リップと香水
息を切らして紫織の待つ奥の席へと進んでいく。
『遅いじゃんか』
『ごめん』
せっかく丁寧にメイクをしても、これじゃあ台無しだ。
テーブルの上の継美と同じように汗をかいたグラスを見て、
『あれ〜頼んでおいてくれたんだ〜』
ありがとうーと言いながら継美はドサっと腰を下ろした。
途端に金木犀の香がフワッと香る。
この香は秋につけたいと思って買ったものだが、今日はどうしても昨日の金木犀が頭を離れず、胸元に少しだけ香らせてきたのだ。
改めて紫織に目を向ける。
涼しげな顔で、あきれもせずにこちらを見つめている。
紫織はとても綺麗なグリーンがかった瞳をしている。
もちろんカラコンではない。元々彼女のモノだ。
『ヘーゼル』に近いその色はとても透き通り、何もかもを見透かされそうな、そんな気さえする。
吸い込まれそう。
そんな言葉がしっくり来るような、そんな眼差しだった。
ダイエットシュガーまで置いてあるあたりが紫織らしい。
私のことをよくわかってくれている。
継美はレモンティーにダイエットシュガーを入れ、氷が踊る音と共にコクリ…と一口飲んだ。
『はぁ生き返る』
『時間ギリギリだからこうなるんでしょうに』
文庫本をしまいながら髪を耳にかけ、紫織もカフェラテに手を伸ばした。
なんだろう…
髪を耳にかけたその動作がとてもなめらかで、何か大切なものを撫でているかのように見えた。
よく見ると、紫織の耳たぶに、きらりと光るモノがついている。
『ピアス開けたの?!』
継美は店の中にも関わらず、つい大きな声が出てしまい、すぐに後味悪そうに身を小さくした。
『よく見てるね〜』
紫織がそう言うと
『だって、よく見えるもの』
とフツーに返してしまった。
『自分で開けたの?お医者さんに開けてもらったの??』
とつい前のめりになり質問攻めにしてしまった。
『ヒトに開けてもらった』
平然と言う紫織に、継美は、はぁ?と言う顔をする。
『そりゃ人に開けてもらうんでしょうけど、何処で、誰によ?』
『好きな人』
継美は絶句してしまった。
まさかこの紫織から、『好きな人』なんてワードが出てくるとは思いもよらず、唖然としてしまった。
好きな人…
そんな人いたんだ、紫織に…
今日は自分の話を聞いてもらうために来たようなものなのに、
これでは立場が真逆だ。
と言うより、聞かないわけにいかない。
『好きな人ってどんな人❓』
継美は真っ直ぐに紫織に聞いた。
紫織も継美と目を逸らすことなく、
『親戚の人』
とそのまま応えた。
紫織があまりにも淡々と言うので、継美は唖然としてしまった。
『親戚の人って…それってまさか…』
継美が口篭ると、紫織は笑いながら、
『今、すごいこと考えてたでしょう。』
と、ニタニタしながら継美に聞いた。
だって親戚の人って言ったら…、そりゃ、色んなことを考えてしまう…。
ほんの一瞬のうちに、継美の頭の中で様々なことが起きてしまった。
途端に、継美の顔が赤らんでゆく。
紫織はそれを、ニヤニヤしながら見つめている。