ」
「そ、そんね……」
私が可愛い? 可愛いって罪なのか?
「酷いです! 酷すぎ!」
私の叫び声を無視して彼女はハンカチを私に落とした。
「この匂い!?」
このハンカチには何かの薬みたいな苦そうな匂いがする。まさかと思ったら……、そのハンカチが肌に当たった瞬間私の身体がどんどん硬くなって、ようやくもう動けなくなった。なるほど、これは麻薬みたいなものかな?
「さあ、これからよろしくですわ~」
そして私は他の人形と一緒に棚に置かれた。これからもう人間を辞めて、ただの人形へ転職するということになってしまった。