2. 作られる人形さん
そしてやっと楽しみの土曜日が来た。今日私は千恵美ちゃんと一緒にりっかちゃん人形を売った店に行くという約束だ。午後に私たちは駅前で待ち合わせ。
「夢未花ちゃん、お待たせ。ちょっと遅くてごめん」
「ううん、私も来たばかり」
実はわくわくしすぎて、つい30分前から来たけど、
「あれ? りっかちゃんも連れて来たの?」
腕の中にりっかちゃん人形を抱いている私を見て千恵美ちゃんは呆れたような顔でそう訊いた。
「うん、なんかりっかちゃんだってきっと友達とまた会いたいかなって」
「人形がそんなこと思うわけないだろう」
「いいんじゃないか。人形だって友達が必要よね」
「はいはい、わかった。やっぱりお子様だな」
「もう、また私のことを子供扱いしてる」
「こんな風に人形を抱いている夢未花ちゃんを見て、本当に子供にしか見えないんだよね」
「そうかな? あはは」
そう言われると返す言葉もない。
「ね、やっぱり目立ちすぎかな、今の私って?」
歩いている途中、私は自分の腕の中のりっかちゃんを見てそう呟き出した。たくさんの人に見られて私も少し恥ずかしくなってきた。
「まあ、そうよね。人形を抱いて街を歩いている中学生はなかなか珍しいからかもね」
「うっ……。やっぱり」
「それに可愛い人形と可愛い女の子だから、似合いすぎてみんなの目を引いてしまうかもね」
「可愛いだなんて、私なんかよりりっかちゃんの方はずっと」
もしりっかちゃんが人間だったら……と、想像してみたらやっぱりすごい美少女だ。
「どうせ私より可愛くて人形に似合うのよ。もしこの子を抱いているのは私だったら全然違う感じかもね」
「いや、千恵美ちゃんだって可愛いよ」
「謙遜しなくてもいいのよ。とにかく目立ちたくなければ、りっかちゃんをちょっと隠してもいいじゃん」
「そうね」
とは言っても今私は鞄とか持っていないよね。どこに隠したらいいと思ったら、やっぱり服の中くらいかな。私は自分の着ているコーディネートの襟元を引っ張ってりっかちゃんを服の中に入れて、彼女の身体を自分の服の下に隠して顔だけ外に出している。
「顔だけまだ出すぞ。それって、むしろさっきより更に目立たない?」
「そうかな?」
「隠したいのならなんでわざわざ頭を出すの?」
「だって、全部中に入れたらこの子は苦しそうだし」
「はいはい、わかった」
今の千恵美ちゃんの顔はなんか『人形は息できるわけないだろう。このお子様』と言わんばかりで、私のことを子供みたいに思っているよね。
私もそんなことわかっているけど、何となくこの人形は生き物のように思ってしまう。こんなに人間そっくりの人形は、やっぱり人間みたいに優しく扱わないと自分が納得いかないような気がする。
ただの品物や玩具よりも、今私はりっかちゃんを自分の子供みたいに思っている。人形にこんな感情を持っているのって変かな?
「着いたよ。ここだ」
細道を随分深くて静かなところまで歩いたら、そこにはある人形屋がある。外の飾りはあまりにも地味で目立たない。それにこんな静かな裏道だからあまり誰も知らないのも無理はないみたい。
「なんでこんなところに店を開いているのかな?」
「さあね。初めての時は私も人から聞いてここに来たの。とにかく店に入ろう」
「うん」
私たちはこの人形屋の扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませ」
店に入ったら女の人の挨拶の声が響いてきた。その声の持ち主の姿を見たら彼女は私よりちょっと年上の女の子みたいで、多分高校生くらい? 彼女は家族の店を手伝っているのか? 黒いゴスロリの服装で整った顔と長い金髪の髪の毛……、まるで人形みたいに可愛い。さすが人形屋さんね。こんなコスプレはよく似合っている。
「わー、すごい!」
店の中に木材で作られた棚がいっぱい並んでいる。棚の上に様々な人形が置いてある。みんなよくできて本物の人間みたいに見える。いろんなポーズがあって、立っている人形もあれば座っている人形もある。服もドレスとか水着とかセーラー服とか着物とかそれぞれ独特でお洒落な服を着ている。
それにしても、この店の人形のサイズはバリエーションが多いよね。一番小さい人形は私の掌よりも小さくて、一番大きい人形は棚に立っていられないから座っている。大きめの人形は小さめの人形を手にしたり抱いたりしているのもある。このように違うサイズの人形が絡み合うとなんか親子っぽくて可愛い。
「こんにちは、お姉さん。また来ちゃいました」
千恵美ちゃんは店員のお姉さんに声をかけた。先週からここに来たから、彼女とはもうすでに知り合いのようだ。
「あ、前日来たお嬢さんですのね?」
「私のこと覚えてくれたんですか?」
「はい、この店お客さん少ないですので」
「そうですか。こんな素敵な店なのに残念ですね」
そういえばそうだよね。店の周りはあまり人少ない。今店の中に私たち以外に誰もいないよね。
「あの、どうしてこんな人少ない場所に店を?」
私も店員のお姉さんに話しかけてみた。
「わたくしはあまり人の多いところが好きじゃないですわ」
この言い方だと、このお姉さん家族の手伝いとかではなく、彼女自身の店なの? どう見てもまだ高校生くらいなのに。
それに彼女はやっぱり嬢様キャラっぽいよね。格好だけでなく、喋り方まで。
「そうなんですか。せっかくいい人形いっぱいなのに」
「気に入っていただいて嬉しいですわ」
「あの、ちょっと訊いてもいいでしょうか? この店の人形ってどうやって作ったんですか?」
こんな人形の作り方についてすごく気になるので、私は直球で訊いてみた。
「申し訳ありませんわ。これはわたくしの特別創作方法なので」
「やっぱりそうですよね……」
商売品に関わることだからいきなり訊いても簡単に教えてくれないよね。
「で、でも、やっぱり気になっていますし。ちょっとだけでも……」
「夢未花ちゃん、また我儘なこと言って」
遠慮そうな顔で千恵美ちゃんは私を止めようとした。
「ごめんなさい。この子は失礼なこと言ってしまった」
「なんで千恵美ちゃんは私の保護者みたいに謝らなければならないの!?」
また子供扱いされているね。私だってもう15歳になって、千恵美ちゃんと同い年になったよ。
「そこまで興味を示されたら仕方ないですわね。可愛いお嬢さんだから特別に教えますわ」
「本当ですか!? って可愛いだなんて、へへ」
このお姉さんは意外と優しいのね。それに口甘いし。お姉さんこそどう見ても私なんかよりずっと可愛いのに。
「ちょっと、私一人だけの時と反応は違うじゃないですか? それって私が可愛くないから教えてくれないってことですか?」
「えーと……」
千恵美ちゃんの質問にお姉さんはなんか答えづらそうで困っているようだ。
「千恵美ちゃんも同じことを訊いたことあるの?」
「そうよ。先回来た時にね。やっぱり夢未花ちゃんはいいね。人形みたいに可愛い顔だから。誰もいつも夢未花ちゃんばっかり……」
「千恵美ちゃん……」
千恵美ちゃんは拗ねたような顔をして私に文句言った。
「あ、私取り乱してしまってすみません。お姉さん」
「いいえ、こちらこそ失礼しましたわね。そんな意味ではありませんの。これはあくまでただ人形好きのわたくしの見解です。あちらのお嬢さんの方は人形みたいな顔で、わたくし好みですので」
やっぱりこのお姉さんも人形大好きだね。でも私よりお姉さんの方が人形っぽいと思うよ。
「そうかもしれませんが。まあ、夢未花ちゃんは人形みたいに可愛いのは本当のことですからね」
「もう二人とも、褒めすぎ」
こんなに褒められるとなんか照れちゃうよね。
「じゃ、この子みたいな人形も作ってみませんか?」
「ち、ちょっと千恵美ちゃん。いきなり何を……」
「いいじゃん、人形みたいに可愛いとよく褒められている夢未花ちゃんだから。本当に人形になったらどうなるか私も見たいし」
「もう、私の人形なんて恥ずかしいよ」
千恵美ちゃんったら、本当に私を人形にさせたいのね。
「それもいいですわね。やってみましょうか?」
「本当ですか!?」
お姉さんが承諾したら千恵美ちゃんはなんか喜んだ。あんなに私の人形が欲しいのね。
「はい、お嬢さんがよろしければですね。きっと可愛い人形になれますわ」
「私ですか? えーと……」
私の人形……。私が人形……か? それは……。
「はい、是非!」
いきなりのことでちょっと躊躇っていたけど、やっぱりなんか面白いかもね。私だってもし自分が人形だったらどんな人形か気になっているよね。
よし、私も人形になってみます!