3. 小さい人形さん
人形になると決めた後、私たちは椅子に座って人形屋のお姉さんとお話を始めた。
「お嬢さんは夢未花さんっていう名前ですわよね?」
「はい。戸川夢未花です」
私の名前はさっきから何度も千恵美ちゃんから聞いて知っているようだね。自己紹介は必要ないかもしれないけど、一応名字はまだね。
「私は麟子と申しますわ」
彼女の方から自己紹介をした。これは本名かな? そうだとしたら名字ではなく、下の名前だけみたい。普通に日本人らしい名前のようだ。こんな金髪で豪華な格好を着ているから最初は外国人だと思っていたが、よく顔を見たら確かに日本人だよね。この金髪も多分地毛ではない。
「はじめまして。麟子さん。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いしますわ。それで、どんな人形がお好きですの? というより、もし自分が人形になれるのならどんな人形になりたいですの?」
「えーと、どんなっていきなり訊かれても……」
なんか質問のスケールが大きすぎる。私は自分で人形を作ったことがあるわけではない。どんな情報が必要かあまりわからないから上手く答えられないよね。
「じゃ、まずは尺度のことですわね。どれくらいのサイズがいいですの?」
「サイズ……ですか? そうですね。じゃ、りっかちゃん……この子みたいに小さかったら可愛いですね」
私は自分の襟元に入っているりっかちゃんを持ち出して麟子さんに見せた。
「この子は人間の8分の1サイズに作られた人形ですわね」
「8分の1ですか……」
「はい、この人形になった女の子の身長は160センチくらいなので、20センチになるんですわ」
やっぱりりっかちゃんも本当の人間の女の子をモデルにして作られた人形だったね。ってことはりっかちゃんと同じような可愛い女の子は本当に実在するの? なら私も本人とちょっと会ってみたいかもね。
「なるほど。私は……そうですね、もっと小さい方がいいかも。掌の中に収まるくらい」
私は自分の掌を見つめて小さな自分の姿がその上に乗っていると想像しながら言った。
りっかちゃんだって随分ちっちゃくて可愛いけど、まだ私の掌より大きいよね。もっと小さいのもいいかなと思って……。
「じゃ20分の1サイズくらいはいいですわね」
「20分の1ですか……」
そう言われて私は想像してみた。私の身長は156センチだから20分の1サイズだと7.8センチくらいになるよね。やっぱりちっちゃい。
「はい、この子くらいですわ」
麟子さんは7-8センチくらいの小さな赤髪の女の子の人形を持ち出して私たちに見せた。
「わ、ちっちゃいですね」
麟子さんから渡された小さな人形を手にして弄ってみた。このサイズの人形なら私の掌よりも小さい。こうやってりっかちゃんと並んだら半分以下のサイズで、赤ちゃんのように見えるね。
「わーい、ちっちゃくて可愛いね。いいね。私もこんなちっちゃい夢未花ちゃんを手にしたい」
千恵美ちゃんまで盛り上がってきたね。普通はあまり人形を遊ばない千恵美ちゃんだけど、私の人形だったら興味があって大切にするだろうね。
「っていうより、小さな夢未花ちゃんを私は食べてみたいかも。あーん。このサイズなら口に入れるのは簡単ね」
「ち、ちょっと、私を食べるなんて酷いよ、千恵美ちゃん」
なんか冗談っぽく言ったようだけど、ちょっと怖いかもね。もしかして千恵美ちゃんって私を食べたいの?
「ふふ、冗談よ。食べちゃいたいくらい可愛いってことよ。でも本当に食べたら可哀想しね。でもちょっと舐めて味わったりくらいなら……」
「それもそれで怖いよ! もう……」
私はつい巨大な千恵美ちゃんの口の中にちっちゃな自分が入っていくという光景を頭の中で想像してしまった。そして飲み込まれて、喉へ……腹の中……。いやいや、やっぱり怖いからこん想像はやめよう。
「じゃ、このサイズで決まりですわね?」
「そうですね。はい、これでいいです……」
こんなにちっちゃい私ってどんな感じだろう。考えるだけでもわくわく。でも食べられるのはやっぱり嫌かもね。
「ところでお二人にお茶を淹れておきましたわ。よろしければどうぞ」
いつの間にか机の上に二つのお茶が置いてある。淹れたてでまだ熱い。私はすぐ飲み始めた。
「ありがとうございます。お茶は美味しいです」
このお茶はなんかちょっと変な味が混ざっている気もするが、全体的に美味で悪くない。稍あって千恵美ちゃんも飲み始めた。
「話の続きですが、どんな服がお好きですの?」
「服ですか。私はフリルの多いドレスがいいですね。あの子みたいに。いや、もっと豪華なものがあればいいかも」
私は棚に置いてある桃色のドレスを着ている人形を指した。あんな豪華なドレスは私が来たことないけど、やっぱり着てみたいよね。あ、でも着るのは私自身ではなく、私の人形だったね。
「これと似ている服は多分持っていますわ。わたくしは人形の服をいろいろ作っておいたので。ちょっと待ってください。今こっちに持って来ますわ」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って麟子さんは隣の部屋に入った。私と千恵美ちゃん2人はこの部屋に残って彼女を待っている。
「どうしたの?」
麟子さんを待っている間になんかいきなり変な気分になっておでこに手を当てた私を見て千恵美ちゃんは心配そうな顔で訊いてきた。
「いや、なんかいきなり目眩が……というか……」
上手く説明できないけど、今なんか具合が悪くなったような……。
「あれ?」
今私は椅子の上に動かずに座っているよね……。そのはずなのに、いきなり視線がどんどん少しずつ降りていくような気がする。
最初はただの目眩だと思っていたが、違うみたい。目の前にあるものはどんどん高く見えていく。千恵美ちゃんってこんなに高い? 普段は私より少しくらい高くて、座高は私とあまり変わらないはずなのに、今なんか千恵美ちゃんの方が私より高い。そしてまだどんどん身長差が明らかになっていく。
なんか違和感を感じて私は椅子から降りて立ってみたら……。
「ぎゃ!」
なぜか今着ているスカートが地面に振りそうになった。幸い私は手ですぐ掴んで止めたけど、なんかサイズ合わないのか。いつもより大きく見える。
「夢未花ちゃん……体が……?」
千恵美ちゃんは私を見て不思議そうな顔をしている。彼女も私と同じように椅子から降りて床に立っている。今私も彼女も同じように立っているのに、なぜか私は彼女を見上げている? 千恵美ちゃんこんなに高いの? しかもまだ高くなっていくような……。
いや、違うね。千恵美ちゃんだけでなく、今私が抱いているりっかちゃん人形も、周りの全てはなんか大きくなっていく。
「私、小さくなっている!?」
身につけている服はだぶだぶになっている。まるで子供が大人の服を着ているような感じだ。その所為でスカートは落ちそうになっているということね。
視線の高さは止めることなくどんどん落ちていく。手にしているスカートもどんどん重く感じていって、掴み続けるのも無駄だと思って諦めて、結局重力に任せて床に落ちていった。
自分の腕の中に抱いているりっかちゃん人形が落ちないように私は抱き締めようとしているけど、そのりっかちゃんだって随分さっきより大きく見えて、重くなっていく。
「これは一体?何が起こっているの?」
考える間もなく体がどんどん小さくなっていく。もうりっかちゃんは今赤ちゃんサイズのように見えて……。いや、もう小学生サイズくらい……じゃなくて、いつの間にか同じくらいの大きさになった。今なんか初めてりっかちゃんの顔をはっきり見えるね。やっぱり同じ大きさになるとあまり人間と変わらないよね。まるで本当の人間だ。改めてそう思ってしまった。
そう考えているうちに、今りっかちゃんはすでに私よりも大きくなっている。りっかちゃんってこんなに重いの? 私はもう彼女を抱くことなんてできなくなった。このままりっかちゃんは地面に倒れて、結局私はりっかちゃんの身体の上に乗っているようになった。なんか立場は逆になってない!?
「もう止まった?」
どうやらやっとサイズの変化がもう止まったらしい。でもその時私は自分がすごく小さくなったとはわかってしまった。
回りを見たらこれは巨大な世界……。巨大な椅子や棚……そして自分のさっきまで着ていた服も……。今巨大な服は私を囲んでいる。これが今まで自分の着ていた服だと思えないくらいでかいのだ。服はこうなったから今私は何も着ていない。つまり今の私は全裸になっている!
それに今の私の体は、りっかちゃんの半分にも満たないサイズになっているよね。こう見るとどっちの方が人形なのか……。
恐らく今の私はさっきのちっちゃな人形くらいと同じサイズのようだ。ってことは20分の1サイズ?
「これって、まさか……」
今ものすごく怖い答えが頭の中に浮かんできた。それは……。