14. 卒業した人形さん
あの事件の後、私たちと人形にされた他の女の子たちはやっと元の大きさに戻してもらって、元の生活に戻れるようになった。
全部あの女の子……いや、女の子のフリをしていたあのお姉さんのおかげね。名前は知らないからとりあえず『薬のお姉さん』って呼んでおこう。
あの薬のお姉さんの正体は結局まだ謎のままで、事件を起こした麟子さんの始末もよくわからない。
なんか何もわからないまま事件が勝手に解決してしまって、釈然としない気分だよね。
でもあんな絶望的な状態から無事で元に戻れて、こうやって私と千恵美ちゃんはまた登校できたからそれでいい。
「でもさ、もうすぐ春休みだね」
「そうね。私たちもやっと中学卒業だ。でもその前に終末試験が待っているよね」
「夢未花ちゃん、どうしよう? 私たち人形になっていた時、全然勉強できなかったよね。全然自信ないよね」
こうやって復学したけど、もうすでに3月だ。中学生でいられる時間は後僅かだけ。
「千恵美ちゃんは、たとえ人形になっていなくても、ちゃんと勉強するというの?」
「うっ……。それは……」
やっぱり、たとえこの事件がなくても元々千恵美ちゃんは勉強する気はないのよね。
「とにかく、あんな事件が起きた後、立ち直れるだけでも精いっぱいよ。私は」
「それはそうかもね。あはは」
「人形になるなんて、あんな経験絶対もう嫌だよね」
この事件で私より千恵美ちゃんの方が落ち込んでいたようだ。立ち直れるまだ私は何回も千恵美ちゃんを慰めなければならなかった。
「そういえばあの『薬のお姉さん』はどうしてわざと自ら人形化されに来たのか? 潜入するためとはいえ、そこまでする必要あるの?」
千恵美ちゃんは突然話題を変えた。
「そうね。多分あのお姉さんは人形になった女の子たちの気持ちを分かち合いたいじゃないかな?」
私は自分の勝手に楽観的な推測で答えた。
「わかってるような言い方だな。」
「ただそう思ってるだけ。それにほら、小人になって巨人と戦うって彼女にとってワクワクを感じるかもね?」
これって『不思議の国のアリス』とかで見たような冒険だよね。
「自分で小人になりたいと思うなんて……」
「ところで、麟子さんはこれからどうなるかな?」
私も突然話題を変えた。麟子さんのことも気になっているから。
「あんなことされたのに、まだあの女のことを『さん』つけで呼んでいるのか? 私は憎くてもうあいつの名前すら呼びたくないくらい」
「だって、最初からそう呼んでいたし。それに彼女は本当は悪い人じゃないと思うよ。人形好きっていう気持ちは私もよくわかってるし。彼女の家の事情もあったようだし。随分寂しかっただろうね」
「だからって、私たちにあんな酷いこと……」
「酷いこと……確かにそうだけど、人形になった女の子たちみんなのことを麟子さんは大切にしていたよね」
「いや、浩介兄には全然優しくしなかったらしいよ」
巻き込まれた千恵美ちゃんの従兄の浩介さんは、どうやら縮められた後麟子さんに散々虐められたそうだ。こうやって生き残って元に戻れただけでも幸運みたい。
「まあ、浩介さんは男だからね。それに彼と麟子さんは中学生の頃からの友達だと聞いたよ。いろいろ恨みでも積もっていたらしい」
「そうね。まさか浩介兄はあの女と同級生だったとは。でも結局こうなったのは私の所為だね。浩介兄まで巻き込まれちゃって」
「いや、そんなこと……。これは私の所為でもあるよね」
「私の所為だよ。そもそも私があの人形屋でりっかちゃんを買ったのはことの始まりだったよね」
「気にしないで。私の方こそ。最初から私がいなければ千恵美ちゃんは……」
千恵美ちゃん一人だけなら人形にされることはなかったよね。私と一緒にいた所為で……。
「それって『私が可愛いからごめんね』と言う意味だよね。『可愛すぎるのは罪』ってやつ?」
「いや、私はそんなつもりじゃ……」
「もう、むかつく!」
「ちょっと、千恵美ちゃん顔怖い」
「逃げるな!」
この流れでなぜか千恵美ちゃんを怒らせてしまった。
とにかくいろいろ大変だったけど、結局私たちも中学卒業できて、もう春休みが訪れた。
そして春休みのある日、あの人はいきなり私の家に現れた。
「君は戸川夢未花ちゃんね?」
「薬のお姉さん? 何かご用でしょうか?」
私たちを助けてくれたあの『薬のお姉さん』だ。彼女は私に何か用があって家まで会いに来たようだ。
「『薬のお姉さん』って? 何、この呼び方」
「いいえ、ごめんなさい。名前わからないので」
「私は楠木凛音。『くすりん』って呼んでいいよ」
「は、はい。くすりんさん」
やっと名前わかった。とはいえ、やっぱり『くすり』とはあまり変わらないけど。
「今日来たのは、君に渡したいものがあるの」
「私に?」
何だろうね? もしかしなくてもあの事件と関係あるものだよね。
「これ」
くすりんさんは鞄の中から、掌より小さな物を取り出した。人間みたいな姿だ。あれは……。
「人形? ……いや、あれは麟子さん!」
小さい人形みたいだと思って、よく顔を見たらこれは間違いなく麟子さんだ。いつも着ているのと同じような綺麗な黒いドレスを着ている。サイズは20分の1くらいで、人形になった時の私と同じらしい。体は固まって動いていないけど、これはあの薬の効果で、実はまだ生きているんだよね?
「なんで麟子さんはここに?」
「よろしければ君にあげる」
「え? 私に? なんでですか?」
「彼女の処分は、被害者である君に任せると決められたの」
「は? どういうことですか?」
処分って……、私はそんなこと……。
「この事件については我が組織の人しか知らされていないの。だから彼女の正体は秘密にしておいてね」
「組織?」
なんの組織なの? なんかもう私はやばいことに巻き込まれているような……。今更もう取り返しがつかないだろう。
「あ、組織のことは秘密ね。これ以上詳しいことは君にも教えるわけにはいかない」
やっぱり人に言えないような組織? でも私たちを助けたのだから一応正義の味方だよね? そうに違いない。犯罪組織とかだったら困るよね。
「これを何に使うか、それは君次第だ。彼女は犯罪者だから、これから何をしても容赦する必要はないよ」
「いや、何もするつもりはありません」
憎んだら存分に復讐してもいいって言うの? でもそんなことをしても意味がない気がする。人形になっただけでも彼女は随分可哀想なのに。
「でもなんで私ですか?」
私の他にもたくさん被害者がいるよね? 千恵美ちゃんや美歌ちゃん、そしてりっかちゃんも。
「被害者の女の子たちの中から君が選ばれたの」
「私が? でも私なんか……」
「欲しくないなら別にいいよ。代わりに他の子に渡すから」
「他の子に? それなら麟子さんはどうなるのですか?」
「さあ、それは受け取ったその子次第ね」
「そんな……」
麟子さんは彼女たちに許しがたいことをしたから、報いを受けさせられるだろう。それでいいのかな? 彼女の犯した罪だから……。ううん、彼女は絶対悪い人ではない。やっぱり放っておけない。
「じゃ、私でよければ……」
「よかった。助かったよ。やっぱり君は優しい子ね」
「優しい? 私が?」
「そうよ。これは君を選んだ理由の一つでもあるね。じゃ、この子をよろしくね」
「はい……。あの……でも麟子さんはこれからずっとこの状態のままですか?」
「そうね。君たちに犯したのと同じよ。当然ね」
確かに私たちは酷いことをされた。自業自得っていうことね。だけど……。
「でもやっぱりこのままではちょっとその……。だからできれば元に戻して欲しいです」
「君は優しい子ね。でも駄目よ。彼女は『この世に存在しない人物』扱いになっているから、人間に戻しても居場所がないの」
「そんな……」
いきなり存在を消されちゃったの? なんか怖い! これから人形? いつまでも私の部屋の中で動かないまま? そんなの……。
「なら、せめて動けるようにしてあげてください。このままじゃ残酷すぎます。気の毒です。お願いです」
こんな状態でい続けたらどれくらい苦しいのか、私はよく知っているから。
「そうか。君はそう望んでいるのか」
「はい、お願いします」
「そこまで言われるとね。わかった。人間の大きさに戻すわけにはいかないけど、体の自由を与えることくらいはできるよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「じゃ、これで決まり。この子のことよろしくね」
こうやって私の家に『動ける人形』は住居することになった。